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ウィンドウの向こう、巨大な戦艦を中心とした総数12隻から成る艦隊が、港湾施設より出港してゆく。 微速航行するそれら艦艇の所属は、管理局から各次元世界、そして地球軍まで多岐に亘っていた。 その殆どは人工天体内部へと転送され、バイドによる模倣の基となっていたオリジナルである。 艦隊旗艦に抜擢された全長1830mにも達する巨大な戦艦は、第148管理世界に於いて管理局への通達を行わずに建造された違法艦艇、空母型戦闘艦「ウォンロン」だ。 第148管理世界本星ではなく衛星上の基地にて秘密裏に建造されたこの艦は、アルカンシェルに匹敵する戦略魔導兵器のみならず、核弾頭を始めとして膨大な数の質量兵器と艦載機を搭載する戦略艦だったらしい。 此処十数年に亘って違法艦隊を保有しているのではないかとの疑惑が囁かれてきた当該世界だが、これ程までに強大な戦闘艦を有している等という事実は管理局の知るところではなかった。 それだけに、厳重な情報統制が為されていたのだろうと予測できる。 第148管理世界にとっての不運は、次元世界に於ける試験航行中にウォンロンが隔離空間へと転送されてしまった事だろう。 ランツクネヒトが提示した生存者の証言記録によれば、転送は26日前の事らしい。 そして混乱の最中、艦は中枢系に異常を来し始めた。 先ず緊急用隔離壁が作動、乗組員は艦内各所にて孤立。 動力系統がダウン、循環システムの停止により全乗組員の2割が窒息死する。 残る乗組員はエリア毎の非常用電力供給システムの起動に成功したが、その後に彼等を待ち受けていたのは更なる脅威だった。 都市部等で運用する対人掃討機、即ちマンハンターが起動し、艦内の人間を狩り始めたのだ。 その他にも艦自体のセキュリティ、更には対BC防御システムまでもが生存者に牙を剥いた。 結局、アイギスによってウォンロンの出現を察知したランツクネヒトが艦内へと突入した時、生存していた乗組員の数は全体の1割にも満たない僅か52名。 内6名は後に、この時の負傷が原因となって死亡してしまう。 ランツクネヒト、そしてコロニー群に身を寄せる生存者にとっては、ウォンロンの転送は思わぬ幸運だった。 旗艦となり得る主力戦闘艦がL級次元航行艦1隻という状況下で、戦略兵器を満載した大型戦闘艦が現れたのだ。 彼等はウォンロンの生存者を収容した後に艦内を制圧し、一部制御系統を破壊する事で除染に成功。 生存者の協力の下に、カタパルトを始めとする各種設備の改修を経て、艦をコロニー防衛艦隊へと組み込んだ。 そして今、ウォンロンは無数の機動兵器と22機のR戦闘機を搭載し、脱出艦隊の旗艦として作戦行動に当たっている。 「・・・これが3時間前の映像だね」 ウィンドウを閉じ、自身の隣へと視線を移す。 青の髪、赤の髪。 無言のままにウィンドウを見つめていた2人へと、彼女は気遣わしげに言葉を掛ける。 「・・・大丈夫?」 返す視線は、何処か虚ろだった。 1人はウィンドウの消えた中空から、もう1人は自身の掌から視線を外して彼女を見やる。 どうやら聞こえていなかったという訳ではないらしく、返答は確りとしたものだった。 「私達は大丈夫です。それよりも、なのはさんはどうなんですか? 軽い怪我ではなかったと聞きましたけど」 逆にこちらを気遣う言葉に彼女、なのはは苦い笑みを浮かべる。 彼女が目覚めたのは約21時間前、目前の2人より12時間遅れての覚醒だった。 完治までに要したその時間は、彼女が負った傷の重大さを意味している。 しかし状況の把握と前線への復帰については、2人よりもなのはの方が早かった。 無数の検査を受けねばならなかった2人とは異なり、彼女の場合は30分で全ての検査が終了してしまったのだ。 結果として2人の前線への復帰は約2時間前の事となり、今はこうしてなのはから状況の説明を受けている。 「大丈夫、もう完璧に治ったよ・・・ちょっと違和感はあるけどね」 「あはは、良く解ります」 そう言って朗らかに笑う彼女、スバル。 だがなのはは、その笑顔が作られたものだと見抜いていた。 その表情の裏に、色濃い苦悩が渦巻いているのだと。 無理もないだろう。 ナノマシンによる高速復元を受けただけのなのはでさえ、自身の身体が数十時間前のそれと同一のものか否か、判然としない感覚を味わっているのだ。 況してやスバルとノーヴェは、脳髄を除く全身を再構築するという、治療とも呼べない異常な方法で生命を取り留めている。 長年に亘り苦楽を共にしてきた身体を本人達すら知り得ぬ間に奪われ、意識が回復した時には全く新しい身体が与えられていたというのだから、彼女達の受けた衝撃は如何ばかりのものか。 驚く程に違和感はないと語ってはいたが、その事実は何ら救いとはなり得ない。 彼女達がこれまでの人生を刻み込んできた本来の身体は、もはや永遠に失われてしまったのだ。 変わらぬものは、自身ですら認識する事が叶わぬ脳髄だけ。 極論してしまえば、それすらも本当に自身のものであるか否か、確かめる術は無いのだ。 そして彼女達が苦悩しているのは、その事実だけではあるまい。 現在は脱出艦隊と共にある、計9機の無人R戦闘機。 その制御中枢として用いられたという、スバルとノーヴェの体組織を用いた培養体。 戦闘機人として有する無機構造物との高度癒着性ゆえ、脳髄のみの存在として生み出された彼女等は自己の意識を持つ事すら許されずに加工され、唯バイドと戦う為だけの生命として変貌させられたのだ。 否、地球軍の例を鑑みるに、生物個体としての認識があるか否かも怪しいものだろう。 良いところ、単なるR戦闘機の一構成部位という認識かもしれない。 自分自身、或いは姉妹とも云えるそれらが単なる部品として扱われているという事実をどう受け止めれば良いのか。 2人は導きだせる筈もない答えを探し出そうと、必死に思考の闇を掻き分けているのだろう。 「・・・それで、アタシ達は此処で何をすれば良いんだ?」 暗く沈みゆく思考を引き上げるかの様な、ノーヴェの声。 彼女は自身達をこの場、即ちコロニー外殻へと運んできた強襲艇、そのタラップを降りるランツクネヒトの人員を見やっていた。 その声には怒気も敵意も感じられなかったが、常からの彼女の苛烈さを知っている身としては、逆にそれが良からぬ傾向に思える。 彼女もまた、自己の同一性について苦悩しているのか。 「外部からの救出部隊が到着するまでコロニー群を護る事、それが私達の役割だね。宙間戦闘はR戦闘機や艦艇の土壇場だから、私達は此処に取り付く小型から中型の機動兵器を排除する」 「防衛衛星は?」 「アイギスの兵装は威力が大き過ぎて、コロニーに取り付いた敵を撃つ事はできない。其処で、小回りの利く魔導師と小型機動兵器の出番って訳」 「ランツクネヒトのR戦闘機部隊はどうしているんです」 「「ヴィルト」隊と「ドロセル」隊は脱出艦隊の方。「シュトラオス」隊はアイギスと一緒に宙間防衛任務に就いているよ。此処に居るのは「ペレグリン」隊の4機、後は「ヤタガラス」だね」 言葉を紡ぎつつ、なのははランツクネヒト所属のR-11Sと、約26時間前に新たに合流を果たした地球軍所属のR戦闘機の映像を表示してみせる。 だが地球軍のR戦闘機の映像を目にするや否や、スバルとノーヴェの視線が剣呑な光を帯びた。 スバルは驚愕に、ノーヴェは敵意に満ち満ちた眼で、ウィンドウ上に映る黄色の塗装を施された機体を見据える。 そしてなのはにとってもその機体は、決して好ましくはない記憶と共に脳裏へと刻み込まれたものだった。 機体各所に張り巡らされたチューブ、複数の放熱機とタンク、キャノピー下部のノズル。 忘れはしない、忘れられる筈もない。 「R-9Sk2 DOMINIONS」 主天使の名を冠されし異形、業火を支配する機体。 嘗て第4廃棄都市区画を焼き尽くし、その炎によってなのはをも追い詰めたそれ。 3本の脚を持つ烏のエンブレムが刻まれたその機体は今、映像の中のそれと寸分違わぬ姿を彼女達の頭上に現わしていた。 航空機の尾翼を思わせる3つのコントロールロッド、各々のロッド左右に位置する計6枚の翼状放熱フィールド、それらを備えた巨大なフォース。 9つもの翼を広げる異形の影は、成程、日本神話にあるという三本脚の烏を思わせるものと捉えられるかもしれない。 神話の八咫烏は太陽の象徴であるとの事だが、こちらもまたトカマク型核融合炉を内蔵した機体だ。 だが同じ原理、同じ力を司る神の名を冠されているとはいえ、その機体の全貌からは神々しさなど全く感じられず、寧ろ禍々しさと質量兵器特有の無機質さが際立っている。 何よりこの機体の存在を認め難い理由は、複数の同型機がクラナガン西部区画に対し、無差別砲撃を繰り返していた事実が記録映像より判明している事だ。 それらの砲撃は撃墜した汚染体の焼却が目的だったらしいが、クラナガン市民の生命を完全に無視したその凶行によって、少なくとも4万人が行方不明となっている。 死者よりも行方不明者の数が圧倒的に多い理由は、5,000,000Kにも達する超高温の炎によって、犠牲者の身体が区画ごと消滅してしまったからに他ならない。 どうやらなのはを砲撃した際には数千度にまで熱量を抑えていたらしく、更に西部区画でのそれについても最大出力での砲撃であったかは疑わしい。 何せあの機体には、熱核融合炉が搭載されているのだ。 熱核融合の励起には100,000,000K以上もの熱が必要である事を考慮すれば、最大出力での砲撃時には他のR戦闘機をすら凌駕する圧倒的、破滅的な破壊を齎すものと予想できる。 否、砲撃に波動粒子をも用いている事を考慮に入れれば、破壊の規模はその予想をすら上回るかもしれない。 「・・・このコロニーごと焼き払うつもりですか、彼等は」 「流石に出力は制限されているって話だよ。まあそれでも、巻き込まれたら一巻の終わりなのは変わりないけれど・・・私達も、ランツクネヒトもね」 ウィンドウを閉じ、息を吐く。 空洞内部は無重力だが、大気が在る為に呼吸は可能だ。 現在地であるコロニー外殻は人工重力が発生しており、その影響範囲は外殻から200m以内の宙間にまで及ぶ。 よって魔導師や歩兵、各種陸上機動兵器は、通常の感覚で行動する事が可能となっている。 なのは達は此処で、アイギスと艦隊、そしてR戦闘機による防衛網を突破し、外殻からコロニー内部へと侵入を図る汚染体を迎撃するのだ。 「それにしても・・・敵は本当に、あの防衛網を突破してくるんですか? 核弾頭とレーザー、おまけに電磁投射砲と波動砲にアルカンシェルですよ」 「それでもかなりの数が突破に成功するみたい。敵の物量が圧倒的過ぎて、どんなに少なくても3%近くがコロニーに取り付くらしいよ」 「具体的にはどれ位なんだ」 「小型の汚染体が300から400、50m級が約20、稀に100m以上が1体から2体」 「・・・3%でそれかよ」 うんざりとした様子で呟くノーヴェを横目に、なのはは頭上のヤタガラスを見上げ、次いで外壁の彼方を飛ぶ小さな影を見据える。 このコロニーは直径6km、全長は54kmに達する円筒形だが、彼女達の現在地はその端部だ。 その影が飛んでいるのは外殻中央、約27km離れた地点の筈だが、微かに視認できるその影はR戦闘機と同等か、或いは一回りほど大きい。 しかしその飛び方は、どちらかと云えば有機的な物を感じさせた。 悠々と宙を舞う影の傍には、それよりも少し小さな影が寄り添う様にして付き従っている。 「ヴォルテールとフリードですね」 スバルから掛けられた言葉に、なのはは無言のままに頷く。 真竜ヴォルテール。 第6管理世界、アルザスの守護竜。 竜召喚士であるキャロの命によって召喚され、彼女の障害を打ち砕く黒き竜。 「あれ、ルーお嬢の白天王をやった黒い奴か? 何で此処に居るんだよ」 「召喚したのは隔離空間が拡大した後だったんだけど、アルザスに戻す事ができないらしいよ・・・キャロが言うには、アルザスか第6管理世界全域に何かあったんじゃないかって・・・」 『警告。第4層より敵機動兵器群接近。出現ポイントA-74からJ-55。アイギス、交戦開始』 『第3層より敵機動兵器群接近。出現ポイントC-03からW-92。シュトラオス隊、交戦開始』 なのはの言葉を遮る様にして、全方位念話での警告が飛ぶ。 咄嗟に宙空を見上げれば、闇の彼方に無数の光が瞬き始めた。 同時にヤタガラスが緩やかに上昇を始め、そのまま人工重力の影響範囲外へと脱すると、青い燐光と轟音、そして衝撃波だけを残しその姿が掻き消える。 どうやら、反対側のコロニー外殻へと向かったらしい。 頭上の宙空は無数の閃光によって完全に覆い尽くされているが、距離の関係から此処までは未だに一切の音が届いてはいない。 レイジングハートを通じてバリアジャケットの防音設定を変更しながら、なのはは無言で激しい宙間戦闘の光景を見上げる。 『やっぱり、気になりますか?』 そんな中、スバルからの念話が届いた。 今にも轟音が届くとも知れない中での、音声での会話は危険と判断したのだろう。 下手に防音設定を解除すれば、突然の轟音で聴覚を損なう恐れがある。 本来はデバイスが適度に調整してくれる為、これまでは特に気にも留めなかった。 しかし聴覚への被害の恐ろしさについては、つい数十時間前に身を以って体験したばかりだ。 少しばかりプログラムを強化し聴覚の保護に努めねば、まともに戦闘を行う事すら危ういだろう。 そんな事を思考しつつ、なのはは念話を返す。 『何の事?』 『例のカイゼル・ファルベを操ったっていう汚染体の事です。ザブトム・・・でしたっけ。R戦闘機の追撃を振り切って、第4層に逃げ込んだんですよね』 その言葉を受けたなのはの脳裏へと浮かぶのは、あの鋼色の異形の全貌。 40mにも達する全高に、全長が70m程もある節足動物の様な下半身。 人が認識し得る、ありとあらゆる負の感情が凝縮されているかの様な、醜悪な形相。 その額へと埋め込まれた、直径4mを超える赤い結晶体、レリック。 コードネーム「ZABTOM」。 逃げ切っていたのだ、あの戦域から。 砲撃によりなのはが意識を失った後、あの異形は浅異層次元潜航を用いて離脱を図ったらしい。 無論、目標と交戦中だったR-9C「メテオール」は追撃に移ろうとしたが、周囲の残存艦艇、その全てがオンラインとなった為に断念せざるを得なかったのだという。 メテオール、そして辛うじて意識を保っていた攻撃隊員達は、戦闘に気付いたランツクネヒトが応援に駆け付けるまでの約3時間、正に全滅と紙一重の戦闘、正確には逃走劇を継続。 最終的に、汚染艦艇群はペレグリン・ドロセル両隊とアイギス群の集中砲火により殲滅され、攻撃隊は意識の無いなのは共々ランツクネヒトに保護されたのだ。 戦域からの離脱に成功したザブトムの行方は、未だに判明していない。 『・・・全く歯が立たなかった訳だし、あれがまだ健在って事は此処も襲われるかもしれない。警戒しておくに越した事はないよ』 『できる事なら脱出艦隊の帰還まで、何処かで大人しくしていて貰いたいですね』 『できる事なら、ね』 その時3人の傍らに、警告音と共にウィンドウが展開される。 通常とは異なる赤い画面に、黒い「WARNING」の表示。 同時に質量兵器及び魔導兵器群による長距離砲撃が開始され、外殻の其処彼処から砲撃と誘導弾体が宙空へと放たれ始めた。 魔導師よりも射程の長いそれらが、迎撃の先鋒を担っているのだ。 続いて念話が脳裏へと響く。 『警告、敵機動兵器群の一部が防衛網を突破。「リボルバー」281体及び「キャンサー」149機、タイプ「ギロニカ」18体』 『管制室より全隊、照明弾を射出する』 「AIFS activated」の表示がウィンドウ上に現れると同時、コロニー外壁の各所より無数の火柱が上がり、数百ものロケット弾が宙空へと放たれた。 それらは微かに白い尾を引きつつ、瞬く間に闇の中へと消える。 そして、閃光。 強烈な白い光の中、コロニーへと近付く全ての影が明確に浮かび上がる。 敵、接近中。 『魔導師隊、迎撃を開始せよ』 その念話が伝わり切るよりも早く、無数の砲撃と魔導弾の弾幕が撃ち上げられる。 閃光の中に浮かぶ影は随分とその数を減らしてはいたが、それでも蜘蛛の様な大型の影が複数、砲撃のカーテンを物ともせずに降下してくる様が見えた。 異様な光景に軽く息を呑むと、なのははレイジングハートを構えて背後の2人へと指示を飛ばす。 『迎撃するよ、スバル、ノーヴェ! 単独行動はせず、周囲の魔導師隊と協力して・・・』 その言葉が言い切られる事はなかった。 宙空に巨大な業火の線が刻まれ、大蛇の如く蠢くそれが影を次々に呑み込んでいったのだ。 小型の影は跡形もなく消滅し、大型のものは爆散し炎を纏った僅かな破片となって降り注ぐ。 忘れもしないその光景、ヤタガラスの砲撃だ。 だがそれでも一部の大型敵性体は、途切れた砲撃の合間を縫って降下を続ける。 激しい迎撃によって2体が宙空で四散したものの、未だに5体が健在だ。 降下軌道から予測される落着地点は、恐らくは外殻中央。 『おい、あそこって!』 『なのはさん!』 『分かってる、行くよ!』 落着地点に位置するエリオとキャロを援護すべく、なのははスバル達を引き連れ外殻中央へと向かう。 長距離砲撃は新たに防衛網を突破した一群の迎撃へと移行した為、降下中の5体を狙い撃っているのは魔導師と、質量兵器によって武装した歩兵のみ。 中央周辺にははやてとヴォルケンリッター、少し離れた位置にはギンガや他のナンバーズも居るが、速やかに大威力の砲撃を放てる者ともなればその数は限られる。 はやての砲撃は強力だが、詠唱に時間が掛かる為に敵性体の落着以前に発動する事は困難だ。 無論、他にも多くの戦闘要員が配置されているが、援護が来るまでの短時間とはいえ5体もの大型敵性体を相手取るには、エリオ達と数名の魔導師では不安が残る。 すぐにでも駆け付け、可能な限り速やかに攻撃に移らねばならない。 そんななのはの思考を嘲笑うかの様に、遥か前方の外殻に紅蓮の閃光が奔る。 爆発と見紛うばかりのそれに一瞬、最悪の事態がなのはの脳裏を過ぎるも、直後にその意識は閃光の内より放たれた2条の砲撃に引き付けられた。 周囲の大気をすら消し飛ばしつつ放たれた、紅蓮の業火を纏う2発の大規模砲撃魔法。 それらは降下中の異形2体を呑み込み、一瞬にしてその巨躯を四散させる。 砲撃の余波は他の1体にまで及び、その6本の脚の内2本を消し飛ばした。 降下姿勢を崩し、錐揉み状態に陥る異形。 その存在を無視するかの様に、金色の閃光が異形の傍らを突き抜ける。 魔力光の残滓を引きつつ、衝撃波を撒き散らして宙空を貫く雷光。 直後、如何なる理由か、残る2体の異形が降下姿勢を崩す。 3体の異形は姿勢回復を試みる様子もなく、人工重力に引かれるままに降下を続け、そして。 『ギロニカ、落着3。機能停止2』 そのまま、外殻へと叩き付けられた。 第一派迎撃開始より、実に1分12秒。 余りにも短時間の攻防だった。 * * 『馬鹿げている・・・!』 チンクより発せられた念話は、眼前の戦闘を目撃したほぼ全ての魔導師の内心を的確に言い表しているだろう。 少なくともはやてとしては全く以って同意であり、目の前で繰り広げられた戦闘は彼女が良く知る少年と少女の行う戦いではなかった。 4体の大型敵性体を僅か6秒で撃破し、更に1体を行動不能に陥らせた攻撃。 簡潔に言ってしまえば、ヴォルテールのギオ・エルガに続いて、エリオのメッサー・アングリフによって連続的に攻撃を実行したに過ぎない。 しかしそれは、個々の攻撃の規模こそ桁違いではあるが、はやての知るエリオとキャロの連携と異なる箇所は無いのだ。 異常なのは其々の攻撃精度と威力、そして速度である。 ギオ・エルガが降下中の2体を精確に捉え一瞬で破壊した事は勿論だが、はやてにとってはその後のエリオの攻撃こそが理解の範疇外だった。 何しろ、一部始終を目撃していたにも拘らず、彼が何をしたのか全く視認できなかったのだ。 それでも、突如として宙空に出現したエリオの手に握られたストラーダが紫電の光を纏っていた事から、メッサー・アングリフを発動したのだろうという事は辛うじて理解できた。 解らないのは、彼がそれで何をしたのかという事だ。 『・・・ザフィーラ、見えた?』 『ええ、何とか』 『エリオは、何を?』 自身の家族にして守護獣であるザフィーラへと問い掛ければ、彼はエリオの行動を視認できたという。 はやてには彼の魔力光と、全てが終わった後に現れた彼の姿しか視認できなかった。 一体、エリオは何をしたのか。 『刺突です』 ただ一言。 ザフィーラが放ったのは、それだけだった。 数秒ほどはやては彼の背を見つめ、呆然とした様子を隠しもせずに再度の問いを放つ。 『刺突が、どうしたん?』 『ですから、エリオのした事です。メッサー・アングリフによる突進からの刺突、彼がしたのはそれだけです』 はやては理解できなかった。 先ず、あの大型敵性体を単なる刺突で以って撃破したという言葉だ。 ストラーダに異様な改造が施されている事は既知であったが、それを考慮に入れたとしても異常である。 確かに、魔力付与を用いて放たれるエリオの刺突・斬撃は、師の1人であるシグナムのそれとまでは行かずとも強力だ。 だが、あれだけ大型の機動兵器を一撃で撃破できる程かと問われれば、はやては否と答える。 ガジェット程度なら未だしも、相手は幅50mにも達する機動兵器。 如何に強力とはいえ、飽くまで対人及び対小型機動兵器戦闘を想定して構築されたエリオの近代ベルカ式魔法では、それら規格外の存在を単独にて打倒する事は困難を極める筈だ。 更に理解できない事は、単体でさえ苦戦する筈の大型敵性体が2体存在し、それらがほぼ同時に機能を停止したらしき事である。 少なくとも、他方面からの攻撃が降下中の2体へと届いた様子は無かった。 であれば、それらを撃破したのはエリオ以外には有り得ない。 それともランツクネヒトか地球軍辺りが、こちらの知覚範囲外より何か仕掛けたのだろうか。 『エリオだ、はやて』 そんなはやての内心を察したのか、ヴィータからの念話が届く。 見れば彼女は、グラーフアイゼンを肩へと担いだまま、遥か前方を舞うフリードの影を見据えていた。 そして、険しい表情から滲む警戒の色を隠そうともせず、言葉を紡ぐ。 『どっちもエリオがやりやがった。一瞬だ』 『一瞬って・・・』 『ストラーダから一瞬だけ馬鹿デカい魔力刃を展開して1体目を貫いた後、その図体を蹴って殆ど減速なしで2体目をブチ抜きやがった。フリードの背中を飛び立ってから2秒も掛かっていない』 『おまけに魔力刃を敵に突き立てた後、サンダーレイジを放っています。内部から敵兵器の制御中枢を焼き切ったのでしょう』 ヴィータ、そしてザフィーラの言葉に、はやては改めてエリオの影を見やった。 彼は人工重力の影響範囲外へと脱した後、宙空より眼下の敵性体残骸を見据えている。 その時はやては、残骸と化したかに見えた一体が、未だ活動を続けている事に気付いた。 『・・・あかん!』 それは、ギオ・エルガの余波により姿勢を崩した1体。 どうやら外殻との衝突を経ても機能を保持していたらしく、残る4本の脚で姿勢を正すと同時に歩行を開始した。 良く見ると敵性体の表層は有機組織に覆われており、恐らくは半有機系機動兵器の一種であると思われる。 そして上部の機械部位より、発光する気泡が間欠泉の如く放たれ始めた。 その数は数十などという生易しいものではなく、明らかに1000を超えている。 僅かに下降して同高度に留まる無数の気泡は、不気味な光の帯となって周囲へと拡散を始めた。 『警告。ギロニカ、多目的浮遊機雷の放出を開始』 『敵兵装MFM-805、有機系空間制圧機雷。弾体は強酸性及び爆発性のガスを内包』 『こちらライトニング、目標を攻撃します』 管制室からの警告が届いた直後、聞き慣れたコールサインと共に別の念話が発せられる。 見れば、何時の間にかヴォルテールが敵性体へと接近しており、その背に乗る小柄な人物からは嵐の様に激しい弾幕が敵性体へと撃ち込まれていた。 その弾幕は記憶の中のそれよりも遥かに密度が高いが、恐らくはキャロのウイングシューターだろう。 攻撃はそれだけに留まらず、フリードが敵性体の周囲を旋回しており、矢継ぎ早にブラストレイを目標周辺へと撃ち込み続けていた。 弾幕と噴き上がる爆炎が気泡状の浮遊機雷を片端から焼き尽くし、更に敵性体の脚部を覆う有機組織までをも剥ぎ取ってゆく。 次の瞬間、目標は全ての機能を停止していた。 可視化した衝撃波と金色の閃光がはやての視界を閉ざした後、再度視線をやった先には、敵性体上に立つエリオの姿。 その手に握られた異形のストラーダは敵性体の体躯に深々と突き刺さり、微かに紫電を放った後に呆気ないほど軽く引き抜かれた。 カートリッジシステムに装着された「AC-47β」から、大量の圧縮魔力が高圧蒸気の如く噴出する。 エリオは周囲の炎を気にも留めずに跳躍、低空を滑空する様にして接近してきたフリードの背へと飛び乗った。 フリードは上昇、頭上で待機していたヴォルテールと並び旋回を始める。 『ギロニカの撃破を確認。外殻クリア』 『アイギス及び防衛艦隊、敵の殲滅に成功。外殻展開中の各部隊は現状のまま待機、指示を待て』 呆然と2騎の竜を見つめていたはやては、管制室からの念話によって漸く戦闘が終結した事を理解した。 そうして、気付く。 自身がこの場に於いて、如何に無力であったかを。 何もできなかったのだ。 防衛網を潜り抜けて降下してきた敵の殆どは、各次元世界の兵器とR戦闘機によって大きくその数を減じ、僅かに落着した大型敵性体はエリオとキャロの2人が完膚なきまでに殲滅してしまった。 やや離れた地点に位置するティアナ達、そしてギンガとナンバーズは数機の小型敵性体を撃破した様だが、自身等は交戦にすら至らなかったのだ。 自身も、自身の家族達も、短時間の内に発動できる長距離攻撃魔法を持ち得てはいない。 ザフィーラやヴィータ、今は負傷者の治療に当たっているシャマルは勿論の事、シグナムのシュツルムファルケンでさえ射程と発動時間の面では些か心許ない。 自身は大威力・長射程の砲撃魔法を有してはいるものの、やはり発動時間の面で絶対的な不利がある。 故に、この迎撃戦に於いては、全くの戦力外だったのだ。 条件は同じだった筈である。 ヴォルテールの砲撃が如何に強力であるとはいえ、魔力の充填にはそれなりの時間が必要。 エリオの機動性が如何に優れているとはいえ、射程の絶対的な不足は覆し様のない事実。 にも拘らず、2人は実に見事な手際で、5体もの大型敵性体を撃破して退けた。 果たして、自身等に同じ芸当が可能だろうか。 恐らく不可能だろう。 あのタイミングで砲撃するには、敵性体落着までの時間を正確に予測せねばならない。 あの機雷を射出する異形の表層へと取り付くには、敵性体の行動を読み切らねばならない。 そのどちらについても、自身達には実行できるだけの下地が無い。 何故か? 「・・・決まっとるやん」 自身等には経験が無い。 自身の五感を通して収集した敵性体の情報も無ければ、攻撃実行を決断できるだけの要素も無い。 だがあの2人は、そして一月に亘りこのコロニーで生き抜いてきた者達は、それを自らの経験として獲得している。 彼等にしてみればこの程度の戦闘など、これまでにも幾度となく繰り返してきた事なのだろう。 キャロは砲撃のタイミングを知り尽くし、エリオは何処を攻撃すれば効率的に敵を屠れるかを知り得ている。 だからこその、あの手際、あの結果だ。 同様の戦果を叩き出す事など、現状でできる筈もない。 少なくともこの戦場で自身等は、あの2人と比して考えれば新兵も同然なのだ。 『管制室より外殻展開中の各部隊へ。敵増援は確認できず。魔導師及び歩兵部隊は順次コロニー内へ退去せよ』 『ライトニング隊、第3通信アレイ・ハッチへ』 はやて達の頭上を、黄色の塗装を施されたR戦闘機が悠々と飛び越えてゆく。 その後を追う様に白と黒の竜が飛び去った後、彼女は力なく首を振ると、傍らの2人を促して歩き始めた。 少し離れた位置を、同じ様にして歩くギンガ達の姿を視界の端へと捉えながら、彼女は遅々とした歩みでハッチを目指す。 一息に飛んで移動する気には、到底なれなかった。 * * 解り切っていた事ではあるが、40000を超える人員の全てを同時に脱出させる事は不可能だった。 コロニーごと移動してはどうかという意見もあったが、コロニー自体の防衛能力及び耐久性の貧弱さ、そして何より移動速度が問題となり却下されたらしい。 そもそも浅異層次元潜航が不可能となった時点で、独力での脱出の望みは潰えた様なものだったのだ。 では何故、この段階で脱出作戦が決行されたのかと問われれば、それには大まかに3つの理由があった。 1つは、当初の想定を超える戦力が揃った事だ。 ウォンロンという大型戦闘艦のみならず、総数8機ものR戦闘機との合流。 そしてスバルとノーヴェを解析して得られた情報、それらを基に培養された制御ユニットを搭載する事で、無人制御が可能となった9機のR戦闘機。 これらが揃った事で、浅異層次元潜航を使用せずとも正面から敵戦力を突破できるのでは、という可能性が出てきたのだ。 更に、総数900基を超える防衛人工衛星アイギスの約半数を随伴させる事により、大規模艦隊戦にすら対応できる程の戦力を送り出す事が可能となった。 艦隊を構成する各艦艇の巡航性能、そして敵の迎撃等を考慮すれば光速航行など望むべくもないが、それでも11時間以内に何らかの結果が齎されると思われる。 現時点で艦隊の出撃より4時間が経過している為、作戦が順調に進行すれば7時間以内に脱出艦隊、若しくは救援部隊がこの第3空洞へと現れる筈だ。 2つ目は、時間的猶予の消失である。 現状で判明している外部の状況は、決して好ましいものではない。 時間が経過するにつれ、バイドの物量は確実に他の勢力を圧倒してゆく。 最悪、地球軍を含む各勢力が遠方へと撤退する事態も考えられた。 そうなってしまえば、救援など望むべくもない。 よって、何としても短期の内に、外部との連絡を取る必要があったのだ。 既に、コロニー群の防衛戦力はそれなりに充実していた。 脱出艦隊の12隻を除いても、L級を筆頭として構成された7隻の戦闘艦による防衛艦隊。 ペレグリン・シュトラオス隊を含む11機のR戦闘機、450基を超えるアイギス。 数十機にも達する大型の質量・魔導兵器、1700名以上もの魔導師。 襲い来るバイド群を撃退するには、確実とは言えずとも十分な戦力である。 最早、作戦実行を躊躇う必要性は何処にも無かった。 このまま籠城戦を続けていたとしても、いずれはバイドの物量によって圧殺される事となるのだから。 そして、3つ目。 これまでに幾度となく、生存者達を悩ませてきた問題があった。 幾度か事態の改善を図ったものの、今に至るまで解決されてはいないその問題とは。 「またか・・・」 不規則に点滅した後、エリオの呟きと共に落ちる照明の光。 停電である。 このコロニー、元々は水星及び金星の公転軌道上に浮かぶ発電衛星群からの送電によって電力を得ていたらしく、完全自律発電機構としては非常用の原子炉が2基、それもコロニー建造当初の旧式型しか備えられてはいなかった。 無論、それで防衛系統を含む全システムへの電力供給が事足りる筈もなく、苦肉の策として第88民間旅客輸送船団の輸送艦2隻を第4ドックへと固定し、その動力である常温核融合炉を使用して電力を得ているのが現状である。 しかしそれでも、電力喰らいの防衛システムを維持した上で他系統への電力供給を網羅するには到底足りず、こうして不定期に何処かの区画が停電を起こすのだ。 電力供給に用いる輸送艦の数を増やしてはどうかとの意見もあったが、資源の輸送やコロニー間に於ける物資の流通等を考慮すると、これ以上は稼働状態にある艦数を減らす訳にはいかなかった。 結果、こうして現在もエリオ達の居る区画が停電するに至っている。 復旧までの時間もまちまちで、30秒程で回復する場合もあれば、2時間近くも停電が続いた事もあった。 元々が急ごしらえのシステムなので、異常の発生箇所もほぼ毎回に亘って異なるのだ。 こうなると大気循環システムまでもが停止してしまう為、各区画の隔壁は常に開放されている。 何時だったかランツクネヒトの隊員がエリオに、対バイド戦に於いては致命的な事だとぼやいていたが、停電で窒息死するよりはましだというのが大方の意見だった。 「今度は何時まで掛かるかな・・・」 「今回は早いと思うよ。原因はG-08のマス・キャッチャー格納区だって」 隣から掛けられた声に、そちらへと視線をやるエリオ。 其処には暗闇の中に浮かぶウィンドウを前にして操作を行なっているキャロ、その肩で翼を休めるフリードの姿があった。 彼女はウィンドウを閉じ、照明代わりの魔力球を浮かべる。 「空調も停止してる。少し暑くなるかも」 「良いんじゃないかな、このエリアって少し寒い位だし」 自らの使役竜の顎下に手をやり撫ぜるキャロと、微かに目を細めるフリード。 一見すれば微笑ましい光景だが、以前のそれとは僅かに異なるものである事をエリオは知っている。 キャロの表情に笑みはなく、フリードも以前の様に声を発する事はない。 それが何時からの事であるかも、エリオは良く覚えている。 六課解散後、キャロと共に自然保護隊所属となったエリオは、彼女の元上司である2人の局員から大いに世話を焼かれたものだ。 ミラ、そしてタント。 彼等は上司としての指導に当たる傍ら、キャロとエリオを自身の妹と弟の様に可愛がり、どちらかといえば娯楽に疎い2人の為に様々な遊びを教えてくれたりもした。 エリオも彼等を姉や兄の様に想っており、2人が交際を始めた事を打ち明けてきた時も、キャロと共に我が事の様に喜んだものだ。 2ヶ月前にミラの妊娠が発覚した際も、喜びの余りタントが彼女を抱き締める傍らで、2人共に心中へ次から次へと浮かんでくる喜びと祝いの言葉を送り続けた。 そうしてあの日も、検査の為に仲睦まじく街へと向かう彼らを乗せた車を、巡回前にキャロと並んで手を振りつつ見送ったのだ。 スプールス全土へと「何か」が落着したのは、その3時間後だった。 狂った生態系が猛威を振るう地獄の中を死に物狂いで逃げ惑い、襲い来る異形の生命体群を片端から屠る。 救援を求めても答える者は無く、近辺の生存者を集めると状況に流されるがまま籠城戦が始まった。 こちらが優勢だったのは、最初の2時間のみ。 後は尽きる事のない物量によって徐々に圧され、初めに1人、次に10人、次に100人と、秒を追う毎に犠牲者数が増えていった。 だが、真に生存者達を追い詰めたのは、その事実ではない。 スプールスに生息する生物の大多数は、リンカーコアを有している。 それらは個体識別に利用する事ができ、更に対象の同意を経て付与される識別用マーカーにより、120時間毎に自然保護隊の施設へと24時間のバイタル送信を行うシステムが構築されていた。 そのシステムは住民にも任意で適用され、雨期には比較的大規模な自然災害が多発するスプールスの環境から、彼等を効率的に守る為に利用されていたのだ。 そしてあの日もまた、バイタル送信の実行日だった。 原生生物のバイタルに紛れる様にして複数の人間のバイタルが存在する事に気付いたのは、近代ベルカ式という戦闘スタイル故に最前線でストラーダを振るっていたエリオだ。 一部の敵が住民のバイタルを複数に亘って有している事を確認したエリオは、しかしそれを熟考する暇さえなくストラーダで対象を貫いた。 切迫した戦況下での咄嗟の行いだったが、実感を以ってその事実を振り返る事ができたのは4時間程が経過してからの事だ。 休息を取っていたエリオは、自身が「人であったもの」を殺めたという事実を反芻し、恐怖した。 嘔吐し、震え、水を飲み、また嘔吐する。 恐ろしい事実に彼の心は軋みを上げ、悔恨が意識を締め付ける。 だが、其処で膝を屈するにはエリオの意思は屈強であり過ぎ、思考は聡明であり過ぎた。 彼はキャロや他の生存者に余計な心労を負わせまいと、自身を叱責して再度前線へと向かう。 そして襲い来る「人であったもの」達を、自身の心を殺しつつ屠り続けたのだ。 その頃になると、生存者達は皆が気付いていた。 押し寄せる異形の生命体群の中に、人間を基とする個体が少なからず存在する事に。 無論、キャロも例外ではなかっただろう。 フリードの放つブラストレイは徐々に大型の敵のみを狙い始め、その砲撃頻度も時間を追う毎に減少していった。 施設のシステムは暴走し、敵性体へと接近する度に対象の個人名が表示される様になってはいたが、エリオは強靭な意志でそれらを無視する。 認識してしまえば、槍を振るう事などできなくなってしまうから。 意志の力を振り絞って、表示されるウィンドウを意識の外へと追いやり、悲鳴を上げる肉体とリンカーコアを無視して、敵を屠り続けた。 只管に突き、抉り、薙ぎ、穿った。 悲鳴も、咆哮も、血飛沫も、負傷さえも無視した。 戦闘以外に関する全ての思考を抑え込み、突き殺し、焼き殺し、踏み潰した。 一瞬でも攻撃の手を緩めれば、その立場となるのは自身達であると理解していた。 皆を護る為に、自身が生き残る為に、絶対の暴力たらんとした。 それでも近接戦闘である以上、強制的に視界へと飛び込む情報もある。 対象へとストラーダを突き立てた瞬間に、眼前に表示されたウィンドウ上の名が目に入ってしまう事は幾度となくあった。 だがそれすらも無視し、エリオは押し寄せる無毛の鳥類にも似た異形を屠り続ける。 肉片と鮮血と共に敵の体内に巣食う無数の寄生虫が降り注ぐ中、彼は数十体目の異形へと突進、スタールメッサーで両脚を叩き斬り、落下してきた胴体へとストラーダの穂先を叩き込んだ。 その瞬間、噴き出す血潮の中で展開されたウィンドウを通し、彼の視界へと飛び込んできた人物名。 「タント」 「ミラ」 「胎児レベル 個人名未登録」 其処からのエリオの記憶は曖昧だ。 ただ、大量の魔力を消費した事と、耳を覆いたくなる様なキャロの悲鳴だけは覚えている。 後に記録映像を見たところ、彼は電気変換された魔力による暴走を引き起こしていた。 サンダーレイジの効果域を超える広範囲に亘って紫電の光が爆発し、周囲のありとあらゆる生命体を死滅させたとの事だ。 そして意識を失った彼はその後、5時間に亘って眠り続ける事となる。 尤も、彼自身は後に映像を見るまで、そんな事実があった事すら認識してはいなかった。 気付いた時にはベッドで仰向けになり、屋外より響く戦闘の音を耳にしつつ呆けていたのだから。 ただ、止める局員やキャロをすら振り切ってすぐさま戦闘へと復帰した際、異様に思考が落ち着いていた事だけは覚えていた。 後は機械的に敵性体を処理し、適当に敵を密集させた後にサンダーレイジで感電死させる作業を繰り返していた記憶はある。 そうこうしている内に人工天体内部へと転送され、ランツクネヒトによって保護されたのだ。 絶望的な籠城戦を生き延びたエリオ等だったが、その頃からキャロは全くといって良い程に笑わなくなった。 時折見せる笑顔は明らかに繕ったものであり、以前の様に自然な笑みを浮かべる事は決してない。 更に、今でこそこうして会話もできるが、保護された直後は顔を合わせる度に、まるで逃げる様にして彼の前から立ち去る事を繰り返していたものだ。 キャロが何を考えているのか、ある程度はエリオにも想像できた。 「ミラとタントであったもの」を殺してしまったエリオに対する制御できない憤り、それを抱く自身に対する憤怒と嫌悪、エリオに手を下させてしまった事に対する後ろめたさといったところか。 実質、あの時点でミラとタントという人間は死亡したも同然である事、殺害以外に方法が無かった事は、キャロも理解はしているのだろう。 だがそれでも、納得などできる筈もない。 直接に手を下したエリオを恨み、その役割を押し付けてしまったと自身を責め、しかし余りにも残酷な2人の死を受け入れる事は容認できず。 その優しさゆえにキャロは、エリオに対し憤りと罪悪感とを抱きつつも、否応なしに迫り来る状況に対応する中で一時的に精神が摩耗してしまったのだろう。 それで良い、とエリオは考えていた。 許さなくて良い、恨んでくれれば良いと。 そうでなければ、彼は正気を保つ自信が無かった。 いずれ、キャロの精神は回復するだろう。 彼女は強い。 残酷な現実も、何もかもを受け入れて、その上で前へと進む事ができるだろう。 だが、自身は以前と同じには戻れそうもない。 全てが終わった後、自身はこう考えてしまったのだ。 2人を、確実に殺せたのだろうか、と。 ストラーダを振るい「人であったもの」を屠り続けている最中、ふと脳裏へと浮かんだ疑問があった。 或いは自身のこの行いは、この異形へと変貌した人々にとっては「救い」なのだろうかと。 彼等はきっと、2度と人としてあるべき姿へとは戻れない。 異形の化け物と化し、同じ人間を襲い喰らう様からは、正常な人間の知性というものは全く感じられなかった。 このまま人を喰らい、無数の寄生虫を体内に宿しつつ狂気に侵されたこの世界を練り歩く事が、彼等にとっての幸福となるのだろうか。 違う。 此処で彼等を生かしておく事は、決して慈悲とはなり得ない。 真に彼等を想うならば、その変わり果てた生を許容する事なく、人間である者の手で断ち切る事こそが救いなのではないか。 それは、単に罪悪感から逃れる為の言い訳に過ぎなかったのかもしれない。 だがその時の自身にとっては、震えそうな腕に槍を振るう為の力を与えてくれる、正に天啓とも云うべきものだったのだ。 このコロニーへと保護された後、治療を受けている最中に思考を占めていたのは、自身は2人を「救う」事ができたのかという、結果に対する疑問だけだった。 2人、否、3人の殺害は不可避のものであったと、既に自身の中では結論が導き出されてしまったのだ。 卑怯な事だとは思う。 自身がこの問題で悩む事は、恐らくは2度と無い。 キャロが3人を殺害する役割を自身に押し付けたというのならば、自身は3人の死を悼む役割をキャロに押し付けている。 彼女はいずれ、この隔たりを埋めようと歩み寄りを試みる事だろう。 だが、自身がそれに応える事は、恐らくない。 彼女と同じく死者を悼んでしまえば、自身は2度と槍を振るえなくなってしまうから。 異形と化した者の境遇を想ってしまえば、背後に護るべき者があるにも拘らず、その生命を奪う事を躊躇ってしまうから。 自分が殺し、キャロが悼む。 それで良い、それこそが最良なのだ。 全てが終われば、互いに2度と交わらぬ道へと分たれる事になるかもしれない。 歩み寄ろうともしない自分に失望し、死者の魂を厭わぬ内面を軽蔑し、キャロ自身の意思で自分の前から去るのかもしれない。 だとしても、この意志だけは覆すつもりはないのだ。 人が、或いは「人であったもの」が、この先もまた自身等の前に立ちはだかるというのなら。 キャロには、誰1人として殺させない。 その責は、全て自分が負ってみせる。 「・・・戻ったみたいだね」 空調からの風が髪を擽るとほぼ同時、キャロの呟きが漏れた。 直後に照明が次々に点灯され、通路は元の明るさを取り戻す。 「Air circulation system activated」との人工音声アナウンス。 「・・・行こうか」 「うん」 キャロを促し、歩み始めるエリオ。 と、その左肩にそれなりの重みが掛かる。 見れば、フリードが其処に止まり、翼を休めていた。 以前は頻繁にあったが、あの日からは1度として無かった事だ。 驚き、キャロを見やると、彼女は何処か怯える様にしながらも、エリオの手元へと自身の手を伸ばそうとしていた。 だが彼女は、自身を見つめるエリオの視線に気付くと、暫し迷う様な素振りを見せた後にその手を引き戻す。 咄嗟に手を握りそうになる自身を何とか抑え、エリオはキャロより視線を外して歩み始めた。 自身の名を呼ぶ、掠れる様に小さな声を意図的に無視し、平静を装って無機質な通路を進む。 その肩にはもう、小さな竜の姿はなかった。 * * 「復旧しない?」 小奇麗に清掃されたレストランで食事を取っていたシャマルは、同じ店内から発せられた声にそちらへと振り返った。 彼女がこの場に居る理由は、何も職務を放棄した訳ではない。 シャマルが負傷者の治療に回された背景には、彼女が医務官の肩書きを持つだけが理由ではなく、能力が間接支援向きである為に迎撃戦には不向きと判断された事もあった。 無論、彼女自身もそれを承知していた為、特に問題はなく医療任務に就く事となったのだが、予想外な事に彼女がすべき仕事が殆ど無かったのだ。 だが、少し考えれば納得もできた。 重傷者は「AMTP」と呼称される第97管理外世界の医療ポッドか、各次元世界の被災者が持ち込んだ治癒結界展開装置を用いて治療する事がこのコロニーでの通例だ。 それが時間的に最短の方法であるし、元より外科手術を行える人員の数は限られている。 生存者達にとって全てをオートメーションで実行してくれる機械類は、医療に携わる同じ人間よりも遥かに信頼性が高かったのだ。 問題は電力である。 医療ポッドに治癒結界、いずれにしても稼働時には大量の電力を消費する物だ。 電力事情の悪いこのコロニーでは、全てのポッド及び結界を常時稼働させる事など不可能。 以前は比較的広域の結界を常時展開しており、軽傷者は自力でその中へと入って治癒を行っていたらしいが、被災者の数が膨れ上がるにつれ電力消費も跳ね上がり、結界を維持する事が不可能となってしまったのだ。 其処で、今度は医療魔法を使用できる魔導師が脚光を浴びる。 短時間で負傷を癒す事のできる彼等の能力は軽傷者の治療に打って付けだったが、その活躍も長くは続かなかった。 アイギスの配備数が増大し防衛戦力が強化される事で、散発的な戦闘の発生件数が激減した為だ。 周期的に発生するバイドの大規模侵攻では、防衛網を突破した強大な戦力との戦闘である事が多く、担ぎ込まれるのは重傷者か死体ばかり。 即ち医療ポッドを使用するか安置所送りかの2通りであり、個人の有する医療魔法が必要となる場面そのものが激減してしまったのだ。 シャマルも例外ではなかった。 彼女が治療を施したのは、保護された時点で負傷していた民間人4名のみ。 一応の精密検査は行ったものの、特に異状もなく全ての検査が終了した。 その後も医療施設内部で待機していたのだが、局員の1人に休憩を勧められ、施設から少し離れた位置で食事の提供を始めたレストランへと足を運んだのである。 元々はこのレストラン跡を覗いた数人の被災者が、自身等が料理を供する職業であった事も手伝って、生存者の精神的なケアを目的に始めたものだという。 その意図は見事に実を結び、昼時までは少し早い時間帯である現在も、店内には十数人の人影があった。 これが食事時ともなれば、屋外のテラス席までが満席になるという。 シャマルのオーダーはマフィンにコールスローという軽食だが、元が合成食品とは到底思えない程に美味なものだった。 マフィンは、生ハムの塩気とトマトの酸味がチーズのまろやかな甘みと相俟って絶妙な塩梅となっており、それが容易に噛み切れる程度の固さに焼き上げられたマフィンと見事に調和している。 少し強めに利かせたドレッシングの胡椒も、しつこくない程度に刺激的なスパイスとなっていた。 マヨネーズではなくレモン風味のソースで仕上げたコールスローも、マスタードがアクセントとなって新鮮な味わいがある。 そして何よりシャマルが気に入ったのは、食後にオーダーしたコーヒーだ。 ふくよかな豆の香りはこれまでに嗅いだ事のないものだったが、その香ばしさは彼女の好みにぴたりと当て嵌まった。 口に含むとブラックでも仄かに甘みがあり、それが口の中の油分を爽やかに押し流してくれる。 時間があれば、何処の世界の豆を使っているのか、店の者に尋ねてみるのも良いかもしれない。 『G-08エリアです。供給ラインの迂回により他のエリアでは復旧が確認されたのですが、当該エリアの電力はダウンしたままです』 「エリアを使用しているのはメイフィールド近衛軍だったな。通信は?」 『不通。向こうからの接触もありません。隔壁が閉鎖されたのか、或いは・・・』 「他に向かえる部隊は?」 『既に4小隊が向かっていますが、時間が掛かります』 「すぐに向かう、魔導師を寄越してくれ。探査系に優れた者が良い」 「此処に居るわ」 カップの中身を飲み干しナプキンで口許を拭くと、席を立ち通信を続ける彼等へと歩み寄るシャマル。 驚いた様に彼女を見る彼等だったが、すぐに魔導師であると悟ったのか、同じく席を立つと足早に歩み始めた。 カウンターの奥に声を掛け、食事の礼を言うとそのまま店を出る。 シャマルもそれに倣い、店の人間に礼を言いつつ屋外へと歩み出た。 「オルセア正規軍・第203陸戦隊、指揮官のビクトル・アロンソだ。正規軍って組織はオルセアに山ほど在るが、それについては勘弁してくれ。現在の隊員数は19名」 「管理局医務官、シャマルです。そちらに魔導師は?」 「いや、居ない。だが全員が対機動兵器戦を想定した武装を有している」 地下、即ち構造物内部へのアクセスポイントは市街の至る箇所にあり、シャマル達はその1つを目指す。 緊急用アクセス・ハッチの前には既に他の隊員が集合しており、各々が手にした質量兵器を点検していた。 そしてハッチが開放されると、全員が滑り込む様にして内部へと姿を消す。 後を追ってハッチ内部へと踏み込むと、其処には既にトラムが到着していた。 円柱状のレールから3本のアームが伸び、それらの先端に車体が接続された全方位可動式車両。 全員が車内に乗り込みドアが閉じると、トラムはすぐに発車する。 マス・キャッチャー格納庫までは3分だ。 「聞いた通りだ。我々はG-08エリアに向かい、周辺を調査する。当該エリアはメイフィールド近衛軍が機動兵器の保管に使用しており、特に大型マス・キャッチャー格納区は無重力状態が保持されている。 侵入する際はマグネットをオンにしろ。ドクター、飛翔魔法を使う際は重力下と感覚が異なるので注意を」 「了解」 やがて、トラムが減速を開始する。 車両が停止しハッチが開くと、其処はG-08エリア第2トラムステーションだった。 第203陸戦隊の面々が先に降車し、暫し安全確保をコールする声が続いた後、アロンソに促されてシャマルは車外へと歩み出る。 非常灯の明かりのみが照らし出すステーション内部。 薄闇の中を奔る赤い光、十数本のレーザーサイト。 シャマルはウィンドウを開き、アクセスを試みる。 「・・・駄目ですね。メインの電力は完全に落ちています」 『隔壁の閉鎖を確認。警戒して下さい』 「203了解。総員、格納区へ向かうぞ」 2名の隊員が通路を先行、やや離れて続く本隊。 後方にも2名が着き、隊は前後を警戒しつつ広大な通路を前進する。 やがて、閉鎖された隔壁が視界へと入った。 エリア各所へのアクセスルート、幅15m、高さ4mの通路を封鎖する、分厚い金属の壁。 隊員の1名が壁際のパネルを開き、内部のコンソールを操作する。 「駄目だ、全く反応が無い」 「管制室、電力を回してそちらからオーバーライドできないか?」 『了解、待機して下さい』 十数秒後、パネルに幾つかの光が点った。 すぐさま操作を再開する隊員。 そして彼はシャマルの名を呼び、コンソールの前にデバイス用のアクセスポイントである魔力球を発現させた。 「管理局のメカニックが構築したシステムなので問題は無い筈です、ドクター」 「ありがとう」 クラールヴィントをリンゲフォルムへと変貌させ、それを嵌めた指で魔力球へと触れる。 途端、隔離区画内の情報が、洪水の如く意識へと流れ込んできた。 システムの補助を得てそれらを整理し、並列思考で以って高速処理を行う。 「バイド係数2.62、複数探知。総数9」 「そいつは近衛軍の機動兵器だ。魔力増幅の為に「AC-47β」を模倣したシステムが配備されている」 「あとは・・・生命反応は確認できません。システム自体が沈黙しています」 「バイド係数の検出源は9ヶ所のみなんだな?」 「ええ」 暫しの沈黙。 シャマルは再度の探査を掛けるが、特に新しい情報は無かった。 何とか生命反応だけでも探知できまいかと試行錯誤していると、沈黙を打ち破ってアロンソの声が響く。 「マテオ、隔壁を開放しろ」 丁度その時、ステーションへとトラムが到着したらしい。 30名程の人員、魔導師やランツクネヒトを含むそれらが、こちらへと追い付いてくる。 どうやら通信越しに先程までの会話を聞いていたらしく、アロンソが続く言葉を紡ぎ出す事を待っている様だ。 「検出源の数は兵器数と一致している。先程の戦闘で損失があったとの記録も無い。という事は、こいつは純粋なシステムトラブルである可能性が高い」 「万が一という事もあるのでは? 例えば、格納区内部にバイドが侵入しているとか」 「コロニー内部へ侵入するものは何であれ、全て記録される。24時間以内にこのエリアから外部へ出入りしたのは、メイフィールドの機動兵器だけだ。それに・・・」 アロンソは溜息を吐き、手にした質量兵器の銃身で軽く肩を叩く。 その素振りが何処か呆れを滲ませている様に感じられるのは、気の所為ではあるまい。 「正直なところ、原因は分かっているんだ。連中が使っている防護結界だよ。待機中は9機の機動兵器、その全てに結界を施しているんだ」 「何だ、それは」 初耳だったのだろう、新たに到着した人員の1名が怪訝そうに問う。 だが、どうやらランツクネヒトの小隊指揮官は既にその事実を承知しているらしく、無言のまま僅かに肩を竦める素振りを見せていた。 「近衛軍兵士の能力は非常に優秀だが、同時にプライドも並外れて高い。軍全体から選び抜かれた精鋭の中の、更に一握りが近衛軍に所属できる。能力だけでなく、王家への忠誠心も問われるんだ。 連中の兵器は他の軍団とは異なり、王家から直々に授けられたもの、という事になっている。連中はそれに傷が付く事を敬遠するんだ。だから、普段から防護結界を展開して厳重に管理している」 その話は、シャマルも知っている。 メイフィールド王朝を有する第71管理世界は、旧暦に於いて親ベルカ勢力国家だった。 真偽こそ定かではないものの、メイフィールド王家は一部聖王の血筋を引いている、との歴史的見解すら存在する程度には密接な繋がりがあったのだ。 その見解を裏付ける様に、第71管理世界は古代ベルカに良く似た、或いはその発展形とも取れる専制君主制が敷かれている。 一方で軍の大部分はシステムの近代化が進んではいるものの、これが近衛軍ともなると未だに兵士というよりは騎士としての性格が色濃く残されていた。 彼等の使用する兵器は王家より授けられ、王家より賜った命を果たす事にのみそれを使用するのだ。 それらが戦場に於いて損傷する事に関しては納得せざるを得ないであろうが、戦闘以外の要因で傷付く事は極力避けたいというのが彼等の本音だろう。 「結界の電力を外部から供給しているのか」 「結界そのものが外部に構築されたものだ。連中、マス・キャッチャーの保管ユニットに機体を格納して、表層に結界を展開したシャッターを下ろしているんだ」 「それが停電の原因か」 だが、その信念も時と場所を弁えて欲しいものだ。 シャマルは騎士として共感を覚えると同時に、そんな相反する思考をも抱いてしまう。 彼等にしたところで、現状でのその行いは最善でない事など疾うに承知している筈だ。 それでも信念を変える事ができないのは、誇りある騎士としての融通の利かなさ故か。 「これでもう3度目だよ。確か第97管理外世界じゃ、何とかの顔も3度まで、って言うんだろ?」 「仏の顔も、よ。それも一部地域限定」 「何だって良いさ。こいつを開けて、中に入ろう。窒息でもされたら貴重な戦力が減っちまう」 「同感だ」 マテオと呼ばれた隊員が、三度コンソールを操作する。 「Quarantine lifted」との音声の後、隔壁が天井面へと収納され始めた。 未だに照明は落ちたままだが、ドア等の操作は可能となったらしい。 「前進」 アロンソの指示と共に、総数50名近くにもなった歩兵と魔導師の混成部隊は、警戒を緩めずにエリア深部へと向かう。 行く先々で隔壁を開放し近衛軍人員を探索するものの、その姿が照明の落ちた闇の中に浮かび上がる事はなかった。 だが同時に、最も恐れていたバイド係数の変動、検出源の増加なども起こってはいない。 係数2.62、総数9。 『リフレッシュルーム、クリア。やはり誰も居ない。何処へ行った?』 『機体の整備中だったんだろう。格納区へ行くぞ』 エリアに散っていた隊員が集まり、一丸となって格納区へと続く通路を進む。 やはり照明が落ちている以外にこれといった異常はなく、しかし万が一の事を考えるに警戒を緩める訳にはいかなかった。 バイドの脅威は此処に居る全員が身を以って経験しているであろうし、楽観的な予想を口にしたアロンソでさえ周囲警戒を怠る様子はない。 一同は、人に向けるには明らかに過剰な威力を有するであろう質量兵器、或いはデバイスを構え、足音を忍ばせる様にして移動を行っていた。 シャマルはバリアジャケットのデザインから徒歩で彼等の歩調に合わせる事を早々と諦め、今は飛翔魔法を用いて床面より僅かに浮かび上がり移動している。 そして通路を進むにつれ、右手の壁面に「MC HANGER BAY 01」との表示が施された隔壁が現れた。 「此処が格納区?」 『近衛軍が使用しているのは第4格納庫、もう少し先だ』 部隊は更に前進する。 200mほど進んだ頃、漸く「04」の表記が闇の中に浮かび上がった。 隔壁の前に展開した隊員達が質量兵器とデバイスを構え、無数のレーザーサイトの光が闇を切り裂く中、無機質な合成音声が響く。 『Quarantine lifted』 隔壁、開放。 次いで通常のドアが開放されると、その向こうには完全な闇が拡がっていた。 天井面と床面の非常灯が幾度か明滅した後に点灯し、漸く最低限の視界が確保される。 幅及び高さは50m程、奥行きは300m以上か。 シャマルは格納庫内部をサーチ、各種反応の位置を探る。 「バイド係数検出源、特定。此処だわ」 『壁面に格納ユニットの隔壁が並んでいるだろう。連中の機体はその中だ。確か、外殻から直接此処へ輸送される筈なんだが・・・』 『マス・キャッチャー・ユニットの格納用ラインがあるんだ。今は近衛軍が使用しているが、外殻ハッチ内部に機体を固定すれば、後はオートで格納ユニット内部まで運搬される』 ランツクネヒト隊員の説明を耳にしながら、シャマルは左右の壁面に並ぶ計10ヵ所の非常用隔壁を見渡した。 縦横60m程のそれら内部は、本来ならば近衛軍が設置した防護結界によって保護されているのだろう。 しかし今は完全に閉鎖され、その内部を窺う事はできない状態となっていた。 数名が各所の隔壁開放を試みるも、その結果は芳しいものではなかった。 『システムが操作を受け付けない。此処だけ独立している様だ』 『本当か?』 『詳しい事は解らないが、アクセスが拒否された。管制室、そちらからオーバーライドできないか?』 『試みましたが、失敗しました。先ずはエリアの電力供給を回復して下さい。その後で、再度オーバーライドを試みます』 『203了解。隊を2つに分けるぞ。我々はこのまま前進、アンタ方は此処の警戒を頼む。残っているのは大型マス・キャッチャー格納庫だけだ』 そして部隊は2つに分かれ、シャマルは第203陸戦隊と共に大型マス・キャッチャー格納庫を目指す。 目的地は第4格納庫を抜けた先、全ての格納庫へと繋がるドアが集合した通路の突き当たりにあり、逆方向のメインホールへと繋がるドアは破損している為に機能していないとの事だ。 進むこと数分、シャマル等は「LMC HANGER BAY」の隔壁へと辿り着いた。 「この先は無重力だ。ブーツの設定変更を忘れるな」 「電力が落ちているのに、無重力状態が維持されているの?」 「このコロニーは今、回転して遠心力を生み出している訳じゃない。急ごしらえの重力制御システムで、外殻へと向かって重力を発生させているんだ。無重力状態や重力偏向状態が必要な区画には、その影響が及ばない様になっている」 隊員がコンソールを操作し、隔壁を開放する。 その先に現れた通常のドアを前に、シャマルはシステム越しに内部を探った。 生命反応、多数。 システムエラーにより、詳細な数は不明。 「生命反応はあるけど、数は分からないわ。でも、彼等は此処に居る筈よ」 「マテオ」 アロンソの合図と共にドアが開かれる。 隊員達の質量兵器に取り付けられたフラッシュライトが内部を照らし出すと、微かな呻きが上がった。 照らし出された先に、パイロットスーツを纏った幾人かの人影。 どうやらペンライトの明かりを頼りに端末を覗き込んでいたらしく、向けられるフラッシュライトの光を遮る様に掌で目を庇っている。 「オルセア正規軍・第203陸戦隊、停電の調査に来た。全員無事か?」 「・・・ああ、良く来てくれた、助かるよ。この通り、みな無事だ」 答えつつ、年配の男性が幾分ぎこちない足の運びで歩み寄ってきた。 ブーツのマグネットにより、足裏が床面へと吸い付いているのだ。 シャマル達もまた倉庫内に踏み入ると、途端に襲い来る無重力感。 飛翔魔法など用いていないにも関わらず、床面より浮かび上がる身体。 床面に突いた足の反動により、予想以上の勢いで浮かびそうになったシャマルは、慌てて飛翔魔法を発動し制動を掛けた。 アロンソの言葉通り、重力下とは異なる勝手に些か戸惑いながらも、何とか通常と同じ視点の高さを保つ。 何とか平静を装いつつ、彼女は近衛軍の指揮官らしき男性に問い掛けた。 「それで、停電の原因は判明しているんですか」 「ああ。恥ずかしい限りだが・・・「アンヴィル」を格納庫に戻した直後、いきなり隔壁が閉鎖されたんだ。停電はその際に起こった。どうやら、結界維持に電力を喰い過ぎたらしい」 アンヴィルとは、第71管理世界に於いて運用されている機動型魔導兵器である。 縦幅及び横幅は約50m、高さ15m程のそれは、外観からは上下に圧縮された騎士甲冑の様にも見える代物だが、その運用方法たるや空間移動砲台とも云うべき兵器だ。 機体の四方には高出力魔導砲、更に上部には円盤状の旋回砲塔を備え、全方位への攻撃を可能としている。 この旋回砲塔は多くの魔導兵器同様に砲身が存在せず、発射口のみが砲塔側面に穿たれている為、非常に高い耐久性能を誇っていた。 更に、内蔵されている戦術級魔導砲は次元航行艦クラスのそれと比較しては劣るものの、Sランクに相当する魔導砲撃を約8秒間に亘って持続し、更にその砲撃間隔たるや僅か10秒強という異常な性能を誇っている。 加えて、砲撃の持続時間を短縮し砲弾の様に形成する事で、0.3秒間隔での連射を40秒間に亘って継続する機能をも有し、現行の魔導兵器としては最も優れた機種であるとして、管理局内部でもその危険性を指摘する声が絶えなかった。 しかしこの状況下では、これ程に頼もしい戦力もあるまい。 「パイロットは?」 「まだ機内の筈だ。本来、格納されているマス・キャッチャーは無人だからな。隔壁を開放してやらねば、降機する事もできない」 「なら、早く出してやらないとな。マテオ、ルート再設定。ルペルトはマテオを補佐」 「了解」 そうして各々の作業に移る各員を、シャマルは展開したウィンドウ越しに眺めていた。 何度サーチを繰り返しても、バイド係数と検出源の個数、位置に変化はない。 それでもなお、シャマルには気になる事があった。 「何故、隔壁が作動したのかしら」 「魔力増幅用バイド体の所為だろう。あれは強力なシステムだが、実装されてから日が浅い。管理局で使用しているものみたいにエネルギーの蓄積で暴走する事はないが、妙に不安定になる時があるんだ」 「不安定に?」 「急激なバイド係数の上昇、そして下降だ。改善しようと思えばできるらしいが、増幅率を優先して目を瞑っているっていうのが現状だよ。恐らく、今回の停電もそれが原因だろう。 急激に上昇したバイド係数に反応したシステムが、安全の為に隔壁を閉鎖したんだ。それで電力不足に陥ったと」 成る程、とシャマルは納得し、ウィンドウを閉じる。 ほぼ同時に格納庫内の照明が回復し、広大な空間を光で満たした。 先程までの闇の中では気付かなかったが、遥か頭上に100名以上の人員が居る。 彼等はブーツの磁力により壁面に立ち、周囲と言葉を交わしつつ各々の作業へと戻ってゆくところだった。 他にもかなり大型の機材が壁面に固定、或いは太いチューブに繋がれた上で空間を漂っている。 先程の指揮官らしき男性がこちらへと向き直り、改めて礼の言葉を紡いだ。 「協力に感謝する。ありがとう。此処はもう大丈夫だ」 「なら良いんだ。じゃあ、我々は撤収する。他の連中を待たせているんでな」 「第4格納庫を通るのなら、パイロット達に此処へ戻るよう伝えてくれないか。どうにも先程の停電で通信システムがやられたらしい」 「何だって?」 男性の言葉にアロンソが第4格納庫に残った隊員達との通信を試みるものの、聴こえてくるのはノイズばかり。 暫し操作を続けるものの、状態が回復する事はなかった。 第4格納庫、通信途絶。 「まいったな。ぼろコロニーめ、1ヶ所直すと2ヶ所壊れやがる」 悪態を吐きながらも、アロンソは隊員を呼び戻して帰投する事を告げた。 二言三言、指揮官と言葉を交わし、互いに敬礼して無重力圏を後にする。 シャマルもその後に続き、しかし通路との境を跨いだ瞬間、回復した重力に体勢を崩しそうになった。 何とか踏み止まるも、右足首に鈍い痛み。 すると、一部始終を目撃していたらしい隊員から、気遣う様な言葉が掛けられる。 「大丈夫ですか、ドクター?」 「あ、ええ・・・」 それは、マテオと呼ばれていた隊員だった。 大丈夫だ、との意思を込めて苦笑を返すも、直後に奔った再度の痛みに表情が揺らぐ。 傍にあった休憩用のベンチに腰を下ろし、シャマルは軽く息を吐いた。 「・・・ごめんなさい、少し捻ってしまったみたい。私は此処で治療していくから、貴方達は先に戻って」 その言葉に、シャマルを待っていたアロンソは何事かを考え始めた様だ。 暫くして彼は、シャマルの傍に付いていたマテオへと指示を出す。 「マテオ。ドクターの治療が終わるまで、傍に付いていてやれ。俺達は先に戻って、今回の件を報告する。ステーションに2人ほど残して行くから、彼等と合流して何時もの店まで来てくれ」 「了解」 それだけを言うと、部下を率いて通路の奥へと消えてゆくアロンソ。 初めは断ろうとしていたシャマルだったが、まだ勝手が良く解らない事もあり、折角の配慮だと厚意に与る事にした。 足首に治癒魔法を掛け、捻挫による軟部組織の損傷を癒すシャマル。 マテオは無言のまま、治療が終わるのを待っていた。 「見たところまだ10代みたいだけれど、貴方はどうして軍に?」 暫くして治療が終了すると、シャマルは足首の具合を確かめながらマテオへと問い掛ける。 彼の方もそういった問いには慣れているらしく、特に言い淀む様子もなく答えを返してきた。 「内戦で両親が死にまして。自分の街を焼き払った連中に復讐する為と、家族を食わせる為です」 「家族が居るの?」 「妹が1人。2年前にリンカーコアがあると判明して、それを頼りにオルセアから逃がしました。その4ヶ月後に、無事に管理局に入ったとの連絡が」 「そう・・・妹さんは何処の訓練校に?」 その時、マテオの視線が僅かに伏せられた事を、シャマルは見逃さなかった。 嫌な予感を覚えつつも、彼女は続く言葉を待つ。 果たして、語られたのは非情な現実。 「・・・第二陸士訓練校」 シャマルには、返す言葉が見付からなかった。 第二陸士訓練校はクラナガン西部区画郊外に位置し、バイドによるミッドチルダ襲撃時、ガジェット群の攻撃を受けている。 迫り来る数十機ものガジェット群に対し、教導官達は訓練生を地下へと避難させた上で迎撃を開始した。 訓練生を除いた全ての魔導師が、壁となって迫り来るガジェット群を魔導弾幕で以って撃墜せんとしたのだ。 結果、第二陸士訓練校は周囲6kmの土地と共に、ミッドチルダの地表から消滅した。 生存者は疎か、遺体すら1つとして発見されなかった。 行方不明者、2059人。 内、1634名が訓練生だった。 「・・・もう行きましょう。皆が待っている」 そう言って促す彼に、ぎこちなく頷きを返す。 先導する様に先を歩くマテオの少し後方を、無言で着いてゆくシャマル。 やがて第4格納庫の前へと辿り着くと、マテオは其処で足を止めた。 訝しむシャマルに、彼は語り始める。 「ドクター」 「・・・なに?」 「妹は死んでしまいましたが、自分は後悔していません。オルセアに残っても、きっとアイツは遠からず戦火に巻き込まれて死んでいた」 背後のシャマルを振り返る事なく、マテオは言葉を続ける。 シャマルも、口を挟むつもりはなかった。 「それだけじゃない。何時かアイツも自分と同じ、戦場で誰かを殺す様になっていた筈です。銃の代わりにデバイスを手にして、見知らぬ誰かを殺す事に。アイツは、訓練校で友達ができたと言っていた。 そんな経験ができたのも、管理局に入ってミッドチルダへ行ったからなんです」 振り返り、シャマルの目を見据える。 その眼光の強さに、シャマルは息を呑んだ。 「自分はバイドを許すつもりはありません。奴等が目の前に現れるなら、その全てを殺し尽くしてやる。1匹だって逃がしはしない。此処に居る連中は皆そう思っている。貴方達はどうなんです?」 「マテオ・・・」 「管理局は、バイドを裁けますか?」 真っ直ぐに自身の瞳を見据えるマテオの問いに、シャマルは拳を固く握り締める。 シャマルとて、バイドは憎い。 数え切れぬ数の生命を奪い去り、踏み躙り、喰らい尽くした。 できる事ならば、存在の一片すら残さずに消し去ってやりたい。 しかしその憎悪の一部は、バイドのみならず地球軍へと向けられている事も事実である。 何せ、クラナガンでの犠牲者の3割近くは、地球軍の攻撃により発生したものだ。 更に云えば、バイドとは異なり意志の疎通が可能であるにも拘らず、それを承知した上で非人道的な作戦行動を実行したという事もあり、ある意味で地球軍に対してはバイド以上に純粋な憎悪を抱いているとも云っても過言ではない。 マテオはそれを承知した上で、シャマルへと問い掛けているのだ。 その地球軍への憎悪をも呑み込んだ上で、バイドに対し鉄槌を下す意志が、管理局にはあるのか。 そう、問うているのだ。 シャマルは、それを理解した。 だからこそ、答えるのだ。 「・・・勿論よ」 その言葉に、マテオは何を思ったのか。 再び格納庫のドアへと向き直り、掠れた声で何かを呟く。 その声は確かに、シャマルへと届いた。 彼女は小さく笑みを浮かべ、穏やかに声を掛ける。 「・・・行きましょうか。皆が待っているわ」 マテオは微かに頷き、ドアを開放した。 そして1歩、格納庫内へと踏み入り。 瞬間、その姿が掻き消えた。 「あ・・・」 呆けた声を漏らすシャマル。 ほんの一瞬の事であるというのに、マテオの姿は跡形もなく掻き消えてしまっていた。 彼が其処に居たという痕跡は、何処にも無い。 壁面を見ると、全ての隔壁が開放され、その奥にはアンヴィルの巨体が鎮座していた。 其処にすら、彼の影は無い。 「マテオ・・・?」 ふと、シャマルは違和感を覚えた。 それは、ともすれば気の所為と断じてしまえる様な微々たるもの。 だが、確かに存在する感覚だった。 先程の無重力圏の様な、身体が浮かび上がる感覚。 無重力よりもはっきりと感じられる、自らの身体を引き上げんとする力。 否、上方へ「落そうと」する力。 バリアジャケットのポケットから、小さなケースを取り出す。 その中からアンモニアのアンプルを取り出し、掌に乗せてドアの外から格納庫内部へと突き出した。 アンプルは掌の上で奇妙に震え、直後に何かへと吸い込まれる様に掻き消える。 シャマルは迷わずケースを掴み、中のアンプルを全て取り出した。 そしてそれら全てを、通路と格納庫の境である、ドアレール付近へと撒き散らす。 今度は、視認する事ができた。 十数本のアンプルは徐々に、しかし確実に目で追える程度の加速で、ゆっくりと上方へ「落ちて」ゆく。 その軌跡を追い、シャマルはゆっくりと視線を上げた。 そして、それを目にする。 「う・・・あ・・・」 遥か50m上方、全てを染め上げる赤い染み。 天井面へと「落ちて」叩き付けられ、潰れて拉げた人間の成れの果て。 凡そ数十人分の、拉げた肉と骨の山。 「あ、あああぁぁぁぁッッ!?」 シャマルは叫んだ。 叫んだという自覚は無かったが、有りっ丈の声を振り絞った。 恐怖に歪む顔を取り繕うという思考すら持てず、アロンソやマテオ、その他の50名近い人間だったものの残骸を視界へと捉えながら、金切り声を上げ続けた。 と、その視界の端に、蠢くものが映り込んだ。 反射的に視線を投じると、それは格納ユニットの1つ、その中から延びる影だった。 何かがユニット内部で蠢き、這い出そうとしている。 そしてシャマルは、その正体を目にした。 「うそ・・・」 それは、アンヴィルだった。 否、アンヴィルであって、同時にアンヴィルではなかった。 外観には何ら異常は無い。 しかし決して味方では有り得ないと、シャマルには分かった。 何故なら、そのアンヴィルは上下が逆転した状態のまま、砲口をこちらへと向けているのだから。 瞬間、シャマルは飛んだ。 飛ぶこと以外の全てを思考より捨て去り、元来た道を全速力で逆行した。 背後で光が溢れ返り、轟音と熱風が全身を襲ったが、それすらも無視した。 只管に、ただ只管に大型マス・キャッチャー格納庫を目指す。 そうして「LMC HANGER BAY」の表示が記されたドアが目に入る頃、シャマルは唐突に全てを理解した。 何て事だ。 停電の原因となった隔壁の閉鎖は、機器の誤作動などではなかったのだ。 アンヴィルは汚染されていた。 バイドに汚染されていたのだ。 或いは、アンヴィルに擬態したバイド体なのか。 いずれにせよ、敵性体は狡猾にも、アンヴィルに内蔵されていた魔力増幅システムと全く同じバイド係数を保ち、アンヴィルそのものと成り切って侵入に成功したのだ。 そうとも知らず、管制室はアンヴィルをユニットへと格納してしまった。 だが、人間達が取り返しのつかない過ちを犯して尚、コロニーのシステムは正常に動作したのだ。 バイドを探知し隔壁を閉鎖、汚染の拡大を防ごうとしたに違いない。 だがそれも停電と判断ミスにより、あろう事か生存者自身の手で無力化されてしまった。 生存者達の最後の砦、その内部でバイドが解き放たれてしまったのだ。 「誰か・・・!」 大型マス・キャッチャー格納庫のドアを開き、シャマルは助けを求める言葉を放たんとした。 だが、その声は意味のない音となり、宙へと消える。 シャマルの眼前には先程と同じ、床一面の紅い花が咲いていたのだ。 「ひ・・・!」 思わず後ずさり、そのまま体勢を崩して倒れ込む。 格納庫内は、既に無重力ではなかった。 数十トンはあるだろう、巨大な機器が片端から落下し、それら拉げた金属の塊の下からは夥しい量の血液が溢れ返り、小さな流れを作っている。 飛び散る血痕は床面を完全に赤一色で覆い尽くし、壁面には数十mに亘って何かを引き摺った赤い筋が十数条も刻まれていた。 特に密集した血溜まりの中には、限りなく平面に近い状態となった肉塊と、その中から突き出す白い骨格の破片が無数に重なっている。 そして格納庫の中空には、濃群青の装甲を膨大な量の血で黒く染め上げたアンヴィルが、傲然とその巨体を浮かべていた。 「うあ・・・ああ・・・!」 呻く事しかできないシャマルを見下ろすかの様に、アンヴィルは微動だにせず其処に在る。 だが、シャマルは気付いていた。 自身を圧迫する、異常なまでの物理的重圧を。 音を立てて軋む骨格、強大な圧力に悲鳴を上げる体組織。 眼前の存在が重力を意のままに操っている事を、シャマルは完全に理解する。 そうして、彼女の左眼窩の奥で、何かが割れる音が聴こえた瞬間。 アンヴィルの下部装甲を突き破り、無数の触手が床面を貫いた。 警報。 「QUARANTINE!」の表示が、残されたシャマルの右眼、その視界を覆い尽くす。 残された力を振り絞って上げた叫び、魂すら吐き出さんばかりのそれを聴き止めた者は、誰1人として存在しなかった。
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「結局のところ、管理世界と第97管理外世界が抱く互いへの危機感は、同じ要因に端を発するのだろうね」 唐突に発せられたその言葉に、シャリオ・フィノーニ執務官補佐はウィンドウへと落としていた視線を上げる。 此処は本局の一画、研究区画。 時空管理局が誇る最精鋭技術達の居城。 其処で彼女は、久方振りに技術者としての才能を発揮していた。 彼女が補佐すべきフェイト・T・ハラオウン執務官は、対バイド攻勢作戦「ウイング・オブ・リード」へと参加・任務遂行中であり、もう1人の補佐官であるティアナ・ランスターも同様。 非戦闘員である彼女は独り取り残され、法務も特に存在しない事から技術部へと出向したのだ。 技術部は優秀な技術者である彼女の出向を歓迎、本局上層部もロウラン提督の根回しにより問題なくそれを認めた。 それは喜ばしかったが、同時に幾つか彼女にとって予想外の事が起こる。 ひとつは、幼馴染であり嘗ての同僚でもある、グリフィス・ロウランが技術部に出向していた事。 事務官として搭乗していた次元航行艦を地球軍による本局襲撃時に失い、以降はバイド及び地球軍の戦力解析に尽力していた筈の彼が何故ここに居るのか。 シャリオは混乱し、しかし答えは当のグリフィスよりあっさりと齎された。 要するに彼は母親であるロウラン提督より、とある人物の監視任務を言い渡されたのだ。 何故、事務官である彼がそんな事を、と疑問を抱きはしたが、少々考えれば納得もできた。 旧機動六課に於いては部隊長補佐として活躍し、はやてをして非凡と言わしめる指揮能力、そして洞察力を兼ね備える彼だ。 ほぼ全ての方面に於いて人手不足となっている現状にて、優秀な人材である彼を遊ばせておく余裕など管理局には無い。 ロウラン提督がグリフィスの洞察力を活かせる最適の任務を宛がった事は、長い付き合いもあり容易に想像できた。 だがシャリオにとって真に予想外であったのは、その監視対象たる人物そのものだったのだ。 少なくとも、この本局に居る筈のない人物。 濃紺青の長髪、白衣を纏ったその男性。 嘗てミッドチルダを騒乱の只中へと落とし込み、本局をも震撼せしめた広域次元犯罪者「ジェイル・スカリエッティ」。 彼が第14支局跡より回収された「フォース」の解析に携わっていた事、魔力増幅機構「AC-47β」及び「AC-51Η」の設計主任である事などは、既にシャリオも知り得ていた。 JS事件収束から約半年後に本局との司法取引に応じ、ナンバーズの長女であるウーノを助手に第5支局ラボ主任として活動していた事も、技術部への出向から間もない頃に説明されている。 しかしその言葉が正しいならば、彼等は第5支局に事実上の幽閉状態である筈だ。 何故、此処に居るのか? その答えもまた、グリフィスより齎された。 要するに彼等を含む第5支局ラボ所属研究員は、状況によっては戦闘艦として運用される可能性のある支局艦艇より本局に移され、バイド体に対するより詳細な解析と応用技術の開発に充てられたという訳である。 確かに本局の設備ならば、支局よりも更に詳細に、更に早急にバイド体の解析作業を行える筈だ。 未だブラックボックスの塊であるとはいえ、既に魔力増幅触媒として常軌を逸した成果を齎しているバイド体である。 上層部が彼等に向ける期待は並々ならぬものだろう。 そしてスカリエッティもまた、自身の知識欲を満たす為にそれを望んだであろう事は、容易に想像できた。 しかし彼は異動に際して、条件を1つ持ち掛けたらしい。 それが、各地の軌道拘置所に収監されているナンバーズ、計3名の本局への移送だった。 スカリエッティ曰く、何処に居ようとバイド、または地球軍の脅威から逃れる事はできないであろうが、しかし本局以上に安全な場所はあるまいとの事。 彼女等の安全確保が為されなければ、これ以上の解析及び開発には一切協力しない、との要求を上層部へと突き付けたというのだ。 本来ならば一蹴されて然るべき要求。 しかし上層部は、交渉に費やす時間すらも惜しいと云わんばかりの速断で、3名の本局移送を了承した。 3名は各々が別区画に隔離されている上、固有武装すら持ち得てはいない。 ISの解析も終了している事から、重大な脅威にはなり得ないと判断したのだ。 スカリエッティとしても、この結果は予測済みだったのだろう。 彼は3名の本局移送完了を待たずして、ウーノと共に解析作業を開始したという。 これまでの経緯を聞かされたシャリオは、個人としては複雑な感情を抱きながらも、スカリエッティがこの場に居る事を納得した。 だからと言って親しくなろうという意思がある訳でもなく、時折データの遣り取りがある以外は特に接触もない。 しかしこの時、偶然にも彼の言葉を聞き止めた彼女は、何の気なしにそちらへと視線を投じた。 スカリエッティはウィンドウの1つへと目を落としたまま、流れる様にキーウィンドウ上の指を走らせている。 ウーノは言葉を返す訳でもなく、自身の作業に没頭している様だ。 そして、其処から然程に離れてはいないコンソールでは、グリフィスが感情の窺えない瞳で以って彼を視界へと捉えていた。 彼の傍らには、2名の武装局員が控えている。 誰も、言葉を返す気配はない。 独り言だったのだろうか、と首を傾げるシャリオを余所に、スカリエッティは再び声を発した。 「こちらにしてみれば、魔法では到底及びも付かない破壊を齎す質量兵器を無尽蔵に生産し、しかも実際にそれを運用している勢力だ。第97管理外世界は我々にとって、理解などできない正しく異端そのものと云える」 またも呟かれる言葉。 どうやら特定の人物に向かって放たれたものではなく、半ば独り言の様なものらしい。 周囲からの反応があるか否かは問題ではなく、単に自己の内での確認とでもいうべきものだろうか。 しかし、その内容を理解したシャリオは数秒ほど思考に沈み、暫しの後に納得した。 彼の言っている事は正しい。 管理局、延いては管理世界が第97管理外世界を危険視、或いは敵視する最大の理由。 戦略級質量兵器の大量保有と使用、当該世界の歴史上に於ける実際の使用事例の存在。 暴走とも云える軍事技術の異常発達、際限の無い軍拡競争の歴史と各国家間に於ける一触即発の現状。 そして何より、あの事件だ。 22世紀地球軍とバイドによる、クラナガン及び本局襲撃。 クラナガンに於いては31万、本局では1300名もの生命を奪ったあの事件は、純粋科学技術体系を基盤として発達を続ける第97管理外世界、その発展が秘める危険性を浮き彫りにした。 それだけではない。 管理世界に於いては、唯でさえ反感を以って捉えられる質量兵器。 その恐ろしさと危険性・非人道性を身を以って体験した局員、そしてクラナガン市民を中心とするミッドチルダ住民。 直接的に被害を受ける形となった彼等がそれらを運用する第97管理外世界に対し抱く感情は、もはや反感と呼べる様な生易しいものではなく、敵愾心とも呼ぶべきものと化していた。 公然と質量兵器を運用する、危険極まりない次元世界文明。 その存在を野放しにした結果が、時間さえ超越しての他次元文明に対する無差別攻撃。 そもそも魔法技術体系及び次元間航行技術を持たないからといって、2世紀にも満たない短期間で異常な科学技術の発達を成し遂げる様な文明が管理体制下に置かれる事もなく存続している、それ自体があってはならない事なのだ。 彼等が将来、極めて侵略性の高い巨大軍事勢力となる事は明らかになった。 ならば、摂り得る選択は1つしかない。 現時点での当該世界、21世紀地球に於いては次元間航行技術は確立されておらず、現状では決定的に管理局が優勢だ。 となれば、すぐにでも艦隊を送り込み、第97管理外世界を武力統治すべきである。 彼等が質量兵器廃絶の要求に応じる可能性は無に等しく、平和的な交渉など徒労に終わるのは明らかだ。 彼等の主権を奪ってでも統治下に置き、質量兵器技術をその根幹より廃絶する事が望ましい。 否、それでは足りない。 より確実を期すならば、軌道上より戦略魔導砲の一斉射により、当該文明そのものを消去する方法が最も安全且つ堅実だ。 縦しんば第97管理外世界を統治下に置いたとしても、同時に複数の反管理局勢力の発生は避けられない。 そうなれば危険に曝されるのは、第97管理外世界製の強力な質量兵器と相対する事となる、前線の局員達だ。 更にテロリズムともなれば、各管理世界の一般人までもがその脅威に曝される事となる。 管理世界の平和を最重要視するならば、人道を無視してでも危険要因たる当該世界を完全に排除すべきだ。 無論の事ながらこの様な過激な思想は、管理局内部に於いては極一部の強硬派が提唱しているものに過ぎない。 大多数の局員は、第97管理外世界の隔離・相互不干渉状態の維持で十分であると考えているし、先制攻撃によって文明自体を破壊する等という非人道的な措置を望んではいない。 質量兵器に関しても、第97管理外世界の置かれた状況とその性質からして、仕方のない事であると頷ける事もある。 何より、地上の治安回復に尽力した故レジアス・ゲイズ中将が、スカリエッティとの取引をせざるを得ない状況へと至るまでの過程に関する負い目も相俟って、本局の中ですら強制執行には反対する意見が多い。 魔力資質因子保有者の存在しない世界から唯一の自己防衛手段である質量兵器を奪う事が、どれだけの流血を伴うものか。 彼等はそれを、正確に理解しているのだ。 強いて言えば、関わり合いにはなりたくない、というのが本音だろうか。 どちらにせよ各管理世界を含め、大多数は武力衝突を望んではいない。 しかし事は、そう単純なものでは終わらなかった。 問題は多数の穏健派ではなく少数の強硬派、前線の局員及び高ランク魔導師達だ。 管理世界の中心地であるミッドチルダの住民、そして管理局上層部の一部が強制執行を支持する事は予測された事態だった。 厄介なのは、管理局の行動方針について強い発言権を持つ高ランク魔導師、その殆どが強硬論を支持している現状だ。 彼等は過去、最前線へと投入され、其処で文字通りの命懸けで任務を遂行してきた、筋金入りの現場主義者達だ。 自らのみならず、数多くの戦友達の血と遺族の涙を以って、現体制の維持に尽力してきた。 そんな彼等が、自身等が血を流して守ってきた体制とは相容れない文明、管理局とそれの妥協とも取れる穏健派の思想に賛同できる筈もない。 元来、組織が掲げる思想の実現に於いて、根幹から魔導資質を持つ人材に依存しているのが時空管理局の実状である。 魔導資質因子を持たない者と比して、魔導師の発言権が増大する事は避けられない事態だった。 結果として上層部の殆どは魔導師に占有される事となり、非魔導師の意見は通り難くなる。 幾度となく改革が行われてはいるものの、それらの試みが実を結んでいるとは云い難い。 そんな状況の中で、魔導資質因子を持たないレジアスが地上本部のトップに就任した事実は、ある意味では奇跡の様な出来事だった。 だがレジアスが築き上げた体制も結局は本局と地上、魔導師と非魔導師との軋轢の中で瓦解し、現在は再び本局より派遣された高ランク魔導師が地上本部の総司令として君臨している。 そして、JS事件の真相を知った陸士の殆どは新しい総司令を毛嫌いしている上、レジアスの遺した体制より新たな方針へと転換後、犯罪検挙率は減少の一途を辿っていた。 その事実こそ故レジアス中将が築いた体制の優秀さを証明するものだったが、実際にそれを評価しているのはミッドチルダを含む各管理世界主要都市の住民と陸士達だけだった。 この現状だけを見れば、陸士が本局上層部と高ランク魔導師の唱える強硬論に賛同する要素など、何1つ存在しない様に思える。 だが多くの陸士部隊は、地球軍及びバイドによるクラナガン襲撃時に於いて多大なる犠牲者を出していた。 現在の彼等は、本局との軋轢を気にしている余裕など無い。 如何にしてバイド及び地球軍へと報復するか、以後に発生の予測される悲劇の芽を摘み取るか、それだけが思考を支配していると云っても差し支え無いだろう。 更にそれを後押しするのが、31万もの生命を奪われたミッドチルダ住民の存在だ。 家族を、知人を奪われた彼等は、口々に地球軍と第97管理外世界への報復を叫んでいる。 現在のところ穏健派が主流であるのは、単にミッドチルダと隔離空間内へと取り込まれた41の世界を除く各管理世界が、第97管理外世界との相互不干渉を望んでいる為に過ぎない。 冷静さを保っている上層部の大多数も、その方針を挙げている。 信管に火の入った爆弾に近付こうとする者は居ない。 だが、いずれ強硬派の不満が爆発するのは、誰の目にも明らかだった。 シャリオ個人としては、なのはやはやての出身世界である第97管理外世界に対する武力行使については賛同しかねている。 しかし当の2人は、然程に現状を憂いている気配はない。 大して気に掛けてもいないのか、或いは強硬派の動向について情報操作が為されているのか。 少なくとも、戦略魔導砲による無差別攻撃案の存在については、情報部が全力を挙げて隠蔽しているのだろう。 本局内のシステムを利用すれば、彼女達に気付かれずに周囲の音声、情報媒体を統制する事も可能だ。 強硬派の動向を、彼女達の耳に入れる訳にはいかない。 何せ第97管理外世界には彼女らの肉親、友人、知人が多数存在するのだ。 アルカンシェルによる文明の破壊などという手段は到底、受け入れられるものではないだろう。 たとえ彼女達が、管理局による第97管理外世界の全面統治に肯定的であるとしても。 シャリオがそんな事を思考していると、現在の作業に一区切り付いたらしきスカリエッティがキーウィンドウより手を離し、回転式の椅子に座したままウィンドウへと背を向ける様が目に入る。 彼は脚の上で手を組み、何処か楽しそうに周囲へと視線を遣っていた。 「そして、地球軍にとっての管理局もまた同様だ」 その言葉に、幾人かの作業の手が止まる。 シャリオもスカリエッティの言葉を訝しみ、知らず視線を彼へと固定していた。 奇妙な静寂の中、聴き慣れた声が鼓膜を叩く。 「リンカーコアを持たない彼等にとって、質量兵器を使用する事もなく、個人単位で戦術兵器に匹敵する攻撃を実行可能である魔導師という存在は、決して受け入れる事のできない異端であり、排除すべき危険因子と認識される可能性が高い」 それは、グリフィスの声だった。 その内容にシャリオは愕然とし、母親に良く似た容姿の幼馴染を視界へと捉える。 冷然と構えるその姿は、何処か生気を感じさせないものだ。 そして、相も変わらず楽しげなスカリエッティの声が響く。 「その通り。彼等にしてみれば魔導師という存在は、核弾頭が自由意志を持ち、自らの価値観に基づいて行動しているに等しい。何時、何処で爆発するかは弾頭自身の気分次第。これ程に恐ろしいものはない」 違う、と否定する感情的な声は、区画の何処からも上がる事はなかった。 知っているのだ。 グリフィスの、スカリエッティの言葉は正しいと。 シャリオを含め、この場に存在する者の殆どは技術野の出身だ。 魔導資質因子を持つ者も居るが、総じて実戦に出られる程の魔力保有量は有していない。 だからこそ、魔法技術体系からなる自身の組織とその主張を、客観的に評する事ができた。 そう、確かに彼等にとっての魔導師とは、暴走した戦術兵器そのものだ。 彼等の存在そのものだけでなく、その在り方を許容する管理局の体制すらも警戒の対象となるだろう。 出力リミッターという形での制限機構も存在はするが、それは魔導師の暴走を抑える為というよりは、組織内の公平さを保つ為の手段だ。 リミッターを使用するに至らない低ランク魔導師については、一切の制限手段が無いに等しい。 無論、低ランク魔導師が犯罪行為に至ったとして、大した脅威とはなるまい。 しかしそれは、鎮圧する側もが魔導師であればの話。 魔導資質因子非保有者にとっては、何にも勝る脅威に違いない。 Cランク、Dランクの魔導師であっても、拳銃弾に匹敵する魔導弾を放つ事は可能だ。 つまりそれは、生身の人間が質量兵器を用いずに、暗殺を初めとする各種破壊工作が可能である事を意味する。 第97管理外世界の住民にしてみれば、正しく制御されない脅威そのものだろう。 自らの隣に居る人物が、突如として魔導弾を乱射するかもしれない。 人混みの中から、あらゆる物を巻き込んで砲撃が放たれるかもしれない。 都市の一画が、たった1人の生身の人間によって灰燼に帰すかもしれない。 実際にそれらの行動が成される必要はない。 その可能性があるというだけで、魔導師を危険視するには十分に過ぎる。 魔法技術体系を持たない次元世界に於いて魔導師の価値は、正しく核弾頭と同じく、抑止力としての威力さえ発揮する程のものなのだ。 そんな異端の存在を、第97管理外世界が容認する事などある筈が無い。 「管理局が質量兵器の廃絶を望むのと同じく、彼等は魔導師の根絶を望むだろう。それこそ、ありとあらゆる手段を用いて、だ」 「彼等が管理世界に対し、強硬派が提唱する以上の非人道的手段を用いて攻撃を行うと?」 更に発せられたスカリエッティの言葉に、グリフィスが声を返す。 この狂気に侵された科学者との遣り取りの中から、少しでも有用な情報を拾い上げようとしているのか、グリフィスの目は猛禽の様に鋭い。 「そうだ。私に言えた義理ではないかもしれないが、これまでに観測された行動と得られた情報を見る限り、如何にも彼等は生命倫理というものに対しての関心が薄い様だからね」 「魔導資質の封印のみならず、管理世界全域に対する無差別攻撃を実行する可能性が高い。少なくとも、貴方はそう考えている」 「態々、千数百億もの管理世界住民を検査する程、彼等は時間も人員も持て余してはいないだろう。そんな事をするよりも、次元世界そのものを消し去ってしまう方がよほど効率的だ。 あのパイロット達の証言が真実ならば、少なくとも22世紀の第97管理外世界はより上位の空間構造を把握し、活動範囲へと加えている事になる。私達の知る次元世界そのものを消滅せしめる事も、或いは可能だろう」 「もし、その推測が的を射ているのならば、強硬派の主張は全く以って正当なものとなる。貴方はそれを望んでいる様にも見えますが」 「勿論」 その瞬間、幾つもの緊張を孕んだ視線がスカリエッティへと注がれた事が、シャリオにも感じ取れた。 彼女自身も例に漏れず、殺気にも似たものを含んだ視線を彼へと向けている。 当のスカリエッティは、先程までの楽しげな雰囲気を消し去り、真剣な様相でグリフィスを睨んでいた。 「勿論だとも、ロウラン事務官。私の娘達の安全は、管理局の対応に懸かっている。誤った対応を採られれば、彼女達はその巻き添えとなるしかない」 「彼女達の生命を守りたいと?」 「尊厳を、だ。戦闘機人である彼女達が地球軍に捕らえられれば、その先に待つのは一切の倫理を無視した、私にさえ想像も付かない凄惨な実験・研究だろう。彼等はそうやって、R戦闘機やフォースを開発した。 バイドとの戦いが続く限り、彼等は技術の革新に対し異様なまでに貪欲であり続ける。これは疑い様の無い事実だ」 其処まで言い切ると、スカリエッティは僅かに息を吐き、目に見えて肩の力を抜く。 そして、何処か諦めた様な声で続けた。 「彼等がバイドとの間に繰り広げているのは、戦争じゃない。生存競争だ。勝てば相手を喰い殺して力を得るが、負ければ喰い殺される。互いに進化し、相手を出し抜き、出し抜かれぬ様に手段を講じ続けている。私達は、其処に取り込まれた・・・取り込まれてしまった」 「取り込まれた?」 堪らず、シャリオが割り込んだ。 スカリエッティは驚いた様子も無く、彼女へと視線を移し言葉を続ける。 「そうとも。これは、単なる質量兵器と魔法の戦いでも、思想の衝突でも、況してやロストロギア・バイドを巡る事件でもない。紛れもない生存競争であり、管理世界は新たな捕食者にして被食者として、舞台に上がる事を余儀なくされたのだ」 「喰い殺さなければ、喰い殺される。そう言いたいのですか?」 「そうだ」 そう答えると、スカリエッティはキーウィンドウの一角を指先で叩いた。 瞬間、ハッキングツールの発動を、シャリオはウィンドウ上に情報として捉える。 咄嗟に警告の声を上げようとするが、それより早く1つの受像システムが中空に現れた。 スカリエッティ、違法アクセスによるプログラム干渉により、室内の魔力式光学迷彩解除。 受像システムの映像受信先を逆探知し、それを表示しているであろう空間ウィンドウの前に存在する人物の姿を、リアルタイムで室内のウィンドウ上へと表示する。 その容姿に、シャリオは息を呑んだ。 幼馴染と同じ、濃紫色の髪。 その少し後方に、若緑色の髪も見える。 共に若々しく、しかし確かな威厳を感じさせる、女性上級将校2人。 スカリエッティは臆する事もなく、彼女達へと語り掛けた。 「よって・・・ロウラン提督、ハラオウン総務統括官」 こちらを監視していたのであろう、無言の儘にスカリエッティを見据えるリンディとレティに対し、彼は言葉を投げ掛ける。 彼女達の、管理局の意識を揺さ振る、言霊とも云える声。 「貴女方が良心の呵責に囚われる必要はない。穏健派と強硬派との折衷に腐心している事は予想できるが、それよりも如何にしてバイドと地球軍の脅威から生き延びるかを考えた方が良いだろう。 管理世界の置かれている状況には最早、第97管理外世界の住民の尊厳に気を配っていられる程の余裕などありはしない。躊躇う必要はない。強制執行を実行すると良い・・・尤も」 警報。 咄嗟に周囲を見回すシャリオの意識に、うろたえる局員達の声と大音量の警告音が飛び込む。 怒号と混乱の叫び。 そんな中にあって、スカリエッティの言葉は奇妙に澄んで聞こえた。 「それまで此処が保てばの話だが」 続く中央センターからの警告が、シャリオの意識を揺さ振る。 それは、本局内に存在する12万の人間を戦場へと誘う、悪夢の始まりを告げていた。 『隔離空間、領域拡大! 空間歪曲面、高速接近! 接触まで15秒!』 * * 「ルクレツィア、戦術級光学兵器被弾! 艦体左舷部爆発、轟沈します!」 「シャーロット、敵機動兵器撃破! ファインモーション、残存数7!」 「第16支局艦艇、敵機動兵器による体当たりを受けました! Dブロック崩壊!」 「敵機動兵器、自爆! 第9、第13支局艦艇ほか7隻が爆発に・・・いえ、各艦健在です! 敵機動兵器、残存数5!」 「第8、10、15支局艦艇よりMC305砲撃、総数60! 来ます!」 「ユージェーヌ及びローロンス、アルカンシェル発射! 弾体炸裂まで4秒!」 「総員、衝撃に備えろ!」 3隻の支局艦艇より放たれた総数60発もの大出力魔導砲撃、そして複数のXV級からの砲撃が彼方より飛来し、5機の大型無人機動兵器へと殺到する。 外殻装甲を閉じ、重力偏向フィールドによる防御幕を展開していた3機が砲撃に耐え抜いたものの、次いで炸裂した2発のアルカンシェル弾体による高密度次元震に巻き込まれ、閃光と共に全ての機動兵器が跡形も無く消え去った。 異層次元巡回警備型無人機動兵器「ファインモーション」40機、殲滅。 しかしクロノは気を緩める事なく、矢継ぎ早に指示を下す。 「被害報告」 「システムに異常ありません。機関部にて負傷者2名、いずれも軽傷です」 「艦隊の損害は?」 「第12支局艦艇及びXV級11隻を喪失、いずれもクルーの生存は絶望的です」 「第8支局艦艇より入電。攻撃隊デバイス追跡信号、約半数を発見。いずれも人工天体内部に存在、バイタル異常はなしとの事です」 「了解した。周囲警戒、大質量物体転移に注意せよ」 他の艦艇との連絡を取りつつ、クロノは新たな敵襲に備えるべく艦の態勢を整えた。 攻撃隊の安否が気に掛かるものの、第8支局が追跡信号を捉えたとの報告に幾分ながら安堵する。 残る半数の安否は未だ不明だが、全滅という最悪の事態だけは避ける事ができたのだ。 寧ろ、この規模の転送事故にあって半数が生存という結果は、最悪どころか最良とも云える。 そう時間を掛けずとも、攻撃隊の現状については情報が入ってくる事だろう。 この時クロノは、そう考えていた。 少なくとも、続くクルーの報告を聞くまでは。 「第8支局艦艇へ報告。これより本艦はシャーロット、ローロンス両艦と連携し、人工天体への・・・」 「警告! 後方、空間歪曲境界面、相対距離増大! 隔離空間全体が拡大しています!」 「バイド係数増大! 16.52・・・17.80・・・19・・・22・・・27・・・!」 「大規模空間歪曲発生、総数300以上!」 瞬間、クロノはブリッジドーム内部へと表示された外部映像上に、信じられない光景を見出した。 隔離空間内の至る箇所で可視化された空間歪曲が乱発生し、数秒後に1つの天体が出現したのだ。 何が起こったのか、理解などできる筈もなかった。 つい数秒前まで何も存在しなかった空間に、恒星の光を鮮やかに照り返す巨大な球体が浮かんでいる。 それが管理世界の1つだと気付いた時には、更に数十もの天体が出現していた。 秒を追う毎に増えゆくそれらを、クロノは呆然と見詰める。 しかし、警告音と共に表示された情報、そしてクルーの報告が、彼の意識を強制的に覚醒させた。 「各天体付近に艦隊の展開を確認! 照合結果・・・第88管理世界、フォンタナ政権正規艦隊、及び反政府軍艦隊!」 「第179観測指定世界、エムデン連邦軍ルフトヴァッフェ所属、第1から第9次元巡航艦隊までの72隻、全次元航行艦艇を捕捉。管理局監視指定質量兵器、シュヴァルツガイスト2機の配備を確認」 「第66観測指定世界バルバートル合衆国艦隊、及び第71管理世界メイフィールド王朝王家近衛艦隊、確認! 両惑星間にて交戦中・・・いえ、戦闘中断!」 「第148管理世界、成層圏に不明艦隊を捕捉。管理局のデータベースには登録されていませんが、当該世界の艦艇と同一の設計です。これは・・・未登録戦力の保有、違法艦隊です!」 「小型次元航行機、総数544機、交戦中・・・第133管理外世界、ツェルネンコ政権正規軍、ダニロフ解放戦線です」 次々に飛び込む報告は、各世界の固有戦力が、本星もろとも隔離空間内へと取り込まれている事を告げる。 更には他の艦艇との情報共有により、読み上げる暇さえ無い膨大な各世界及び固有戦力の情報が、多重展開されたウィンドウ上を埋め尽くす様に表示されていた。 本作戦が立案された際、管理局は各管理世界に戦力の提供を求めていたが、それらの要求は全て撥ね退けられている。 どの世界も管理局に事態の解決を委ね、固有戦力を自世界の防衛に充てていた。 汚染艦隊の脅威、クラナガンの惨状を鑑みれば当然の事かも知れないが、それら以外にも狙いがあるのは明らかだ。 この機会に体制の転覆を狙う者、敵対する他世界との拮抗状態により動くに動けない者、管理局の疲弊を狙い実質的な侵略行為を開始する者、停戦監督者の不在を狙い一気に紛争の終結を狙う者。 其々の思惑を内包し、彼等は戦力抽出要請を蹴ったのだ。 管理局としても、バイド制圧後の各世界に於ける軍事的拮抗の崩壊については頭を悩ませていたが、かといって隔離空間内部の各世界を放置する訳にもいかず、局内に於ける多数の反対意見に曝されながらも次元航行部隊の半数を本作戦へと投じる事となる。 各次元世界は自らの世界を離れ、バイド制圧作戦へと赴く管理局艦隊を、内心では諸手を挙げて歓喜しつつ見送った事だろう。 ところが今、それらの世界は固有戦力もろとも隔離空間に取り込まれてしまった。 単に本星の防衛に当たっていた勢力、内紛による戦闘中の勢力、他世界との全面戦争中の勢力。 中には管理局でさえ把握していない、つまりは違法に保有する次元航行戦力までをも取り込まれた世界すらある始末だ。 それどころか、どの次元世界に属するものかは窺い知れないが、次元世界を航行中の艦隊、或いは独航艦までもが出現している。 それに加え、数千隻もの非武装民間船舶までもが、数百もの世界と艦隊の合間を縫う様にして浮かんでいるのだ。 「管理局艦艇、捕捉! XV級76隻・・・78・・・84・・・増え続けています! 第2、第7支局艦艇、捕捉!」 そして遂に、管理局艦艇の存在までもが捕捉される。 残る7隻の支局艦艇と共に本局、及びミッドチルダ周辺世界の防衛に就いていた筈の次元航行部隊が、次々に隔離空間内部へと転移を始めたのだ。 加速度的に数を増しゆくXV級の艦体を見詰めつつ、クロノは唐突に理解する。 同時に、全身が氷漬けになったかの様な悪寒を感じた。 気付いたのだ。 この状況の意味する事を、何が始まったのかを。 「空間歪曲境界面、ロスト! 相対距離、計測不能です!」 「天体数、更に増大・・・管理局が捕捉する世界の総数を超えました!」 「前方、人工天体付近に大規模空間歪曲・・・あれは・・・あれは・・・!」 拡大した隔離空間。 各世界の転移。 際限なく増えゆく天体数。 詰まるところ、この状況が意味する事は。 「本局です! 時空管理局、本局艦艇、捕捉! 人工天体より距離86000!」 「ミッドチルダ、転移確認! 繰り返す、ミッドチルダの転移を確認!」 バイドは、次元世界そのものを「侵食」した。 全ての管理世界・管理外世界、そして観測指定世界までもが、否応なくバイドとの戦争の場へと引き摺り出されたのだ。 「第97管理外世界、捕捉!」 その報告が艦内に、延いては時空管理局艦艇の全てに行き渡った時、それまでとは別種の緊張がクロノに走る。 咄嗟にブリッジクルーへと目をやれば、彼女達は後ろ姿からでもそうと判る程、憎々しげに1つの管理外世界、その表示画像を見据えていた。 彼女達の心境を慮り、クロノはそれを理解すると同時に、遣り切れないものが込み上げるのを感じる。 妻であるエイミィ、そして息子カレルと娘リエラの3人は、一連の事件発生直前にミッドチルダへと帰省していた。 東部のテーマパークを訪れ1泊した後に本局を中継し、地球へと戻ろうとした矢先に地球軍の襲撃に遭ったのだ。 子供達、そして実戦を離れて久しい妻にとっては、余りに恐ろしい体験だったのだろう。 子供達を安心させ、彼等と離れた後に止まらない自身の震えを吐露した妻を慰める為に、クロノは少ない猶予の中で最大限の時間を割いた。 彼女達は今、聖王教会の守護するミッドチルダ北部で、リンディが手配したホテルのスイートに宿泊している。 地球へと戻れない以上、仕方のない事だった。 よって今、クロノの家族は地球には居ない。 しかしあの世界にはなのはの家族を始めとして、彼女やフェイト、はやての友人達が存在している。 彼女達は勿論の事、あの世界の住民は次元世界で何が起こっているのか、何1つ知らない。 少なくとも、21世紀に於いては。 しかし次元世界に於いては、第97管理外世界はこの事態の元凶の一端として捉えられている。 その事実が、クロノには歯痒いものとして感じられるのだ。 あの世界は今、自身を襲っている幻想をどう理解しているのか。 次元世界に対する観測手段を確立してはいない以上、通常通りの宇宙空間を観測しているのだろうか。 バイドによって取り込まれ、そして管理世界にすら敵視される世界。 何も知らないのは、彼等自身だけ。 しかし百数十年後、彼等は異常極まる戦力を以って次元世界へと介入するのだ。 次元世界の存在を知る誰もが出現を予想だにせず、今この瞬間でさえ解明されてはいない超高度科学技術を以って次元の壁を乗り越え、バイドと共に管理世界を、延いては次元世界全体を危機へと陥れる、正に災厄の申し子とすら呼べる世界。 しかしバイドは、何を考えてこんな事を? 如何に汚染艦隊が圧倒的な戦力を有しているとはいえ、各世界を合わせれば軍用次元航行艦の総数は1500を超えるのだ。 未確認の世界が有する艦艇数を考慮に含めればその倍以上、3000を超える事さえあり得る。 何せ、隔離空間は今も拡大を続けているのだ。 艦艇の数は、際限なく増え続けるだろう。 管理局としても危険な事ではあるが、何よりもバイドにとっては不利になる事さえあっても、決して有利とはなり得ない。 一体、何の為に? 「第9支局艦艇より警告! 空間歪曲反応、多数観測! 総数・・・」 「どうした?」 クロノが抱いた疑問。 それに答えるかの様に、報告が飛び込む。 同時に、隔離空間内を映し出すブリッジドーム内面に、空間歪曲の発生を意味する赤い波紋が表示された。 その数、数十か、数百か。 クルーより齎された報告は。 「総数・・・4000以上! 繰り返す! 総数4000以上! 大質量物体転移まで5秒!」 壁が、出現した。 少なくとも、その感想を抱いたのはクロノだけではなかったろう。 先程の機動兵器群など比較にもならない、大型次元航行艦に匹敵する敵影が、赤く光るイメージとしてドーム内部を埋め尽くしている。 それらの約半数は、次元世界の艦船だ。 古代ベルカ艦艇、及び古代ミッドチルダ艦艇などの歴史的遺物にも該当する艦から、退役した筈の管理局旧型次元航行艦、明らかに新造艦と判る所属不明艦まで、世界も時代も問わず、無数の艦艇が等距離を保って壁を形成し、艦首をこちらへと向けている。 「何だ、これは・・・」 「不明艦隊よりバイド係数検出! 13.86で変動停止、汚染艦隊です!」 「約500隻、こちらへ向かってきます! 距離25000、残る汚染艦艇は各方面へ!」 「聖王のゆりかご、捕捉しました! 総数・・・40! 40隻です!」 『第8支局より全艦隊へ! 異常係数検出個体を確認! 総数20、接近中! 画像を確認せよ!』 「目標、拡大映像を出せ!」 攻撃艦隊へと向かって接近を開始する汚染艦隊。 その中に、幾つかの異形が紛れ込んでいる。 支局艦艇より齎されたデータに基き、それらを拡大表示するようクルーに命じるクロノ。 そうして表示された映像、浮かび上がった異形の全貌に、クロノを含め誰もが言葉を失う。 「・・・これが、戦艦だと?」 それは「艦」と呼称するには、余りにも歪な存在だった。 通常の艦艇の様に前後に伸長する形ではなく、上下に伸びたメインユニットを挟む様にして、左右に張り出した巨大なエンジンユニットらしき部位が付属している。 メインユニット下方には、騎士甲冑の腰部装甲を思わせるサブエンジンユニットらしき左右一対の部位が存在し、上部エンジンユニットとの間には左右二対、計4門の砲撃兵装らしきユニットが見て取れた。 全体からは複数の槍状構造物が突出し、本来ならば無機質とも取れるであろう外観を、防衛本能を剥き出しにした生物、即ち有機的生命体にも似たそれへと変貌させている。 メインユニット最下方には、三方に延びる巨大な槍状構造物。 外殻装甲は血とも赤錆とも取れる、黒ずんだ闇色の赤に彩られている。 少なくとも、塗装による色彩ではない。 前方から捉えたその全貌はまるで、肩部装甲を残し四肢と頭部をもぎ取られた、巨大な騎士甲冑の様にも見える。 計測結果、全高817m、全長790m、最大全幅635m。 「第10支局より入電。敵性体、詳細判明。地球軍識別コード、B-BS-Cnb。コードネーム「COMBILER」。艦船の残骸を中心として無数の推進機構及び兵装が融合した後、汚染により機械生命体として活動を開始した複合武装体。 小型及び中型汚染体の母艦としての機能を持ち、陽電子砲を始めとする複数種の武装を内包。メイン・サブ含め6基の独立可動式エンジンユニットに計18基の核融合パルス、バサード・ラムジェット複合サイクル推進機構を持ち、空間跳躍及び浅異層次元潜航機能を搭載。過去に確認された事例では多数の核弾頭を搭載し、上部発射機を用いての戦略攻撃により、単体にて大規模人工居住空間1基を破壊、地球軍艦艇2隻を大破させているとの事。 第一次バイドミッションに於いて武装体形成途上の個体を確認、R-9A単機により撃破した記録あり」 第10支局艦艇にて監視下にあるR戦闘機パイロットより齎された情報、その余りに出鱈目な敵性体の性能に、クロノは小さく悪態を吐いた。 陽電子砲などという常軌を逸した兵装だけに飽き足らず、核弾頭で武装した巨大な機械生命体。 それが今、明確な攻撃の意思を以ってこちらへと接近している。 しかもその数は20体、更には1体につき2隻のゆりかご、恐らくはコピーであろうそれらの護衛付きという有様だ。 余りに絶望的な戦力差に、眩暈さえ起こしそうである。 「・・・アルカンシェル、バレル再展開。攻撃管制システムを各艦とリンク、距離15000で発射と通達せよ」 「バレル再展開、距離15000で発射、了解」 「システム、リンク要請・・・要請通過、リンク完了」 しかし、此処で絶望している訳にもいかない。 クロノは提督だ。 多くのクルーを抱え、艦と共にその生命を背負っている。 責任を放棄して蹂躙を受け入れる事などあってはならないし、元より受け入れるつもりなど無い。 『ローロンスよりクラウディア、第13支局艦艇よりリンク要請があった。発射は距離20000にて行う。支局艦艇とリンクし、タイミングを修正しろ』 「クラウディアよりローロンス、了解。リンクを許可する」 「リンク完了。全艦艇、バレル展開」 白光を放つ環状魔法陣がクラウディア艦首へと幾重にも展開され、その中央に閃光が集束を開始する。 形成された弾体はクロノが火器管制機構の鍵を捻り、自身を束縛する膨大な魔力が霧散する瞬間を待ち侘びていた。 炸裂と同時、広域に亘り高密度次元震を引き起こすそれは、目前の「壁」を食い破らんと白光の牙を剥き出しにする。 その牙はクラウディアのみならず、185隻のXV級、その全ての艦首へと現出していた。 「目標、距離196000!」 「速度、進路、共に変わりなし」 「第102管理世界艦隊、汚染艦隊との交戦を開始! 次元航行機による近接攻撃です!」 「第18観測指定世界、地表部からの迎撃を開始・・・第33管理世界艦隊を巻き込んでいます! 艦隊、地表部への反撃を開始! 魔導砲撃です!」 汚染艦隊の射程内到達を待つ間、各方面で汚染艦隊と各世界の保有する戦力との戦闘が開始される。 恐らくは、汚染艦隊による攻撃を受けたのだろう。 状況を理解し切れていなかったであろう世界も、既に他世界との戦闘状態にあった世界も、例外なく全てが汚染艦隊との戦闘を余儀なくされてゆく。 「194000!」 「空間歪曲、観測! バルバートル艦隊及びメイフィールド近衛艦隊による戦略攻撃です! 汚染艦隊、約40隻が消失!」 「汚染艦隊、約300! 第97管理外世界に向け進攻中!」 「汚染艦隊、加速! 距離188000!」 「アルカンシェル、発射まで60秒」 報告の中にあった第97管理外世界の名称に、クロノは思い入れの深いその惑星へと視線を投じた。 恐らくは戦闘が発生している事すら気付いてはいないであろう、その青く美しい惑星の住人達。 十二分に戦闘を行える兵器を保有しつつも、次元世界を観測する手段を持たないが故に未だ宇宙を見ているであろう彼等は、惑星へと接近しつつある300隻の汚染艦隊の存在すら捕捉してはいないのだろう。 付近にはXV級次元航行艦が20隻ほど存在してはいるものの、自らの安全を優先したか、はたまたこの機会に第97管理外世界を消し去ろうというのか、惑星へと向け進攻する汚染艦隊を迎撃する素振りは全く無い。 思わず、クロノは通信を繋ごうと手を動かし、しかし寸でのところで思い止まる。 これで第97管理外世界が滅んだとして、それはバイドの攻撃によるものだ。 手を出さずに見ているだけで、将来的に管理世界の、延いては次元世界の安寧を脅かす勢力となる、危険な世界が1つ潰える。 それは己が手を汚さずに望んだ結果を得る事のできる、最良の手段ではないか? 「184000!」 「第97管理外世界へと向かう汚染艦隊、質量兵器を発射! 核弾頭と思われます!」 「発射まで50秒」 事実、管理局艦隊を含め、第97管理外世界に程近い空間に位置する複数の世界の艦隊も、汚染艦隊の通過を許容している。 この時点で交戦を開始すれば、確実に優位を確保できるであろう位置に存在するにも拘らず、一切の攻撃行動を見せない。 狙いは明らかに、汚染艦隊による第97管理外世界の抹消だ。 そして彼等の望み通り、汚染艦隊は核弾頭らしき質量兵器を発射した。 後は、見ていれば良い。 フェイトやなのは、はやてには悪いが、これが次元世界にとって最良の選択かもしれない。 「質量兵器群、第97管理外世界、大気圏突入まで30秒!」 「180000!」 「40秒前」 此処で、ふとクロノは気付いた。 決定的な違和感、奇妙な感覚。 何かが足りない。 何か、この場にあるべきものが無い。 本来ならば存在して然るべき筈のものが、決して欠ける事など無い筈のそれが、切り取られたかの様にこの戦場から抜け落ちている。 一体、何が? 「30秒前」 そうだ。 「彼等」が存在しない。 本来ならば、自身等が隔離空間内部に突入した際、既に存在しなければならなかった筈の「彼等」。 この作戦が始動してからというもの、唯の1度もその姿を現す事が無かった「彼等」。 「彼等」がこの戦場に存在しないなどという事は、ある筈がない。 未知の隠匿機能か、浅異層次元潜航か。 「彼等」は間違いなく、この空間内に存在する。 「172000!」 「20秒前」 「警告! ゆりかご全艦艇より高密度魔力反応! 次元跳躍攻撃の可能性大!」 「カウント中断! 即時発射態勢を取れ!」 「敵複合武装体より高エネルギー反応! 陽電子砲、発射態勢!」 「汚染艦隊より人型機動兵器、多数出現! ゲインズです! 凝縮波動砲タイプ及び陽電子砲タイプ、確認! 敵影多数の為、詳細な数はカウントできません!」 「未確認の人型機動兵器及び多脚型機動兵器群の出撃を・・・第10支局より入電。人型機動兵器、Bh-Tb02「TUBROCK 2」及びB-Urc-Mis「U-LOTTI」ミサイルタイプと判明。共に誘導兵器群による長距離攻撃を主体とする機動兵器との事」 汚染艦隊、アルカンシェル射程外からの超長距離砲撃態勢に移行。 クロノは迎撃の為、アルカンシェル発射制御を攻撃管制から迎撃管制へと切り替える。 空間歪曲と高密度次元震による極広域破壊を齎すアルカンシェルは、時空管理局艦艇にとって最も強大な矛であると同時に、最も強固な盾でもあった。 如何なる攻撃をも呑み込み、虚数空間の彼方へと葬り去る戦略魔導砲撃。 しかし、不安要素はある。 陽電子砲や波動砲の迎撃など、管理局の歴史上にも前例が無いのだ。 理論上は問題なく迎撃できる筈なのだが、しかし地球軍による本局襲撃時に、無視する事のできない現象が観測されていた。 襲撃の結果、管理局は14隻のXV級を喪失。 それらの約半数が、長距離支援用と思われる波動砲の砲撃によって撃破されていた。 発射点の特定にすら至る事の出来なかったそれは、アルカンシェル弾体の炸裂範囲、即ち空間歪曲発生領域を貫いて飛来していたのだ。 襲撃当時のアルカンシェルは機能的欠陥を抱えていたとはいえ、俄には信じ難い事実である。 つまり、地球軍の兵器が空間歪曲回避、或いは時空間異常遮断能力を備えているのならば、バイドもまたそれらを備えていたとしても、何ら不自然ではないのだ。 R戦闘機を始めとする第97管理外世界の兵器群は、彼等の言う異層次元全域での作戦行動を想定して建造されているという。 ならば、それらが相対する事となる汚染体群もまた、同様の機能を有しているのではないか? 凝縮波動砲は、陽電子砲は空間歪曲によって無効化できるのだろうか? 「質量兵器群、大気圏突入まで10秒!」 「聖王のゆりかご群、艦首より凝縮魔力拡散を確認! 次元跳躍砲撃、来ます!」 「アルカンシェル、自動発射!」 瞬間、艦内に魔力素の力場が立てる高音、それが解放される轟音が連続して響き渡り、振動が艦体を揺らす。 ドーム内面を埋め尽くす、白く眩い閃光。 XV級185隻、アルカンシェル同時斉射。 光り輝く185発の弾体が、通常魔導砲と比して僅かに劣る速度で飛翔する。 数秒後、それらが不可視の空間歪曲を捉えるや否や、弾体群は凝縮された魔力を解放、極広域空間歪曲を引き起こした。 40隻のゆりかごより放たれた次元跳躍砲撃は、連鎖発生する高密度次元震の壁へと接触し反応消滅を誘発され、次々に炸裂しては空間を閃光に染め上げる。 十数秒にも亘って継続する空間破壊は、続けて連射される砲撃までをも完全に無効化。 ゆりかご群から飛来する、一切の砲撃を消滅させる。 魔力炉が最大稼動、「AC-51Η」による魔力増幅を受け、膨大な魔力をアルカンシェルへと再供給。 発射より僅か8秒程度にして、戦略魔導砲の再発射態勢が整った。 減衰を始めた第一斉射の空間歪曲発生領域、その消滅を待たずして第二斉射が自動発射され、更に放たれ続ける次元跳躍砲撃を無効化してゆく。 このペースならば大丈夫だと確信し、クロノが通常魔導砲撃の発射態勢を命じようとした、その矢先。 「前方、高エネルギー・・・」 クルーの警告よりも遥かに早く、空間歪曲発生領域を貫いて飛来した巨大な赤い閃光が、十数隻のXV級を呑み込んだ。 「な・・・」 「陽電子砲! 陽電子砲による攻撃です! XV級、17隻ロスト!」 「更に高エネルギー反応、来ます!」 「緊急回避!」 クロノによる咄嗟の指示により、クラウディアは急激な機動で回避運動へと移行する。 付近に位置する艦艇の機動を確認すれば、ローロンスとシャーロット、他4隻がクラウディアの後を追う様にして回避行動へと移行していた。 しかし、間に合わない。 飛来する巨大な赤、鋭利な青、2種の光条。 それらの陽電子砲撃は、最も回避の遅れていた2艦、その右舷を食い破り、または艦全体を呑み込んだ。 1隻が内部より爆発を起こし轟沈、残る1隻は破片すら残らなかった。 クルーの報告が、力なく響く。 「XV級・・・19隻ロスト」 クロノは呆然と、ただ呆然と、味方艦艇の消え去った空間を見詰めた。 其処には、何も無い。 数十名のクルーを乗せた時空管理局最新鋭の次元航行艦が、1発の砲撃で跡形も無く消滅したのだ。 恐らくは艦長以下、クルーの全ては、自らの死を認識する暇さえ無かっただろう。 余りにも呆気なく、軽過ぎる。 数十の、全体としては千数百もの生命が失われたというのに、余りにも現実味が薄く、認識が及ばない。 初めからそんな生命は存在しなかったのだ、と言われれば納得してしまいそうな無だけが、陽電子という名の死神が通過した跡に拡がっている。 軽過ぎる。 人間としての生命が、尊厳が、余りにも軽過ぎる。 それらの存在価値さえ、疑問視してしまう程に。 「空間歪曲発生領域、消失します!」 「・・・進路変更。目標、汚染艦隊。MC404、砲撃準備」 やがて、アルカンシェルによる空間歪曲の壁が、減衰により消失を始めた。 閃光が徐々に衰え、可視化された空間の歪みが消えてゆく。 その向こうに展開する汚染艦隊、その各所に点在するゆりかごと複合武装体の姿に、クロノは知らず歯軋りしていた。 「距離は?」 「・・・145000。全兵装、有効射程外です」 思わず、血が滲む程に拳を握り締める。 完敗だった。 通常魔導砲撃も、アルカンシェルも届かぬ超長距離から、汚染艦隊は次元跳躍砲撃と陽電子砲とを撃ち込んできたのだ。 こちらが距離を詰めようとする間、汚染艦隊は一方的に打撃を与える事ができる。 打つ手は、無い。 絶望と共に、クロノが息を吐く。 もう、撤退しかない。 席に座し、同じ決断を下すであろう支局艦艇からの通達を、静かに待つ。 そして、自身等に敗北を突き付けた存在、恐るべき未来からの来訪者達の全貌を眺め始めた。 だがその時、彼は汚染艦隊の奇妙な行動に気付く。 全艦艇がこちらへと舷側を曝し、回頭を開始しているのだ。 すぐさま身を乗り出し、映像を拡大表示する。 クルーも、他の管理局艦艇も気付いたらしい。 通信が慌しくなり、無数の単語が入り乱れる。 その中に、第97管理外世界という名称が含まれている事に気付いたクロノは、反射的にその惑星の映像を表示した。 ウィンドウへと映し出される、青き惑星。 特に先程との差異は無く、クロノは何が他艦艇の注意を惹いているのか理解できない。 地球は、特に変わりも無く存在しているというのに。 其処まで思考し、クロノは気付いた。 「・・・なに?」 地球が「変わらず」存在している? 何1つ異変も無く? 馬鹿な。 21世紀時点での第97管理外世界には、次元世界を観測手段など存在しない筈だ。 にも拘らず、あの惑星が今も健在であるならば。 「第97管理外世界近辺、所属不明艦隊捕捉! 総数40!」 汚染艦隊が放った核弾頭は、何処へ消えたのだ? 「艦長! 汚染艦隊、所属不明艦隊へと向け転進します!」 「画像拡大、不明艦隊を映せ!」 「映像、拡大します!」 クルーの報告により判明した、所属不明艦隊の出現。 クロノは、その艦隊が核弾頭の消失に関わっていると確信し、ウィンドウへと表示させる。 汚染艦隊が、管理局艦隊に背を向けてまで優先する、艦艇総数、僅か40隻の艦隊。 映し出されたその全貌に、彼は凍り付いた。 「表示しました・・・しかし、これは・・・」 既知の世界、そのいずれとも異なる艦艇の造形。 個人携行型質量兵器にも通ずる、余りにも無骨な外観。 管理局のそれとは異なり、優雅さなど欠片も存在しない、ただ只管に効率と機能性だけを突き詰めたかのような艦艇の集団が、其処にあった。 刃先の様に平坦な艦首から、後方へと向かうにつれ体積の膨れ上がる艦艇。 真横からならば、直角三角形に小さな艦橋が付いたかの様にも見えるだろう。 艦橋前方に主砲らしきユニットが2つ、艦首上部が大きく前方へと突き出た艦艇。 自動小銃にも似たその全貌は、艦の存在意義そのものが管理世界とは相容れない事を声高に主張しているかの様だ。 明らかに戦艦と判る、正しく大型銃器そのものとも云える全貌の巨大艦艇。 2連装砲塔6基、ミサイル格納ユニットらしき無数のハッチ、艦首に備えられた、XV級で云うアルカンシェルに相当するであろう、戦略兵装らしき大型ユニットは、見る者に圧倒的な重圧感を与える。 これらの艦艇ですら、既に管理世界の理解の範疇を外れている。 しかし、それ以上に無視する事のできない異形が、艦隊には存在した。 最早、艦と呼称する事すら躊躇われるそれらは、生理的嫌悪感をすら齎す全貌をウィンドウ上へと曝している。 先の戦艦とほぼ同じフォルムの艦体ながら、全長・全幅・全高、全てがそれを遥かに上回る艦艇群。 その巨大さは、信じ難い事にゆりかごにも迫る程だ。 艦体下部および後部には無数の槍状構造物が伸び、有機生命体の断面より垂れ下がる生体組織、それらを目にした際にも似た嫌悪感を見る者に植え付ける。 同じく、艦体下方側面より艦尾下方へと角度を付けつつ延びる翼状構造物は、その先端より多数の槍状構造物を伸ばしている。 恐らくは高度な知性と技術力を有する存在が建造した艦艇に、有り得ない事ではあるが、独自の生命が宿り、生物個体として成長したかの様な外観。 艦首兵装ユニットは、周囲に配置された槍状・板状構造物の存在と更なる大型化により、恐怖感すら伴って視界へと映り込んだ。 無機的構造物でありながら有機的生命体。 正しく、その表現が当て嵌まる。 そして、その異形を基に、更なる改良が加えられたのであろう巨艦。 全長が更に増大し、槍状・翼状構造物もその数を増している。 最早、人工建造物として認識する事すら困難な、異形の艦艇。 そして、何より。 他の2種を更に突き放す、余りにも巨大、余りにも異様。 より生物としての成長が進行し、成体として完成されたと云える外観。 巨大な翼、下方・前方・後方のほぼ全てを覆う槍状構造物。 巨獣の口腔とも取れる艦首兵装ユニット。 兵装と艦橋らしき部位を除けば、もはや生命体である事を疑う事さえ困難だろう。 「全長・・・3900m!? 全高1800m、最大全幅1300m・・・!」 「この艦・・・艦長、構造物が・・・!」 「分かっている」 そして、何かを発見したクルーが、怯えるかの様にクロノへと語り掛ける。 クロノにも、それは見えていた。 不明艦艇より伸びる、無数の槍状構造物。 それらの一部が、不自然に揺らめいている。 初めこそ見間違いかと考えたが、画像を拡大するや否や、その可能性は潰えた。 棘皮動物の棘にも似たそれらが、何らかの事象に反応して各々に独立可動、僅かながら管足の如く蠢いているのだ。 その事実を認識した瞬間、言い様の無い悪寒がクロノの背を駆け上がった。 それは正しく、人間が原生動物などに対し抱く、生理的嫌悪感と全く同じもの。 個人としての印象は兎も角、対象は明らかな人工建造物と判明しているにも拘らず、クロノは醜悪な生命体に相対した際と同じ感覚を抱いていた。 彼は既に、あの存在が生命体ではないと、知的存在によって建造された戦艦であると、そう云い切れなくなっている自己に気付いている。 それだけではない。 彼は何か、言い様のない不快感と嫌悪、生理的なものとは源を異にするそれらを覚えていた。 だが、それらの感覚が何処から生じているのか、それが判然としない。 一体、この感覚は何なのか。 「第10支局より入電・・・所属不明艦隊、詳細判明。第97管理外世界、国連宇宙軍・第17異層次元航行艦隊。艦隊編成、ニヴルヘイム級戦艦3隻、ムスペルヘイム級戦艦4隻、ヨトゥンヘイム級戦艦6隻、テュール級戦艦8隻、ガルム級巡航艦12隻、ニーズヘッグ級駆逐艦7隻。 計40隻の艦艇から成る、独立遊撃艦隊との事。艦載機はR戦闘機を中心に、総数500機前後・・・」 「警告! 本艦側面60m、空間歪曲発生!」 「何だと!?」 咄嗟に、ドーム側面へと視線を投じるクロノ。 果たして其処には、5機のR戦闘機が忽然と現われていた。 データ照合、該当記録あり。 クラナガンにて確認された、高圧縮エネルギー障壁発生機構搭載型。 それらが何故、管理局艦隊の只中に現れたのか。 クロノが理解するを待たず、5機は一斉に機体下部より大型ミサイルを放つ。 見れば、管理局艦隊の其処彼処より、計30発以上ものミサイルが放たれているではないか。 如何やら他にも、艦隊の隙間を縫う様にして同型機が出現しているらしい。 そして、ミサイルの飛翔する先に存在するは、地球軍艦隊へと向き直り後背を曝す汚染艦隊。 即座に迎撃が開始されるも、高度な欺瞞装置が搭載されているらしきミサイル群の数は一向に減らない。 それらは驚くべき速度で飛翔、150000もの距離を僅か十数秒で詰め、遂に汚染艦隊の只中へと突入。 瞬間、視界を焼かんばかりの閃光が、ブリッジを埋め尽くす。 同時に、強大なエネルギーの炸裂の余波が、クラウディア艦体を激しく打ちのめした。 座席より投げ出され、コンソールへと打ち付けられるクロノの身体。 ブリッジドーム内に、クルーの悲鳴が響く。 数秒後、何とか身を起こしたクロノは、外部映像を映し出すドーム内面に、驚くべき光景を見出した。 しかし、彼の口から零れた言葉は、まるでその有様を予測していたかの様なもの。 口内に溜まった血を吐き捨て、侮蔑の表情を隠そうともせずに呟く。 「ああ、そうだろうさ・・・貴様等が、通常の弾頭など用いる訳がない。狂人共にそんな良識がある訳がない」 そう呟く彼の視線の先には、未だ消えぬ数十の巨大な火球、その中に浮かぶ、大きく数を減らした汚染艦隊の影があった。 画像には、火球を生み出した現象についての解析結果が表示されている。 其処には、唯1つの単語のみが記されていた。 「核爆発」と。 そして、クロノは理解する。 先程の疑問、理由すら判然としない不快感と嫌悪。 彼はその明確な答えを、はっきりと自覚していた。 あれらの艦艇は、非常に「似ている」のだ。 気の所為などではない。 明らかに、紛れもなく、疑う余地すら無く。 あれらは余りにも酷似しているのだ。 彼等が打倒せんとする存在、打倒すべき存在。 今この瞬間、クラウディアの遥か前方で核の焔に呑まれ、なお滅びぬ異形の群れ。 生物と見紛うばかりの全貌、複合武装体。 間違いない。 彼等が、地球軍があれらの艦艇を建造するに当たって摸した、その存在とは。 「R戦闘機、発艦確認!」 「汚染艦隊残存勢力、本艦隊へと向け再転進!」 「バイド」だ。 直後、第8支局艦艇より全艦隊に警告が奔る。 空間歪曲多数、及びバイド係数の上昇を確認。 大質量物体、転移まで20秒。 クロノは三度、アルカンシェルのバレル展開を命じる。 生存か、破滅か。 選び得る道は、1つしかない。 管理局が全てを取り戻すか。 地球軍が全てを灰と化すか。 バイドが全てを呑み込むか。 「AB戦役」最大にして最悪の戦闘と云われる、隔離空間内部艦隊戦。 その中でも最も長い期間に亘って継続し、最も多大な被害と犠牲を生み出した「極広域空間融合・第二次遭遇戦」。 大義も思想も朽ち果て、理性も尊厳も消失し、人が人たる所以を失い、「バイド」と「人間」、双方の「本性」のみが全てを支配した、悪夢の戦闘。 全てはまだ、始まりに過ぎなかった。
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その瞬間に何が起きたのか、彼には理解できなかった。 作戦開始から28分。 C50区画にて強襲艇へと搭乗中の4分隊、そして救出したパイロット2名、計38名のバイタルサインが強襲艇のシグナル諸共、唐突に途絶えたのだ。 ジャミングを疑ったものの、中枢は既にこちらが抑えている筈。 不可解な事態に彼は他の分隊の状況を確認すべく回線を繋ぐが、同時に意識へと飛び込んだのは信じ難い言葉だった。 『中枢を奪還された。繰り返す、中枢を奪還された。バイドによる侵蝕ではない。管理局側の抵抗と思われる』 その内容を理解すると同時、彼は自身の意識を疑わざるを得なかった。 信じられなかったのだ。 プログラムの発動から30分と経たずに中枢の奪還を果たされるなど、本作戦の実行前段階に於いては完全に想定外だった。 それ程の技術を有する人材を、管理局は温存していたのか。 『トランスポーターの暴走を確認・・・第5・6・9・10分隊が空間歪曲に巻き込まれた。反応消失・・・』 『第14分隊からの応答が2分前より途絶したままだ。第2分隊より「ウーパー・ルーパー」。サーチを実行、第14分隊の状況を報告せよ』 『ウーパー・ルーパーより第2分隊、第14分隊は2分前にバイタルをロスト。最初のトランスポーター暴走に巻き込まれたものと思われる』 『第18分隊よりウーパー・ルーパー、敵のアクセスポイントは何処だ』 『バイド汚染区画からの干渉が激しく、特定不能。フィールド出力を下げると、こちらが汚染されかねない』 錯綜する情報は、戦況が秒刻みで悪化し続けている事を告げていた。 バイドまでもが本局へと侵入していた事も予想外だったが、この状況はそれ以上の脅威だ。 再び中枢を掌握されたという事は、こちらが完全な敵地に取り残されているという事を意味している。 中枢を再度奪取する手段を講じるか、或いは早急に脱出を図らねばならない。 『第13分隊よりウーパー・ルーパー、援護機はどうした?』 『ウーパー・ルーパーより第13分隊、既にツァンジェンは侵入に成功、Aブロックにて局員の殲滅に当たっている。「ウラガーン」、「エグゾゼ」は潜航中に遭遇したバイドの一群を殲滅次第、本局へと突入する』 『ならブロックだけでも良い、アクセスポイントを突き止めてツァンジェンを誘導してくれ。ブロックごと破壊するんだ。パイロットについては既に全員を確保している』 『戦闘機人はどうする。現在、確保しているのはNo.2の残骸とNo.3の射殺体のみだ。ジェイル・スカリエッティは?』 『中枢を掌握された状態では作戦続行は不可能。中枢再奪取後に生存していれば確保する』 『了解。ウーパー・ルーパーより全部隊へ。「ラップドッグ」を起動せよ。繰り返す、ラップドッグを起動せよ』 インターフェースによる通信を行いつつ、同時に彼は並列処理によって隊員に指示を出し、互いをカバーしつつ歩を進める。 現在地、D33区画主要通路。 彼等の後方には、銃弾によって粉砕されたデバイス、そして人体組織の破片が散乱していた。 大量のどす黒い液体によって描かれた染みが、力無く点滅を繰り返す照明の中に浮かび上がっては消えるを繰り返している。 周囲に各種反応が無い事を確認し部隊の歩みを止めると、彼は周囲警戒を命じ右腕に繋いだ漆黒のケースを床面へと下ろした。 信号を送りロックを解除、開いたケース内の端末にインターフェースを接続。 疑似信号を織り交ぜながら正規のコードを入力し、更に起爆コードを手動で直接入力する。 そして全ての操作を終えるとケースを閉じ、管制機へと回線を繋いだ。 『第13分隊よりウーパー・ルーパー、ラップドッグ起動完了・・・ウーパー・ルーパー? ラップドッグを起動した。聴こえているか? ウーパー・ルーパー・・・』 しかし、呼び掛けに答えるのは沈黙のみ。 幾度繰り返しても、結果は変わらなかった。 ウーパー・ルーパー、通信途絶。 『第2分隊、応答せよ・・・第2分隊・・・第17分隊、そちらの状況は? 応答せよ・・・』 他の分隊へと通信を試みるも、こちらもまた繋がらない。 管理局によるジャミングか。 すぐさま対抗手段を講じようとするものの、それより早く隊員からの警告が飛び込んだ。 『高密度魔力反応検出・・・300m前方、魔力障壁展開を確認』 『後方220m、同じく魔力障壁展開』 その警告に従い視線を上げると、主要通路の前後に展開した薄緑の光を放つ障壁が、拡大表示された視界内へと飛び込む。 表面に無数のミッドチルダ言語の羅列と魔法陣を浮かび上がらせるそれは、障壁前後の空間を完全に遮断していた。 通路の反対側へと視線を投じれば、同様の障壁がもう1つ展開している。 すぐさま最寄りのドアを開けようと試みるが、何時の間にかロックされていたそれらは微動だにしない。 『ドアを撃て!』 軽装甲車両程度ならば紙の様に引き裂く銃弾が、嵐の様にドアへと撃ち込まれる。 しかしそれらの銃弾は、ドアを引き裂いた先に展開していた数重の障壁、その数枚までを破壊して停止、或いは兆弾となって通路内を跳ね回った。 その十数発が周囲に展開する隊員を襲い、更に内数発が装甲服を貫通し内部の人体を破壊する。 インターフェースを通じて彼等の苦痛の声が届く事はないが、被弾の衝撃で弾き飛ばされた身体が床面へと叩き付けられ、更にのた打ち回る事もなく倒れ伏す様は、負傷の度合いが決して軽くはない事を窺わせた。 装甲服の医療機構が作動し、すぐさま大量のナノマシンが負傷個所の修復を開始。 それを確認し、彼は残る隊員へと指示を下す。 『どうやら完全に隔離されたらしい。警戒しろ、すぐに局員が・・・』 『障壁、急速接近!』 その言葉に反応した時には、既に障壁との距離は100mを下回っていた。 300m前方に展開していた筈の障壁は、一瞬にして200m以上もの距離を高速移動していたのだ。 反射的に彼は後方へと振り返り、自動小銃のトリガーを引絞っていた。 周囲から同様に発射された大型火器の銃弾が、前方と同様に急速接近する障壁へと殺到する。 数十発もの大口径対魔力障壁弾による集中射撃を受けた緑光の壁は、忽ちの内に粉砕されて同色の光を放つ魔力素へと還元された。 しかしその向こうから、更に同様の障壁が急速に接近してくる。 射撃継続。 連射される銃弾が、通路の前後より迫り来る障壁を次々に破壊してゆく。 しかし幾ら破壊しようとも障壁の発生が止む事はなく、それとは逆に隊員は次々に弾薬切れを起こし始めた。 視界内に隊員の弾薬欠乏、或いは装填中を示すマーカーが次々に表示される。 そして遂に、彼自身も自動小銃の弾薬を撃ち尽くし、腰部に掛けられたPDWへと手を伸ばした。 だが、それすらも間に合わない。 『来るぞ!』 掃射が途切れた瞬間、障壁が一気に距離を詰めてくる。 視界を完全に覆う緑光の壁を見据えながら、彼は任務失敗を悟った。 そして恐らくは、この作戦自体が既に破綻しているであろう事も。 衝撃、暗転。 人工筋肉と自身の骨格が破壊される耳障りな音を最後に、彼の意識は暗黒に閉ざされた。 * * 主要通路の奥から衝撃音が響き、僅かな振動が壁面越しにも身体を震わせる。 腕の中の義娘が僅かに身を強張らせた事を感じ取り、リンディは彼女の肩を支える手に微かな力を込めた。 直後、傍らに展開した小さなウィンドウから、聴き慣れた音声が響く。 『敵勢力排除。もう大丈夫ですよ』 その言葉を受けて、通路の角へと身を潜めていた数人が前方の様子を窺い、後方へと合図を送った。 彼等の更に後方で息を潜める者達はそれを目にし、恐る恐るといった体で動き出す。 リンディもまたフェイトへと肩を貸しつつ、周囲の局員達と共に歩を進めた。 そして数分後、彼等は障壁の消失地点へと辿り着き、侵入した地球軍部隊の末路を目にする事となる。 「う・・・」 「年少者には見せるな・・・よせ、反対側を見てろ!」 その凄惨な光景を前に、リンディは吐き気を堪える事で必死だった。 地球軍は特殊な銃弾を用いていたのか、1つ1つを呆気なく破壊してはいたが、本来ならばSランク相当の砲撃ですら防ぎ切る魔力障壁。 通路の両端より高速にて接近する2つのそれらに挟まれた地球軍兵士達は、見るも無残な有り様となり果てていた。 外観からは21世紀の第97管理外世界にて普及している野戦服、その発展形にしか見えないが、実際には人工筋肉を主とする各種機能を搭載した装甲服の様な物なのだろう。 強固な装甲に身を包んでいた彼等は、しかしその事実によって更に悲惨な末路を辿る事になった。 彼等は装甲服の耐圧限界が訪れると共に、まるで卵の如く破裂して砕け散ったのだ。 薄い板の様に圧搾された、漆黒と濃灰色の迷彩装甲服。 その其処彼処から、断裂した人工筋肉と思しき組織と大量の水気を含んだ赤い有機組織、そして無数の白い破片が噴水の様に噴き出し、2つの障壁の隙間、僅かな空間を真紅に染め上げている。 こちらへの配慮か、障壁が解除されてそれらが通路へと撒き散らされる事はないが、迂闊にもその様を直視してしまった者達の中には、込上げる物を抑え切れずに嘔吐してしまう者も少なからず存在した。 リンディは嘔吐しそうになる自身を抑制しつつ、フェイトの視界を覆い隠す様にして歩を進める。 フェイトも義母の意図を察したのか、何も言葉を発する事なくそれに従っていた。 しかし、その見るに堪えないオブジェの傍を通り過ぎる際、水音と共に金属的な接触音が鳴り響く。 思わず足を止めると同時、新たに展開されたウィンドウから声が発せられた。 『誰か、そのケースを回収して下さい。中を確かめて』 足音が1つ、集団を離れて障壁の方向へと歩み去る。 それを確認するとリンディはそのまま直進し、集団と共にリニアレールの停車場へと辿り着いた。 此処で一旦、休息を取るのだ。 フェイトを優しくベンチへと下ろすと、リンディの目にケースを手にした局員の姿が映り込む。 彼はウィンドウの向こうからの指示に従い、漆黒のそれを開こうとしていた。 地球軍部隊の血に塗れているのか、床に置かれたケースの周囲には小さいながらも血溜まりが拡がっている。 意外にも呆気なく開かれたそれに対し数名の局員が魔法による解析を開始するが、程なくして上がった声が作業の終了を告げた。 「うそ・・・」 「戦術核・・・奴ら、正気か!?」 戦術核。 少なからぬ局員が、その名称に反応した。 リンディ、そしてフェイトも例外ではない。 彼女達が驚愕も露わにケースを解析する局員達の方向を見やると、ウーノを伴ったスカリエッティがその場へと歩み寄るところだった。 彼は局員達の後ろからケースを覗き込み、傍らへと展開したウィンドウと僅かに言葉を交わす。 やがて表情を顰めて吐息をひとつ、諦めた様に言葉を紡いだ。 「・・・完全にロックされている。介入は不可能だ」 「起爆装置は?」 「既に作動している。状況から推測するに、恐らくは時限式ではなく感応式だ。作戦領域内からの友軍バイタルサイン完全消失を以って起爆すると思われる」 『つまり全ての核を処理できない限り、本局から彼等を逃がす訳にも、かといって全滅させる訳にもいかなくなった訳だね』 結論として紡がれたウィンドウからの言葉に、一同は緊張を深める。 だが、錯乱して騒ぎだす者が居なかっただけでも、僥倖だったかもしれない。 自らが身を置くこの巨大艦艇内部に、起爆装置の作動した核弾頭が複数存在する。 そんな事実を知って、その上で冷静でいられる者は少ない。 幸いにもリンディは、その数少ない者の1人だった。 彼女はケースへと歩み寄り、スカリエッティと同じくそれを覗き込みつつ言葉を発する。 「正確な数は?」 『分かりません。しかし探知した地球軍部隊の数からして、20は下らないと思います』 「初めから此処を吹き飛ばすつもりだったのかしら?」 『さあ、其処までは・・・君はどう思う?』 ウィンドウの向こう、問い掛ける言葉。 返す声は、何処か馬鹿にする様な響きを含んでいた。 聞き慣れない女性の声。 『向こうは目標だけを確保して、後は口封じに周囲の人間を皆殺しにして脱出するつもりだったんじゃないですか? 地球軍が管理局と完全に敵対する方針を選んだ、その事実を隠蔽する為に。 でも局員の皆さんが予想外に優秀だったものだから、本局内の全区画に事態が知れ渡ってしまった・・・そちらの提督さんが発動したプログラムを打破してね。作戦続行は困難、しかも放っておけば管理局の全戦力に自分達の敵対が知らされてしまう。 そうなったら、本局を残しておいても百害あって一利なし。後々の為にも後腐れなく一切合切、纏めて吹き飛ばした方が利口・・・って、私ならそう考えますけど?』 その言葉に、一同が沈黙する。 良心の呵責も、自身ならば殺戮も辞さないと宣言する事に対する躊躇も、少なくとも表面上は微塵も感じられない声色。 幾人かが嫌悪も露わに表情を顰めるが、続く声はその言葉の内容を肯定するものだった。 『成程、合理的だね。確かに、彼等なら躊躇なくやってのけるだろう』 『あら、無限書庫司書長から直々にお褒めの言葉を頂くなんて、光栄ですわ』 感嘆する様な声、そして楽しげな声。 リンディは歯噛みし、フェイトの方を見やる。 案の定、自身の傍らに展開したウィンドウを通して今の会話を聞いていたらしき彼女は、悔しさと憤りを隠そうともせずに、此処には居ない人物への敵意を表情に滲ませていた。 ウィンドウの向こうに存在する人物、即ちユーノの容態をフェイトが気に掛けていた事はリンディも知っている。 自身の判断ミスから彼に重傷を負わせ、その四肢を奪い去ったとの自責の念を抱えていた事も。 そして同時に、なのはと並ぶ恩人の1人でもあり古い友人でもある彼が見せた行動に、単なる友情を越えた感情が芽生えつつある事にも、リンディは気付いていた。 その感情が、彼に対する罪悪感と地球軍に対する憎悪によって自覚を妨げられているであろう事も、少し前にレティと交わした会話を通して確信している。 だからこそ、フェイトは彼の現状が気に喰わないのだ。 あろう事か戦闘機人の中でも最も酷薄な人物に協力を仰ぎ、しかも現状の分析と対処に於いて表面上ではあるが意気投合しているという事実が、どうしても素直に受け入れられない。 正確に云えば、彼女の記憶の中に存在するユーノ・スクライアという人物像と、無限書庫という情報機関の長であり現状に於いて冷酷とも取れる対応と実力行使を為すユーノ・スクライアという人物像、その両者の相違を受け入れる事ができないのだろう。 確かに今のユーノは、長らく指揮官としての立場から実戦と相対してきたリンディから見ても、必要とあらば敵対勢力の殺害すら厭わない冷酷さというものが感じられた。 嘗てのプレシア・テスタロッサ事件に於いて、リンディが自身の乗艦であるL級次元航行艦アースラ魔力炉からの魔力供給を受けていた事例と同じく、今のユーノはEブロック第2予備魔力炉からの直接魔力供給を受けている。 魔導師としては補助系統全般に長け、術式構築などの精密性に於いても並ぶ者の無い才覚を発揮するユーノだが、如何せん攻撃魔法に対する適性の無さと、Sランクには到底届かない魔力保有量がネックとなり戦場に於ける主力とはなり得ない。 だからこそ、嘗ての彼はなのは達の補助に徹し、裏方ながら重要な役割を果たしてきた。 それは無限書庫という情報機関の頂点に立った今でも変わる事はなく、桁外れの情報処理能力と検索魔法という力を用いて、彼は前線の局員達を支え続けている。 しかし、外部からの強大な魔力供給を受けている現在、ユーノにはこれといった欠点が無い。 膨大な魔力を用いて、過去の事例と同じく最適な補助を齎してくれる。 リンディ達は、そう信じて疑わなかった。 補助ではなく、攻撃。 彼が実行したのは、それだった。 しかもその方法、彼が中枢を介して展開した結界魔法、それを応用した複数の障壁を用いて実行した攻撃は、過去のユーノ・スクライアという人物像からは想像もできない程に凄惨なものだ。 高速移動する2つの障壁の間に敵を挟み圧死させるなど、果たしてこれまでに実行した魔導師がどれ程に存在する事だろう。 そもそも敵勢力の殺傷を目的とするにしても、本来の用途からして防御用である障壁を攻撃に転用するなど、同じく補助を得意とするリンディですら発想し得なかった。 否、するにしても間接的な手段として用いただろう。 直接的に、障壁そのものを用いて殺傷しようとなど、考えた事もない。 しかし、彼はやってのけた。 Sランクの砲撃すら防ぎ切る魔力障壁、魔力炉からの供給を得て更に強固さを増したそれを用いて、9名もの地球軍兵士を殺害してみせた。 過去のユーノ、即ちリンディの記憶にも存在する心優しい少年しか知らぬフェイト、彼女の目と鼻の先で。 一部門の長として成長した結果というだけでない事は、リンディにも分かっている。 恐らくは彼なりに地球軍という敵性組織を分析し、その目的を推測し、現状を理解した上で決意した行動こそがこれであるという事も。 だがそれでも、フェイトのみならずリンディでさえ、今この瞬間に彼が身を置く状況を許容する事はできなかった。 本局内の其処彼処で地球軍を殺傷し、その事象についてあの酷薄な戦闘機人、クアットロと意志の一致を見せている事実など。 「フェイト!」 「・・・アルフ!」 そんな事を思考する内に、別の一団を引き連れたアルフが他の通路より現れる。 最近では珍しく、成人女性の姿だ。 クラナガンへと下りたエイミィ達と別れ本局へと残った彼女は、ユーノを欠いた無限書庫に臨時の戦力として組み込まれていた。 彼女の有する魔導資質がユーノと近似であった事もあり、検索魔法を展開する事ができた為だ。 そして、ユーノの誘導に従って彼女がこの場所を目指していた事も、ユーノ自身からの報告で聞き及んでいた。 「アルフ、無事で良かったわ」 「そっちもね。ユーノの方から連絡が入ったんだって?」 アルフの言葉に、リンディとフェイトは複雑な笑みを浮かべる。 実際にアルフの言葉通りなのだが、その事実は自身等が彼に頼り切っている現状を証明するものでもあったのだ。 心中の苦いものを自覚しながらも、リンディは言葉を絞り出した。 「ええ・・・中枢を奪還したと、連絡が入ったのよ。後は彼の誘導に従って・・・」 「そっか・・・あの、さ・・・リンディ、あんたの旦那は・・・」 アルフが何処か言い難そうに、リンディへと問い掛ける。 彼女が何を訊こうとしているのか、リンディは正確に理解していた。 半身をずらし、後方で2人の局員が手にする偏向重力発生結界に覆われた、灰色のポッドを指す。 それを目にしたアルフは、瞬時に悟ったらしい。 「・・・良かった、何とかなったんだね」 「プログラムを発動していたのは彼ではなく、ポッドを固定していた電子機器群だったわ。ユーノ君とスカリエッティが気付いて、すぐに分離する事に成功したの」 「危なかったよ。気付くのがもう少し遅れていたら、武装局員が義父さんを殺していたかもしれない」 全てではないにせよ、家族が揃った事で幾分か雰囲気が和らぎ、互いの口数も多くなる。 他の者達も同様で、総数が500人を超えた事で少なからず安堵の気配が漂っていた。 武装局員を始めとする魔導師の数も200人に達し、強力なバックアップの存在もあってか状況打破への希望が湧いてきたらしい。 だが其処に、ユーノから新たな情報が齎される。 『リンディさん、ロウラン事務官は其処に居ますか』 「グリフィス君・・・?」 ユーノからの問いに、リンディは周囲を見渡した。 目的の人物はすぐに見付かった。 既にこちらを気に掛けていたのか、彼の方から歩み寄って来るところだったのだ。 「此処に居ます。何の御用件でしょうか、スクライア司書長」 『・・・リンディさん、ロウラン事務官。レティ提督の消息についてご報告があります』 その言葉にレティは息を呑み、グリフィスは無表情に言葉の続きを待つ。 御世辞にも好ましいとは言えない予感が、リンディの脳裏を掠めた。 そして無情にも、その予感は現実のものとなる。 『セキュリティ・サーチャーがレティ・ロウラン提督の執務室にて、彼女の遺体を確認しました。現場の状況から推測するに、重火器による至近距離からの銃撃を受けたものと思われます』 瞬間、リンディは自らの呼吸が止まった事を、確かに認識していた。 直後にグリフィスの方向へと視線を投じるも、彼は無表情のまま、取り乱す事もなく佇んでいる。 どんな言葉を掛ければ、と半ば混乱する思考を廻らせるも、彼は特に目立った反応を見せる事もなく、平静を保ったまま言葉を紡いだ。 「・・・了解しました。有難う御座います、スクライア司書長」 敬礼をひとつ、彼は踵を返す。 そんなグリフィスの背を呆然と見送っていたリンディだったが、彼の進む先に待つシャリオの表情を目にし、全てを悟った。 平静を装ってはいるが、やはり彼は大きな衝撃を受けている。 自分にはそれと判らなかったが、彼女は全て承知しているらしい。 傍らのベンチへと腰を下ろしたグリフィスの傍へと佇み、項垂れるその背を静かに見つめるシャリオは、まるで母親の様な慈愛を感じさせる。 今、彼の心を慮れるのは母親の友人であった自分ではなく、幼い頃から傍にあった彼女だろう。 少なくとも今は、彼の事については自身の出る幕は無い。 『ところで、これからの行動ですが』 そんな思考を遮る様に、ユーノが言葉を発する。 見ればウィンドウの傍らに、本局の立体構造図が表示されていた。 紅く点滅するのは、現在地であるDブロック、その端。 『皆さんには、Dブロック脱出艇格納区を目指して貰います。道中の地球軍はトランスポーターの暴走により排除済みですが、システムの一部が破壊されている為に完全なサポートは不可能ですのでご留意を』 「リニアレールで移動すれば4分といったところだな。最終停車場まで行けるのか?」 『いいえ。地球軍強襲艇突入の影響により、D61区画の路線が破壊されています。其処から先は徒歩での移動になりますね』 「逆方向は? 中央区の脱出艇はどうなっているの?」 『中央・A・B・F区画はほぼ全ての接続が破壊された為、現在はいずれも独立機能しています。回復を試みてはいますが、まだ暫く掛かるでしょう。よって現在、こちらからの干渉はできず、状況は不明。そちらへの移動は危険です』 「待って、中央区の状況が不明? 市街は? 住民はどうなったの!?」 中央区の状況不明。 ユーノより齎されたその情報に、少なからぬ人数が反応した。 中央区といえば、本局に於いては生活の中心である。 本局内部12万の人間、局員とその家族が住む街そのものが、中央区には築かれているのだ。 それは単なる居住施設ではなく、広大な自然公園を含む生存空間だった。 上空にはホログラムによる空が拡がり、小規模ながら生態系が存在し、ビルやショッピングモール等の建造物が建ち並ぶ。 次元世界に浮かぶ巨大艦の内部とは到底信じられぬ、クラナガンの縮小版とも云える街が3つ、階層状に築かれているのだ。 最下層の第1階層から順に、自然区・居住区・商業区が建造されている。 特に、居住区には局員の家族7万人が生活しており、彼等の生活を支える為に4000人が商業区に常駐していた。 即ち、少なくとも74,000人の民間人が、中央区には存在している筈である。 だと、いうのに。 『脱出艇の射出は観測されていません。システムが完全ではないから、これが本当に正しい情報とは言い切れないけど、もしそうなら誰も中央区から脱出していない事になる』 「そんなっ!?」 『民間人が生存している事は確実です。中央区にはかなりの数の武装局員が存在するし、地球軍にしても居住区に侵攻するメリットは無い筈。バイドによる汚染も・・・』 『そうでもないみたいですけれど』 唐突に、クアットロの声が通信に割り込む。 誰もがウィンドウへと視線を釘付けにされる中、非情な報告が発せられた。 『E19から8までの区画で、バイド係数の上昇を確認。どうやら汚染は中央区へと近付いているみたいですねぇ』 「な・・・」 『それとC1から7までの区画で異常振動を観測。魔力反応が多数に、戦闘によるものと思われる轟音も未だに響き続けています。多分、バイドか地球軍が局員と戦闘を行っているんじゃないですか?』 その報告に、リンディは絶句する。 7万を超える民間人が存在する空間で、戦闘が発生したというのだ。 逃げ場の無い閉鎖空間での戦闘によりどれ程の被害が出るのか、想像する事は難しくない。 何より、クラナガンという先例があるのだ。 バイドは勿論の事、地球軍が民間人への配慮を行う事はないだろう。 周囲の局員達も、同じ事を考えたに違いない。 だからこそ、その言葉が発せられた事は当然と云えた。 「中央区へ行こう! 民間人を助けなければ!」 「まだ戦っている連中が居るんだろう!? 援護に向かうべきだ!」 「中央区を奪還して脱出艇を確保すれば・・・」 展開された数十のウィンドウを経て、一連の会話を聞いていたのだろう。 其処彼処から中央区へ向かうべきとの声が上がり始める。 非戦闘員の存在さえなければ、リンディもまたその声に賛同していただろう。 しかし今、当の彼等でさえ中央区への移動を支持している。 無理もない。 今まさに彼等の家族が、其処で危機に瀕しているのだから。 だが、続くクアットロの言葉は、そんな事を熟考する暇さえ与えてはくれなかった。 『・・・D1から9区画までのシステムが次々に沈黙している・・・警告、何かがそちらに近付いている!』 その言葉とほぼ同時、壁面に設けられたトンネルを出た5両編成のリニア車両が2本、停車場へと侵入してくる。 歓喜の声と共に、30人程が車両へと向かい始めた。 瞬間、鋭い声が飛ぶ。 「戻れ!」 それは、狙撃銃型のデバイスを携えた局員の叫びだった。 車両へと駆け寄ろうとしていた局員達が、一斉に振り返る。 トンネルの奥より響く、断続的な重低音。 「こっちに戻るんだ! 早く!」 次の瞬間に起こった事を、リンディは明晰さを取り戻した思考の中で捉えた。 トンネルより飛び出してきた、巨大な鉄塊。 薄青色に塗装されたそれは高速にて飛来し、停車中の車両、内1本へと減速もせずに衝突した。 大音響、衝撃。 巨大な質量同士が激突するその余波に、リンディは耐え切れずに床面へと倒れ込む。 嘗ては実戦に身を置いていただけあって即座に身を起こしたものの、その視界へと飛び込んだ光景は信じ難いものだった。 車両が、潰れている。 5両のリニアが大質量によって拉げ、飛び散った破片と火花とが周囲を埋め尽くしていた。 衝撃と破片を至近距離から受けた者達が其処彼処へと転がり、ある者は絶叫と共にのたうち、ある者は呻きつつ這いずり、ある者は微動だにせず血溜まりに沈む。 そして大音響により麻痺した聴覚に代わり、一定のリズムで響く重低音を全身が感じ取っていた。 皮膚は叩き付けられる重圧に緊張し、髪は場違いなまでの強風によって踊り狂う。 恐怖と混乱に満ちた念話が飛び交う中、リンディの視界へと飛び込んだ、その存在は。 「・・・ヘリコプター?」 管理局武装隊正式採用輸送ヘリ「JF704式」。 『おい、あれは実験用の機体だぞ! 技術部の格納区にあった奴だ!』 『誰が搭乗してる!? 何て操縦をしてやがるんだ、馬鹿野郎!』 『負傷者を救助しなさい! 医療魔法の使える者は壁際に!』 30人前後の負傷者及び死者が転がる中、救助活動へと移るべく動き出す局員達。 しかし数十発の直射弾が、衝突後も未だに滞空し続けるヘリへと襲い掛かった事により、その作業が実行される事はなかった。 その一方でヘリは閉鎖空間にも拘らず高機動による回避運動を実行、ローターを壁面へと擦りつつも、完全ではないにせよ直射弾の弾幕を回避していた。 すぐさま発せられる、非難の念話。 『武装隊、何をやっているの! 何で攻撃なんか!』 『あれは味方だぞ!?』 返されたのは武装局員からの念話のみならず、ウィンドウ越しのそれも含まれていた。 緊迫したユーノの声が、音声と念話の双方として総員の意識へと響き渡る。 『コックピットが潰れている! 生きた人間なんか乗っていない!』 『JF704式よりバイド係数検出、11.80! なおも上昇中!』 次の瞬間、全身を重圧が襲った。 高出力AMFによる、魔力結合阻害。 技術者の1人から、ウィンドウを通した音声での警告が飛ぶ。 『機載型高出力AMFの実験機体だ! 不完全だが、200m以内ではプログラムの展開すらできない!』 『対抗策は!?』 『とにかく距離を取るしかない! 集束砲撃か魔力密度の高い直射弾なら、AMFの最大効果域を突破できる筈だ!』 『総員、敵機から離れ・・・』 その指示が、最後まで紡がれる事はなかった。 ヘリは唐突に機体を旋回させ、出現の際とは反対のトンネルへと飛び込み、そのまま姿を消したのだ。 誰もが呆然としたまま、遠ざかる重低音と震動の源を呆然と見送る。 AMF効果域、消失。 「何が・・・」 「見逃された、って事かい・・・?」 唖然としつつ呟く、フェイトとアルフ。 その言葉は、この場の全員の総意だったろう。 1本の車両を破壊し、そのまま立ち去った輸送ヘリ。 何を目的として現れたのか、それが解らない以上は見逃されたと考えるしかなかった。 だがその予想は、すぐさま否定される。 『・・・路線管理システムの一部が沈黙・・・いや、D47区画以降のシステムが次々に沈黙していく・・・バイド係数、検出! 汚染拡大!』 『車両に乗り込んで! 早く! 中央区へ!』 トンネルの奥から轟く、不気味な衝撃音。 誰も彼もが一斉に動き出し、悲鳴と怒号が折り重なって停車場に響く。 リンディもまた、アルフと共にフェイトを支えつつ、残る車両へと向かい必死に走り始めた。 時折、背後へと振り返ってはクライドのポッドを運搬する2人が尾いてきているかを確認しつつ、数十秒ほど掛けて3人は最後尾の車両内へと乗り込む。 ユーノが呼び寄せた車両は物資輸送用であり、500人以上であっても余裕を持って乗り込む事ができた。 全員が乗り込むと同時に搬入口が閉じられ、車両は中央区へと向けて加速を始める。 そして、負傷者の呻きと指示を飛ばす声が響く中、リンディの傍らに新たなウィンドウが展開された。 『中央区との接続が一部復旧。リンディさん、中央第5・第8魔力炉を確保しました。供給ラインをそちらに繋ぐので、適当な人員に接続をお願いします』 「分かったわ」 ユーノの言葉に応を返すと、リンディは周囲の武装局員、その全てのデータを表示する。 それらの中から「AC-47β」非所持の人員を選別すると、更に高ランクの魔導師を2人ほど選出した。 しかし本人達に連絡を取った結果、2人が先程の負傷者の中に含まれている事が判明。 リンディは集団の纏め役となっている数人と短く議論を交わした後、軽く息を吐きつつ背後へと振り返る。 「アルフ」 「何だい?」 フェイトの具合を確かめていたアルフは、リンディの呼び掛けに顔を跳ね上げた。 少しでも長くフェイトの傍に居たいであろう事はリンディにも理解できたが、しかしその内心を押し殺して用件を告げる。 「ユーノ君が中央区の魔力炉を確保したわ。でも、此処には大量の魔力を扱える攻勢特化の余剰人員が無いの。だから・・・」 「攻撃は「AC-47β」を持っている連中に任せて、リンディとあたしは供給を受けつつ援護だね。了解」 だがアルフは、リンディが全てを言い切るまでもなく、要請の内容を正確に把握していた。 言葉もなく佇むリンディの目前で、彼女は新たに展開したウィンドウ上に指を滑らせると、魔力供給回路の接続完了を告げる。 「終わったよ・・・何だい、リンディ。ぼうっとしちゃってさ」 「いえ・・・」 アルフの言葉で我に返ったリンディは、すぐさま自身も魔力供給回路の接続作業を開始した。 本来ならば山の様な数の手続きを踏む必要のある作業だが、ユーノとクアットロが気を利かせたのか、1分と掛からずに全ての作業が完了する。 リンカーコアを通し、全身に漲る膨大な魔力。 背面からは余剰魔力蓄積の為の光る羽根が出現し、その表面から幻想的な光を放つ。 その気になれば周囲一帯を消し飛ばす事さえ可能であろう程の力を得て、しかしリンディの胸中を満たすのは心強さではなく、際限の無い不安ばかりだった。 だが、その不安は新たな通信によって和らぐ。 『こちら第7管制室。新たにEブロック第1予備魔力炉、中央第3魔力炉の制御を確保しました。既にシグナムとアコース査察官が接続を完了、これよりそちらに対する攻性支援を行います』 「了解した・・・助かるよ、スクライア司書長」 『2人はシステムを用いた間接戦闘に不慣れな為、支援は通常行使とほぼ同様の魔法による攻撃手段に限られます。一応、こちらでもイメージを付加しますが、炎と犬型の魔力集束体は味方なので注意を・・・』 「おい、居住区からの通信だ!」 ユーノからの通信に局員の1人が答える中、唐突に別の局員が声を上げた。 彼が放った言葉にほぼ全員が反応し、無数のウィンドウが展開される。 リンディもそれに倣い、アルフ、そしてフェイトと共に、流れ出る音声に耳を傾けた。 『・・・こちら・・・応答・・・居住区、市街・・・攻撃・・・』 「駄目だ、雑音が酷過ぎる。管制室、そちらで通信状況を回復できないか」 『少し待って下さい・・・これで良い筈』 『聞こえますか!? 1046から接近中のリニア! すぐに離脱を!』 通信状況、回復。 車両がトンネルから巨大な空間、第2階層内部へと飛び出し、窓から差し込む眩い光に眼が眩む。 そして、同時に飛び込んできた言葉が、リンディの意識を凍て付かせた。 『区画全体が崩落します! お願い、離脱して!』 頭上に拡がる、第2階層の人工の空。 其処から降り注ぐ人工の陽光に目が慣れるや否や、窓越しに信じ難い光景が視界へと飛び込んだ。 「・・・嘘だろ」 それは、誰の言葉だったか。 リンディには、それを確かめる余裕すら無かった。 只管に眼前の光景、理解の範疇を越えたそれを眺める以外に、採り得る行動など無かったのだ。 その、余りに常軌を逸した、現実のものとは思えぬ光景を前にして。 空に「穴」が開いていた。 人工の空に、漆黒の空間。 直径が数百mにも達するその「穴」が実に4つ、作り物の蒼穹に漆黒の闇を穿っていた。 商業区のビルが数棟そのまま落下してきたのか、「穴」の直下は大量の瓦礫と粉塵に覆われている。 第3階層崩落、第2階層へと落下。 大地が「焔」を噴き上げていた。 空と同様に穿たれた巨大な「穴」から、赤黒い「焔」が巨大な柱となって立ち上っている。 「穴」の淵に建っていたビルが、僅かに傾いたかに見えた、次の瞬間。 そのビル、更には隣接する1棟までもが、巨大な力によって「焔」の中へと引き摺り込まれた。 第2階層崩落、第1階層へと落下。 「階層が・・・崩壊している・・・!」 「そんな! 階層構造は破壊できる硬度や厚さじゃない筈・・・!」 『第7管制室より警告! 第1階層・自然区全域、異常高温! 階層全体が炎に沈んでいる! 現在2500℃!』 『こちらクアットロ、第2階層全域で温度上昇を確認! 現在53℃、なおも上昇中! 耐熱遮断障壁が保ちません! 第2階層底部が融解を始めています!』 リニアが居住区内を疾走する間にも、周囲には頭上よりビルそのものが降り注ぎ、また別の個所ではビルの一群が大地の下へと沈み込み姿を消す。 更には小規模から大規模なものまで爆発が頻発し、魔力光の炸裂と誘導型らしき質量兵器の弾体が曳く白煙の線が中空を埋め尽くしていた。 その光景は地球軍の侵入を意味していたが、同時に局員の生存をも示している。 すぐさま、全方位通信回線が開かれた。 飛び込む音声は、生存者達の叫び。 『第6避難所は全滅! 全滅だ! みんな死んじまった! 化学兵器だ! 畜生、ケダモノどもめ! 化学兵器で武装した地球軍部隊が居るぞ!』 『こちら2103! 現在地、市街4区2-7! 地球軍部隊の撃破に成功した! この地区の地球軍は全滅だ!』 『誰か、誰か聴こえますか!? こちら避難所・・・第10、いえ、第11避難所です! 地球軍に出口を封鎖されました! 現在、約1800人が避難しています! 室温が上昇中、既に68℃に・・・お願いです、早く救援を! もう死者が出始めているんです! 誰か、誰か助けて・・・』 『無人清掃車が民間人を襲っている! メンテナンスシステムもだ! 今は地球軍と交戦しているが・・・奴等・・・奴等、捕獲した人間を破砕機に放り込んでやがる! くそ、くそ! 何て事だ! 人間を砕いてやがる!』 『良いぞ、地球軍残党が7区1-1のビルに集結中だ! ビルを包囲しろ! 建物ごと吹き飛ばせ!』 『2区2-7から4-3、連鎖崩落! 地球軍が巻き込まれている!』 『11区の壁面に肉腫が・・・スフィアだ! オートスフィアが出現しました! 肉腫から魔導弾の発射を確認! 侵食域が拡大しています! バイド係数、更に増大!』 爆発と崩落、射撃と砲撃の轟音が紛れる中、怒号が幾重にも折り重なる。 絶望に叫ぶ声、歓喜に沸く声、恐慌に喚く声。 それらが念話・通信として飛び交う中を、リニアは常と変らぬ速度で以って駆け抜ける。 そして状況はリンディ達を、傍観者としての立場に留め置いてはくれなかった。 『運行中のリニア車両! ヘリが後方に迫っているぞ!』 その言葉が終るや否や、無数の光条が車両天井部を撃ち抜く。 極限まで高密度集束された魔力砲撃。 ユーノのそれよりもやや淡い緑、そして褐色の障壁によって構築された2重の防御壁に阻まれ、それらの矛先が局員へと至る事はなかった。 しかし、その事実にも拘らず砲撃が止む事はなく、逆に機銃の如く連射される光条が虫食いの様に無数の穴を天井部へと穿ちゆく。 その執拗な連射を前に、魔力が尽きる事さえないものの、出力端子となっているリンディ等の身体に苦痛が奔った。 「く、う・・・っ!」 「ユーノ、君・・・!」 『援護します、伏せて!』 次の瞬間、車両外部が爆炎に覆われる。 シグナムによる、魔力の過剰供給を用いた空間爆破だ。 感知した魔力からして、アギトとのユニゾン状態にあるらしい。 膨大な魔力の爆発を感じ取ったリンカーコアを通し全身が悲鳴を上げ、更に直前に伏せた身体を衝撃波が打ち据えた。 鼓膜が破れんばかりの破裂音と全身を叩く強風に、天井部が吹き飛んだのだと理解するより早く、続く地鳴りの様な重低音に素早く身構える。 完全に吹き飛んだ天井部の先、疾走する車両の200mほど後方に、あのコックピットの潰れたJF704式が滞空していた。 明らかにこちらを追跡している。 「リンディ、上!」 アルフの警告。 咄嗟に障壁を展開すると、再度頭上から襲い掛かった砲撃が褐色と緑の壁に弾かれる。 障壁越しに見上げれば、滞空するオートスフィアの群れが視界へと飛び込んだ。 それらは散発的にリニアレールの路線上へと配置され、車両の通過に合わせて砲撃を放つ。 どうやら先程の焔は、あのオートスフィア群の一部を狙ったものらしい。 次々と襲い来る砲撃に、リンディは焦燥を押し隠しつつ鋭く叫んだ。 「アルフ、暫く時間を稼いで!」 「了解!」 結界を解除、ディストーション・フィールドの発動準備に入る。 その作業すらも、膨大な処理能力を誇るユーノと本局データバンクからのバックアップにより、僅か5秒程で発動段階へと到った。 すぐさま、アルフへと声を飛ばす。 「アルフ!」 「はいよ!」 アルフの展開していた障壁が消失すると同時、入れ替わる様に車両上部へと空間歪曲が出現。 可視化した揺らぎが降り注ぐ砲撃を呑み込み、その全てを片端から掻き消してゆく。 高ランク魔導師であるリンディが、更に魔力供給を受けた上で展開したフィールドだ。 新型とはいえオートスフィア程度の砲撃では、万が一にもその防御を抜く事はできない。 その間に周囲では、後方より接近するJF704式に対する迎撃が開始されていた。 直射弾と集束砲撃が薄青色の機体へと襲い掛かり、高出力AMFによってその威力を減じられながらも機体表面を削りゆく。 だが、ヘリは怯まない。 回避行動を取るどころか、更に速度を上げてリニアへと接近してくる。 敵機は飽くまで輸送ヘリであり、AMF以外にこれといった武装を施されてはいない筈だが、しかし危険な事には変わりがない。 攻撃がより一層に激しさを増し、更にシグナムの炎と局員に対してのみ可視化されたヴェロッサの「無限の猟犬」がヘリへと襲い掛かる。 しかし、いずれにしてもAMFの効果範囲内へ侵入すると同時に減衰を始め、決定的な損傷を与えるには至らない。 幾ら高出力とはいえ、余りに異常に過ぎる魔力結合阻害効果。 どうやら汚染によって、安全回路が完全に破壊されているらしい。 今やあのJF704式は、次の瞬間には魔力暴走による爆発を起こすとも知れない、制御できない爆弾の様な存在なのだ。 局員の間に、焦燥を含んだ念話が奔る。 『駄目だ、魔力弾が減衰してしまう! 何か構造的弱点は無いのか!?』 『ヴァイス陸曹、何か知りませんか!?』 『テール・ブーム側面の排気口を破壊できれば、トルクを相殺できずに墜落する筈なんだが・・・誘導操作弾じゃAMF効果域を突破できないだろうしな・・・』 『不味いわ、フィールドが!』 念話が交わされる間にもリニアとヘリの距離は縮み、徐々にAMFの効果がリンディ達にも影響を及ぼし始めた。 そしてあろう事か、ディストーション・フィールドまでもが綻び始める。 空間歪曲の範囲が、明らかに狭まり始めたのだ。 このままでは未だ続くオートスフィア群からの砲撃を、直接的に受ける事となってしまう。 だがそんな中、クアットロからの通信が入った。 『ウーノ姉様、そちらで車両のコントロールを掌握できます?』 『・・・20秒程あれば』 『では、お願いしますね。それと皆さん、何かに掴まっていた方が宜しくてよ?』 その会話の内容に、リンディはスカリエッティ等が座していた方向を見やる。 彼女の視線の先では、ウーノが壁際のコンソール前へと佇んでいた。 信じ難い速さでキーウィンドウ上に踊る指を見つめていると、今度はスカリエッティからの警告が意識へと飛び込む。 『さて、急停車するぞ。そろそろ準備した方が良いのでは?』 その瞬間、リンディはフェイトを庇う様にその上へと覆い被さった。 視線だけは頭上へと向けたまま、同じくフェイトへと寄り添ったアルフが再度、障壁を展開する様を視界へと捉える。 直後、鼓膜を劈く金属音と共に車両へと急制動が掛かり、同時に30を超えるデバイスが頭上の空間へと向けられた。 そして、車両が急減速した結果、ヘリは一瞬にしてその上方へと躍り出る。 AMFによる重圧が急激に増すと同時、ヘリの至近距離に展開していたディストーション・フィールドは霧散し、アルフの結界が綻び始めた。 防御手段を奪われれば、後は砲撃の餌食となる以外に道は無い。 だが次の瞬間、轟音と共に頭上のヘリが「潰れた」。 砕け散る緑光の壁、飛び散る魔力光の残滓。 メインローターの一部が捻じ曲がり、既に圧壊していたコックピットが更に小さく押し潰される。 歪んだ機体は其処彼処から大小の破片を零し、亀裂と火花、赤々とした炎が一瞬にして表層を覆い尽くす。 金属が圧壊する巨大な異音が容赦なく鼓膜を叩き、飛び散る無数の破片がAMFにより減衰した障壁へと殺到した。 「まだ・・・!」 だというのに、ヘリはまだ飛んでいた。 減衰していたとはいえ、リニア進路上の空中に展開されたユーノの障壁、強固さでは並ぶ物の無いそれへと高速で突入し、機体各所より炎を噴き上げつつも未だ飛行している。 フレームが歪み十分な安定性すら確保できない状態となっても、メインローターとノーター・システムはその役目を放棄してはいなかった。 しかし、機内のAMFシステムはそうではなかったらしい。 元々が繊細な魔法機器である上に、耐久性を考慮されていない試作品だったのか、フレームの歪みに耐え切れず損壊した様だ。 全身を圧迫していたAMFの重圧が消失し、同時に鋭い念話が局員の間へと奔る。 『撃て!』 連射される直射弾、簡易砲撃。 シグナムの炎が機体を貫き、ヴェロッサの猟犬がテール・ブームを喰い千切る。 メインローターのトルクにより回転を始める機体へと更に大量の直射弾が撃ち込まれ、爆音と共にハッチが弾け飛んだ。 業火を噴きつつ、機体の高度が下がる。 そして、ユーノの警告。 『伏せて!』 視界へと飛び込んだユーノの障壁は、これまでとは異なる形で展開していた。 地表に対して垂直ではなく、水平に展開されていたのだ。 ヘリは回避する事もできずに障壁へと突入、鋼を引き裂く異音と共に機体が上下に分断される。 切断された機体下部は車両を掠めて路線へと接触、高架橋を破壊して市街へと落下した。 残る機体上部は回転運動の激しさを増し、更に路線に沿って建ち並ぶビルの壁面へと接触して大量のガラス片を周囲へと撒き散らす。 『やった!』 誰かが、念話で叫んだ。 ヘリは制御を失い、更に大きく速度を落として車両から離れ始めている。 あの様子からして、数秒後にでも墜落するだろう。 リンディも、そう信じて疑わなかった。 数瞬後、機体切断面より現れたそれを見るまでは。 「な・・・」 反応する間も無かった。 切断面から出現した、巨大な1本の触手。 有機的柔軟さと骨格の強固さを併せ持った赤黒い外観のそれは、車両とヘリの間に存在する40m程の距離を一瞬にして詰め、先端が4つに分かれると其々が天井部を失った車両へと突き立ったのだ。 異様な光景と衝撃に目を見開くリンディ達の眼前で、床面を抉ったそれは徐々に有機的な組織を構造物へと侵食させ始める。 鋭い、悲鳴の様な声が上がった。 「前へ! 逃げて!」 それがフェイトの声だと理解した時には、既にリンディはアルフと共に駆け出している。 周囲に展開していた局員やスカリエッティ達も、前部車両との連結部を目指し走っていた。 そして全員が4両目へと移ると共に、ベルカ式の武装局員が自身の槍型デバイスに魔力を纏わせ、連結部を切り裂く。 「これで・・・」 彼が言わんとした言葉を、最後まで聞く事はできなかった。 振動と共に5両目が離れ行く様を見つめる中、破壊された連結部から離れようとしたその武装局員は、天井部を貫いて侵入してきた触手により頭頂部から2つに分たれたのだ。 その惨状に凄まじい悲鳴が上がり、頭上では天井面へと血管状の組織が奔り始める。 だがユーノ達が、その状況を黙って見ている筈がない。 忽ちの内に障壁とバインド、各種結界と炎、無数の猟犬が侵食された天井部を吹き飛ばし、襲い来る異形の姿を露わにする。 「さっきのヘリ・・・あれが!?」 「節操の無い化け物だね、バイドってのは!」 メインローターは未だ回転していた。 機体上部もほぼ原形を保っている。 だが、それは最早ヘリではなかった。 機体下部からは6本もの触手が伸び、内4本が切り離された5両目に、残る2本がこの4両目へと打ち込まれている。 それらを用いて機体を固定する事によって、バイド化したJF704式はトルクに抗っていた。 素人目に見ただけでも触手の総質量は、明らかに機体のそれを超えていると解る。 しかし増殖は未だ止まらず、無数に枝分かれした極小の触手群が、最寄りの局員達へと一斉に襲い掛かった。 「うあ・・・げ、ひ!」 「ぎ、い・・・ぎッ・・・!」 「嫌、嫌・・・! ぎ、う・・・ぅ・・・ッ」 『退がれ、退がるんだ! 巻き込まれる!』 悲鳴に告ぐ悲鳴。 それらが絶叫へと変化する前に、触手の群れは哀れな犠牲者達を津波の如く呑み込んでいた。 縫い針ほどにまで細分化した数千、数万もの触手が銃弾さながらの速度で伸長し、それらの先端が局員の身体を貫いてゆく。 人体を貫通したそれらは更に伸長、先端が床面に達し構造物と同化すると同時に増殖を停止。 植物の根、或いは神経ネットワークの如く張り巡らされた触手の枝の中、全身を貫かれた局員達の影が網状となった赤黒い触手の中に蠢く様は、他の生存者達の正気を乱すには十分に過ぎた。 そして無数の悲鳴が上がる中、更なる狂気じみた事実が発覚する。 『バイタルが・・・バイタルが残ってる!』 『何の事だ!?』 『デバイスのバイタルサインが残っているんだ! 生きてる! 彼等はまだ生きてるぞ!』 『何を馬鹿な・・・!』 『見て!』 局員の1人が、触手の一部を指した。 反射的にその先へと視線を滑らせたリンディの視界に、褐色の制服が映り込む。 数十本もの極小の触手に貫かれた、局員の腕。 僅かずつ滲み出す血液に、褐色の制服が徐々に紅く染まりゆく。 その末端、同じく微細な触手に縫い止められた五本の指が、確かに動いた。 当然の帰結として、その腕の付け根へと視線を移動した結果。 「ッ・・・!?」 「見ちゃ駄目だ、フェイト!」 アルフの叫び。 もう少しそれが発せられる瞬間が遅ければ、叫んでいたのはリンディ自身だったろう。 尤もそれが、果たしてフェイトへの注意であったかは怪しいが。 「何て・・・事・・・」 信じられなかった。 否、信じたくなかった。 こんな事実を認識したところで、何ができるというのだ。 彼等は、まだ「生きて」いた。 全身を隈なく、それこそ四肢の先端から胴体、顔面から頭頂部に至るまでを数百もの極小の触手によって貫かれながらも、確かに「生きて」いたのだ。 それら触手の貫通する箇所から少しずつ血液を滲ませながら、眼球から鼻腔内までを貫かれながら、そして恐らくは心肺から脳髄までをも侵されながら。 彼等は「死ぬ」事もできずに「生かされて」いた。 くぐもった悲鳴混じりの呼吸音を漏らし、自らの身体を襲う異常な感覚に恐怖の涙を零し、触手によって貫かれた傷という傷からあらゆる体液を溢れさせながら。 「あ・・・ぁが・・・ぁ・・・げ・・・」 「ひ・・・!?」 そして、最も近い位置に囚われていた1人、その奇跡的に触手の刺突を受けなかった右眼球が動き、リンディ達を瞳の中心へと捉えた。 瞬間、リンディと腕の中のフェイト、傍らのアルフの身体が小さく跳ねる。 小刻みに揺れ動く瞳とか細い呼吸音、動かそうと必死に試みては傷を拡げ血液を噴き出す五本の指。 その局員が何を求めているのか、想像する事は容易だった。 彼は助けではなく、救済を求めているのだ。 「死」という名の救済を。 「あ・・・ああああぁぁぁッ!?」 「フェイト!?」 「フェイト、見ないで! 落ち着いて、目を閉じて・・・!」 『何をやっているんです! 逃げて下さい、統括官!』 『畜生、畜生! どうしろっていうんだ、どう助けろっていうんだ、畜生!』 『また伸び始めた・・・増殖が始まったぞ! 退がれ!』 肉体的に問題はなく、魔力の供給も問題なく行われている。 にも拘らず、リンディは限界が近い事を認識していた。 再度ディストーション・フィールドを展開し、触手に取り込まれた犠牲者達と生存者達の間を遮断しながらも、彼女の内心はこれまでにない焦燥と諦観とに染まりゆく。 炎が触手を焼き、猟犬がヘリ本体を貫通し、結界が触手の殆どを切り裂く様を視認してなお、その認識は揺らぐ事がなかった。 果たして、何時まで保つだろうか。 自身の、フェイトの、アルフの、延いてはこの場に存在する全員の精神は。 ただでさえ、実戦の場は精神を消耗する。 それに加えて家族の安否不明、地球軍による殺戮、そしてバイドによるこの惨劇だ。 精神に異常を生じる者が現れたとしても不思議は無い。 寧ろこの状況で取り乱す者は居るものの、未だに深刻な精神障害を生じる者は居ない事が奇跡的なのだ。 先程の光景は、人の心を破壊するには十分に過ぎる。 「死ぬ」事ができるならば、個人差はあれど納得はできるだろう。 如何なる要因かの差異はあれど、生ある者はいずれ「死ぬ」のだから。 だが、死すべき時に「死ねない」、死が救済となる場面に於いて「死ぬ事を許されない」という可能性を、現実の光景として見せ付けられたなら? 彼等は、あの触手の犠牲者達は、明らかに致命傷を負っていた。 全身を数百もの触手に貫かれ、口腔内へと侵入したそれらによって舌から食道、気道の奥までをも貫通されて。 にも拘らず、彼等は「生きて」いた。 死ぬ事も許されず、生ある事が苦痛以外の何ものでもない状況へと陥れられた状況で、自らを破滅へと誘った存在によって「生かされて」いたのだ。 安楽たる死へと至る事もできず、自身を貫く苦痛の源、醜悪な生命体によって生き続ける事を強要されるという恐怖。 それを齎す脅威が眼前に存在しているというのに、正気を保ち続ける事ができるものだろうか。 『その車両から出ろ! 焼き払うぞ!』 シグナムからの通信。 上空では無数の猟犬が宙を翔け回り、展開したオートスフィア群を片端から喰らい尽くしている。 周囲の市街にはユーノが展開したらしき巨大なラウンドシールド、サークルプロテクション、スフィアプロテクションが乱立し、バイド・地球軍双方の攻撃から局員と民間人を守護していた。 それらを視界の端へと捉えながら、リンディは再度アルフと共に、フェイトを支えつつ3両目を目指して走る。 その必死の逃走を遮ったのは、ユーノからの警告。 『第1階層隔壁面F、完全崩壊! R戦闘機、居住区侵入!』 リニア進行方向、右前方に立ち昇る赤々とした焔。 第1階層・自然区とこの第2階層・居住区を隔てる階層構造に穿たれた巨大な穴。 溶鉱炉と化した第1階層、魔女の大釜へと繋がるその只中から、1つの影が浮かび上がる。 濃緑色の機体、緋色のキャノピー。 主翼に相当する機構は存在せず、見るからに重装甲のエンジンユニットらしき構造が左右に突き出している。 機体後部には尾翼の間に姿勢制御用らしき左右一対のユニットが迫り出し、其々の後方からは更に噴射炎の青白い光が僅かに零れていた。 そして何より、機体下部に据えられた箱型のユニット。 射出口らしき無数の穴が並んだ平面を機体前方へと向けるそれは、明らかに大規模破壊を目的とした特殊重兵装であった。 「来やがった・・・!」 アルフの呟きは、この中央区に存在する管理局側の人間、その全ての心を代弁しているだろう。 中央区はバイドによる汚染が進行し、更に展開する地球軍は局員の抵抗により少なからぬ被害を受けているのだ。 この状況下で、中央区へと侵入したR戦闘機が取る行動とは何か。 『R戦闘機、波動砲充填開始!』 リンディの予想は的中した。 地球軍はバイド諸共、本局の人間を殲滅するつもりなのだ。 それを理解した瞬間、彼女は叫ぶ。 「緊急停車ッ!」 複数の人物が、その叫びに応えた。 リンディ、アルフ、ユーノの障壁が其々に角度を変えて空中へと展開され、それらは一瞬にして触手群を切り裂き車両とヘリを物理的に切り離す。 ほぼ同時にウーノが非常用の摩擦・空気抵抗複合式緊急停止機構を作動させ、更に武装局員が自身のアームドデバイスを床面へと突き刺し、車両の前進運動に急制動を掛けると、ヘリは先程と同様に車両直上へと躍り出でた。 更にトルクによる回転運動を開始し、制御を失ったまま車両を追い抜く。 リンディは周囲の者と同じく、急制動によって身体を3両目と4両目を隔てる壁面へと打ち付けつつ、その様を見届けた。 直後、R戦闘機が滞空していた周辺で光が爆発。 そしてほぼ同時に、車両を追い越したJF704式の姿が、幻影の様に掻き消える。 轟音、衝撃。 「ッ・・・!?」 アルフが、フェイトが何かを叫んでいる。 だが、聴こえない。 聴覚が麻痺する程の轟音と、床面へと倒れ込んだ身体を容赦なく襲う衝撃を前に、互いの声を聴き止める程の余裕などありはしなかった。 念話も同様で、とても言語の認識などしている暇は無い。 そんな状態が数秒ほど続いた後、全ての圧力が消失した事を確認し、漸くリンディは身体を起こした。 周囲の局員達も、既に立ち上がっている者が殆どだ。 車両は完全に停止し、纏わり付く外気は今更ながら異様に高温となった大気を認識させる。 燃えゆく市街を呆然と見詰めていると、ウーノからの報告が飛び込んできた。 『緊急停止機構がロックされました。解除は不可能・・・前方の路線に重大な異常が発生した様です』 『異常?』 ウーノの報告を受け、1人の局員が吹き飛んだ壁面の残骸を飛び越え、前方の様子を窺う。 その間、リンディは何とか自力で立ち上がったフェイトの身を気遣い、更にユーノとの通信を行おうと新たにウィンドウを展開していた。 そんな彼女の意識に飛び込んできたのは、理解できないと云わんばかりの局員の声。 『路線が・・・路線が無くなってる』 前方の車両から、幾つもの悲鳴が上がる。 それは恐怖の、というよりも悲嘆を色濃く含むものだった。 リンディはアルフへと視線をやり、フェイトは任せろとの意思を示す。 アルフは頷きをひとつ返すと、他の局員と共に車両外へと飛び出した。 「義母さん・・・?」 「大丈夫。大丈夫よ、フェイト・・・」 不安げに声を零すフェイトを、リンディは優しく抱き締める。 被曝と化学物質汚染により疲弊した身体が、彼女を常ならぬ不安の最中へと落とし込んでいるのだろう。 何時になく弱気な義娘を気遣い、髪を撫ぜてやるリンディ。 その傍ら、唐突にウィンドウが開き、切迫したアルフの声が木霊した。 『リンディ、聴こえるかい!?』 「聴こえるわ、アルフ。路線はどうなの?」 『それどころじゃないよ!』 続くアルフの言葉、そして映し出された光景に、リンディの意識が凍り付く。 同時に、彼女の腕の中のフェイトまでもが全身を強張らせたが、それに気付く事は終ぞなかった。 リンディの意識を釘付けにしているのは、ウィンドウ越しに映る悪夢の光景。 『街が・・・街が薙ぎ払われてる! あのヘリが居た周辺、全部だ! 路線もビルも、みんなバラバラになっちまった!』 波動砲充填音。 反射的に視線を投じた先に、あのR戦闘機が浮かんでいた。 居住区の空を悠々と漂いながら、青い波動粒子の光を貪欲に機体下部へと取り込んでいる。 周囲のオートスフィアは既に殲滅されているらしく、機体へと襲い掛かるのは地表部からの直射弾と砲撃、そして無限とも思える程に枝分かれしては壁となって襲い掛かるバイドの触手ばかり。 どうやらバイドはあのJF704式のみならず、既にこの階層全域に侵食しているらしい。 だがR戦闘機は見事な機動でそれら全てを回避すると突然、機種を反転させて地表へと向き直る。 そして先程と同じく、光が爆発した。 「うあッ!?」 思わず、悲鳴が零れる。 その強烈な閃光は、従来の青い波動粒子の光ではなかった。 黄金色の閃光が奔り、その光は巨大な奔流となって市街を襲ったのだ。 市街もろとも、バイドと局員の全てを呑み込む金色の奔流。 だがそれは、単一の砲撃などではない。 リンディは見た。 市街を襲う光の奔流の正体、無数の小さな光弾を。 あの波動砲は強力な単発の砲撃ではなく、高密度凝縮された何らかのエネルギー弾を極高速連射するタイプだ。 機体下部のユニットより薙ぐ様にして発射されたそれらは、ホースから放たれる水飛沫の如く市街へと押し寄せ、弾体軌道上の全てをコルク材の如く貫き崩壊させたのだ。 時間にすれば2秒にも満たない時間だが、その間に放たれる弾体数は万を優に超えているだろう。 でなければ、たった2度の掃射で1区画を完全に崩壊させる事など、できる筈がない。 掃射を受けたビル群はいずれも一瞬にして無数の穴を穿たれ、あるものは自重に耐え切れず崩壊し、またあるものは異常な密度の弾幕によって徹底的に細分化されて四散した。 リニアレールの路線も、あのバイド化したJF704式を砲撃した際に巻き込まれ、跡形も残さずに削り取られたのだろう。 ヘリが掻き消えた様に見えたのは、錯覚などではない。 あの弾幕に呑み込まれ、形ある物を何ひとつ残す事もなく、完全な塵と化したのだ。 否、弾体形成に波動粒子が用いられているであろう事を考えれば、塵すらも残ってはいない可能性すらある。 そして地球軍はそんなものを、無数の局員とその家族が存在する居住区へと、些かも躊躇う事なく撃ち込んだのだ。 当該区画に存在していた局員及び民間人、彼等の生存は絶望的だろう。 「何て・・・事を・・・!」 『どうやら彼等は、この本局内で滅菌作戦を行う腹積もりの様だ。汚染の事実があるのなら、局員の殲滅にも正当性が生じる』 思わず呟いた言葉に返す声。 スカリエッティだ。 彼が返した言葉の内容に、フェイトが感情も露わに反論する。 「これが・・・この蛮行が正当ですって!?」 『ある意味ではそう捉える事もできるというだけだ。何も私自身がそう思っている訳ではない』 「だからって・・・!」 『其処までだ! 8区上空、2機目の侵入を確認!』 冷静に言葉を紡ぐスカリエッティ、感情的な反応を返すフェイト。 今にも論戦を始めそうな2人の間に割り込んだのは、緊迫したユーノの声だった。 彼の言葉に従い、8区上空の空間を見やる。 其処に2機目のR戦闘機、その姿があった。 群青の機体、漆黒のキャノピー。 これまでに確認されたR戦闘機の外観としては、オーソドックスな部類に該当するだろう。 だがリンディは、その機体の細部に見覚えがあった。 それはフェイトも、多くの武装局員も同様だろう。 「R-9Leo」。 捕虜となったR戦闘機パイロット達より齎された情報に基づき判明した、R戦闘機の1機種。 嘗ての地球軍による襲撃の際に、本局内部へと侵入した3機のR戦闘機、内1機。 Sランク1名を含む67名の魔導師、彼等を塵も残さず消し去った、忌まわしき機体。 波動砲の出力を犠牲に、フォースを介して放たれる光学兵器全般を極限まで強化した、殲滅戦特化機体。 リンディ等の視線の先に浮かぶ機体は、証言に基いて描かれたスケッチに瓜二つだった。 恐らくは、R-9Leoの上位互換機であろう機体。 それに付属するフォースは、6本のコントロールロッドを備える異様な外観だった。 機体左右に展開したビットシステムもまた、バイド体の半面を装甲と何らかの機能を伴う機器に覆われ、更に砲口までもが設けられている。 数瞬後、そのフォースの先端とビットシステムの砲口に、微かな青い光が宿った瞬間。 反応する暇すら無く、視界を強烈な光が覆い尽くした。 眼窩の奥に鋭い痛みを覚え、目を覆って床に伏せた事は認識している。 衝撃が全身を襲った事も、轟音によって再び聴覚が麻痺した事も理解していたが、続く生産的な行動を実行できない。 視覚を焼いた光が薄れ、痛みが薄らぐ瞬間を待つ事、それだけが自らの意思で選択し得る行動だった。 「な・・・あ・・・!」 『リンディさん! リンディさん、応答して下さい! リンディさん!?』 ユーノの声。 光が薄れ、痛みが消えた。 治癒効果を備えるラウンドガーダー・エクステンド、それが自身を含め全ての局員を覆っている事に気付いたリンディは、それまでの疲労が嘘の様に身体を起こした。 飛び交う念話を正常に拾い始めた頃、リンディは自身の身体が健在である事を確認し、市街へと視線を投じる。 だが、彼女の視界に映る光景は、既に一変していた。 街が無い。 ビルも、第1階層から噴き上がっていた炎すらも、全てが掻き消えている。 群青のR戦闘機が青い光を纏った事は覚えているが、その後に何が起こったのか、まるで理解できない。 何もかもが嘘の様に、抉れた階層構造物だけを残して消えている。 一部始終を観測していたであろうユーノへと詳細を尋ねようとするも、それより早く複数の声が悲鳴の如き叫びを返した。 『高架橋を降りて! 階層構造内に逃げるんです、早く!』 『6区、掃射型波動砲により壊滅! 敵機、再度充填を開始!』 『こちらで時間を稼ぐ! 猟犬の後を追え!』 ユーノ、クアットロ、シグナムの叫び。 視線の遥か先で、群上の機体が機首をこちらへと向けた。 だが、シグナムの炎が襲い掛かった事により、進路を変更すると異なる方向へと飛び去る。 彼方で炸裂する、青い光。 虹色の燐光が奔り、遅れて轟音が届く。 『くそ、迎撃された!』 苦々しく呻くシグナム。 だが、それに答える暇は無い。 彼方に点る、赤い光。 そして、赤い光条が大気を打ち抜いて飛来した。 周囲には眩い燐光を纏い、漂う粉塵をすら触れる片端から消滅させてゆく。 隣接区のバイド触手群を狙ったそれは車両上部を掠め、照射箇所の構造物を瞬時に溶解・気化させた。 熔鉄が降り注ぎ、気化した金属が路線上の生存者達を身体の内外から焼き尽くす。 絶叫が上がる中、リンディは障壁を展開しつつ、車両外より戻ったアルフと共にフェイトを支えて走り出した。 一分、一秒でも早く高架橋を降りなければ、あの常軌を逸した攻撃に巻き込まれて消滅する事となるだろう。 「リンディ、あれ!」 車両外へ出ると同時に、アルフが後方を指した。 R戦闘機が、こちらへと戻ってくる。 そのフォース先端には青く輝く波動粒子が集束しており、明らかに波動砲発射態勢へ移行していると判る。 そして砲撃が放たれるが、それはリンディ等の頭上を突き抜け、彼方に展開するバイド群の中央へと着弾した。 ビルが2つ、弾体の炸裂に巻き込まれて崩壊する。 これまでに確認された機体の砲撃と比して、明らかに低出力だ。 ならば構造物を盾に、何とか逃げ切れるかもしれない。 そう、考えた時だ。 『高速飛翔体、接近!』 警告と共に、燐光を纏って飛来した2つの光球が、先頭車両を粉砕した。 衝撃に煽られ、リンディはフェイトとアルフ共々に吹き飛ばされる。 その視界の端を、光球が掠めて消えた。 局員の誰かが、掠れた声で叫んでいる。 『ビットだ! ビットが襲ってくる!』 立ち上がる暇は無かった。 空間が赤く光り、振動と浮遊感がリンディを襲う。 背中に触れる高架橋のコンクリートに罅が入り、次の瞬間には崩れ始めた。 そして重力に引かれるまま、リンディの身体は落下を始める。 無数の瓦礫の中、上下逆転した視界の内へと映り込むは、接近してくるフォースと2つのビット。 腕の中のフェイトを強く抱き締め、瓦礫と敵機の攻撃を防ぐ為に有りっ丈の出力で障壁を張る。 だが無情にも、瓦礫の1つが彼女の腕を直撃した。 悲鳴を上げる間もなく、フェイトの身体が腕の中から逃れ、奈落へと落下してゆく。 「フェイト!」 「義母さんっ!」 母親としての悲痛な声、義娘としての叫び。 アルフ、そして彼女に抱えられたフェイトが必死に手を伸ばす。 それに応え、リンディもまた手を伸ばそうとして。 背後での青い光の炸裂と同時、全てが漆黒に塗り潰された。
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このページはサークル「Team Arrow-Head」が製作している同人ボードゲーム、「R-TYPE Table Strategy」を紹介、ダウンロードできるwikiサイトです。 現在誠意製作中。
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金属と金属の接触による重々しい衝撃音に、ディエチは反射的にイノーメスカノンの砲撃態勢を取る。 彼女の目前でゆっくりと開かれたハッチが、床面へと接しやや急角度のスロープを形成。 次いでモーター音が鳴り響き、ハッチより1台の軽装甲車両が姿を現す。 即座に砲口を向け、トリガーを引こうとするディエチ。 だが、脳裏へと届いた念話が、その行動を押し止める。 『待て、俺だ!』 その念話にディエチは、トリガーに掛けていた指を離した。 装甲車というよりは大型のバギーに近いそれは、ディエチの目前へと滑り込む様にして停車する。 そしてドアを開けて現れた顔に、彼女は呆れた様に話しかけた。 「何をしに行ったんですか、貴方は」 「生存者の捜索。で、見付けたのはこれだけ」 皮肉の言葉に対し男性、ヴァイスはハンドルを叩きつつ答えを返す。 ディエチは、装甲車が出てきたハッチへと視線を投げ掛け、短く問う。 「全滅?」 「分からん。血痕すら無かったが、どうやら相当慌てて艦を放棄したらしい。一切の作業が途中で放棄されている。だが、それから余り時間は経っていないらしい」 「と、いうと?」 「食堂で見付けたスープがな・・・湯気を立てていた」 その言葉にディエチは、無言で装甲車の外殻へと足を掛けた。 上部に備えられた砲座らしき窪みに乗り込み、イノーメスカノンを据える。 そして、砲座の縁に溶接された金属板、その表面に刻まれた異世界の言語に気付いた。 「これって・・・」 『気付いたか?』 ヴァイスからの念話。 すぐさま、ディエチは問い掛けた。 『この装甲車って、まさか』 『そのまさかだ。何処で回収したのか知らないが、第97管理外世界の車両だよ。取っ払われちまってガレージの中に転がってたが、対空誘導弾の発射機が其処に据え付けてあったらしい』 ヴァイスの言葉に複雑な感情を抱きつつも、ディエチは黙り込む。 此処で管理局法がどうこう言おうと、そんな事には意味が無い。 何より、胸中を満たす濁りを帯びたそれが何であるのか、聡明な彼女は良く理解していた。 それは、僅かな諦観。 クラナガン西部での救助活動以降、周囲が自身に対して向ける奇妙な視線、その意味に気付いた時に生まれたものだった。 彼女のISたるヘヴィバレルとは、固有装備イノーメスカノンへのエネルギー供給を経て放たれる砲撃の事を指す。 エネルギーモードならば幾分長いチャージ時間を経てSランク魔法に相当する砲撃を放ち、実弾モードならば炸裂弾から鉄鋼弾、特殊弾を含む各種砲弾を発射するそれは、半質量兵器とも呼べる代物だ。 外観からして無反動砲と呼ぶに相応しいそれは管理局による回収後、幾分「魔法的」な所のある他の姉妹達の固有装備とは異なり、碌に解析もされぬまま解体・保管されたのだ。 確かに、魔力とは異なるエネルギーを用いていた事を考えれば、あれは正しく質量兵器であると云えるだろう。 だが何故、管理局は他の固有武装とは異なり、イノーメスカノンのみを短期間の内に分解したのか。 ディエチはその理由を、質量兵器に対する拒絶によるものと考えていた。 外観のみならず機能すら質量兵器と酷似したイノーメスカノンは、局員の心理的な理由から碌に解析も為されず、保管という名目での封印を為されたのだと。 そして今、ディエチの手には「2代目」となるイノーメスカノンが握られている。 ヘヴィバレルより供給されるエネルギーを純粋魔力へと変換するそれは、発射される砲撃が直射または集束型魔法と化した以外には「先代」と大した違いは無い。 外観に関しても同様だ。 それ故か否かは判然としないが、イノーメスカノンを携えてのクラナガン西部区画への臨時派遣以降、局員が彼女へと向ける視線は少なからず拒絶と侮蔑を滲ませたものだった。 質量兵器に酷似した外観の固有装備と、その運用に特化したIS。 機動六課ヘリ撃墜未遂、地上本部へのエアゾルシェルによる砲撃、聖王のゆりかご内部での高町 なのはとの砲撃戦など、JS事件当時の記録とも相俟って、大多数の局員は彼女の現場への配属に否定的であったのだ。 他の姉妹達が徐々に受け入れられてゆく中、彼女達を除いてディエチに対し理解を示したのは、ゲンヤ・ナカジマとその娘ギンガ・ナカジマ、そして高町 なのはの3名のみ。 彼女は唯1人、孤独を噛み締めていた。 だが、転送事故により同一地点に送られた男性、旧機動六課に於いてヘリのパイロットを務めていたヴァイス・グランセニックは違った。 イノーメスカノンと同じく、質量兵器である狙撃銃を模したデバイス、ストームレイダーを操る彼は、他の局員の様な侮蔑の視線など欠片も見せはしなかったのだ。 同じ狙撃手としての共感か、はたまた彼自身もディエチと同じ経験を持つのか。 いずれにせよ、彼と同じ地点へと飛ばされた事実は、ディエチにとっては予期せず訪れた幸運だった。 多くを詮索する訳でもなく、かといって無関心でもない。 煩わしい視線を投げ掛けるでもなく、一切を無視するでもない。 こちらを信頼し、その上で気遣い、狙撃手の先達としての観点からアドバイスを齎す。 襲い掛かる汚染体の脅威を、決して恵まれているとはいえない魔力資質、そしてディエチの想像すら及ばぬ膨大な鍛錬と経験とに裏打ちされた技術によって悉く排除。 状況の変化に対し融通が利くとは言い難いISと武装のディエチを庇いつつ、同じく汎用性に乏しいストームレイダーを用いながら、遭遇する全ての敵性体を殲滅する。 何時しかディエチは、彼に対して畏敬と信頼、そして確かな親近感を抱いていた。 だからこそ彼女は、ヴァイスが何気なく言い放った言葉の裏を勘繰ってしまったのだ。 もしやこの男性も、内心ではこちらを質量兵器そのものであるかの様に捉えているのではないか。 そんな疑い、そして不安が脳裏を掠める。 だが、続く念話は、そんな彼女の懸念を掻き消した。 『運転、できないだろうと思ったんだが・・・余計だったか?』 『・・・いえ』 念話を返し、ディエチは軽く息を吐く。 何の事はない、ただ単に運転に慣れているから、彼女を砲座に着かせただけの話だった。 確かに、知識としての車両操作方法はインプットされているが、実際にハンドルを握った事など皆無である。 ならば経験豊富な者が運転席に着き、そうでない者が砲座に着くのは当然の事。 結局、ディエチの懸念は単なる被害妄想だった。 安堵と自嘲の溜め息を吐く彼女を余所に、装甲車はゆっくりと走り出す。 タイヤと床面の間で響く、油膜の剥がれる異様な音でさえも、今は軽快な環境音として捉えられた。 『いやぁ、こいつは快適だ。歩く度に靴底と床で糸を引く事も、慣れない飛行魔法で墜落死する心配も無い。モービル様々だな』 『良いんですか? 第97管理外世界の物でしょう。管理局法に抵触するのでは?』 『良いんだよ。砲塔部は外されてるんだし、今じゃこいつは唯の車だ。第一、移動の足に使うくらい大目に見てくれても良いじゃないか。こちとら根っからの陸戦タイプなんだぞ』 ヴァイスの愚痴る様な念話。 次いでエンジンが唸りを上げ、輸送路へと突き進む。 あっという間に速度が時速80kmを突破し、2人を乗せた装甲車は小型次元航行艦が鎮座する広大な空間を後にした。 『もう1隻の艦はどうなったのでしょうか』 『さあな・・・だが、碌な事にはなっちゃいないだろうよ』 念話を交わしながらも、ディエチは油断なく索敵を行う。 作戦開始時より未だ1発の砲撃も放ってはいないイノーメスカノンを手に、強化された視覚と聴覚、各種センサーを用いて得られた情報を分析。 敵性体、若しくは要救助者の反応を拾うべく、処理速度を更に上昇させる。 その時、ディエチの聴覚に破壊音が飛び込んだ。 『止まって!』 瞬間、装甲車が急制動を掛ける。 油膜に覆われた床面を数十mに亘って滑走し、車体が横向きとなった頃、漸くその動きが止まった。 すぐさま、ヴァイスからの念話がディエチの意識に響く。 『どうした!』 『待って・・・前方、約1600・・・右の通路から大規模な破壊音です。複数種の魔法発動音を確認。それと・・・』 『何だ?』 問い掛けるヴァイスの念話に、ディエチは一瞬ながら返答を躊躇った。 しかし、すぐに思考を落ち着かせると、事実を告げる。 聴覚へと飛び込んだ異音、その正体を。 『照合終了・・・クラナガン西部区画にて記録された聴音データに酷似・・・波動砲集束音2種、確認』 * * 『波動砲、来ます!』 『回避!』 閃光、衝撃と轟音。 異なる2種の光の奔流が解き放たれ、空間の其処彼処を埋め尽くし、蹂躙してゆく。 一辺が5kmを超える、余りにも巨大な空間。 砲撃と雷光に撃ち抜かれた壁面が、一瞬遅れて周囲数百mの構造物ごと跡形もなく吹き飛んだ。 黄金色の砲撃と無数の雷光、爆炎によって照らし出される下方の闇。 其処に浮かび上がるは、有限の存在とは思えぬ程の廃棄物の山、山、山。 汚染され、侵食され、圧縮され、粉砕され。 腐食し、溶解し、圧壊し、断裂した、軍用・民用を問わず無数の機械群の残骸。 更には明らかに有機物と分かる肉塊、機械か生命体かの判別が不可能なまでに入り混じった醜悪な物体など、凡そ人間が想像し得るあらゆる死の具現が其処にあった。 広大な、余りにも広大な集積所に充満する強烈な異臭は、下方に積もるそれらより漏れ出る有害物質だろう。 正常な生命の存在を否定し、人の手により創造されながらその制御を離れ、未だ正常な機能を保つ存在すら死の彼岸へと引き摺り込まんとする、悪意と害意に満ち満ちた機械仕掛けの墓穴。 必死に逃げ惑う生ある者達をその只中へと墜とし込まんとするは、魂なき鋼鉄の異形。 廃棄物を吸い上げては吐き出す、資源回収システムらしき3機の大型機械。 そして、死体が操るR戦闘機。 『大型敵性体、ゴミを吸い上げた!』 『迎撃用意!』 無数の鉄塊が擦れ合う際の、鼓膜を引き裂かんばかりの異音。 同時に異形の1体、その上部より大量の廃棄物が噴火の如く吐き出される。 30m近くも打ち上げられたそれらは空中に放物線を描き、雪崩を打って攻撃隊へと襲い掛かった。 『来るぞ!』 魔導弾と砲撃の嵐が吹き荒れ、襲い来る落下物を粉砕せんとする。 だが、幾ら強力な高速直射弾及び直射砲撃とはいえど、10t近い鉄塊までをも完全に粉砕するのは不可能だ。 何より、直射弾はともかく砲撃となれば、簡易型であれ連射できる者は限られる。 この場に於いては、それは1名しか存在しなかった。 フェイトの戦闘スタイルは接近戦に比重を置いており、砲撃魔法を使用するには少々の時間を必要とする。 オットーは射撃戦主体ではあるが、ISレイストームの威力は鉄塊を破壊するには至らない。 残る4名のうち3名も同様で、2名は砲撃魔法を使用できるものの、発動までに10秒以上の時間を必要とし、とても現状況下で使用できるものではなかった。 結局は簡易砲撃魔法を習得していた1名が迎撃の主体となり、それこそ獅子奮迅ともいうべき奮戦を継続している。 しかし、それも長くは続かないだろう。 彼が無理をしている事は、誰の目にも明らかだった。 何せその脚は、膝下から先が無いのだから。 あの機械とも生命体ともつかぬ、巨大な蟲が生み出す鉄柱に挟み潰されたのだ。 『回避成功! 攻撃を・・・』 『おい、あそこ・・・また吸い上げた! こっちに来るぞ!』 『総員退避! 押し潰される!』 降り注ぐ鉄塊と有害物質の雨を何とか凌いでも、次なる廃棄物の雪崩が襲い掛かる。 攻撃隊は、この一方的な状況の循環から逃れられない。 膨大な質量が頭上より降りかかるという事態が呼び起こす原始的な恐怖、廃棄物という生理的嫌悪感を呼び起こす存在が脅威となって襲い来るという事実が齎す本能的な恐怖。 それらがフェイトの精神を揺さ振り、その行動を妨げんとする。 他の隊員達も、同様の恐怖を覚えているのだろう。 皆、一様に表情が引き攣り、目には明らかな怯えが浮かんでいた。 何より恐ろしいのが、着地が一切できないという現状である。 スキャンの結果、眼下に拡がる廃棄物の海は大量の有害物質と、よりにもよって放射性廃棄物までをも内包している事が判明した。 各員のデバイスが告げた放射線量計測値に、戦闘中にも拘らずフェイトを含めた全員が絶句したものだ。 幾ら広大であるとはいえ閉鎖空間にも拘らず、確固たる足場が存在しないどころか、地表面に近付けば汚染による死は免れないという事実。 唯でさえ追い詰められた状況である上、更に精神的な面からの圧迫までもが加わり、攻撃隊は既に瓦解寸前だった。 それでも、フェイトと彼等は反撃を試みる。 目標は3機の大型機械。 降り注ぐ廃棄物さえ止める事ができれば、戦況は有利になると考えたのだ。 だがその試みも、今のところ成功しているとは云い難い。 それを妨げる存在が、この空間には存在していた。 『R戦闘機、波動砲再充填開始!』 空間の全てを、強大な魔力が侵食してゆく。 それを感じ取る事のできる魔導師、その誰もが信じ難い重圧に息を詰まらせる中、微かな紫電の光が空間を切り裂いた。 瞬間、フェイトは叫ぶ。 「散ってッ!」 念話を併用し放たれる言葉。 ほぼ同時、鼓膜を劈く轟音と共に無数の落雷が周囲へと降り注ぐ。 下方に積み上がる廃棄物の山が根こそぎ消し飛び、次いで集積所の其処彼処から爆音と共に業火が噴き上がった。 廃棄物より漏れ出ていた可燃性のガスが、引火により連鎖的に爆発したらしい。 眼下に拡がる廃棄物の山が内部から爆発すると同時、フェイトはそれを理解した。 飛来する破片に全身を打ち据えられながらも、瞬間的に背面方向へと飛翔した為に、彼女は致命的な負傷を免れている。 だがそれも、状況を乗り切る決定打とはなり得ない。 彼女の視線の先、燃え上がる廃棄物の山が宙へと浮かび上がり、200mほど上方に位置する異形、大きく口を開けたその下部へと吸い込まれる。 「ッ・・・また・・・!」 そして異形が、ゆっくりと移動を開始した。 低速ながら、着実に攻撃隊との距離を詰めてくる。 すぐさまカラミティを構え直し、先制攻撃の実行に備えるフェイト。 しかし直後、彼女は咄嗟に身を翻して下降する。 頭上、直前まで彼女が身を置いていた空間を突き抜ける、1基のミサイル。 衝撃波がフェイトの身を打ち据え、聴覚を麻痺させる。 微かな呻きを漏らしつつ、視線を動かしミサイルの機動を逆に辿れば、其処には幾分青み掛かったキャノピーを持つR戦闘機の姿。 上下逆転した視界の中、フェイトは閉じゆくミサイルユニットを睨み舌打ちする。 まただ。 また、あのR戦闘機が邪魔をする。 こちらが攻撃態勢を取るや目敏く反応し、もう1機のR戦闘機と交戦中にも拘らず、自身の安全を省みる素振りすら見せずに照準を変更、質量兵器による攻撃を仕掛けてくるのだ。 一度など、敵機のそれと同時に発射された波動砲が雷撃を掻き消した後に進路を変更、攻撃隊から然程に離れてはいない位置を通過した程だった。 幸いにして、弾速の問題から攻撃隊を直撃する軌道までの修正は間に合わなかった様だが、それでも以降の波動砲充填中にこちらの動きを抑制するには十分な成果だ。 このままでは、埒が明かない。 視線の先、漆黒のキャノピーを持つR戦闘機が放った連射型の質量兵器が、ミサイルを放ったR戦闘機の外殻装甲を穿つ。 被弾したR戦闘機は、瞬間的に側面方向へと長距離移動。 しかし、その回避運動を予測していたのか、移動先に散布する様にして放たれた弾幕、その内の1発がキャノピーを捉える。 吹き飛ばされる機首。 だが、その機体は何事も無かったかの様に戦闘機動を継続し、あろう事か再度充填していた波動砲を放つ。 対するもう1機のR戦闘機は、敵機の砲撃と同時に前方への爆発的加速を敢行。 巨大な機体の姿が視界より掻き消える程の加速を以って、弾体誘導限界を超える敵機至近距離へと接近を図る。 無論、波動砲を放った機体も別方向へと加速し距離を置いたが、波動砲の誘導自体には失敗した。 弾体は誘導限界の更に内側へと距離を詰められ、軌道修正を図ったままの歪な放物線を描き、廃棄物の只中へと着弾する。 爆発、引火、更に爆発。 砲撃を回避したR戦闘機が、またも膨大な魔力の集束を開始する。 雷撃が来るか、と身構えるフェイトだったが、バルディッシュからの警告がその予想を打ち砕いた。 『I detect distortion of the space. It is supposed that it is a high rank summon magic』 「召喚魔法?」 フェイトは目を凝らし、R戦闘機の機首を見据える。 そして、気付いた。 機体前方、明らかに空間が揺らいでいる。 どうやらあのR戦闘機は、異なる次元より何かを喚び出すつもりらしい。 そして、警戒するフェイトの視線の先で次の瞬間、紅蓮の光が炸裂した。 全身が打ち砕かれんばかりの衝撃が彼女を襲い、その身体を後方へと弾き飛ばす。 聴覚が麻痺する中で視界ばかりが機能を継続し、目まぐるしく回転する場景を映し出す中、フェイトは必死に姿勢制御を試み続けていた。 だが、その奮闘も空しく、再びの衝撃波が彼女を更に異なる方向へと吹き飛ばす。 爆発、それもかなりの規模だ。 それが何処で発生したのかは判然としないが、恐らくは波動砲の着弾によるものである事は容易に想像できる。 強烈な光が熱となって皮膚を炙り、鋼鉄の壁が衝突したかの様な衝撃が全身を打ち貫いた。 更に数瞬後、三度目の衝撃と共に、その意図せぬ機動は終わりを告げる。 オットーと1名の隊員が、彼女の身体を受け止めたのだ。 ふらつく意識を何とか立ち直らせ、感謝の言葉を紡ごうとするフェイト。 しかしそれより早く、オットーが警告を発した。 「頭上、来る!」 またも響く、鉄塊の擦れ合う壮絶な異音。 咄嗟に上方へと視線を向けるフェイトの左右から、無数の高速直射弾とレイストームの緑の光条が放たれる。 貫かれ、粉砕され、或いは反動によって落下軌道を逸らされる、廃棄物の雨。 しかしそれらの陰から、中型車両に匹敵する巨大な鉄塊が現れた。 レイストームが突き刺さり、直射弾が炸裂するも、鉄塊は砕ける事も軌道を外す事もなく落下してくる。 「せあッ!」 フェイトは即座に上方へと躍り出ると、裂帛の気合いと共にカラミティを振るった。 刃ではなく刀身側面を、鉄塊の側面へと叩き付ける。 轟音が鼓膜を劈き、衝撃がカラミティの柄を掴む手の表皮を引き裂くが、同時に鉄塊は3人へと直撃する軌道を僅かに逸れ、掠める様にして燃え上がる廃棄物の山の中へと落下していった。 それを見届け、フェイトはカラミティを振り抜いたままの体勢で荒い息を吐く。 その腕は衝撃に震え、皮の破れた手は柄との間から血を零し続けていた。 「執務官!」 「大丈夫・・・でも・・・」 隊員の声に答えつつ、フェイトは遥か彼方のR戦闘機を見やる。 目を離していた僅か数秒の間に壁面近辺にまで移動したその機体は、連射型質量兵器による弾幕を形成しつつ、敵機から放たれる同種の兵装による攻撃を回避すべく戦闘機動を継続していた。 流れ弾を警戒し視線を逸らさないまま、フェイトは背後へと問い掛けた。 「さっきの攻撃は?」 「詳しい事は・・・空間歪曲が発生した直後に、炎を纏った何かが飛び出して来て・・・」 「視認できたのは其処までです。我々も、貴女程ではないにしろ衝撃波を浴びたので」 「そう・・・バルディッシュ、解析できた?」 次いでフェイトは、自身のデバイスへと問う。 回答は、すぐに得られた。 『I confirmed the movement of the heat source of the hyperpyrexia. As a result of collation, it is supposed that the object is a meteorite』 「隕石だって!?」 バルディッシュの言葉を聞いた背後の隊員が、信じられないとばかりに声を上げる。 フェイトもまた、バルディッシュの言葉をすぐには信じる事ができなかった。 通常、召喚魔法とは使役対象となる生命体、または魔力によって構築された物質を喚び出す技術である。 具体的には、キャロの用いる錬鉄召喚や竜騎召喚、ルーテシアのインゼクトや地雷王召喚などがそれに該当する魔法だ。 それ以外の物質を喚び出すとなれば、最適な技術は召喚魔法ではなく転送魔法となる。 無論、両者の中間となる技術も存在はしているが、余り実用的ではない。 術者に転送魔法の適性が皆無である場合、事前に指標済みである対象を召喚魔法の応用で喚び出す事ができる、といった程度のものだ。 大きめの魔力消費量と比して転送可能な質量は余りに少量であり、実戦で用いるにはリスクが大き過ぎるのである。 恐らくは無機物である隕石、しかも高速移動中であるそれを喚び出すとなれば、召喚魔法よりも転送魔法の方が適している事は明らかだ。 だがバルディッシュは、あの隕石は召喚によって喚びだされたものであると告げている。 従来ならば、解析に何らかの落ち度があったのではと考えるだろうが、フェイトは自身の相棒を心底より信頼していた。 バルディッシュの能力を、バルディッシュを組み上げた師、リニスの腕を。 フェイトは、心から信頼しているのだ。 そして事実、バルディッシュは他のデバイスと比して、一線を画す性能を有していた。 バルディッシュが言うのならば間違いは無い。 あのR戦闘機が隕石を召喚する際に用いたのは、紛う事なき召喚魔法だ。 だが何故、より効率に優れた転送魔法ではなく、召喚魔法を用いるのか? 考えられる可能性は2つ。 あの隕石は、魔力によって構築されたものだった。 それならば、錬鉄召喚と同じ原理での説明が付く。 もうひとつは、ただ単に地球軍が完全な魔法技術体系の解析を成し遂げていない、という可能性だ。 この場合、無機物転送に最適な魔法の選択ができなかったとしても不自然ではない。 だが、そのどちらの可能性も問題の本質ではない事は、フェイト自身も気付いていた。 フェイトが、あの攻撃を召喚魔法であると信じ切れない、その最大の理由。 詰まる所それは、魔導師としての常識によるところだった。 有り得ない、有り得る筈の無い魔法。 「宇宙空間」から物質を、況してや「隕石」を召喚する魔法の存在など、聞いた事もない。 地表から宇宙空間への転送ならば、幾度か事例があった。 12年前の闇の書事件に於いても、ユーノ、シャマル、アルフの3名により、闇の書の闇に対する静止軌道上への転送が行われている。 だがそれは飽くまで転送魔法、それもその分野のスペシャリストが3名同時に、発動後の魔力残量を一切考慮せずに転送を実行した事例だ。 他の場合も同様で、中にはリンカーコアの崩壊を招いた事例も存在する。 転送ですらこれであるのに、召喚など以ての外だ。 況してや、宇宙空間を秒速数十kmなどという常軌を逸した速度で翔け続ける隕石、そんなものを転送するなど不可能。 第一にそんな魔法が存在するのであれば、嘗て次元世界に存在したどの古代文明も軍事用のロストロギアなど造り出しはしない。 オーバーSランクの魔導師が1人存在すれば、戦略級の攻撃を実行できるのだから。 尤も、実際に隕石が召喚されてなお、この空間に存在する全員が生き長らえているという事は、召喚できる隕石のサイズには限界があるらしい。 破壊された壁面に視線を投じつつ、フェイトはそう思案する。 彼女の視線は積み上がった廃棄物の上、露出している分の面積だけでも凡そ2,000,000平方m超という途方もなく広大な壁面、そのほぼ中央に開けられた直径500mはあろうかという「穴」に注がれていた。 今なお、活火山の火口と見紛うばかりの業火と黒煙を吐き出し続ける、その「穴」。 破壊は壁面に留まらず、その向こうに拡がる施設構造物にも及んでいるらしい。 「穴」を通して集積所内に響く警報と爆発音が、途切れる事なく鼓膜を打つ。 態々確認するまでもなく、その「穴」を穿ったのは召喚された隕石である事を、フェイトは理解していた。 「・・・冗談じゃない」 無意識の内に零れる言葉。 幾ら隕石のサイズに限度があるとはいえ、これ程までに常軌を逸した破壊を齎す魔法を、フェイトは他に知らない。 純粋魔力による砲撃ではなく、被召喚物による質量攻撃。 非殺傷設定などあろう筈もない、殺意の結晶。 アルカンシェルに代表される大型艦艇搭載型戦略魔導砲ならばともかく、兵器とはいえ艦艇とは比べるべくもない単体のそれが、それこそ戦術級魔導兵器にも匹敵する破壊力を秘めているなどと、管理世界に於いて予測し得る者が存在するだろうか。 気象を操作し、落雷を誘発し、隕石を召喚する漆黒の機体。 正しく異常、悪夢から抜け出し具現化した、御伽話の怪物の如き存在。 遠い存在である質量兵器ではなく、より明確な脅威として感じられる魔導の力を以って迫り来る、信じ難いまでの脅威。 「執務官・・・」 「分かってる」 何時までも思考に沈んではいられない。 フェイトは決断する。 このままでは2機のR戦闘機によって副次的に行動を制限され、頭上より津波の如く襲い掛かる膨大な量の鉄塊に押し潰される事となる。 R戦闘機か、大型機械か。 どちらかを早急に撃破し、状況を打開せねばならない。 何より現状では、確かめるべき事があるというのに、その確認の為の行動が取れないのだ。 あの魔力を操るR戦闘機のパイロット、それが誰であるのか。 フェイトとしては一刻も早くそれを確認したいのだが、迂闊に動けば即座に波動砲が飛来し、更には鉄塊が降り注ぐという状況下では、それが叶う筈もなかった。 そういった点からも、早急な脅威の排除が望ましい。 フェイトは、攻撃隊各員へと念話を飛ばす。 『総員、大型機械の動きに注意して。誘導型波動砲の発射と同時に仕掛けます。砲撃準備。R戦闘機への牽制は・・・』 『任せて下さい。貴女はあの機械どもを』 念話での交信を終えるや否や、フェイトの背後で3つの魔力が集束を始めた。 長距離砲撃の準備だ。 R戦闘機に対する牽制の役目は、彼等が担ってくれる。 残る1名とオットーの役目は、落下してくるであろう廃棄物の迎撃だ。 そしてフェイトの役目は、R戦闘機が攻撃態勢を整えるまでの間にオットー達が切り開いた道を辿っての、大型機械に対する近距離からの直接攻撃。 コアらしき部位を破壊し、脅威の一端を突き崩すのだ。 幸運な事に3機は今、其々のコアを中心に向かい合う様にして編隊を組み、下方より廃棄物を吸い上げつつこちらへと接近している。 3機は其々、側面に小型の近距離迎撃砲を有してはいるが、一方でコアの露出している面に武装が無い事は確認済みだ。 それらの中心に飛び込む事さえできれば、カラミティによる一撃で3機を纏めて撃破できる自信が、フェイトにはあった。 『R戦闘機、両機共に波動砲の充填を開始! 発射まで5秒!』 『敵性機械、頭上まであと僅か!』 そして遂に、その機会は訪れる。 膨大な魔力の爆発と共に隕石と雷撃が同時に放たれ、それらを迎撃すべく誘導型波動砲が放たれた。 紫電と紅蓮、金色の光を視認するや否や、フェイトは頭上の異形を目掛け突撃を開始する。 『今だ!』 誘導型波動砲を射出したR戦闘機が、フェイトの機動に気付いた。 隕石と雷撃とを迎撃した波動砲弾体の消失と同時、側面方向への回避運動を実行しつつ2基のミサイルを放つ。 だがそれらは、隊員の放った同じく2発の集束砲撃魔法により撃墜された。 弾体加速前に狙撃されたそれは、慣性の法則により母機と平行移動していた為、爆発に機体そのものをも巻き込む。 自らが放ったミサイルの爆発による巨大な圧力に押され、R戦闘機は大きくバランスを崩した。 其処へ撃ち込まれる、もう1機のR戦闘機からの連射型質量兵器による弾幕。 主翼、垂尾、左エンジンユニットが吹き飛び、更には残る1名の隊員が放った牽制の為の砲撃が、予期せずキャノピーの中央へと突き立つ。 R戦闘機は、機首右側面及び機体後部左側面のサイドスラスターを作動、瞬間的に機体中心を軸とする駒の様な回転運動を成し遂げ、砲撃を受け流そうと試みた。 結果、砲撃に機体を正面より貫通される事態は避けられたもののキャノピーを根こそぎ吹き飛ばされ、黒煙を噴き上げつつ高度を落とし、音速に達する速度もそのままに燃え上がる廃棄物の山へと突っ込む。 轟音、飛び散る廃棄物。 フェイトは波動砲発射時の衝撃に煽られながらも突撃を継続しつつ、バルディッシュを通し一連の推移を認識していた。 僅かに一瞬の攻防、その結果として得られた想定外の戦果。 驚異の一端が完全に消失した事を確認し、彼女はカラミティを握る手により一層の力を込めると、頭上に点る3つの緋色の光を睨む。 バリアジャケット、真・ソニックフォームへ。 敵性大型機械、エネルギーコア。 目標までの距離、約180m。 『ゴミだ!』 隊員からの警告。 目標、上部より大量の廃棄物を放出。 廃棄物のサイズ、最小は1m前後から、最大で5m弱。 対象数過多により、総数は即時計測不能。 進攻軌道上の対象数、約11。 『左へ!』 隊員からの念話に従い、左側面へと3m移動。 直後、空間を貫く簡易砲撃魔法2発、レイストームの束。 フェイトへと直撃する落下軌道を取る11の廃棄物、内9つへと直撃、粉砕する。 廃棄物、残り2つ。 共に5mサイズ。 カラミティを腰溜めに、刃の先端を後方へと向けて構える。 そしてフェイトは更に加速、2つの廃棄物の落下予測軌道を見極めるや否や、それらの交差する点を目掛け決定的な加速を敢行した。 ソニックムーブ、発動。 歪む視界、迫り来る廃棄物。 それらの間隙を擦り抜ける際、フェイトの背に灼熱の感覚が生じる。 「ッ・・・!」 背面を切り裂く、鉄片の感触。 大型機械によって吸い上げられる直前まで炎を纏っていたそれは、未だ拡散する事のない高熱を以って傷口を焼いた。 肌を切り裂かれ、肉を焼かれる苦痛に、フェイトの咽喉を悲鳴が込み上げる。 しかし彼女はそれを呑み込み、更に速度を上げた。 背後からは、2つの鉄塊が接触した際の衝撃、そして轟音が響く。 一瞬でも加速を躊躇えば2つの鉄塊に挟まれるか、若しくは頭上を塞ぐ様に落下してくる双方の廃棄物によって押し潰されていただろう。 だが、フェイトはその危機を切り抜けた。 不屈の意志と不退転の決意を以って、迫り来る脅威を打ち破ったのだ。 そして今、フェイトの視線の先、約30m。 彼女にとっては正に目と鼻の先である距離には、目標たる3機の大型機械のコアがあった。 フェイトがこの後に為すべき事は、単純にして明確だ。 距離を詰め、カラミティを振り、3つのコアを破壊すれば良い。 フェイトは事前予測に基き、その攻撃行動を取り行おうとした。 「ぁあああああッッ!」 自身の速度と合わせ、脅威的な速度で以って振るわれるカラミティ。 掬い上げる様な刃の軌道が、中空に黄金色の残像を生じさせる。 再度のソニックムーブ発動と共に、フェイトとコアの距離は一瞬にしてゼロへと近付き、そして。 「な・・・!?」 コアの傍ら、腐食した外殻へと刃が突き立った。 『執務官!?』 必殺の一撃が目標を外れた事に、隊員達から悲鳴の様な念話が飛び込む。 フェイトは答えない。 唯々、呆然と大型機械の外殻に突き立つカラミティ、自身の血に濡れたその柄を見やる。 彼女の手は、カラミティを握ってはいなかった。 主の手を離れた大剣、それだけが虚しくもコアの2mほど横、化学物質により侵食され爛れた肉壁の如き様相を晒す外殻、その表層へと突き立っている。 何故、自身は攻撃の最中にカラミティを手放した? 自問するフェイト。 その疑問は、彼女の左腕を伝い滴る、熱く、粘性を持った液体の存在により氷解した。 錆びた鉄の臭い。 フェイトは、自身の肩を見やる。 「あ・・・ああ・・・」 其処に「穴」があった。 親指ほどの直径の「穴」が、彼女の肩に開いていたのだ。 微かな白い煙を上げるそれは、詰まりの取れた排水管の如く血の塊を吐き出す。 遅れて意識へと伝わる、想像を絶する激痛。 堪らず悲鳴を上げようとするフェイトだったが、それより早く右大腿部に熱が奔った。 「うあぁッ!?」 その瞬間、フェイトは視認する。 後方より自身の脚を貫く、青い光線。 貫かれ、血を噴き出す脚を気遣う暇も無く、彼女は後方へと振り返る。 其処に、それは居た。 「・・・ガ・・・ジェット?」 フェイトは、その兵器を知っている。 ガジェットⅢ型。 球状のボディを持つ、嘗てジェイル・スカリエッティによって尖兵として生み出された、無人兵器。 それが、無限とも思える廃棄物の山の中から現れ、レーザーの砲口をこちらへと向けていた。 だが、フェイトが驚愕したのは、不意を突かれた事に対してではない。 信じ難いのはガジェット自体、その外観だった。 他の隊員達も同様の念を抱いたのか、念話にて呟きが漏れる。 『何・・・あれ・・・』 そのⅢ型は、機体上部が大きく抉れていた。 巨大な力によって叩き潰され、破壊された部位を跡形もなく削り取られていたのだ。 捩れ剥がれた外殻装甲の下からは内部機構が露わとなり、鈍色の機械系統が表層を覗かせる。 全体は黒ずんだ油膜と汚染物質により覆われ、外殻の其処彼処が蝕まれては腐食し、細かな穴が無数に開いていた。 それらの隙間より細いケーブルが零れ落ち、宛ら内臓の様に機体下部へと垂れ下がっている。 明らかに、機体制御に異常を生じているであろう様相。 致命的な損傷を受け、金属を腐食させる複数種の化学物質の混合液に浸され、そのままかなりの時間が経過していた事を窺わせる、凄絶な姿。 だというのに。 明らかに機能停止レベルの損壊と汚染にも拘らず、眼前のガジェットは機能していた。 僅かに残ったセンサー類に光を点し、レーザー砲に化学触媒を供給し、1本だけ残されたベルトアームを振り翳して攻撃態勢を取る。 垂れ下がった無数のケーブルの先端から汚染物質を滴らせ、本来の機体性能を大幅に下回る速度で接近してくる様は、正に亡霊を思わせた。 そして、呆然とその姿を見やる、フェイトの視界の中。 その砲口に、またも青い光が宿った。 「く・・・!」 レーザーが来る。 そう判断したフェイトは、咄嗟に回避運動を取ろうとした。 だがその直前、突如としてⅢ型のベルトアームが力を失い、垂れ下がる。 何が、と警戒するフェイトの目前で、Ⅲ型のセンサーが光を失い、機体が重力に引かれ落下を始めた。 呆気に取られてその様子を見守る攻撃隊。 機能停止したⅢ型は廃棄物の山に紛れ、すぐに区別が付かなくなった。 それを見届け、腑に落ちないながらもフェイトは、大型機械へと視線を戻そうとする。 その行動を遮ったのは、オットーからの念話だった。 『ガジェット・・・違う! 敵性機械、更に出現! 20、30・・・数え切れない!』 呆然と、ただ呆然と見やる事しか、フェイトにはできない。 廃棄物の山、その至る箇所から亡者の如く這い出す、無数の機械達。 ガジェット、作業機械、兵器類。 軍用・民用を問わず、あらゆる機械類が廃棄物の中より息を吹き返し、その砲口を、腕を、特殊作業用パーツを攻撃隊へと向けている。 それらの機械群に共通する点は、唯1つ。 本来ならば機能停止状態となっているであろう、重大な損傷・欠損。 内部機構を露わにし、無数の内蔵ユニットとケーブルを零し、汚染物質と合成油を滴らせながら動く、鋼鉄の亡霊達。 中には自らを焼く業炎を纏ったまま、消化する素振りさえ見せずに上昇する機影もある。 それらは徐々に高度を上げるも、しかし中途で力尽き、機能停止しては落下する影も少なからず存在した。 動かずにいれば自己保存の可能性もあるというのに、それを完全に無視して敵対者に対する攻撃態勢に入っているのだ。 保身を一切考慮しないその自殺的な行動に、明瞭し難い恐怖がフェイトの意識を蝕んでゆく。 だが彼女には、自身が恐怖している事実を認識するどころか、肩と大腿部の負傷を確認する暇さえ与えられなかった。 突然の浮遊感が、彼女の全身を襲ったのだ。 「なっ・・・!?」 『執務官?・・・いけない!』 『逃げて下さい! ハラオウン執務官!』 肉体を統括する意思を無視し、徐々に上昇しゆくフェイトの身体。 咄嗟に飛行魔法を中断するも、身体の上昇は止まらない。 訳の分からない現象に、フェイトの意識は混乱する。 だが続けて放たれた隊員の念話に、フェイトは自身に何が起こっているのかを把握した。 『大型敵生体、機体下部開放! 執務官が吸い込まれる!』 反射的に、頭上へと視線を投じる。 其処に、闇があった。 「・・・嘘」 大型機械の1体、機体側面にコアを備えたそれが、フェイトの遥か頭上、200m程の高度に位置している。 機体下部の外殻が大きく開放され、その中に漆黒の闇が口を開けていた。 それが何の為に存在するものであるのか、フェイトは既に理解している。 廃棄物回収用の吸入口。 彼女の身体は偏向重力場に捉えられ、今まさにその穴へと吸い込まれようとしているのだ。 「く・・・!」 焦燥も露わに、フェイトは改めて飛行魔法により下方へと降下を試みる。 だが、偏向重力による吸引力は、明らかに飛行魔法の推力を上回っていた。 徐々に上方へと引き摺られる、フェイトの身体。 「くぁ・・・ぁ・・・!」 『執務官、横へ! 横へ飛んで下さい!』 意識へと飛び込んだ念話に、フェイトは自身の斜め上方を見やる。 其処には、コアの傍らにカラミティの刀身を突き立てられたまま、廃棄物を吸い上げている大型機械の姿があった。 その高度は、フェイトを吸い上げようとしている機体から、60mほど下方に位置している。 それを理解するや否や、彼女はソニックムーブを発動した。 進行方向は下方ではなく側面、水平方向への移動を意識して加速。 しかしその瞬間、より吸引力を増した偏向重力により、彼女の身体は曲線を描く様にして斜め上方へと向かう。 だがその事態は、彼女にとって予測の範疇だ。 偏向重力により加速しつつ辿り付いた先には、ライオットザンバー・カラミティを突き立てたままの異形が存在していた。 フェイトは、その化学物質に侵された外殻を掠める様にして飛翔し、カラミティの柄へと手を伸ばす。 そしてその指は、確かに届いた。 右手の握力を振り絞り、確りと柄を握り締める。 自らの手に戻った相棒と短い意思の疎通を行い、異常の無い事を確かめると、フェイトの胸中に僅かながらも希望が生じた。 「いけるね? バルディッシュ」 『Of course』 その頼もしい答えに、フェイトは僅かに笑みを浮かべる。 しかし次の瞬間には、彼女はその瞳に怜悧な光を浮かべ、自身の傍らで光を放つコアを見据えていた。 外殻に着いた足に力を込め、一息にカラミティを引き抜かんとする。 先ずは、此処で1機。 最初の目標を定め、渾身の力を込めて外殻を離れようと試みた、その数瞬後。 フェイトの身体は、上下が入れ替わっていた。 「な・・・ッ!?」 『Sir!?』 一体、何が起こったのか。 それを理解する為には、数秒ほどの時間が必要だった。 異形の外殻に突き立ったカラミティ、その柄を掴む右手を支点に、フェイトの身体は上下が反転していたのだ。 瞬間的に吸引力を増した偏向重力によって、周囲数十m以内の重力作用方向が完全に逆転してしまっている。 それどころか、その吸引力は徐々に増してさえいた。 フェイトは右腕1本で、カラミティの柄を支えに「宙吊り」となっているのだ。 「うぁ・・・ぁ・・・ぁぁ・・・!」 凄まじい重力負荷の中、フェイトの全身から汗が噴き出す。 通常の倍にまで達した重力場の中、全体重を繋ぎ止める右腕の筋肉は今にも千切れんばかりに収縮し、限界を知らせる小刻みな痙攣を起こしていた。 肩部と大腿部より溢れ出す血液は、下方ではなく上方へと筋を描き伝い、大量の空気の流れと偏向重力に攫われて「穴」の中へと消える。 フェイトは、デバイスの柄から手を離す事ができない。 数十、或いは数百トンもの廃棄物を吸入する、漆黒の穴。 其処に吸い込まれた人間が如何なる末路を辿る事になるのか、フェイトは微塵たりとも知りたいとは思わなかった。 それが碌な結果にならない事は容易に察する事ができた上、余りのおぞましさに意識が考える事を放棄したという事もある。 フェイトは全身の神経を右腕へと集中させつつ、しかしある瞬間、ふと足下を見た。 見てしまった。 その結果、唯1つの感情が、彼女の意識を満たす事となる。 「ぁ・・・!」 「穴」は、すぐ其処にあった。 吸入を継続している機体が降下してきたのか、或いは自身がカラミティを突き立てている機体が上昇したのか。 どちらかは分からないが、現実に「穴」は彼女の足下から、僅か30mにも満たない位置にあった。 此処まで接近して漸く、フェイトは敵性機械の正確な大きさを知る。 自らが接触している機体については、距離が近過ぎる事もあり正確なサイズの把握は困難だったのだ。 上方の機体についてもそれは同様なのだが、彼女を吸い込もうとする「穴」のサイズから推測する事ができた。 長方形に近い形状のその「穴」のサイズは、全長20m、全幅40mを優に超えている。 其処から察するに、機体全長は40m、全幅は60m以上あると考えられた。 「穴」の中は漆黒の闇に閉ざされており、凄まじい勢いで流入する大気が立てる轟音、そして耳元の風切り音だけが、亡者の呻きの如くフェイトの鼓膜を震わせる。 「墓穴」より響くその音に、フェイトの精神は完全に支えを失った。 恐怖。 今や、彼女の心中を占めるのは、唯それだけ。 『砲撃を・・・援護して!』 攻撃隊に対し、必死に援護を要請するフェイト。 しかし返された答えは、彼女以上に切羽詰まったものだった。 『機械群の猛攻撃を受けている! 支援は不可能! 繰り返す! 支援は不可能!』 『来たぞ!』 約200m下方、フェイトにとっては「頭上」となった其処では、砲撃と直射弾、レイストームの嵐が吹き荒れている。 押し寄せる損壊したガジェットと作業機械の大群を、攻撃隊は必死に形成した弾幕で以って食い止めていた。 しかしそれも、徐々に綻びが生じている。 何しろ彼等の足下を埋め尽くすのは、何時動き出すとも知れぬ廃棄機械の山なのだ。 事実、円陣を組む様にして全方位に対する迎撃戦を展開する彼等の直下より時折、先端の欠損したベルトアームやらマニピュレーターを用いて廃棄機械が表層へと姿を現し、攻撃隊への突撃態勢に入る。 その都度、それを察した隊員が簡易砲撃を叩き込むのだが、それらの出現は止む事がなかった。 そして更に、状況の悪化を知らせる念話が発せられる。 『そんな・・・蟲です! またあの蟲が出た! こっちに来る!』 『迎撃を・・・くそ! 「AC-47」臨界値突破! 強制排出に移る!』 『こっちもです!』 R戦闘機によって破壊された壁面から、大量の蟲が現れた。 隊員の脚を潰した、あの鉄柱を生み出す鋼鉄の蟲である。 40体前後のそれらは、鉄柱の尾を引きつつ攻撃隊へと接近。 彼等を包囲し、物理的に圧殺せんとする。 最早、攻撃隊にフェイトを支援する余裕など無い事は、一目瞭然であった。 あの機体は? 魔力を操る機体、義父が搭乗している可能性がある、あのR戦闘機はどうしたのだ。 バイドと敵対しているであろうあれは、一体何をしているのだ? 無我夢中で視線を廻らせれば、雷光を以って迫り来る機械群を薙ぎ払う、漆黒のR戦闘機の姿がフェイトの視界へと飛び込む。 信じ難い威力を秘めた波動砲を備えるその機体はしかし、無限の廃棄機械群による絶対包囲と蟲どもの突撃によって、徐々に押されつつある様に見受けられた。 雷光が発せられる度に包囲は崩れ、廃棄物の山は消し飛ぶのだが、それこそ1秒と経たぬ内に新たな廃棄機械が動き出し、壁面より現れる蟲の群れが襲い掛かる。 撃ち掛けられる無数のレーザーとミサイル、迫り来る幾条もの鉄柱に、R戦闘機は隕石を召喚する為の満足な充填すら許されず、只管に雷撃とミサイルによる迎撃を繰り返していた。 大型機械の1機がその頭上へと接近しているが、それに対応する余裕すら無いらしい。 以上の情報を統合して得られた、無情な解答。 自己のみによる状況打開手段、皆無。 救援可能戦力、皆無。 心中の恐怖が、絶望が、より一層にその濃さを増す。 知らず、声が漏れた。 「嫌・・・いや!」 逆転した重力の中、首を振り怯えの宿った眼で「穴」を見下ろし、拒絶の言葉を放つフェイト。 膨大な大気の濁流、その只中で彼女は、足下に拡がる闇より逃れようと、その腕に有りっ丈の力を込める。 しかし、辛うじて彼女を生ある世界へと繋ぎ止めているそれ、バルディッシュ・ライオットザンバー・カラミティという名の楔は、己の意思に反してその役目を放棄しつつあった。 大型機械の外殻に突き立つ刃先が、強力な偏向重力によって外れ掛かっているのだ。 バルディッシュは「AC-47β」によって増幅された魔力を用いて刃先を拡大し、何とか外殻からの剥離を防ごうとするも、化学物質によって腐食の進んだ外殻はいとも容易く損傷個所を拡げてしまい、最早これ以上の拡大は不可能だった。 「嫌だ! 嫌ぁ!」 徐々に、徐々に、フェイトの握力が弱まる。 バルディッシュの柄を握り締める手、その小指が解け、僅かに全身が「穴」へと近付いた。 彼女は尚も抵抗するものの、偏向重力が弱まる様子は無い。 「バル・・・ディッシュ・・・ごめんね・・・!」 胸中を占める絶望と滲み出す諦観に、フェイトは自身の道連れとなるであろう相棒に謝罪の言葉を発する。 それに対しバルディッシュが何らかの返答を行ったらしいが、彼女にはそれを聞き取る事ができなかった。 確実に念話であったにも拘らず、彼女の意識は既にバルディッシュから離れていたのだ。 フェイトの意識を打ったのは、絶望的な迎撃戦を展開している攻撃隊、オットーからの念話。 『ゴミが・・・執務官!』 フェイトは足下の「穴」ではなく、頭上の廃棄物の山を見上げる。 その中から無数の廃棄物が浮かび上がり、こちらへと迫り来る様が視界に飛び込んだ。 10m級が複数、明らかに直撃軌道。 もう、術など無かった。 このままでは、廃棄物に押し潰される。 かといって手を離せば、眼下の「穴」に吸い込まれる事となる。 打開策はなし。 もう、何をやっても無駄なのだ。 迫り来る鉄塊。 フェイトは、何処か穏やかですらある思考のままにそれを認識し、終焉の訪れる瞬間を待つ。 せめてもの抵抗として、自身を押し潰すであろう鉄塊を睨む彼女。 そして遂に、鉄塊との距離が20mを切った、その時。 唐突に、偏向重力が消失した。 「・・・え?」 違和感。 突如として正常状態に復帰した重力作用方向に、フェイトは咄嗟の判断を行う事ができなかった。 頭から落下を始め、しかしバルディッシュにより強制的に発動された飛行魔法によって浮遊、逆転していた天地が元に戻る。 呆けた様に自身の相棒を見つめ、次いでふと眼下へと視線を投じれば、その先には落下してゆく鉄塊の影。 此処にきて漸く、フェイトは状況を理解した。 偏向重力が消失した事により、自身は危ういところで生命を繋いだのだ。 しかしそれを理解しても、彼女の胸中に歓喜の念が湧く事はない。 それよりも遥かに、現状に対する疑問の方が大きかった。 何故、重力操作が止んだ? あと一歩で自身を排除できたというのに、何故ここにきて攻撃を中断するのか。 頭上の敵性機械に、何が起こったのだ? そんな彼女の疑問は、頭上から響いた衝撃音によって掻き消された。 何らかの機械が停止する際にも似た、鋼鉄の鼓動が途絶える音。 反射的に上へと向く視線。 彼女の視界を覆い尽くす、腐食した灰色の外殻。 それが迫り来る大型機械であると理解した瞬間、彼女は回避行動へと移行した。 「バルディッシュ!」 『Sonic Move!』 バルディッシュの刃先が、大型機械の外殻を抉り離れる。 それを確認するや否や、フェイトは瞬間的に加速、側面方向へと逃れた。 そんな彼女を掠める様にして、大型機械は廃棄物の只中へと落下してゆく。 爆発も、何かしらの破壊音も立てる事もなく、山と積み重なった廃棄物を押し潰す様にして落着する大型機械。 一体、何が起こったというのか。 フェイトには、まるで状況が理解できなかった。 『Behind sir!』 バルディッシュからの警告。 我に返り背後へと振り返れば、先程まで自身が張り付いていた大型機械が此方へと迫りくる様が視界に飛び込んだ。 咄嗟にバルディッシュを構えようとして、左腕と右脚が機能していない事実に思い至るフェイト。 だがそれでも、戦うしか道は残されていない。 覚悟を決め、右腕のみでバルディッシュを振り被る。 瞬間、大型機械のコアに穴が穿たれた。 「・・・え?」 三度、呆けるフェイト。 大型機械は彼女から20mほど離れた位置を通り過ぎ、やがて落下を始める。 先程の機体と同じく、爆発も起こさず、破壊音すら響かせる事なく、瞬間的に機能が停止したかの様に、自由落下へと移行したのだ。 眼前で起こった現象を理解できずに、フェイトはその軌跡を目で追う。 その先、突き当たりの壁面の、遥か上部。 其処に、橙色の光が集束していた。 「あれは・・・?」 次の瞬間、その光が爆発する。 リンカーコアを通じて知覚される、強大な魔力による圧迫感。 先程までの状況もあり、思わず身を竦めるフェイト。 だが発射された光の奔流は、攻撃隊を襲う蟲の群れと廃棄機械群を纏めて貫いた。 明らかに、SSランクに匹敵する集束砲撃魔法。 数百もの廃棄物群を一瞬にして消し去り、着弾地点で起こった炸裂は堆積するそれらを山ごと粉砕する。 その砲撃に救われた攻撃隊ではあったが、自身等を包囲する廃棄機械群の半数近くが一瞬で掻き消えた事により、歓喜よりも驚愕と混乱とに支配されている様子であった。 しかし彼等の、フェイトの混乱は、更に加速する。 「何が・・・!?」 『ガジェットが・・・ガジェットが止まっていく! 機能停止だ!』 『味方の攻撃か? 一体何処から!?』 『攻撃が見えない・・・何をしているんだ!?』 次々と機能を停止し、物言わぬ鋼鉄の躯へと戻る廃棄物群。 それらが一体、何を為された結果として機能を停止しているのか、攻撃隊には理解できない。 だが、フェイトは理解していた。 この攻撃が何であるのか、それを実行している人物が誰であるのか。 眼前で大型機械のコアに穿たれた、自身の拳よりも一回り小さな穴。 微かに見えた、緑の魔力光。 この攻撃、一方的にして絶対的な攻撃の正体とは。 『超高密度魔力集束確認・・・壁面、通路です!』 狙撃だ。 『砲撃、来ます!』 再び、橙色の砲撃が放たれる。 R戦闘機を執拗に狙っていた最後の大型機械はその砲撃により半壊、攻撃行動を中断したところへ撃ち込まれたミサイルがコアを直撃し、機能を停止した。 上空の脅威が消えた事で機動性を確保したR戦闘機は、廃棄物の山より放たれるレーザーを回避、或いは装甲で受けつつ、波動砲の充填を開始する。 その様子を目にしたフェイトは、全方位へと向かって念話を放った。 『退避!』 魔導師達が、中空へと逃れる。 直後、召喚された隕石が集積所の中央、廃棄物の只中へと着弾した。 壮絶な衝撃と熱が轟音と共に攻撃隊を襲い、その身体を上空へと撥ね上げる。 実に5秒以上にも亘って意図せぬ空中機動を強いられたフェイトは、漸く態勢を立て直すと、朦朧とする意識を何とか引き締め、眼下へと視線を投じた。 廃棄物の山は、無い。 否、あるにはあるのだが、それらはもはや別個の存在ではなかった。 衝撃によって粉砕され、高熱によって溶解し、炎を噴き上げる液化金属となっていたのだ。 恐らくその下では、未だに隕石が燻っているのだろう。 時折、連鎖的に小爆発が繰り返され、液化金属が上方へと撥ね上げられる。 集積所の隅は辛うじて溶解を免れてはいるが、衝撃によって吹き飛ばされた廃棄物が積み上がり、今にも崩壊しそうだ。 これが、あの波動砲の最大出力か。 余りの惨状に、フェイトの口から無意識の言葉が零れる。 「狂ってる・・・」 『全くですね』 突然の念話。 フェイトはゆっくりと、その視線を壁面へと移した。 攻撃隊が集積所への侵入に用いたものと酷似した通路が口を開け、その縁に何やら動くものが見える。 それが誰であるのかを念話によって確信したフェイトは、疲労を隠そうともせずに思念を送った。 『危ないところだった・・・もう少し遅れてたら、今頃は挽肉になってた』 『間に合った様で良かった。奴さん、こっちにはまるで気付いてなかった様でしたんでね。存外に装甲が脆くて助かりましたよ。おかげで簡単にブチ抜けた』 『・・・凄い皮肉だね、それ・・・ディエチも其処に居るの?』 『はい、ハラオウン執務官』 『そう・・・助かったよ。貴方達の援護が無かったら、間違いなく全滅してた』 『御冗談を』 交わされる念話に、隊員達も漸く状況を理解したらしい。 2kmほど先の壁面を指差しつつ、信じられないとでも云わんばかりの表情で言葉を捲し立てている。 フェイトにしても、俄には信じ難い事柄だった。 2kmという距離からの狙撃、しかも砲撃でもない単なる直射弾の一撃で、大型機械2機を撃破せしめたヴァイス。 短時間の内にSSランク相当の砲撃を2回も行い、1000に迫ろうかという廃棄機械群を殲滅したディエチ。 いずれにしても、通常の魔導師の常識を大きく逸脱している。 ディエチはフェイトの発言を謙遜として捉えたらしいが、実際には本心からの言葉だった。 其々、常軌を逸した技術と能力を持つ、2人の狙撃手。 彼等が現れなければ今頃は間違いなく、彼女も含めて攻撃隊は全滅していただろう。 『グランセニック陸曹長、ディエチ』 その時、オットーからの念話が発せられる。 すぐさまヴァイスが反応し、言葉を返した。 『ヴァイスで良いぜ。何だ?』 『ディードを・・・ディードを見掛けませんでしたか?』 『双剣使いの? いや、見ていないが・・・』 『オットー、ディードがどうしたの?』 ディエチの問いに、オットーはディードが行方不明となった経緯を説明する。 しかし彼等は、ディードの姿を見た覚えは無いと答えた。 落胆するオットー、そしてフェイト。 この汚染された施設内で単独行動となれば、その危険性は計り知れない。 一刻も早く探し出さねばならないが、その前にやるべき事があった。 フェイトは念話で、ヴァイス等へと指示を与える。 『ヴァイス、ディエチ』 『何です』 『狙って』 『了解』 たったそれだけの言葉に、ヴァイスは何をすべきか悟った様だ。 返答は無かったが、その傍らに居るディエチも同様だろう。 溶鉱炉の如き炎と熱気の上昇気流の中、フェイトは甲高い異音の発生源へと向き直った。 R戦闘機、ホバリング状態。 「お待たせしました」 その言葉に対する反応は無かったが、間違いなく聴こえているとフェイトは確信する。 R戦闘機は逃げるでもなく、かといって攻撃に移るでもなく、ただ其処に浮かび続けていた。 フェイトは次いで言葉を発し掛け、しかし何を言ったものかと思案し口を閉ざす。 クライド・ハラオウンの名を以って呼び掛けを続ける? 駄目だ、反応の無い事は確認済みであるし、何よりも攻撃隊各員が不審を持ち始めている。 投降を促す? 地球軍が、管理局によるそれに従うなど想像できない。 虚を突いて攻撃? それこそ下策中の下策、10秒と経たずに雷撃と隕石によって全滅させられる事は間違いない。 フェイトが思考する間にも、R戦闘機は微動だにしなかった。 攻撃隊が周囲を包囲し、デバイスを突き付けても同様だ。 それが、フェイトには不気味で堪らない。 何らかの策略による沈黙か、或いはこの程度、瞬時に殲滅できるとの余裕か。 結局、判断は付かなかった。 しかし、フェイトは思う。 この機体には、間違いなく義父が深く関係しているのだ。 何としても此処で情報を手に入れ、義母と義兄の下へと届けたい。 それ以上に、捕虜となったパイロットの証言が本当ならば、この機体の搭乗者が義父本人であるかもしれないのだ。 何としても拿捕、それが無理ならば艦隊への同行という譲歩を引き出さねばならない。 何せ、ただ単に撃墜するよりも、遥かにメリットが大きいのだ。 R戦闘機が攻撃の意思を見せてはいない以上、たとえ表面的ではあっても意志の交換による交渉を行うならば、今しか機会はない。 その判断に基き、フェイトはバルディッシュの刃先を下ろす。 双眸は油断なくR戦闘機を睨み据えたまま、隊員達にもデバイスを下ろすよう指示。 幾分ながら戸惑いつつも全員がそれに従った事を確認し、フェイトは言葉を紡ごうとして。 「・・・避けてッ!」 その眼前で、R戦闘機は機体後部を抉り取られた。 『な・・・!』 驚愕する攻撃隊の眼前、黄金色の弾体が下方から上方へと突き抜ける。 エンジンノズル1つを残し、機体後部構造物の全てを失ったR戦闘機は、サイドスラスターを駆使しつつ集積所の隅、溶解が及んでいない廃棄物の堆積する地点を目指し落下していった。 無理矢理に視線を機体から引き剥がし直下へと目を向ければ、超高熱液化金属の海より覗く、元はR戦闘機のキャノピーであった部位。 それは、燃え盛る液化金属の波に呑まれつつも、機首へと光の集束を始める。 波動砲、再充填開始。 『まだ・・・動いて・・・!』 オットーが自身の驚愕を伝えるが、フェイトとてそれは同じだ。 嫌悪と、驚愕と、恐怖とが入り混じった、混沌の感情。 それは彼女の眼下、業火の海でのたうつR戦闘機に対するものであり、その存在を創造した地球軍に対するものであり、それをすら汚染せしめるバイドに対するものであった。 溶解した金属の只中へと沈み、なお動き続けるR戦闘機。 恐らくはバイドにより汚染されていたのであろうが、元となる機体を創り出したのは地球軍だ。 この様な常軌を逸した兵器、創り上げた彼等の狂気とは如何程のものか、想像すら付かない。 そして、これ程の力を持つ兵器群を大量に投入し、なお打倒すること叶わぬバイドとはどの様な存在なのか。 R戦闘機をすら汚染せしめ、その力を嘗ての友軍へと向ける事を強要する、悪夢の様な存在。 そんなものが一体、何処から現れたのか? 攻撃隊の眼下、波動砲の充填は滞り無く進行する。 しかしフェイトは思考を優先させ、特に動く事をしなかった。 そんな必要が無い事を、重々に承知していたのだ。 R戦闘機のから僅か1m側面、液化金属の海面に穴が穿たれ、飛沫が飛び散る。 直後に波動砲の充填が止み、R戦闘機は全ての機能を停止したらしく沈降を始めた。 集積所壁面に、微かな緑色の閃光が奔ってから、僅かに数秒。 R戦闘機は完全に液化金属に没し、二度と浮かび上がる事はなかった。 『仕留めましたかね?』 『・・・多分ね』 ヴァイスからの問いに、フェイトは無感情に返す。 そして、集積所の端に墜落したR戦闘機へと視線を移すと、そちらへと移動を始めた。 『2人、私に着いて来て。R戦闘機を調査、パイロットを確保・・・!?』 『何だ!?』 だが直後、集積所内に巨大な金属音が響く。 何事か、と周囲を見渡すが、特にこれといった変化はない。 混乱と警戒とに満ちゆく思考はしかし、ヴァイスからの念話によって状況を把握するに至った。 『上だ! シャッターが開くぞ!』 その言葉に上部構造物を仰ぎ見れば、其処には巨大な半球状のシャッター、直径200mはあろうかというそれが無数に並んでいるではないか。 それらは中心から8つに分かれ、徐々に外側へと開きつつある。 何が始まるのか、と警戒する一同の意識に、隊員の1人が放った念話が届く。 『廃棄ダクトだ・・・』 その見解が正しい事は、直に証明された。 大きく口を開けたそれらの奥、警告灯に照らし出された終わりの見えない深淵の中から、無数の廃棄物が降り注ぎ始めたのだ。 突然の事に反応し切れずに、フェイトを含め攻撃隊の初動は遅れてしまう。 潰される、と何処か冷静に判断する思考。 だが、三度放たれたディエチの砲撃が、鉄塊の雨を跡形もなく消し飛ばす。 『こっちへ、早く!』 ディエチの念話に、攻撃隊は即座に退避行動へと移った。 しかしフェイトは通路へは向かわずに、廃棄物の雨を危ういところで回避しつつ、壁面沿いにR戦闘機を目指す。 『アンタ、何やってる!? こっちへ来い、死ぬぞ!』 『執務官! 戻って下さい!』 『駄目だ! 先にパイロットを確保する!』 隊員達の制止を振り切り、フェイトは遂にR戦闘機の許へと辿り着いた。 バルディッシュが、直下の廃棄物群より放たれる放射能の危険性を知らせるが、彼女はそれすらも無視。 墜落時の衝撃か、罅の入ったキャノピーをカラミティで切り裂き、自らの魔力光を以って内部を照らし出す。 そして、遂に「それ」を目にした彼女の胸中に。 「・・・嘘だ」 闇が、溢れた。 * * 「車を使え! ナビに従って次元航行艦まで戻るんだ!」 「そんな! アンタ達はどうするんだ!?」 「執務官が来るのを待つ! 先に脱出の準備を頼む!」 「待って、1人足りない!」 通路へと退避した隊員達に対し矢継ぎ早に指示を飛ばしていたヴァイスは、その声を受けて背後へと振り返る。 フェイトの事を言っているのかとも思ったのだが、しかしすぐにそうではない事に気付いた。 ディエチが隊員の1人へと、切羽詰まった様子で何事かを尋ねていたのだ。 念話を用い、問題が生じたのかと問う。 『どうした、何があった?』 『陸曹長・・・オットーが・・・』 『確か・・・妹だったか? 彼女がどうしたんだ』 『此処へ来る途中で止まっちまって・・・ゴミに邪魔されて、助ける事もできないんです!』 その言葉にヴァイスは、咄嗟にストームレイダーを構えると、スコープ越しに攻撃隊が退避した軌跡を辿る。 果たしてその途中、凡そ600mの地点に、廃棄物の山の直上へと佇む、一見すると少年にも見受けられる少女の姿があった。 何かを胸元に抱え、俯いたまま動く気配が無い。 ヴァイスはとにかく、その情報をディエチへと伝えた。 『見付けたぞ! データを渡す、そっちで確認してくれ!』 『了解・・・確認しました! オットーです!』 その言葉も終わらぬ内、ヴァイスは狙撃を開始する。 オットーへと直撃する可能性のある落下物を狙撃し、機動を逸らしているのだ。 だがそれにも限界はある上、貫通力に特化した魔導弾では、大型の落下物に対して無力。 傍らのディエチが、砲撃でサポートを行う。 その間にも隊員やディエチが、念話でオットーへと退避を促し続けていた。 『聞こえないのか、こっちへ来るんだ!』 『早く! 早くして!』 『オットー、何をしているの!?』 その念話を意識に挟みつつも、ヴァイスは確実に落下物への狙撃を成功させていた。 スコープへと映り込む対象を次々に変更し、トリガーを引き続ける。 ガジェットの残骸、作業機械のアーム、機動兵器搭載兵装の一部、大型車両のタイヤ、何らかの制御盤と撃ち抜き続け、次の標的へと狙いを変更し。 「ッ・・・!?」 視界へと映り込んだ物体に、ヴァイスは凍り付いた。 落下するそれはオットーの傍らへと叩き付けられ、大量の液体を撒き散らしつつ弾ける。 その正体こそ看破は容易であったが、理解する事は困難以上の問題だ。 だが、続いて落下してきた同種の物体、数百体にも及ぶそれが、否が応にも現実を認識させる。 ディエチや隊員達もまた、同様の光景を目にしているらしく、念話を通して複数の悲鳴が届いた。 赤い飛沫を散らしながら、廃棄ダクトより無数に零れ落ちるそれ。 見紛う筈などない、見慣れたその造形は。 「人間」だった。 そして、ヴァイスは気付く。 オットーの足下、廃棄物の只中に転がる、半ばより溶け落ちた真紅の刃。 胸元から零れる、流れる様な栗色の髪。 慈しむ様に、両腕で抱え込まれたそれ。 ディードの「頭部」。 悲哀か、絶望か。 ディエチが絶叫する。 だがそれすらも、オットーの意識には届かない。 必死の銃撃を、砲撃を嘲笑うかの様に、降り注ぐ死体と廃棄物の雨は激しさを増す。 直上にダクトの存在しない壁面沿いの地点に落着したR戦闘機内にて、何かを発見したらしきフェイトが念話を用いて叫んではいるが、少なくともヴァイスにはそれを聞き留める余裕などありはしない。 落下物を撃ち、砕き、貫き、弾き。 まだ続くのかと、まだ終わらないのかと、微かな絶望が脳裏を掠めた、その時。 全長50mを超える次元航行艦の残骸、消息不明となっていたそれが、ダクトより現れる。 知らず、此処には存在しない何者かへの怨嗟が、小さな呟きとなってヴァイスの口を突いて出た。 呪いの言葉が誰へと届く事もなく掻き消え、より一層に悲痛なディエチの悲鳴が響く。 そして、直後。 オットーの姿は、次元航行艦の影に呑み込まれて消えた。 特異な過程によって生まれ、特異な道を歩み、特異な戦いを経て、光の下へと踏み出した姉妹。 自らの生を歩み始めたばかりの双子は、機械仕掛けの墓穴に呑まれて消えた。 それを見届けた者達の悲哀も、憎悪も、絶望も。 その一切が、墓守たる存在へと届く事はない。 未だ閉じる事もなく、鋼鉄の屍を吐き出し続ける無数のダクトだけが、犠牲者達の尊厳を辱め続ける。 1000を超える死者、そして無数の鋼鉄の骸を共に、2人は光の下を去った。 奪われた未来、踏み躙られた尊厳を取り戻す術を、生者は持ち得ない。 無力感と憤怒に打ち震える彼等の声が、死者に届く事はない。 彼等は。 脅威を打倒し、危機を切り抜け、自らの生存を勝ち取ったにも拘らず。 彼等は、紛れもない「敗北者」だった。
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意識が戻ると同時、最初に視界へと飛び込んだ色は鮮烈な赤だった。 軋む身体に鞭打ち、漸く持ち上げた視線の先には、揺らめく別種の赤い光。 それが迫り来る業火の光だと気付いた瞬間、彼女は反射的に声を張り上げ、周囲を見渡す。 「フェイト! フェイト、何処だい!?」 耳鳴りこそ止まぬものの、彼女の聴覚は正確に自身の音声を拾い上げていた。 そして同時に、何処からか響く無数の呻き、絶叫までもが意識へと飛び込む。 脳裏を焦がすそれらに戦慄しつつも、アルフは只管に主の名を叫び続けた。 「フェイト! 返事しな、フェイト・・・!?」 だが彼女は、その呼び掛けを中断する。 せざるを得なかったのだ。 積み重なる瓦礫、その隙間から延びる緑の髪を視界へと捉えてしまったのだから。 「リンディ!」 それまで以上に悲痛な叫びをひとつ、アルフはリンディの傍へと駆け寄ると、猛然と瓦礫を除け始める。 幸いにして、彼女の手に余る様な巨大な瓦礫は存在しない。 しかし、大きいものでは成人男性の頭部に匹敵する瓦礫もある。 考えたくはないが、積み重なるそれらの下に埋もれたリンディが無事であるとは思えない。 事実、アルフの手によって退かされる瓦礫は、数を追う毎に表面の紅い染みが拡がってゆく。 それは徐々に露わとなる髪も同様で、常ならば新芽を思わせる淡い緑の髪はどす黒く染まり、それに触れるアルフの手もまた赤く濡れていた。 そうして瓦礫を取り除く事、数十秒。 「・・・ッ!」 漸く露わとなったリンディの身体は、血に濡れていない箇所を探す方が難しい有様だった。 変色した制服は其処彼処が破れ、その内より無残にも抉れた傷跡を露わにしている。 瓦礫の直撃を受けたのか、左腕は肘部と前腕部であらぬ方向へと捩じ曲がり、露出した骨格が噴き出す鮮血に染まっていた。 髪を束ねていたバンドは既に無く、四方へと拡がった長髪は、濡れたその表面から赤黒く光を照り返している。 頭部からの出血も酷く、閉じられたその双眸の上を傷から溢れる鮮血が覆っていた。 そして何より、彼女の両脚を押し潰す様に圧し掛かった3m程の瓦礫が、アルフの焦燥を駆り立てる。 「く・・・この・・・!」 すぐさま、彼女はそれを除きに掛かった。 瓦礫の端に指を掛け、全身の筋肉を極限まで収縮させる。 常人ならば僅かたりとも動かす事などできはしないだろうが、其処は狼の使い魔。 人間離れした膂力を以って、徐々にではあるが瓦礫を浮かび上がらせてゆく。 そして咆哮が上がると同時、遂に瓦礫はリンディの身体から撥ね退けられた。 間を置かずにアルフは彼女の介抱に移ろうとするも、視界へと映り込んだ惨状に行動を凍り付かせる。 右足が、潰れていた。 リンディの右足首より先は、膨大な質量によって圧潰していたのだ。 完全に原形を失った肉塊と白い骨格の破片が、血を噴き出す足首の先にほぼ完全な平面となって存在している。 僅かばかりの肉片が付着したビニールの様な皮膚だけが、未だリンディの右足に残る全てだった。 「畜生・・・ユーノ! ユーノ、見えてるだろ!? 返事しな!」 最早、自身の扱える治癒魔法で対処可能な域を超えている。 慣れないフィジカルヒールをリンディへと掛けながらも、アルフは声を振り絞って、管制室から現状を把握しているであろうユーノへと支援を求めた。 これ程の重傷ともなると、先程ユーノが展開したラウンドガーダー・エクステンドと同等の治癒魔法が必要となる。 あれだけ治療に特化した魔法ともなると、失われた血液や肉体の欠損部位を修復するまでには至らずとも、負傷面の癒着による止血や大概の傷の治癒は瞬時に実行できるのだ。 「ユーノ、何で返事しない!? どうしたってんだい!」 だが幾ら叫ぼうとも、あの緑色の魔力の奔流は現れない。 周囲には鉄と鉄がぶつかり合う轟音、構造物が軋む異音とが響き渡っているが、その中で先程まで響いていた無数の悲鳴だけが消失していた。 その事実にはアルフとて気付いてはいたが、常にそれを警戒していられるだけの余裕が無い。 内心で募りゆく焦燥感もそのままに、彼女は叫び続けた。 「返事しろってんだ! ユーノ・・・」 「アルフ・・・?」 その時、背後から聞き慣れた声が響く。 振り返れば、其処にはアサルトフォームへと移行したバルディッシュを杖代わりに、やっとの事で立っているフェイトの姿があった。 意識を失う直前まで彼女を守り続けていた記憶はあるが、流石にあの崩落に巻き込まれて無傷である筈もなく、右肩からは夥しい量の出血が見受けられる。 だが、生きている事には変わりがない。 アルフは安堵しつつ、しかし鋭く声を発した。 「フェイト、無事で良かった・・・でもゴメン、休んでる暇がないんだ。魔力は大丈夫かい?」 「・・・ちょっときついかな。増幅できるから、まだマシだけど」 「じゃあ、ちょっと手伝っておくれ・・・フィジカルヒール、使えるかい?」 「何を・・・!?」 其処で漸く、血溜まりの中に横たわるリンディの姿を捉えたのか、フェイトの表情が強張る。 悲鳴が上がるかと思われたが、アルフが視線で制するとその意図を酌んだのか、すぐに彼女の傍らへと移動し膝を突くとフィジカルヒールを発動した。 そして金色の魔力光がリンディの身体を覆い始めると、アルフは己の主人へと問い掛ける。 「他の連中は?」 「・・・私は5分くらい前に気が付いたけど、此処に来るまで誰とも会わなかった。アルフは?」 「さっきまで悲鳴が聴こえてたんだけど、今は・・・」 その時2人の傍らに、突如としてウィンドウが出現した。 驚く2人を余所に、周囲にはラウンドガーダー・エクステンドが展開される。 自身を含めた全員の負傷が急速に癒え始めた事を確認し、アルフは安堵と喜びを隠そうともせずにその名を呼んだ。 「やっとかい、ユーノ!」 「ユーノ、状況はどうなっているの? 他の生存者は? 義父達は何処なの!?」 『・・・接近し・・・時間・・・』 だがウィンドウにはノイズが奔り、発せられる音声も途切れ途切れで要領を得ない。 これも先程のR戦闘機から放たれた攻撃の影響かと、アルフは歯噛みしながら声を発する。 「接続が悪過ぎる、良く聴こえないよ」 『・・・接近・・・回線を・・・聴こえるかいフェイト、アルフ?』 「良いよ、良く聴こえる様になった。それで・・・」 『聞いて、2人とも。もう時間が無い』 通信状態が回復すると同時、放たれたのは何かを押し隠したユーノの声。 時間が無いとの言葉に緊張するアルフ達へと齎されたのは、想像を超える凶報だった。 『Eブロック汚染区画から救難信号が発信された。XV級パトリツィアがこれを受信・・・』 「まさか!?」 『そのまさかだよ。パトリツィアは本局への接近中に、汚染された迎撃システムにより撃沈された。艦隊は本局が完全に汚染されたと判断している』 その報告に、アルフは自身の顔から血の気が引いた事を自覚する。 見れば、フェイトも同様らしい。 管理局艦艇が本局の迎撃システムによって撃沈され、残存艦艇はこちらを敵性体として捉えている。 となれば、艦隊が採るであろう行動はひとつ。 『既にXV級ヴィクトワールが本局に接近中。30分以内に応答がない場合か、本局からの更なる攻撃を確認次第、アルカンシェルによる攻撃を行うと通告してきた』 「なら返信しな! こっちの状況を教えてやれば良いだろ!」 『できないんだ。機能しているのは受信のみ、こちらからの発信は全て妨害されている。迎撃システムの方はオーバーロードで爆破したけど、このまま返信できなければ26分後にアルカンシェルが撃ち込まれる』 「地球軍の連中は馬鹿かい!? このままじゃ自分達も・・・!」 『妨害は汚染区画からだよ。バイドの仕業だ。地球軍も通信障害が発生している可能性が高い』 「どうして?」 『この状況が地球軍に伝わっているのなら、とっくに核を残して脱出しているだろうからね。未だに爆発が起こっていないという事は、彼等も正確な状況を把握できずにいるって事だよ』 ユーノの推測を理解すると、アルフは自身の並外れた聴覚を用いて周囲の音を確認する。 銃声は、無い。 周囲に地球軍が存在しない事を確認しつつも、彼女は息を潜める様に言葉を紡ぐ。 「・・・だとしても、一部を生け捕りにしないと不味いんじゃないかい? 奴等がバイドに殲滅されたら、その瞬間に核が起爆しちまうだろ」 『その事態は侵食を利用して回避できる。君達が車両内で見た通り、侵食に巻き込まれた人間は強制的に「生かされて」いる。つまりバイタルサインが途切れないんだ。幾つかのサインで確認してみたけれど、どれも異常なし。 つまり地球軍がバイドによって浸食されれば、途絶える事のないバイタルサイン発信源を確保できる』 「その口振りだと、もう侵食された地球軍を確認しているみたいだね?」 『取り敢えず5人ほどバインドで捕獲して、侵蝕組織体に投げ込んでみた。経過は良好だよ』 気負う様子など欠片も見せずに放たれた言葉。 しかし、その言葉にフェイトは肩を震わせ、アルフもまた胸中を切り裂かれる様な痛みを覚えた。 ユーノがまた一歩、自身等から遠ざかったかの様な感覚。 だが、今はそれに感けている暇が無い。 「じゃあ起爆の可能性は、今のところは無いんだね?」 『確実とは言えないけれどね。外部からの介入が可能なら、コードを書き換えられる可能性もある。一刻も早く脱出しなければ』 「他の生存者達は?」 『200mほど離れた交差路に150人程を確認した。ハラオウン提督も、スカリエッティもその中に居る』 アルフはリンディの腕を肩に回し、その身体を背中へと担ぎ上げる。 脚に手を回して固定すると、フェイトを促して歩き始めた。 傍らへと展開された立体構造図、その誘導に従い他の生存者との合流を目指す。 「周囲の状況は何処まで解るんだい?」 『汚染進行の影響で、殆どの機能がバイドに奪われた。君達と生存者の位置を捉えてはいるけれど、他についてはさっぱりだ。区画全体をサーチする事ができない』 「何かあっても近付くまで分からないって事か」 思わず舌打ちするアルフだったが、それで状況が好転する訳でもない。 地球軍、若しくは汚染体と遭遇する事があれば、フェイトやリンディを護れるのは彼女しか居ないのだ。 一分、一秒でも早く、他の生存者達と合流せねばならない。 「居た!」 瓦礫を掻き分けつつ歩き続ける事、数分。 逸れた生存者達の集団が、視界へと映り込む。 ユーノの言葉通り、生存者達の中にはスカリエッティの姿、そしてクライドのポッドとそれを運搬していた局員の姿もあった。 一瞬、幾人かの武装局員が警戒する素振りを見せたが、既にユーノから連絡を受けていたのか、すぐにデバイスの矛先を下ろす。 そして合流するや否や、真っ先に口を開いたのはフェイトだった。 「状況は?」 「余り良くはありません、執務官。既に71名の死亡を確認、260名以上が行方不明となっています・・・R戦闘機による攻撃の直後、我々は崩落した第2階層構造内へと落下しました。恐らくは皆、瓦礫の下に・・・」 其処で、言葉が途切れる。 ふと周囲を見渡せば、上半身全体に制服が掛けられ、顔を覆われている亡骸が数十体も横たわっていた。 床面にはそれらから流れ出した血液が、小さな流れを幾筋にも生み出している。 半数ほどの遺体の傍らでは生存者が小さな嗚咽、或いは慟哭を漏らしており、交差路には宛ら葬儀の際にも似た空気が漂っていた。 沈痛な面持ちで唇を噛み締めるフェイトを横目に見留めながらも、アルフは極力冷静を装ってユーノへと問い掛ける。 「それで、今度は何処へ行けば良いんだい。こんな状況じゃあ、此処の脱出艇もぶっ壊れちまってるんだろ?」 『取り敢えずCブロックへ向かって。地球軍が侵入した形跡はあるけれど、汚染が及んでいないのは其処だけだ。運が良ければ、港湾施設に艦艇がまだ残ってる筈だよ』 「運頼りかい・・・嫌な予感しかしないよ」 そう言いつつ、アルフが背中のリンディを担ぎ直した、その直後。 重低音と共に通路全体の照明が落ち、次いで暗闇に回転灯の黄色の光が点滅を始めた。 突然の事にアルフは思わず身を竦ませたが、周囲はそれ以上に混乱している。 戸惑いの声と三拍子の小さな警報音が周囲を満たす中、フェイトが自身も動揺を滲ませた声で尋ねた。 「ユーノ、何が起こったの? この警報は一体?」 『警報?』 「この音だよ・・・聴こえるでしょ?」 『ちょっと待って・・・これ、警報なのかい?』 フェイトとユーノの会話を聞いていたアルフは、何かがおかしい事に気付く。 ユーノは管制室からこちらの状況を窺っているにも拘らず、まるで今の今まで警報が鳴っている事に気付いていなかったかの様な口振りだ。 警報が発令されれば、当然ながら管制室にもその情報が伝わる筈。 だというのに、彼は警報の事を知らなかった。 一体、何故か。 そんな事を思考する間も、状況は加速度的に変動してゆく。 更に大音量の警報が鳴り響き、複数のアナウンスが同時に流れ始めたのだ。 訳も分からずに混乱する生存者達を置き去りにしたまま、合成音声が無情に警告を発する。 『火災を検知しました。8区1-3から4-4までを緊急閉鎖します。当該区画内の局員は直ちに避難を開始して下さい。繰り返します・・・』 『第2階層構造内部全域に於いて異常気体の充満を検知しました。避難完了後300秒経過を以って緊急排気を実行します。避難完了を確認。排気開始まで300秒・・・』 『中央区画全域に於いてクラス4の生物災害が発令されました。中央区画を緊急閉鎖します。局員は一般市民の避難誘導に当たって下さい。開放中の避難所は第1から第12・・・』 幾重にも木霊する警告。 その数は秒を追う毎に増え、異常減圧を伝えるものから放射能汚染域の拡大を告げるものまでが、次々に通路へと反響し始める。 これだけの警報が同時に発令されるなど、明らかに正常ではない。 「何が起きてる? 放射能だって?」 「隔壁が閉じて・・・おい!」 「くそ、消化システムが!」 そして天井面より、大量のガスが噴射される。 消火剤だ。 窒息を避ける為に、交差路の其処彼処で結界が展開される。 「ユーノ、消火剤を止めて! このままじゃ・・・!」 『こっちには何の表示も・・・駄目だ、異常は何ひとつ検出されていない!』 「じゃあ何で!?」 『其処のシステムそのものが、既に汚染されているとしか考えられない!』 「見ろ、壁が!」 職員の叫びに、アルフはウィンドウから視線を外し、通路の壁面を見やった。 噴出する消火剤の白煙に霞む様にして、回転灯の黄色の光によって照らし出される合金製の壁面。 斑点状の染みが複数、其処に浮かび上がる。 「・・・何だ?」 回転灯の明かりでは良く見えないが、その不自然な漆黒の染みは、壁面の下から浮かび上がってきた様に見えた。 見間違いではないか、などと考えた時間は数秒にも満たない。 壁面を見つめる生存者達の目前で、それらの染みは爆発的な勢いで壁面全体を侵食し始めたのだ。 急速に面積を拡大しゆくそれを凝視する内、局員の1人がその正体に気付く。 「錆だ・・・」 「何だって?」 「あれは錆だ! 壁面が腐食している!」 その叫びとほぼ同時にアルフは、周囲に濃密な鉄の臭いが充満している事に気付いた。 足下に生じる違和感、砂を踏み締めた際にも似た感覚。 咄嗟に足を除け、その下の床面を見やると、其処にも黒々とした染みが拡がり始めているではないか。 慌てて飛び退くや否や、その錆の染みは一気に周囲の床面を蝕み始める。 堪らず、アルフは叫んだ。 「何だこれ? 何なんだよ!?」 「構造物が腐食してゆく・・・ユーノ、そっちでは観測できないの!?」 『待って・・・確認した。Dブロック、Eブロックでも同様の現象が起きてる・・・構造物の劣化、腐食を確認! 更に進行中!』 次の瞬間、回転灯の光が落ち、同時に消火剤の噴出が止まる。 突然の暗闇に困惑の声が上がるが、しかし数秒後には再度、回転灯に光が点った。 すぐに換気が始まり、通路からガスが完全に排出された事を確認すると、結界を展開していた魔導師達は術式を解除する。 だが直後、生存者達の眼前に拡がった光景は、信じ難いものだった。 「・・・遺体は?」 それなりに広い交差路、その床面に横たえられていた60を優に超える数の遺体。 それらが全て、霞の如く消え去っていた。 異常なその事実に気付くと、生存者達は一様に騒然となる。 「何処に消えた!?」 「まさか消火剤が噴出されている間に・・・2分も無かったのに!」 「血の跡が・・・」 床面には夥しい量の血液と、数十もの何かを引きずった跡だけが残されていた。 紅い液面に引かれた無数の線が、消えた遺体の行き先を物語っている。 すぐに武装局員の1人から、念話による指示が飛んだ。 『約50m前方、メンテナンス・ハッチだ』 床面に設けられた縦幅1m、横幅2m程のメンテナンス・ハッチ。 血の海に引かれた痕跡の行き着く先は、開放されたそのハッチの縁だった。 アルフはバルディッシュを構えて歩み出そうとするフェイトを制し、彼女にリンディを託すと他の武装局員達と共にハッチへと向かう。 フェイト達の身の安全確保はユーノに任せ、自身はハッチへと向かう局員達の補助を行おうと考えたのだ。 だが、それだけではない。 アルフは嘗て無い不安と恐怖に侵されながらも、そのハッチの中に存在するであろうものを確かめねばならないという、一種の強迫観念に囚われていた。 それが何であるのかは判然としないが、強烈な血臭に混じって得体の知れぬ臭いが、無視できない圧力となって彼女の意識へと殺到しているのだ。 彼女自身の存在、その根幹を侵す何かが、あの中にある。 『・・・聴こえるか?』 『ああ』 その念話が何について交わされているものか、アルフはすぐに悟った。 呻き声だ。 ハッチの中から、無数の呻きが響いている。 近付くにつれ、より大きく反響するそれは、明らかな苦悶の色を含んでいた。 遺体だけではなく、生存者までもが引き摺り込まれているのか。 『・・・行け!』 指示が下されると共に、アルフはハッチを目掛け跳躍した。 15m程の距離を一息に跳び、バインドの展開に備え掌をハッチへと翳す。 周囲には8名の局員が、同じく各々のデバイスの矛先を開放されたハッチへと突き付けていた。 そして9つの魔力光が、各々が異なる光でハッチ内部を照らし出す。 だが、闇の中より浮かび上がったそれらを目にするや否や、彼等の強靭な意思は錆びゆく構造物さながらに瓦解した。 「あ・・・あ・・・」 「聖王よ・・・これは・・・こんな・・・!」 気道から漏出する空気の音、無数に重なる苦悶の声。 噴き上がる黒ずんだ血飛沫、滑りを帯びた肉塊と肉塊が擦れ合う湿った異音。 骨格が粉砕され、肉体が弾ける際の水気を含んだ破裂音。 通路下部に拡がる空間に蠢く、その存在は。 「どうして・・・!」 成人の胴回り程もある触手の集合体。 それに呑まれゆく、数十体の「生きた死体」だった。 「嘘だ・・・」 それらの遺体は「生きて」いた。 確かに生命活動を停止し、物言わぬ骸となった筈の死者達。 骨格を砕かれ、四肢を断たれ、心肺を潰され、頭部を失い。 抜け殻となった、生命なき身体の群れ。 にも、拘らず。 蠢く触手の狭間に巻き込まれ圧搾されゆくそれらは一様に、見開かれた瞼の下より覗く眼球を不自然に揺らがせ、紛れもない恐怖に引き攣り擦れた声を上げながら全身を潰されてゆく。 彼等の身体を引き摺り込むものの正体は、全身へと突き立った微細な触手。 リニア車両内にて局員達を襲った物と同様のそれが、彼等の身体を隈なく貫通している。 その光景を、アルフは戦慄と共に凝視した。 忘れる筈もない。 あの触手に貫かれた者達は、通常ならば明らかに即死しているであろう状態にも拘らず、その生命を永らえさせられていた。 死ぬ事すら許されずに、想像を絶する苦痛の最中へと心身ともに縫い止められていたのだ。 それは、生命あるものに許された最後の安寧すら奪い去る、正に悪魔の所業。 だが、まさか。 まさかバイドの能力は、去来する死を拒絶するだけに留まらないのか。 既に死が訪れた存在でさえ、死によって安穏の地へと旅立った者でさえ、バイドは。 「ふざけるな・・・」 自身の脳裏を過ぎった思考に、アルフの口から低い呟きが漏れる。 続いて紡がれるのは、渾身の力で歯が軋り合わせられる、僅かな異音。 無意識の内に握り締められた拳は小刻みに震え、指の間からは赤い雫が滴り落ちている。 だがアルフには、それらを気に留めている余裕など無い。 プレシア・テスタロッサは最愛の娘アリシアを生き返らせる為に、禁忌の研究「プロジェクトF.A.T.E」の技術を用いてフェイトを生み出した。 モンディアル夫妻は失った愛息を取り戻すべく同様の技術を用い、息子の複製とも云える現在のエリオを生み出した。 ジェイル・スカリエッティは手駒の確保とレリックのデータ収集を目的に、死せる騎士ゼスト・グランガイツを蘇生させた。 しかしエリオを除き、これまでに確認されている死者蘇生については、いずれも何らかの異常が発生している事が確認されている。 フェイトはアリシアとはなり得ず、ゼストは能力と基礎生命機能の劣化を免れ得なかった。 その他の確認済み事例に於いても、死者蘇生に成功したという情報は存在しない。 唯一の成功例であるエリオに関してでさえ、将来的にその生命機能への異常が生じる可能性が皆無であるとは言い切れないのが現状なのだ。 だというのに。 バイドは既に生命活動の停止した肉体を、いとも容易く蘇生した。 死体を醜悪な肉塊の一部とする、唯それだけの事で一旦は失われた生命を呼び戻したのだ。 生命は尊い。 それは少なくとも、次元世界の大部分に於いては普遍的な倫理観だ。 だが徹底的に感情論を排し、只管に、冷酷なまでに科学的な見地から一個の生命体を紐解けば、或いは単なる物質の寄り集まった機能構造体に過ぎないのかもしれない。 言うなれば機械と同様だ。 壊れたのならば、修理すれば良い。 情報さえ残っているのならば、物質部位など幾らでも替えが利くだろう。 だが医療技術が発達し、再生医療すら可能となった現代に至っても、生命とは掛け替えの無い尊ぶべきもの、唯一無二のものであるという認識が主だ。 たとえ生命蘇生すら容易に成し遂げられるとなっても、多くの人々は決してその価値を認めはしないだろう。 人は、生命は機械ではない。 機械と同様であってはならない。 簡単に壊れ、壊し、修復され、交換されるものであってはならない。 何故なら生命とは神秘であり、神聖な存在だから。 少なくとも人間にとっては、そうでなければならないからだ。 そんな認識の中でフェイトは、エリオは生み出された。 それは、禁忌とは知りつつも、掛け替えの無い存在を取り戻したいという強い願いがあったからこそだ。 アルフは狼としての生命が終わる際に、フェイトによって新たなる生命を授けられた。 この絆も、使い魔としての生命も、アリシア・テスタロッサの死から始まった、悲しい物語の結果として生まれたものだ。 ハラオウン一家との強い絆も、生命と死の尊さ無しには決して育まれはしなかった。 だが、バイドは。 バイドは、そんな生命の根幹すら凌辱した。 フェイトとエリオの誕生に至る軌跡、死者を想い禁忌を犯すに至った者達の意志を侮辱した。 大切な存在の死から始まった、幾つもの絆まで嘲笑った。 自身の、フェイトの存在さえ否定した。 「ふざけるな・・・!」 そう、バイドにとっては、生命も機械も大差ないのだ。 尊ぶべきもの、況してや神秘から成るものでなど決してなく、単なる自律機能を有した構造体。 脳髄に収められた情報、またはリンカーコアさえ残っているのならば、蘇生など幾らでもできると。 たとえそれらが失われていたとしても、残された身体機能のみの「再起動」すら成し遂げるだろう。 バイドにとって生と死の概念とは、恐らくはその構造体機能が「活性」であるか「非活性」であるかの区別を付ける為の指標に過ぎないのだ。 眼前で苦悶と絶望の声を上げ続ける彼等は、つい先程まで「非活性」だった。 その原因となる箇所をバイドは修復、或いは新たに機能を付与し、再び「活性」へと移行。 機能を回復した上で改めて彼等を摂り込み、その全てを喰らい尽くす。 彼等のバイタルサインは再び生命の鼓動を伝え始め、それは彼等が肉塊に呑まれ消えても「正常」な信号を送り続けていた。 地球軍パイロットが何故、あの様な手の込んだナノマシンタイプの毒物を携帯していたのか。 つまりは、そういう事なのだ。 単なる生命機能の喪失では、バイドより逃れる事は叶わない。 死者は安寧の狭間より引き摺り出され、強制的に生命体としての機能を回復された後に、存在の全てを凌辱される。 そうして、いつ終わるとも知れぬ苦痛と恐怖、絶望の中でいずれは摩耗し、遂には生命としての個を失い、果ては自らを貪る存在であるバイドと同一の存在となるのだろう。 肉体そのもの、及び身体の有する全情報の徹底的な破壊を以ってして漸く、生命はバイドという悪夢の手を逃れる事ができるのだ。 だから。 ただ「死んだだけ」の彼等は、今。 この下、足下に拡がる闇の中で、彼等は。 「ふざけるなぁぁぁッ!」 「撃てぇェェェッ!」 9つの絶叫と共にバインドが、直射弾が、砲撃がハッチ内部へと叩き込まれる。 噴き上がる肉片と血飛沫、魔力の残滓。 だがそれらさえも、更なる高密度・高出力の魔力の奔流によって掻き消されてゆく。 頭上より放たれる死の奔流を前に、望まぬ蘇生を強いられた死者達は、恐怖の中にも隠しきれぬ歓喜を内包した叫びを上げた。 荒れ狂う魔力の爆炎、一帯を揺るがす衝撃と轟音。 しかし、ハッチ内の生命が次々に消失するにつれ、反比例するかの様に周囲の構造物を侵食する錆は、爆発的にその面積を増してゆく。 その事実に、そして後方から退避を促すフェイト達の叫びに気付きながらも、アルフはバインドで肉塊を絡め取り、引き裂く動作を止める事はできなかった。 犠牲者のものとも、バイドのものとも付かぬ鮮血が頬へと付着する中、傍らに展開したウィンドウ越しの叫びを捉える事ができたのは、幸運としか云い様がない。 その声はこの絶望的な状況に於いて、最後の希望とも取れる報告を告げたのだった。 『Cブロック緊急港湾施設、全ての艦艇がオンラインになっている! 生存者の集結を確認した!』 * * 戦闘は徐々に収束へと向かっていた。 複数もの結界を容易く撃ち砕き、一瞬にして物影に潜む局員達を遮蔽物ごと細切れの肉片と化す、重火力質量兵器の一斉射撃。 地球軍部隊の攻撃は確かに強力且つ圧倒的ではあるが、それでも総数60を超える空戦魔導師と驚異的な速度で展開され続ける障壁、その双方を同時に相手取るには数的に不利である事は否めない。 更に空戦魔導師ともなると、高速での三次元機動による戦闘展開が可能である。 たとえ圧倒的連射速度を誇る質量兵器と正確な照準技術を有していようとも、高速移動する目標と発射点の間に展開された複数の障壁、それらを破壊するまでの僅かなタイムラグは致命的だ。 予測射撃によって放たれた銃弾の運動エネルギーは障壁破壊時に減衰し、続く掃射は空戦魔導師の有機的な機動を捉え切れずに空を切る。 そして障壁が破壊されるや否や、間髪入れずに魔導師からの直射弾の嵐が地球軍を襲うのだ。 しかし、彼等が纏う装甲服はこちらの予想以上に堅固なのか、非殺傷設定を解除されているとはいえ、直射弾を受けただけでは即死には至らない。 着弾の反動に弾かれ崩された体勢を持ち直すと、攻撃を再開すべく即座に質量兵器を構える。 だが、その隙を見逃す魔導師ではない。 態勢が整うまでの僅かな隙に簡易砲撃が放たれ、地球軍兵士の姿が次々に魔力光の放流に呑み込まれて蒸発してゆく。 兵の数が減るにつれ質量兵器の弾幕も薄れ、更に戦闘の最中に加わった管制室からの援護である業火の洗礼が、地球軍が展開する周辺を蛇の様に舐め尽していた。 魔力の炎によって遮蔽物の陰から炙り出された兵士達は、全身を炎に覆われながらも熾烈な反撃を加えてきたが、それも忽ちの内に砲撃と高密度直射弾の嵐に呑み込まれて消滅する。 そして遂に、このブロックでは最後の地球軍兵士であろう5名が砲撃によって消滅した事を確認し、彼女は暫し周囲を警戒した後に念話を発した。 『周囲警戒。出港まで気を抜かないで』 指示を終えた彼女、第四陸士訓練校学長ファーン・コラード三佐は周囲に気付かれぬよう、小さく息を吐く。 所用で訪れた本局にて参戦する事となった十数年振りの実戦は、全敵対勢力の殺害という後味の悪い結末を迎えた。 同僚や犯罪者、果ては戦闘に巻き込まれた民間人の死を幾度となく目にしてきた彼女ではあったが、45名もの人間を殺害する現場に居合わせる等という経験は、流石にある筈もない。 況してや、その殺害を為した者が自身を含めた管理局局員であるともなれば、尚更の事だ。 ファーンは前方に転がる大型の質量兵器、消滅した地球軍兵士が使用していたそれを見つめながら、心底より湧き上がる怖気を抑える事に腐心していた。 質量兵器を相手取るのは、何も初めての事ではない。 だが、嘗てこれ程までに殺意に満ちた質量兵器による攻撃を受けた事が、自身の局員としての戦いの歴史の内にあっただろうか。 教え子達に対し、自身が繰り返し問うてきた「強さの意味」。 質量兵器という存在は正しく、その問い掛けの求める答えとは対極に位置する「強さ」を追求したものだ。 如何に効率良く破壊し、如何に効率良く殺すか。 執拗なまでにそれらを追い求め、遂には世界すら滅ぼす領域へと至った忌まわしき技術。 現在の管理世界にも、非合法に質量兵器を運用する勢力はある。 だが彼等が使用するそれなど、この地球軍が運用する質量兵器に比べれば玩具に等しい。 展開される障壁を貫通し、合金製の構造物をコルク板の如く穿ちつつ、暴風雨の如く連射される銃弾。 僅かでも身体を掠めようものなら四肢が飛び、直撃すれば胴が消し飛ぶ程の威力。 そんな携行型質量兵器が存在するなど、少なくとも今までには聞いた事も無い。 しかし現に、周囲には弾幕に呑み込まれ細切れとなった局員達の肉片が散乱している。 45名の非魔導師を殲滅する為に、AAAランクすら含む28名もの魔導師が犠牲となったのだ。 管制室からの支援が無ければ、犠牲者の数は倍に膨れ上がっていただろう。 これが魔導資質を有せず、質量兵器のみを己が牙として研磨し続けてきた世界の軍隊、それと相対した結果か。 『コラード三佐、77番から114番まで出港準備が整いました』 『上層階の艦艇は?』 『負傷者の搭乗に手間取っています。出港までは10分ほど必要です』 『了解しました。乗り込みが終了次第、出港して下さい。我々は警戒に当たります』 『御武運を』 「AC-47β」を装着したデバイスを手に、ファーンは背後へと振り返る。 完全な人工物の内部とは思えぬ広大な空間の中、彼女の視線の先には小型の次元航行艦が停泊していた。 その数たるや、1隻や2隻ではない。 左右に視界を巡らせれば、数十隻もの小型艦が出港の時を待っていた。 戦闘の終結と共に、各所のハッチより姿を現した非戦闘員の数は数千人にも上る。 艦内に乗り込んだ者、そして施設構造物内部の人員を合わせれば、実に35,000もの人間がこの施設内で脱出の時を待っているのだ。 このCブロック外殻に沿って設けられた3800m級階層構造式港湾施設は、新暦3年から始まったCブロック建造時に、後の次元航行部隊保有艦艇数の増加を見込んで建造されたものである。 当時運用されていた主力艦艇で116隻もの同時入港が可能となる巨大施設ではあったが、実際には艦艇性能の上昇と支局艦艇の建造により、訪れる事の無い非常時に備えた緊急用港湾施設として、長らく無用の長物と化していた。 L級以降の管理局主力艦艇はこの港湾施設の収容能力を考慮せず、新たに建造されたDブロック港湾施設と支局艦艇のそれを基準に設計・建造された為に尚更だ。 しかし今回、対バイド攻勢作戦が発令されるに当たり、隔離空間内部にて救出されるであろう大量の民間人を安全な各世界へと送り届ける為の中継地点として、建造から74年目にして初めてこの施設が全力稼働する事となった。 結果、人員輸送用の小型次元航行艦、実に152隻が施設内へと集結。 艦隊からの出動要請に備え、各艦艇が待機状態にあったのだ。 ところが今、これらの艦艇は局員の脱出に使われる羽目となっている。 本局中枢が汚染された結果、通信によって救援を呼ぶ事もできなくなった為、これらの艦艇で脱出する以外の方法が無くなってしまったのだ。 しかし、この瞬間まで艦艇が1隻たりとも出港しなかったのは、本局迎撃システムが汚染されていた為だった。 接近中のXV級パトリツィアすら撃沈したそれを、単なる小型輸送艦が掻い潜れる筈もない。 だが今や、管制室からの干渉により、迎撃システムは完全に沈黙。 更に地球軍が通信障害に陥っている可能性が高い今こそが、最小の被攻撃リスクで本局を脱するチャンスであると、嘗て次元航行艦へと乗り組んでいた猛者達は異口同音に主張した。 小型艦のクルーも同様の見解を示し、民間人と負傷者を優先的に艦艇へと搭乗させると、出港時の安全確保を武装局員へと指示。 その僅か数分後、彼等の予想は的中した。 出港を阻止せんと攻撃を仕掛けてきた地球軍部隊を相手取り、武装局員との間に熾烈な戦闘が展開されるに至ったのだ。 そしてつい先程、漸く地球軍部隊は完全に排除された。 脱出の妨げとなるものは、少なくとも今この瞬間には存在しない。 『77番から第2港湾管制室、出港する』 『こちら第2港湾管制室、了解。物理障壁を開放する。78番から114番、77番に続け』 横3800m、縦500m、高さ80mもの広大さを誇る施設内部。 ファーンの見つめる遥か先で、物理障壁が上下ヘと引き込まれてゆく。 露わとなった半透明の障壁、空気の漏出を防ぐ為に展開されているそれの向こうには、隔離空間内に浮かぶ惑星と爆発の光が無数に瞬いていた。 最端に位置する77番艦が前進を開始し、78番艦以降もそれに続く。 徐々に加速するそれらは数秒で障壁を透過し、破滅の光が煌めく隔離空間へと脱した。 そして8000名を超える民間人と負傷者を乗せた38隻の小型艦は、各々が障壁透過から3秒ほど経過するや順次、推進部へと明りを点して急加速を掛ける。 周囲の局員達が歓声を上げる中、ファーンもまた薄らと笑みをその表情へと浮かべ、安堵の息を吐いていた。 その傍らに歩み寄る、桃色の髪を棚引かせる人影。 ファーンは軽く視線を投げ掛け、穏やかな声で語り掛ける。 「汎用デバイスの扱いはどうかしら、セッテさん?」 「問題ありません。嘗ての固有武装には比べるべくもありませんが、これはこれで高機動での射撃戦に向いている」 戦闘機人No.7、セッテ。 局員によって独房より解放された彼女は、状況を簡潔に説明した上で避難を指示すると、自身も戦闘に協力すると申し出たらしい。 無論、局員はその進言を断ったが、戦闘が可能な人材が不足している状況では仕方がないとの結論が下されるまで、然程の時間は掛からなかった。 生存者の1人が殉職した局員のストレージデバイスのデータを改竄すると、それを受け取ったセッテは巧みな空戦術で汚染されたオートスフィアを翻弄しつつ殲滅し、合流した生存者達をこの港湾施設までへと導いたのだ。 その卓越した戦闘技術は先程の戦闘でも発揮され、彼女は地球軍部隊の頭上を翔け回っては攻撃を引き付け、思うが侭に彼等を翻弄した。 結果として、戦闘初期で死亡した28名を除く他の局員は、安全に地球軍部隊へと攻撃を集中する事ができたのだ。 彼女は独房より解放されこの場所へ至るまでの僅かな時間で、自らの力と意志を以って局員の信頼を勝ち取っていた。 そして彼女を信頼するに至ったのは、ファーンとて例外ではない。 「ありがとう。貴女が協力してくれなければ、もっと多くの局員が死んでいたでしょう」 「・・・私は姉妹の仇を討っただけです」 表情を変える事もなく言い放たれた言葉に、ファーンは悲しげに目を伏せる。 セッテの姉妹であり同じく本局内に収容されていたNo.3トーレは、逃げ場など無い小さな独房の中、僅かな抵抗すら許されずに壁面ごと質量兵器によって撃ち抜かれ、下半身を完全に粉砕されて殺害された。 独房内の映像を確認した局員がその場へと駆け付けた時、残されていたのは左足首と大量の血痕、散乱する機械部品と肉片のみだったという。 警備の任に就いていた局員は1人残らず射殺され、残されたトーレの半身は地球軍が持ち去ったらしい。 その事実を聞かされた際、セッテは表情こそ変えなかったものの無言で地球軍を迎え撃つ準備を始めた。 敬愛していたのであろう姉の死は、彼女に少なからぬ衝撃を与えたらしい。 「・・・それでもよ。彼等が無事に出港できたのは、貴女のお蔭でもある」 「それは・・・ッ!?」 無表情ながらに、言葉を返そうとするセッテ。 その言葉が最後まで紡がれる事はなく、衝撃と轟音がファーンと彼女を襲った。 突然の事に驚愕しながらも、ファーンは衝撃の発生地点と思われる方向へと視線を移す。 炎を噴き上げているのは、物資輸送用連結カートの停車場だった。 其処には1088航空隊が集結していた筈だが、今は巨大な火柱が全てを覆い尽くしている。 咄嗟に駆けだそうとするファーン、続くセッテ。 その視界の端、壁面が光を発したのは1歩目を踏み出すと同時だった。 閃光、破裂音。 少なくともファーンには、そうとしか認識できなかった。 壁面が弾けた瞬間、彼女は長年の経験から左腕で視界を覆う。 強烈な閃光を遮り、麻痺する聴覚を無視してデバイスを構えるも、直後に全身を襲った再度の衝撃波に吹き飛ばされた。 しかし彼女の身体が、床面へと叩き付けられる事はない。 空中で軽やかに身を翻すと、ファーンは年齢を感じさせない動きで前後を入れ替え、後方へと向き直った形で着地する。 先程の衝撃波が、大質量の物体が通過した際に発生したものである事を、彼女は既に見抜いていた。 だが、デバイスを構えた先に浮遊する物体を目にするや否や、彼女は自身が判断を誤った事を理解する。 「な・・・!?」 それは、フォースだった。 フォースだけが宙へと浮かび、不規則に回転している。 同時に背後より響く振動と金属音、そして何らかのエネルギーが充填される音に、ファーンは状況を正確に把握した。 彼女は、嵌められたのだ。 『撃って!』 咄嗟に念話を放つが、間に合わない。 彼女の側面20m程の位置を、巨大な人型が床面を擦りつつ高速で駆け抜けた。 非戦闘員の、数千もの悲鳴。 全体を支える脚部は床面へと強固に接したまま動かず、代わって背面に備えられた2基のバーニアが、轟音と共に青い業火を噴き出している。 膨大な推力は鋼鉄の巨躯を強引に前進させ、両の足は大量の火花を散らしつつ床面を抉っていた。 手にした巨大な砲は港湾施設の艦艇出入口、その遥か前方に位置する38隻の小型艦へと向けられている。 砲口には青い光を放つ粒子が集束し、明らかに充填が終了しつつある事を窺わせた。 濃緑色の巨人、人型への変形機構を有する重武装R戦闘機。 TL-2A2「NEOPTOLEMOS」。 『させるか!』 局員の咆哮と共に、数発の簡易砲撃が放たれる。 それらは一様に砲身を狙ったものであったが、しかし唯の1発も意図した箇所へと突き立つ事はなかった。 R戦闘機の周囲を旋回する2基の大型ビットが、全ての砲撃を防ぎ切ったのだ。 球状バイド体の殆どを重装甲に覆われたそれらは、簡易式とはいえ砲撃魔法数発を同時に受け止めたにも拘らず、全くの無傷だった。 「シールド・・・!」 嘗ての交戦時には確認されなかった兵装。 しかし、嘗て本局に侵入したTL-2A2というR戦闘機が近接戦闘に特化したフォースを装備している事実、そしてビット・システムという汎用支援兵装の存在は疾うに判明していたのだ。 ならばあの機体が、防御に特化したビットを装備可能であるという事実は、予測されて然るべきだった。 管理局の、自身の迂闊さを呪いながら、ファーンはビットを引き付けるべく射撃を開始する。 僅かでも防御に穴を開け、砲撃魔法を直撃させる為に。 その時、隔離空間と施設内部を隔てる障壁の更に手前に、緑光を放つ障壁が幾重にも展開する。 第7管制室、ユーノ・スクライア無限書庫司書長による援護だ。 障壁で波動砲を防ぎ切れる可能性は低いが、万が一の事態には少しでも砲撃の軌道を逸らす為の保険だろう。 そしてR戦闘機の背後には、尋常ならざる速度で移動したセッテを始めとする局員十数名の姿があり、彼等はファーンと同じく一様に射撃及び砲撃態勢を取っていた。 更に頭上からは、明らかに異常な魔力密度によって形成された炎の壁が、雪崩を打ってR戦闘機へと襲い掛かる。 シグナムの援護だ。 攻撃は三方から、ビットは2基。 いずれかの攻撃は直撃し、波動砲による砲撃は中断される事だろう。 だが、その思考を読んでいたかの様にフォースが後退し、上方より襲い来る炎の壁を一瞬にして喰らい尽くした。 更にR戦闘機の背面より4発のミサイルが放たれ、それらは機体を迂回するかの様な軌道で天井面、そして床面へと着弾する。 過去の戦闘に於いて確認されている通り、ミサイルの弾速は魔導師と云えど人間の反応速度で対応できるものではなく、その炸裂の際に生み出される衝撃波と炎はバリアジャケットでは軽減すらできない。 巨大な爆発によって木の葉の様に吹き飛ばされ、鼓膜を劈く轟音に耐えながらも、ファーンは意識を刈り取られぬよう堪える事で精一杯だった。 そして炎と破片の壁の合間に霞む様にして、R戦闘機が砲身を前方へと突き出している様が視界へと映り込む。 『止めろ!』 それが誰の叫びだったのかなど、知る由も無い。 次の瞬間、ファーンの視線はR戦闘機が手にする砲へと釘付けとなっていた。 砲口周辺の空間そのものが揺らぎ、強烈な光と共に爆発する様を目にしたのだ。 そして視界の端で、砲口のそれよりも更に強力な光が炸裂する。 その光が意味するものを、彼女は正確に理解していた。 『第2港湾管制室より全艦、及び全局員へ・・・』 港湾管制室からの通信及び念話。 その思念は抑え切れぬ感情に揺れ、震える声となって意識へと伝わる。 ファーンとて、自身が念話を発すれば同様だったろう。 眼前に拡がる光景はそれ程までに非情で、受け入れ難いものだったのだから。 『84番、91番、106番、107番を除く艦艇の反応が消失・・・第一陣、34隻の喪失を確認・・・』 瞬間、無数の絶叫と共に砲撃が、直射弾が、バインドがR戦闘機へと襲い掛かる。 一切の慈悲も容赦も無いそれらは、正しく感情の爆発であった。 純粋な憎悪と殺意。 およそ管理局局員にあるまじき感情と共に放たれたそれらは、しかしフォースとビットによる鉄壁の防御を前に危なげもなく防がれてしまう。 だが、その結果を前にしても、局員の攻撃が止む事はなかった。 「殺せッ!」 ファーンの背後より放たれる、肉声による絶叫。 それは、単独にて放たれたものではなかった。 数十もの声が一様に同じ言葉を、各々の感情を剥き出しにして叫んだものだ。 眼前にて8000名にも迫る非戦闘員を虐殺されたという事実が、無限とも思える憎悪を全局員へと齎していた。 『殺せッ!』 同じ言葉が、念話でも繰り返し叫ばれている。 同時に、誤射の危険性すら無視した全方位からの砲撃と直射弾による弾幕が、更に密度を増した。 未だ停泊中の艦から、或いは施設の各所から。 300名を超える魔導師が現れ、幾重にもR戦闘機を包囲していた。 彼等は広大な空間を活かし、各々に射線を確保すると即座に攻撃を開始。 秒を追う毎に密度を増す弾幕にR戦闘機は、まるで人間そのものであるかの様に激しい挙動でのた打ち回る。 砲身を携えた右腕は固定したまま、左腕はカメラアイを庇うかの様に構え、機械兵器とは思えぬ機動で以って暴れ狂っているのだ。 『殺せェッ!』 『第一陣残存艦艇、離脱しろ! 接近中のヴィクトワールに攻撃の中止と援護の要請を!』 『こちら122番、敵機の離脱を塞ぐ! 各艦は互いの間隔を詰め、奴の行動範囲を潰せ!』 『逃がすな! 此処で撃墜しろ!』 『胸部を集中的に狙え! 其処がコックピットだ!』 殺意そのものの怒号が響く中、R戦闘機は反撃も儘ならずに四肢を振り回している様に見える。 だが、真相がそうでない事はすぐに解った。 荒れ狂う機動と共に振り回されるフォース、不規則な軌道で以って周囲を旋回するビット。 それらは一見すると意味の無い機動であるかの様に思えるが、実際には弾幕の大部分を正確に受け止め吸収していた。 事実、現在のところR戦闘機本体へと着弾しているのは、ごく僅かな直射弾のみ。 砲撃は全てフォースに吸収されるか、シールド型ビットによって防御されていた。 『くそ、当たらない! 位置は殆ど変わらないのに!』 『こちら第7管制室、敵機の拘束を試みます! 9番搬入口の前を開けて下さい!』 そんな状況の中、局員による包囲網の隙間を縫う様にして緑と褐色のバインドが十数条、R戦闘機へと殺到する。 それらは楕円状の軌道を描き敵機へと肉薄、その周囲を取り囲んだ。 直後に全てのバインドが先端を敵機へと向け、一斉にその矛先を突き立てんとする。 そして遂に、殆どバインドを囮にフォースとビットの防御を突破した2条が、R戦闘機の右腕と右脚へと絡み付いた。 『今だよ!』 ファーンは、その念話を発した人物を知っている。 嘗ての彼女の教え子の中でも、突出した才能を有していた少女の使い魔だ。 彼女達がこの場へと辿り着いた事に感謝しながら、ファーンは自身も敵機へと直射弾による攻撃を開始する。 R戦闘機は2基のビットを急激に旋回させ、何とか致命的な砲撃の着弾を防いではいた。 しかしバインドによって本体の動きを大きく制限された為、結果として空間を埋め尽くす程に乱射される直射弾についてはかなりの数が着弾している。 驚異的な堅固さを誇る装甲により、直射弾程度では眼前のR戦闘機を撃破するには至らない。 それでも敵機は無数の細かな破片を撒き散らし、着弾の度に大量の火花を周囲へと撒き散らしている。 このまま攻撃を続行すれば、いずれは墜ちる事は間違いない。 更に、褐色のリングバインドが四重に展開され、旋回するビットの1基を数瞬ながら空中へと固定すると同時、砲撃魔法を扱える局員のほぼ全てが攻撃。 同時に、魔力によって形成され可視化された猟犬の群れ、そして炎の壁が頭上より襲い掛かる。 リングバインドを形成する魔力は、忽ちの内にビットを形成するバイド体により喰らい尽くされ、その効力を失った。 しかし、ビットが空中へと静止した数瞬の間に生じた防御の空白は、R戦闘機にとっては十二分に致命的だ。 決着する。 ファーンですら、そう信じて疑わなかった。 直後にR戦闘機が取った、その行動を見るまでは。 「な・・・!?」 『フォースが・・・!』 フォースがR戦闘機の至近距離に位置する場合、光学兵器を主とする間断ない掃射が可能である事は既知だった。 眼前のTL-2A2に関しては、エネルギー輻射を用いて形成したブレードを使用しての、近距離格闘戦を展開するとの情報がある。 金色の燐光を纏う長大な刀身が、前方を薙ぎ払う様に振るわれるというのだ。 この瞬間も、その情報と同じくエネルギーの刀身が展開された。 但し、その刀身の纏う光は金色ではなく、眩い青の燐光。 それがアームより伸びると同時、フォースが横軸方向へと回転を始める。 R戦闘機は回転するフォースを左腕の甲へと接続したまま、その腕を機体の右側面へと振るった。 先ず刀身が、R戦闘機の右脚を絡め取るバインドを切断。 次いでその刀身より放たれた同じく青い光弾が、右腕のバインドを打ち砕く。 一瞬の事だった。 誰もが反応すらできない中、R戦闘機は自ら床面へと倒れ込み、胸部を狙って放たれた全方位からの砲撃を回避する。 目標を失った数多の砲撃は互いに空中で接触、干渉を起こして巨大な魔力爆発を起こした。 その炎と衝撃により、接近中の猟犬が跡形もなく消滅する。 シグナムの炎は爆炎を切り裂きR戦闘機へと肉薄したが、続く敵機の行動により完全に消失した。 R戦闘機の上半身が床面へと接触する直前、背面のブースター付近で閃光が爆発したのだ。 シグナムの炎は衝撃波に掻き消され、僅かな残滓のみを残して消滅。 全身を打ち据える衝撃と共にファーンの聴覚が麻痺し、咄嗟に腕を翳し閃光から庇った視界の端には、人型から戦闘機型へと変形して高速で施設を後にするR戦闘機の姿が映り込む。 敵機は閉じゆく物理障壁の隙間を潜り抜け、光の尾を引きつつ外部の隔離空間へと脱した。 先程の衝撃波がR戦闘機のブースターから生じたものであると、ファーンがそう理解したとほぼ同時に無数の怒号が響く。 『敵機、逃亡!』 『被害状況を確認しろ! 管制室、バイタルを確認してくれ!』 未だ殺意も醒めやらぬ局員達は、口々に憎悪の言葉を紡ぎながらも周囲警戒へと移行。 他のR戦闘機による支援が無かった事から、地球軍侵入部隊に通信障害が発生している可能性は一層に高まった。 しかし何時、侵入が確認された他の2機が襲ってくるとも知れぬ今、警戒を緩める訳にはいかない。 ファーンもまた、傍らに降り立ったセッテと共にアルフ達が辿ってきた通路へと、デバイスの矛先を向ける。 少し離れた地点では男性武装局員とナンバーズの1人が共に膝を突き、狙撃銃型のデバイスと固有武装を構え、ファーン達が狙う箇所とは異なる通路を警戒していた。 そして負傷者の介抱が始まった事を確認すると、ファーンは管制室へと念話を発する。 『管制室、第2陣の出港準備はどうなっていますか? 状況次第ではすぐに・・・』 『物理障壁外部、高速移動体接近!』 自身の問いに対する答えからは懸け離れた内容の叫びに、ファーンは疑問の声を上げる事もなくデバイスを構えて背後へと振り返った。 一瞬、閃光が施設内を埋め尽くす。 咄嗟に左側面へと視線を投じると停泊中の艦が2隻、巨大な力によって引き裂かれ、更に吹き飛ばされる様が目に入った。 距離、約1700m。 俄には反応し切れず、呆然と事態を見つめるファーンの視線の先で、新たなる惨劇は加速度的に規模を増していた。 膨大な質量を持つ無数の金属の破片が壁となって局員達を襲い、非戦闘員を含めた百数十名が微塵となって壁面へと叩き付けられる。 更に、粉砕された2隻の艦体の一部、幾分ながら原形を留めている残骸が後を追う様にして壁面へと叩き付けられ、次いで爆発を起こした。 遅れて聴覚へと飛び込んだ轟音は更なる轟音に呑まれ、炎と衝撃波が舐める様に施設と人々を薙いでゆく。 ファーンは衝撃波によって、周囲の局員もろとも後方へと押しやられたが、しかしその影を見落とす事はなかった。 膨大な質量など無きが如くに吹き飛ぶ、次元航行艦と物理障壁の残骸。 2つに割れた艦体の間から1機のR戦闘機が高速にて出現し、一瞬にして巨砲を携えた濃緑色の人型へと変形する。 巨人は浮遊する2基の盾を左右後方へと随え、自身の進路前方に一際巨大な球状の防御兵装を据えていた。 機体下部より展開された両脚を床面へと接触させ、膨大な量の火花と破片を巻き上げて構造物を抉りつつ、100m以上もの距離を滑走する。 それは紛う事なく、この港湾施設を離脱した筈のR戦闘機、TL-2A2だった。 『戻ってきやがった・・・!』 敵機は、逃亡した訳ではない。 単に攻撃を回避する為だけに本局を離脱し旋回、位置を変えて再突入してきたのだ。 波動砲によって物理障壁もろとも2隻の艦艇を破壊し、飛散するそれらの破片をさらに上回る速度で以って強行突入。 瞬時に人型へと変形し接地、急激な制動を掛けつつ姿勢制御を行い、フォースと砲口を周囲の局員と艦艇へと突き付けている。 フォースに備えられたアームの先端に点る、赤い光。 「散開!」 全方位へと念話を飛ばしつつ、ファーンは叫ぶ。 大多数の局員は即座に反応したものの、敵機の攻撃は彼女の予想を上回る程に激しいものだった。 先程の青いブレードと同じく、これまでの戦闘では未確認の赤いブレード。 伸長したその刀身が振り抜かれると同時、卵の殻を割る際のそれにも似た音がファーンの意識を揺らした。 だが直後、その微細な音は金属構造物を引き裂く異音と、膨大なエネルギーの炸裂が引き起こす衝撃音へと変貌、聴覚を破壊せんとする。 余りの弾速に形状こそ認識できなかったものの、ブレードが振り抜かれる瞬間に刀身より放たれたのは、赤いエネルギー弾体だった。 それが一瞬にして3名の局員を蒸発させ、1名の膝下より先を消し飛ばしたのだ。 弾体は更に直進、積み上げられていた複数の物資輸送用コンテナを切断し、壁面へと接触して炸裂音と共に消滅。 着弾箇所に残されたのは、幅6m程もある巨大な溝のみ。 余程に高威力なのか、溝は肉眼では視認できないほど壁面深くまで刻み込まれている。 恐らくは刃状、切断に特化した射出型エネルギー弾体だ。 『射撃型だ!』 『回避、回避だ! 動き回れ!』 フォースは狂った様にアームを振り回し、四方へと赤い斬撃を乱射していた。 防御の全てをビットに委ね、只管に弾体を放ち続ける。 R戦闘機は左腕の甲をフォースに添えたまま、右腕の砲で電磁投射砲弾による掃射を行っていた。 構造物を容易く抉る砲弾が、軽機関銃もかくやという速度で連射され、施設構造物と艦艇外殻に30cm程もある弾痕を穿ち続ける。 更には、R戦闘機の背面より4発のミサイルが放たれ、それらは上方へと展開していた局員の一団もろとも、天井面を完全に粉砕した。 降り注ぐ瓦礫が下方の局員を襲い、崩落から必死に逃げ惑う彼等を電磁投射砲弾とエネルギー弾体が襲う。 無論、ファーン達も黙ってやられていた訳ではない。 R戦闘機の放つそれを優に超える密度の弾幕が全方位から敵機を襲い、同時に40発を超える砲撃が粉塵の中心へと撃ち込まれる。 しかし、此処で全力の砲撃を放てば、艦艇と非戦闘員までもが炸裂の余波に巻き込まれてしまう。 結果として砲撃は出力を落とさざるを得ず、しかも敵機の絶妙な回避行動によって殆どが躱され、縦しんば直撃軌道にあってもビットによって防がれてしまうのが現状だった。 対してR戦闘機の攻撃は秒を追う毎に苛烈を極め、更にバイドによる各種機器に対する妨害を受けている為か、狙いも付けずに連射される攻撃は弾幕となって周囲へと降り注ぐ。 構造物を貫通するそれらは武装局員のみならず、構造物内部に避難している非戦闘員までをも巻き込み消滅させてゆくのだ。 『131番、艦内生命反応消失!』 『総員退避! 繰り返す、総員退避! 機関部に被弾、メインヒューズが吹き飛んだ! 安全装置が作動しない! 117番、機関部が爆発する!』 『2053隊員の全滅を確認!』 敵機再突入より、約30秒。 局員のバイタルサインは見る間にその数を減らしゆき、消滅したバイタル数は既に70を超えていた。 悲鳴と怒号が飛び交う中、港湾管制室から新たな報告が飛び込む。 『局員のバイタルが多数、本施設へと接近中! 生存者の増援だ! 26番通路、総数719!』 その報告は、ファーンの胸中に微かな希望を宿した。 現状に於けるそれの倍近い戦力が、増援としてこちらへと接近中だというのだ。 彼女と同様に周囲も勇気付けられたのか、轟音に紛れて其処彼処から歓声が上がる。 『聞いたか、味方がこっちへ向かっている! 到着まで持ち堪えてみせろ!』 『1089、2015は敵機の側面へ! 奴を誘導しろ! 26番通路に背を向けさせるんだ!』 『やり過ぎるな。また逃げられては元も子もない』 無数の念話か飛び交い、局員の攻撃がより一層に激しさを増すと、R戦闘機はフォースによる攻撃を中断した。 攻撃は電磁投射砲のみが担い、フォースはビットと併せて3基で以って弾幕の吸収に当たる。 局員の数が減少しているにも拘らず、攻撃の密度が増した事実に戸惑っているかの様だ。 更に、砲撃を躱し数十mを移動した敵機に、思いも寄らない攻撃が襲い掛かった。 『武装隊、退がれ!』 施設そのものを揺るがす轟音と共に、小型艦とはいえ膨大な質量を持つ艦体が、R戦闘機へと圧し掛かる様にして衝突したのだ。 安全装置を自ら破壊したのであろう、艦体の安全を考慮しない決死の突撃。 構造物を抉りつつ最大加速で以って敢行された次元航行艦の体当たりは、弾幕への対処に気を取られ反応の遅れたR戦闘機を、実に200m以上にも亘って弾き飛ばした。 恐らくは至近距離に於ける各センサー、及び光学的視認のみが機能していたのだろう。 バイドによる妨害の存在しない状況下ならば、危なげもなく躱せたであろう後方からの突撃。 それを敵機は、僅かなりとも回避の素振りを見せる事なく、直撃を受けてしまったのだ。 『やった!』 『130番、艦体に亀裂! 艦橋、機能喪失! 戦闘収束まで艦内にて待機せよ!』 体当たりを敢行した130番艦は、施設内での決死の加速によって床面へと衝突、小爆発を繰り返していたが、奇跡的にも乗員は無事だったらしい。 対するR戦闘機は、局員の思惑通りに26番通路付近の壁面へと叩き付けられ、正面より襲い来る弾幕を凌ぐ事に全力を傾けていた。 フォースからはエネルギー弾体が、砲口からは電磁投射砲弾が間断なく放たれ続けてはいるが、流石にこの密度の弾幕を前にしては、機能の殆どを封じられたセンサー類には荷が重いらしく、照準補正すら儘ならないらしい。 更にミサイルの射出口が備えられた背面は壁面によって封じられ、戦闘機型へと変形して離脱しようにも、その瞬間に四方より砲撃が放たれるのは明らか。 敵機は最早、此処から逃げる事はできない。 しかし、余裕が無いのは局員側も同様だ。 このまま弾幕を吸収され続け、フォースへのエネルギー蓄積が臨界を迎えれば、次に来るのは嘗ての戦闘に於いてB5区画を消滅させた、あの破滅的な戦略攻撃だろう。 こちらが生き残る為には、エネルギーが臨界を迎える前にR戦闘機を撃墜するしかない。 『管制室、味方の到着はまだなの!?』 『あと20秒! 20秒で到着する! 26番通路だ!』 『2059より管制室。もう一度、増援の数と通過中の通路を確認してくれないか』 『第2港湾管制室より2059! 増援の数は719、到着は26番通路だ!』 誰もが増援の到着を心待ちにする中、再度その味方の数を問う念話が発せられる。 ファーンもまた、状況を再確認するつもりでその言葉を聞いていたが、しかし続く問答に何かが引っ掛かった。 何かを見落としているかの様な、微かな違和感。 『管制室、26番通路というのは間違い無いのか』 『・・・何が言いたい?』 再度、確認を要求する2059航空隊。 その、何かを警戒するかの様な問い掛けに、ファーンもまた奇妙な事実に気付く。 咄嗟に視線を、増援が到着するという26番通路へと向けるも、其処には封鎖された隔壁のみがあった。 そして、続く2059航空隊からの指摘に、彼女の意識が凍り付く。 『700人もの魔導師が分散もせずに、あんなに細い連絡通路を一丸になって進んでくるのか?』 瞬間、即座に退避へと移る事ができたのは、果たして全体の何割か。 26番通路隔壁を中心に、約10mの範囲で壁面が膨張した。 それは有機的な膨張ではなく、巨大な力による金属壁の歪曲。 壁面へと走る罅に、しかし敵機への攻撃に固執する局員達は気付かない。 だが、彼等の攻撃を受け続けているR戦闘機は、背後の壁面の奥深くより迫りくる脅威に気付いたらしい。 機体への被弾も顧みずビットのみを前面の防御に残し、機体正面へと構えたフォースもろとも壁面へと振り返ると、壁越しに存在する「何か」へとエネルギー弾体を撃ち込み始める。 敵機が見せた突然の機動に、攻撃に意識を囚われていた局員達も、漸く何かがおかしいと認識したらしい。 だが、遅かった。 『逃げなさい!』 『馬鹿、退がれ!』 ファーンを含めた後方からの砲撃、そして直射弾が壁面へと突き立つ。 しかし急激な事態の推移に、攻撃を中断したばかりの局員達は状況を把握できずに次の行動を選択しあぐねていた。 その僅かな時間こそが、彼等の終焉を決定付けてしまう。 壁面が更に膨張、そして破裂。 無数の鉄片が衝撃波と共に飛来、鋭利な刃と化して局員を襲い、その身体を引き裂いてゆく。 身体そのものを揺るがす轟音に誰もが身を竦ませる中、崩落する構造物と爆炎の中から奇妙な物体が姿を現した。 炎を纏いつつ、膨大な瓦礫の内より這い出たそれを目にするや、局員の間から悲鳴が上がる。 「蛇・・・!?」 「にしては、随分と巨大ですが」 それは、一見すると蛇にも似た、赤黒い生物らしき存在だった。 但し、セッテの言葉にも表れている通り、蛇と呼称するには余りにも巨大に過ぎたが。 何せ目測ではあるものの、胴周りは明らかに20mを超えているのだ。 更には、壁面から現れた部位は既に100m近くにも達しているが、未だに胴が途切れる様子が見受けられない。 次から次へと、巨大な球状の組織体が連なって形成された胴部が、詳細すら解らぬ粘液に塗れつつ出現を続けていた。 何よりもファーンの意識を捉えたのは、醜悪という表現に尽きるその外観だ。 眼も口も存在しない頭部、その後に連なる無数の肉塊。 それらは球状に成形され、表面には装甲板としての機能を果たす物か、肉塊を形成する際に取り込まれたらしき金属構造物が鈍く光を反射していた。 浮き上がった血管系らしき組織は脈動を繰り返し、所々には植物体の気孔にも似た器官が数十に亘って密集、開口部より肉塊の内部を僅かに覗かせている。 そして、漸く全ての肉塊が姿を現し終えた時、異形の全長は400mを優に超えていた。 『増援のバイタル発信源を特定』 呆然と、宙に渦を描く肉塊の全貌を見上げる局員達。 想像を絶する異形の出現に、ファーンですら言葉もなく宙を見つめるだけだった。 そんな彼女達に、第7管制室のクアットロから信じられない言葉が齎される。 『大型生命体の胴部・・・繋がった球状の肉塊、1つ1つが複数のバイタルを発しています・・・あれは・・・あれは・・・!』 その先を聴く余裕は無かった。 20数個もの肉塊、その全てから魔力が溢れ出し、数瞬の間を置いて全方位に対する魔導弾の掃射が始まったのだ。 既に防御結界の展開を終えている者は、意外にも魔力密度が然程に高くはない弾体を、危なげなく防ぎ切っている。 だが、反応の遅れていた者達は、例外なく凄惨な死を迎える事となった。 魔力密度こそ低いものの連射される魔導弾の数は、空間を埋め尽くす、との表現が最適と云える程である。 彼等はバリアジャケットのみを以ってその掃射を受ける事となり、忽ちの内にその防御を破られると、後は抵抗すら許されずに数千発もの低集束魔導弾によって嬲り殺されたのだ。 約5秒間にも亘る全方位無差別制圧射に曝され、徐々に削り取られてゆく自身の肉体を認識し、想像を絶するであろう苦痛に絶叫しつつ息絶えてゆく局員達。 掃射が止んだ後に残されたのは、人間がその地点に存在していたという証、床面に染み付いた数十の黒い影のみ。 空中で掃射を受けた者に至っては、その影すら残せずに消滅している。 視界を覆い尽くす閃光が燐光に、燐光が魔力の残滓に、残滓が霞と消えた後。 施設内に残るは、互いへの害意を孕んだ3つの勢力だった。 当初の半数にまで数を減じた局員と、異形の放つ弾幕により表層部を焼かれた数十隻の艦艇。 フォースを構え防御態勢を取り続けるR戦闘機、宙にのたうつ異形。 『港湾管制室、上層階艦艇の出港に備えろ』 だが、この状況は好機でもあった。 R戦闘機の注意は完全に異形、即ちバイド汚染体へと向けられている。 必然的に攻撃の矛先も、汚染体へと集中する可能性が高い。 そして、当の汚染体による攻撃が次元航行艦の外殻を撃ち抜ける程の威力を有していない事は、数千もの着弾箇所から魔力残滓の煙を上げつつも、特に目立った損傷を受けた様子もない艦艇群の状態を見れば明らかだ。 つまりこの汚染体は、局員の殲滅を目的とするR戦闘機に対し、非常に効果的なデコイとなり得る。 敵機が汚染体との交戦に入った隙を突き、艦艇群は施設を出港するのだ。 『敵機、攻撃態勢!』 そして遂に、待ち侘びた瞬間が訪れる。 防御態勢の最中から波動砲の充填を行っていたらしきR戦闘機が、その砲口を汚染体へと突き付けたのだ。 ファーンは咄嗟にセッテを背後へと庇い、同じく前面へと進み出た局員4名と共に結界を展開する。 直後に、閃光が爆発した。 シグナムから剣を奪い、8000もの生命を虐殺せしめた、悪夢の兵器。 管理局にとっての未知にして、最大の脅威たる質量兵器、波動砲。 既に複数タイプの存在が認識されている中、眼前のTL-2A2が備える波動砲については、地球軍の機動兵器に標準装備されているという異層次元航法推進システム、それを応用し広域空間爆発を引き起こす範囲殲滅型であると確認されている。 恐らくは、目標機構内部へと直接的に波動粒子を集束させ、内部から敵性体を爆破するという運用を想定して開発された波動砲。 それが、管理局の分析結果だった。 シグナムは運が良かった。 敵機は彼女の体内を狙わず、彼女の遥か後方に炸裂点を設定していたのだ。 充填率も、ほぼ最少だったのだろう。 それは殺害を避け、より多くの情報を得る為の選択だった。 だが、今は違う。 目標はバイド、周囲の局員は明確な殲滅対象。 R戦闘機が余波を気に留める筈もなく、恐らくは艦艇群を撃破した際と同じく、最大充填率での砲撃となるだろう。 『散れ!』 その念話と共に局員が一斉に後退し、艦艇は互いの接触と艦体の損傷すらも無視して、少しでも汚染体からの距離を取らんと機動を開始。 汚染体と艦艇群の間には、管制室によって巨大な障壁が無数に展開される。 少しでも余波を減じようと、ユーノが展開したものだ。 そして直後、宙に渦を巻いていた汚染体の内部から、膨大な光が溢れ出す。 展開されていた結界が瞬時に砕け、ファーンの身体は膨大な圧力と衝撃波によって弾き飛ばされた。 聴覚は何度目かの麻痺を起こし、脳を揺さ振る衝撃が意識を朦朧とさせる。 だが、床面へと叩き付けられると思われた彼女の身体を、何者かが受け止めた。 彼女はすぐに、その正体を察する。 『セッテ?』 『・・・汚染体は内部より爆破されました。骨格が剥き出しとなっていますが、未だ健在です』 聴覚が麻痺している為、念話を用いて呼び掛けると、状況を報告する簡潔な言葉が返ってきた。 翳された腕によって閃光から庇われ、正常な機能を保持していた視界を正面へと向ける。 そしてファーンは、セッテの言葉が正しいものである事を知った。 「まだ・・・生きて・・・!」 宙を舞う巨大な生命体。 汚染体は、まだ生きていた。 20を超える球状の肉塊で形成された胴部を波動砲の炸裂によって消し飛ばされながらも、僅かに残った骨格らしき芯部でその身を繋ぎ止め、苦痛に身を捩るかの様にして何処かへと逃走を図る。 既に施設内部は赤黒い血液に染め上げられ、炸裂の瞬間に飛び散ったらしき大量の肉片が、壁面と云わず天井面と云わず、視界に映る全てにこびり付いていた。 艦艇の白い塗装もまた血液と肉片によって染め上げられ、赤い液体が小雨の様に局員達のバリアジャケットを濡らし続けている。 誰も彼もが赤く染まり、噎せ返る様な鉄の臭い、そして腐臭にも似た異様な臭気に覆われていた。 髪を伝い、頬を流れ、口内へと入り込む汚染体の血液。 それを吐き出す事すら忘れ、ファーンは血濡れのままに念話を発する。 『出港は!?』 『既に始まっています! 1番から38番は既に加速を開始、39番から76番は・・・』 『第7管制室より第2港湾管制室へ! 上層階に於いて異常質量検出!』 その瞬間、明らかに異常な振動がファーンの身体を揺るがした。 見れば、周囲の局員もまた一様に体勢を崩し、突然の衝撃に戸惑いを隠せずにいる。 いずれの方向へと視線を投じようと、それは同じ事だった。 状況を理解している者など、唯の1人も存在しない。 一方でR戦闘機は、執拗なまでに汚染体への攻撃を続行していた。 施設の端を目指し逃げゆく汚染体を追い、速力を活かして先回りすると、砲撃により半壊した頭部へと攻撃を集中。 電磁投射砲弾とエネルギー弾体、ミサイルが嵐の如く撃ち込まれ、周囲へと降り注ぐ血液の量は既に豪雨も斯くやと云わんばかりだ。 血液を噴き出し、肉片を散らしながらも前進を止めない汚染体は、徐々にその頭部を削り取られてゆく。 このまま攻撃が続けば、数秒と待たずに汚染体が活動を停止するであろう事は、誰の目にも明らかだった。 『R戦闘機、波動砲充填開始!』 R戦闘機の手に携えられた砲、その砲口へと波動粒子の集束が始まる。 青い燐光の流れは徐々に速度を増し、遂には可視化された空間の歪みとなって解放の瞬間を待つに至った。 そして、左腕が砲身へと添えられ、R戦闘機は砲を肩の高さにまで持ち上げ固定する。 狙うは汚染体の頭部、その潰れた箇所から覗く内部組織。 そして、ファーンが衝撃が襲い来る事を予期し、幾度目かの結界を展開すべくデバイスを構えた、その瞬間。 天井面の崩落と共に現れた巨大な肉塊が、直下のR戦闘機を押し潰した。 「な・・・」 余りにも突然の事に、意味の無い音が零れる。 雷鳴の様な轟音と共に天井面が崩落し、其処から数隻の艦艇と共に巨大な肉塊が落下してきたのだ。 その肉塊の大きさは、傍らの次元航行艦の実に数倍はある。 それは下方で砲撃態勢を取っていたR戦闘機の頭上へと落下し、敵機が逃げる暇さえ与えずに大質量を以って押し潰した。 瞬間、至近距離で爆弾が炸裂したかの如き衝撃が局員を襲い、その身体を床面より1m程の高さにも弾き上げる。 その自身の意思を離れた跳躍に、ファーン等は為す術なく落下し床面へと身体を打ち付けた。 全身を襲う衝撃と痛感に呻きつつも、何とか身を起こした彼女は肉塊の全貌を見やる。 其処に彼女は、異常な光景を見出した。 「ッ・・・あれは・・・!」 「・・・汚染体の収容、修復機能を併せ持った生体プラントと思われます」 R戦闘機の攻撃を受け、致命的な損傷を負った汚染体。 それが、肉塊の表面に存在する複数の孔状器官、そのひとつへと潜り込んでゆく。 肉壁を掻き分け、粘液の泡立つ音を立てながら巨大な汚染体が肉塊へと沈み込んでゆく様は、それを見る者の胸中に生理的嫌悪感を湧き起こさせた。 そしてその上部、肉塊より突き出た複数の管状器官のひとつからは、完全に修復された汚染体が、粘液の糸を引きつつ吐き出され続けている。 先程まで機能停止寸前の状態であった事実など、微塵も窺わせぬ健常な様相。 あの肉塊は、僅か数秒で生体組織を増殖、修復させる能力を有しているらしい。 だが、脅威はそれだけに留まらなかった。 『そんな・・・また・・・!』 『内部から別の汚染体が出てきている! まだ増えている!』 『2体・・・いや、3・・・4・・・6体だと!?』 修復が完了したと思しき汚染体が完全に排出された後、肉塊各所の管状器官より、次々に汚染体の頭部が姿を現したのだ。 粘液に塗れつつ、球状肉塊の連なる身体を続々と引き摺り出す汚染体群。 それらの胴部を構成する肉塊、その全てからは疑い様も無い局員のバイタルが発せられている。 汚染体群は粘液を滴らせつつ、宙を泳ぐ様に移動を開始。 外見に反した高速で以って艦艇群と艦艇出入口の間へと割り込み、その胴部へと魔力の光を宿す。 その様を見詰めつつ、ファーンは状況を悟った。 この怪物を排除しない限り、残る艦艇の脱出は絶望的だ。 第一陣の残存艦艇4隻を含め、これまでに離脱に成功したのは44隻。 10,000名以上の非戦闘員が脱出に成功した事になるが、この施設内には未だ70隻以上の艦艇と20,000名近い生存者が残されているのだ。 此処で汚染体の排除が為されなければ、いずれ訪れるであろう汚染の瞬間、或いは地球軍によって齎される死の瞬間を、只管に怯えながら待つ事となるだろう。 生き残る為には何としても、この異形の生命の息吹を断たねばならない。 『汚染体、攻撃態勢!』 艦艇群と汚染体群の間に障壁が展開され、壁となって襲い来る魔導弾幕を受け止める。 しかし、弾体の総数は数万発にも上るのだ。 その余りにも膨大な魔力の奔流を阻止する事は叶わず、20を超える障壁は唯一度の斉射で完全に粉砕された。 僅かに残った弾体を結界で受けつつ、ファーンは念話を発しつつ叫ぶ。 「ベルカ式と結界魔導師を前衛に、他は援護射撃!」 汚染体が用いる戦術は分かり切っていた。 唯々、圧倒的な弾幕で全てを呑み込む。 長大な胴部と数を活かし、敵性勢力を包み込んだ上で全方位からの一斉射撃で殲滅する。 無論、敵からの攻撃を受ける確率も跳ね上がるだろうが、たとえ破壊されても生体プラントが健在ならば幾らでも修復が利くのだから、問題は無い。 そんな化け物を排除するには、如何なる戦術が有効か。 答えは、1つしかない。 「目標、バイド生体プラント! R戦闘機が此処を嗅ぎつける前に破壊せよ!」 その叫びに呼応し、あらゆる射撃・砲撃魔法が肉塊へと襲い掛かる。 局員達が上げる、恐怖を押し隠す為の咆哮。 狂乱の攻撃は秒を追う毎に密度を増し、空間を埋め尽くしてゆく。 対する肉塊は、圧倒的な攻撃を受けながらも特に反応を見せなかった。 しかし、数発の砲撃魔法が孔状器官の内部へと突き立った瞬間、確かにその巨体が揺れ動く。 効いている。 そう確信し、ファーンは更に直射弾の密度を高める。 ベルカ式を扱う局員、約30名が敵性体へと肉薄する様を見やりながら、ファーンは如何なる反撃にも対応せんと意識を尖らせた。 「・・・コラード三佐」 「何かしら」 「敵生体プラント上部、表層の一部が開きました。内部に球状らしき部位が確認できます」 自身の右後方からのセッテの報告に、ファーンは目を細めて肉塊の一部分を見る。 確かに、肉塊上部に突き出た複数の管状器官、それらの中央に位置する部位が開かれていた。 まるで瞼の様に開放されたその下からは、黒ずんだ青いレンズ状の器官が覗いている。 それを確認するや、ファーンは即断した。 「あそこを狙いましょう。セッテ、もう少し距離を・・・」 『目標に異変!』 その瞬間、ファーンの右肩を霧の壁が掠める。 風圧に髪が靡き、攻撃の音が消えた。 目標の表層部各所より溢れ出した霧が、一瞬にして接近中のベルカ式魔導師達を包み込み、同時に複数の霧の集合体が四方へと放たれたのだ。 それは攪乱を意図してのものだったのか、霧に包まれた者達の姿を窺う事はできない。 ファーンは警戒しつつも、後方に位置するセッテの安否を確かめるべく、背後へと振り返ろうとした。 「セッテ、今のは・・・?」 だが、首を右へと回した瞬間、彼女は異様な物を目にする。 それは白く、細い物体だった。 所々に赤い染みがあり、幾つかの接続箇所を持つその物体は、彼女の動きに合わせて奇怪に揺れ動く。 同時に彼女は、右腕に妙な痺れが走っている事を自覚した。 それは肩口から指先までを覆っているのだが、奇妙な事に幾ら指を動かそうとも、痺れという感覚以外の全てが遮断されたかの様に一切の反応が感じられないのだ。 疑問を感じた彼女は視線を落とし、自身の肩口を見やる。 「あ・・・」 其処には、深紅と白があった。 紅い肉壁の内より突き出す、白い物体。 模型や解析図等で見慣れたそれは、人間であれば誰しもが体内へと持つものであった。 「あ・・・あ・・・!」 それは、骨格。 常ならば肉の鎧に覆われ、決して露わとなる事があってはならない器官。 右腕部のそれが完全に露出し、ファーンの肩部より力無く垂れ下がっていた。 骨組織表面の其処彼処からは小さな赤い煙が上がり、同じく小さな泡が断続的に湧き起こり続けている。 「あ・・・セッテ・・・セッテ・・・!?」 そして、彼女は思い至った。 骨格が露出したのは右腕。 それが、自身を掠めた霧の集合体によって引き起こされたものである事は、もはや疑い様がない。 そして、セッテは。 セッテが位置していたのは、自身の「右後方」だ。 「あ・・・あああああああぁぁぁぁぁぁッッ!?」 振り返り、自身の足下に横たわる「それ」を目にするや否や、ファーンは絶叫した。 入局より数十年、長きに亘って忘れ去っていた声。 初めて仲間を失った時、守るべき者を守れなかった時に、彼女の意思を介せずに放たれた呪いの声。 数十年の時を経て、その声が彼女の意識を塗り潰した。 初対面の自分に、僅かながらも心を開いてくれた。 感情など無きが如く振る舞いながら、死した姉妹を悼んでいた。 自ら非戦闘員の護衛を買って出で、局員の信頼を勝ち取った。 つい十数秒前まで、共に言葉を交わしていた。 彼女は、生き残るべき人物だった。 自らに心がある事を、彼女自身に自覚は無くとも、その行動で証明していた。 未来がある筈だった。 生命ある姉妹と共に歩む、輝かしい未来がある筈だった。 短い時間だが、行動を共にする中で、そう確信していた。 それなのに。 それなのに今、彼女は。 掌へと掬える程に小さな、鉄片混じりの僅かな肉塊となって、自身の眼前で赤い煙を上げているのだ。 錆による侵食が始まった巨大港湾施設に、苦悶と怨嗟の絶叫、悲哀と絶望の慟哭が幾重にも響く。 魔力と爆発の光によって照らし出された施設内には、機能を喪失した矮小な生命体の残骸が無数に散乱していた。 泣き叫び、同胞の生命を奪った存在への呪いの言葉を吐き続ける、脆弱な高次生命体の群れ。 無数の叫びと嘆きを前に、彼等を基礎構造体として発生し、更に糧として肥大化した肉塊は、特に動きを見せる事もなく鎮座し続ける。 その最上部、露わとなった青いレンズ状器官。 意志なき巨大な瞳だけが、血を吐かんばかりに叫び続ける生命体群を無機質に、そして無感動に見つめていた。
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『前方、ゲート閉鎖! 行き止まりです!』 『コンテナ、来ます! 機数、約30!』 『左へ!』 彼等は追い詰められていた。 迫り来る鋼鉄の壁、宙を翔ける鉄塊の群れ。 管理世界の人間ではなく、第97管理外世界の人間達によって宇宙空間へと築かれた、異質な巨大建造物。 その内部を縦横無尽に走る、重金属回廊。 LV-220資源採掘コロニー、輸送システム。 巨大な循環器系にも似たその内部、生体内にて免疫機構に追われる異物の様に、彼等は逃げ惑う。 そして事実、彼等の存在はこの回廊内に於いて、異物以外の何物でもなかった。 『また行き止まりだ!』 『下! シャフトへ!』 高速で迫り来る反重力駆動式コンテナを、時に砲撃が、緑光の線が、雷光と赤光の刃が迎え撃つ。 その度に衝撃と轟音、爆炎が回廊を埋め尽くすが、それらは瞬く間に後方の闇へと消えた。 彼等もまた、高速で飛翔しているのだ。 しかしその速度は、コンテナ群のそれと比して僅かばかり劣っていた。 『また・・・!』 程なくして、無数の巨大な影がすぐ背後まで迫り来る。 鋼鉄の巨体が空気を切り裂き迫る、その異音に言い知れぬ圧迫感を覚えつつも、ディードはオットーを気遣いつつ必死に飛び続けた。 双子の姉が持つISは、どちらかといえば後方支援を主とする能力であり、ディードほど高速飛行に特化している訳ではない。 故にオットーは、この場の7人の中では、比較的に飛翔速度が遅い部類に入ってしまう。 30分にも亘る高速での飛行、そして瞬間的な反転迎撃を続けている為、流石に戦闘機人である彼女達といえども疲労の色は隠せない。 他の隊員達も同様で、既に限界が近い事は明らかだ。 それはSランクの空戦魔導師である、フェイトですら例外ではない。 だからこそディードは常に、姉の様子を気に掛けていた。 慣れない継続高速戦闘、反転迎撃の連続。 傍目から見ても、オットーの疲労は限界に達していた。 肉体的なものではない。 巨大な敵性体に追走される事による重圧と、飛翔を止めてはならないという強迫観念から来る精神的な疲労だ。 戦闘機人としての概念的な呪縛より解き放たれ、漸く新たな人生を歩み始めたばかりの彼女。 ディード自身と同じく、嘗てない程の実感を伴って迫り来る死の具現を前に、彼女は明らかに恐怖していた。 嘗ての様に、戦いの中で敵意を向けられるでもなく、かといって災害の様に偶発的なものでもない。 明らかにこちらを害する現象でありながら、殺気も敵意も一切が感じられない、不気味な鋼鉄の行進曲。 それはオートメーション機構の一部、巨大なシステムに於ける通常稼働態勢に過ぎない。 回廊内に存在する無数のコンテナを、所定の施設へと輸送するシステム。 本来ならば戦闘とは無縁である筈のそれが、現状では何物にも勝る脅威となってディード等に迫り来る、その異常性。 動作する機械群に紛れた蟲は、忽ちの内に無数の歯車に巻き込まれ、その命を散らす事となる。 それは現状でのディード達も同様だ。 巨大なひとつの「機械」内部に紛れ込んだ、僅かに7つの「異物」。 今でこそ危機を凌いではいるが、いずれ遠からぬ内に圧殺される事は目に見えている。 とある目的の下に完成された大規模システム内に於いては、如何に強力な単独戦闘能力を有しようとも、余りに無力な魔導師と戦闘機人の存在。 逃げ惑う事しかできない現状と、打開の糸口さえ見出す事のできない理不尽さ、そして何より意識の根底より精神を蝕む恐怖に、ディードの呼吸は徐々に荒く変化していた。 『シャフト、下へ!』 『そんな・・・これで8回目ですよ!? 何処まで潜るんです!?』 悲鳴の様な念話の遣り取りが交わされた後、攻撃隊は回廊の突き当たり、下方へと垂直に延びる縦穴へと飛び込む。 反重力駆動式コンテナの運行路だけあって水平方向のみならず、こういった縦穴が点在しているのもこの施設の特徴らしい。 そして隊員の言葉通り、ディード達がその中に飛び込むのは、これで8回目。 当初の転移地点から見て、少なくとも1200mから1300mは降下している。 闇に覆われ、その先を覗く事の叶わぬ深淵。 何処へ続くとも知れぬ縦穴の底へと向かい飛翔しながらも、ディードは自身の身に纏わり付く強烈な圧迫感と滲む焦燥を、確かに感じ取っていた。 終わりの見えない深淵へと続く穴を、際限なく降下してゆく自身。 無限の概念にも通ずるそれに対し、意識の根底より本能的な恐怖が沸き起こる。 だがそれでも、降下を止める事はできないのだ。 後方より響く鋼鉄の行進曲が、止める事を許さない。 足を止めれば、待つのは輸送システムによる「異物」としての死だ。 止まらない、止まれる訳がない。 『下方、ゲートが!』 『急いで!』 遥か下方、薄闇の中で回廊が狭まる。 ゲート封鎖。 それが完全に閉じられるまで、あと幾許もない。 フェイトから攻撃隊員に、焦燥混じりの指示が飛ぶ。 『後方は無視して! 閉じ切る前に、早く!』 その言葉も終わり切らぬ内、攻撃隊は可能な限りの加速を以ってゲートを目指していた。 言われずとも、誰もが理解していたのだ。 此処で往く手を塞がれれば、もはや生存は絶望的であると。 「AC-47β」により増幅された魔力のほぼ全てを飛行へと注ぎ込み、肉体が許す限りの速度で以って閉じゆくゲートを潜る。 『やった!』 歓声が上がった。 間に合ったのだ。 ディードはふと振り返り、閉じゆくゲートへと視線を投じる。 そして、その違和感に気付いた。 「え・・・」 閉じゆく巨大なゲート、その向こうに広がるシャフトの壁面は、鈍いながらも光を照り返すだけの光沢がある。 ところがゲートの内側は、ゲートそのものから壁面に至るまで、全てが濃褐色に色褪せ、その表面の殆どが得体の知れない油膜に覆われていた。 非常灯の黄色の光に照らし出された構造物は、機械油と様々な化学物質により侵食され、この施設が如何に劣悪な環境を内包しているかを窺わせる。 唯1つのゲートを挿んでの、余りに異常な差異。 幾許かの損傷はあれど、明らかにメンテナンスシステムによる機能・状態維持が為されていた回廊。 経年劣化、化学物質による汚染、罅と油膜に覆われた壁面。 だが何よりもディードの意識を引き付けたのは周囲の変容ではなく、閉じゆくゲートの向こうに浮かぶ、無数の反重力駆動式コンテナ群の姿だった。 それらは一様に追跡を中断し、反転離脱を開始。 赤い光を放つコアをこちらへと向け、ゲートより離れ行く。 役目は終わったとでも云わんばかりのその機動に、ディードは薄ら寒い感覚を覚えた。 どうやらコンテナ群の制御中枢は、これ以上の追撃は不要と判断したらしい。 それ自体は喜ばしいが、裏を返せばこの先に、こちらにとってより脅威となり得る存在が待ち受けているという事か。 否、それならばまだ良い。 コンテナ群の追撃中断は、如何にも唐突なものだった。 ゲートは未だ閉じ切らず、追おうとすれば容易に通過が可能であったにも拘らず。 まるで「こちら側」へと侵入する事態を避けるかの様に、コンテナ群はその進行を停止したのだ。 そんなコンテナ群の機動にディードは、自ら達の向かう先に得体の知れない恐ろしい存在が待ち受けているかの様な、漠然とした、しかし自らの内では既に確固たる形を持った不安を覚えていた。 もはや追撃の必要はない、敵対者の運命は決した。 聞こえる筈もないそんな言葉が、彼女の意識の内へと届いたかの様に。 「何だ、此処・・・」 隊員の呟き。 ディードとほぼ同時に、一同も周囲の異様さに気付いたらしい。 各々が視線を巡らせ、口々に異常を知らせる。 侵食の進んだ重金属回廊は充満する大気すらも澱み、汚れたそれは侵入者たるディード等に重圧感を与えていた。 重々しい感覚が、呼吸器を圧迫する。 気の所為などではない。 複数種の有害化学物質が、待機中に満ち満ちているのだ。 戦闘機人特有の高度無毒化能力、そしてバリアジャケットに組み込まれた対化学・生物汚染防御機能により、致命的な汚染は避けられる。 だがそれでも高濃度汚染域ともなれば、汚染物質を完全に遮断できる訳ではない。 僅かずつながらも汚染は確実に肉体を蝕み、いずれは致命的な段階へと達する事だろう。 「何て事・・・」 呼吸器を侵す有毒物質の存在に戦慄しながらも、ディードは周囲に対する観察を続けた。 回廊を照らし出す照明は、表面を覆う油膜と同じく、汚らわしく黄ばんだ鈍い光を発している。 その為か空間そのものが、褐色のフィルターを通したかの様に、くすんだ色を帯びて見えた。 陰鬱にして末期的な空気。 決して有機的ではない、何処までも無機的に、しかし破滅的な存在感を以って迫り来る何か。 広義的に解釈するならば「死」という概念に対する、無意識の畏れとも取れるそれ。 しかしディードは、有機体である自身の精神を揺さぶる圧倒的な「死」の匂いが、この金属に覆われた回廊の一体何処から発せられているのか、見当も付かなかった。 生命体の死体がある訳でもない、血の臭いがするでもない、この無機質な空間の何処から、自身は「死」という概念を導き出したというのか。 「ディード?」 「・・・大丈夫」 何処か不安げに声を掛けるオットーに、ディードは数瞬の間を置いて声を返す。 そしてフェイトが軽く手を振って促すと、攻撃隊は底の見えない縦穴の奥へと、再び降下を開始した。 絡み付く有害な大気と汚染された壁面に囲まれつつ、遥か下方を目指し降り続ける事、約7分。 800mほど降下したところで、突如として空間が拡がる。 「やっと・・・!?」 「な・・・」 そして、その広大な空間へと躍り出るや否や、攻撃隊は1人の例外もなくその身を凍り付かせた。 彼等の眼前に拡がるは、それまでの回廊と寸分違わず、化学物質により汚染された壁面と汚れて色褪せた大気。 しかし、複数隻もの次元航行艦すら同時に格納できる程に広大な人工空間には、そんな事など問題にもならない、更に衝撃的な光景が拡がっていた。 誰もが声も無く身を竦ませる中、オットーの緊張を孕んだ声が空気を震わせる。 「R・・・戦闘機・・・こんなに・・・!」 彼等の眼前、広大な空間。 その凡そ半分を埋め尽くす様に、数十機のR戦闘機が鎮座していたのだ。 余りの光景に戦慄するディード。 そんな彼女の鼓膜を、驚愕と困惑に満ちた複数の声が叩く。 「執務官!?」 「何を・・・ッ!?」 咄嗟に振り返れば、左手を自身の正面に翳し、今にも砲撃を放たんとするフェイトの姿。 ディードは思わず、悲鳴にも似た声を上げてしまう。 「駄目・・・!」 「トライデント・・・」 数人が、彼女を取り押さえようと動いた。 この状況で先制攻撃など、常軌を逸している。 どれほど好都合に状況を捉えても、高々一度の砲撃で撃破できる敵の数は、10機が良いところだ。 R戦闘機の耐久性を考えれば、撃破数は更に減る。 そうなれば後に待つのは、残る数十機による飽和攻撃だ。 たった7名の魔導師と戦闘機人など、跡形も無く消し飛ぶだろう。 それを理解しているからこそ、ディードを含む全員がフェイトの行動を止めに掛かった。 だが、間に合わない。 金色の光を放つ球体が急激に膨れ上がり、遂に爆発の時を迎えた。 「スマッシャー」 「止めろッ!」 隊員の放った鋭い制止の声も空しく、轟音と共に3条の砲撃が放たれる。 それらは各々が僅かに異なる角度を以って放たれ、数瞬後に飛翔角度を偏向すると、全く同一の地点へと収束した。 即ち、微動だにせず鎮座する、数十機のR戦闘機群の只中へと。 「不味い・・・!」 それは、誰の放った言葉だったか。 その声とほぼ同時、R戦闘機群の中央付近で、膨大な衝撃を伴う金色の光が爆発する。 巨大な力に押されるままに、後方へと弾き飛ばされる攻撃隊。 轟音に麻痺した聴覚が回復し、カメラアイを焼かんばかりの閃光が収まった頃、ディードは漸く着弾地点を確認する事ができた。 「・・・!」 凄絶な光景に、息を呑む各員。 跡形もなく吹き飛ぶか、或いは炎に沈み姿の視認できない数機のR戦闘機。 その数、凡そ7機。 だが、ディードの意識を引き付けたのは、噴き上がる業火でも、散らばるR戦闘機の残骸と思しき鉄塊でもなく。 「何故・・・?」 反撃の素振りすら見せずに鎮座し続ける、着弾地点周辺の数十機のR戦闘機群だった。 衝撃に煽られ、爆炎に焼かれ、機体に損傷を負いつつも、浮遊し戦闘機動へと移行する様子は微塵も見受けられない。 その事実が容易には受け入れられず、ディードは自身の目を疑いつつ、数秒ほど眼下の爆炎を見据え続けていた。 「何で・・・反撃しない?」 「する訳がない」 呆然と呟かれたオットーの言葉に、間髪入れず返される声。 驚きと共に集中する視線の先で、翳していた左手を下ろしたフェイトが冷然と言葉を紡ぐ。 「如何いう事です?」 「彼等が・・・地球軍がバイドの存在する領域に戦力を放置し、あまつさえ警戒態勢を解く事なんて有り得ない。敵を前に無防備な状態を晒すなんて、彼等には・・・「地球人」には有り得ない」 「それは・・・」 「つまりこれは、もう「地球軍」じゃない」 そう言いつつR戦闘機群の一部、最も手前に位置する数機をデバイスで指し示すフェイト。 彼女の誘導に従い視線を投じ、ディードは視界に機体の一部を拡大表示する。 そして、その異常に気付いた。 「・・・破損?」 「違う、これは・・・」 呟かれた言葉に、オットーが補足を加える。 更にデバイスを通して機体を解析していた隊員が、驚愕の声を上げた。 「何だ、こりゃあ・・・」 「どうしたの?」 「此処の機体・・・どいつもこいつもスクラップ同然だぞ」 「何ですって?」 「見ろよ」 隊員のデバイスより投射された空間ウィンドウへと、ディードは視線を投じる。 拡大表示されたR戦闘機の解析結果は、意外な事実を示していた。 「・・・メインノズルが、無い?」 「あの機体はな。こっちはサイドスラスター、あれはミサイルユニット・・・向こうの奴に至ってはキャノピーすら無い」 次々と明らかになる、機体各部位の欠落。 兵器として実戦投入するに当たっては到底、有り得る筈の無い状態。 呆然とキャノピーの無いR戦闘機を見つめるディードは、隊員の1人が上げた声に対し過敏なまでに反応した。 「おい、あれを見ろ!」 ディードは振り返り、その隊員が指差す方向へと視線を移す。 その先、広大な空間を満たす劣悪な大気にぼやける様にして、無数の影が浮かび上がっていた。 目を凝らし、光学処理の精度を上げる。 鮮明となった情景はディードに、とある確信を与えた。 「・・・そうか」 「ディード?」 その呟きに、オットーが訝しげに声を上げる。 ディードは答えず、ゆっくりと前進、降下。 メインノズル付近の内部構造物が剥き出しとなっているR戦闘機の傍らに立つと、その機体下部に据えられたカーゴの表層を見やる。 貼り付いた油膜の一部をツインブレイズの刃で剥ぎ取り、露わとなった電子表示。 第97管理外世界の言語であるそれを解析・翻訳し、ディードは念話としてそれを読み上げた。 『No.5531 解体・廃棄処分』 『廃棄?』 聞き返す念話は隊員のもの。 フェイトは未だ黙して語らず、オットーもまた無言のまま。 ディードは視線を上げ、遥か前方に鎮座する鉄塊の群れを見据えて言い放つ。 『此処は、処分場なんだ』 彼女の視線、その先に鎮座するは無数の残骸。 巨大な水上艦艇、人型機動兵器、元の原形すら判然としないまでに捩じれた巨大な鉄塊。 その全てが酷く破損し、ひと目で起動など不可能と解る状態だった。 ディードは、先ほど感じた「死」の匂い、その根源に気付く。 此処は機能を停止した機械達の、謂わば「墓地」なのだ。 正常な機能を、存在する意義を喪失した機械群が送られる、終焉の地。 それらはこの地で跡形もなく解体・粉砕され、更に無数の工程を経て、最終的には僅かな痕跡すら残さずに葬り去られるのだろう。 無機質でありながら、同時に絶対的な「死」の気配。 生命活動を行う上で決して欠かせない本能からの警告、即ち「死」に対する畏怖を誘発するそれは、根源となる存在が生物か非生物であるかを問わない。 例えば、原形を留めぬまでに破壊された車があるとする。 その完全に潰れ、一枚の金属板となった乗員席を目にした時、人は否応なく「死」を連想するだろう。 其処に明確な「死」を表す存在、即ち乗員の遺体、若しくは血痕などが存在せずとも、人は半ば無意識の内に連想される「死」の概念に恐れを抱くのだ。 この精神作用は奇妙なもので、日常生活に於いては凡そ生命体の「死」とは無縁に思える場面、その随所で人間の意識を苛む。 日常でありながら非日常と隣り合わせの情景、人という存在の入り込む余地の無い空間、常ならばあるべき人の姿の無い空間など、それこそ枚挙に遑がない。 早朝の無人の街角。 工場に蠢く無数の機械群。 打ち捨てられた人形。 昏い水底へと続く階段。 溶鉄を吐き出す転炉。 幾重もの唸りを上げる重化学プラント。 埋立地に積もる塵の山。 煙突より立ち昇る黒煙。 高度文明の負の面が集積する、廃棄物処理場。 『つまり、此処はゴミ処理場って事か』 隊員の念話と共に、攻撃隊は周囲のR戦闘機群を調査すべく、各々が別地点へと散開した。 それほど距離を開けず、しかし過剰に密集する事もない。 この機会を幸いと、誰もが「敵性」軍事技術に対する情報収集を開始する。 デバイスを用いての解析精度など高が知れてはいるが、無駄になる事もあるまいとの考えからだった。 隊員達が各方向へと散り行く中、ディードはオットーを呼ぼうとしたが、彼女が1機のR戦闘機に掛かり切りとなっている事を察するや、別の調査対象を探して歩み出す。 そして数歩ほど足を進め、靴底に糸を引く油膜の存在を思い出すと、顔を顰めて飛翔へと移った。 彼女が目指すは、他とは造形を異にする奇妙なR戦闘機。 その機体の傍らへと降り立ったディードは、その異様な外観を眺めながら、ゆっくりと周囲を回る。 ほぼ漆黒の機体に、試験管にも似た青いキャノピーを備えたその機体は、一見したところ特に重大な損傷を負ってはいないかの様に思えた。 しかし、ほぼ正面へと回った時、ディードはキャノピーに走る無数の罅、そしてそれらのほぼ中央に開いた30cm程の穴の存在に気付く。 彼女は宙へと浮かび上がり、何の気なしにその穴を覗いた。 所詮は単なる残骸、そう思っての行動だったが、キャノピー内部を覗いた瞬間、その思考は後悔に支配される。 「・・・ッ!」 瞬時に青褪め、口元を手で覆うディード。 キャノピー内部は、凄惨としか云い様のない有様だった。 左右のグリップを握る2つの手、固定された脚。 それは良い。 廃棄される筈である機体内に人間の姿がある事、それ自体が異常だが、まだ許容できる。 問題は、その人間の状態だ。 その人物は、左右の手首と両脚とを繋ぐ部位が無かった。 腕も、胴も、その上に鎮座すべき頭部さえも。 あるべき人体の部位が根こそぎ消し飛び、代わりにパイロットシートに穿たれた直径30cm程の穴と、キャノピー内部にこびり付いた大量の黒い染みだけがあった。 グリップを握ったままの手首からは、どす黒く変色した骨格の一部が覗いている。 「ぐ・・・!」 耐え切れず、ディードは素早くキャノピーより飛び退くと、そのまま床面へと崩れ落ち嘔吐した。 胃の中のものを残らず吐き出し、出るものが胃液のみとなっても、嗚咽は止まらない。 余りにも鮮明に襲い来る、明確な「死」のビジョン。 クラナガン西部区画に於いて体感したそれすら凌駕する悪寒が、容赦なくディードの精神を蝕む。 嘗て管理局を相手取り闘っていた頃には意識に上りもしなかった「死」という可能性を眼前に叩き付けられ、彼女は自身が狂気と殺意の渦巻く戦場に居るのだという事実を改めて、しかしそれまでとは明確に異なる意識を以って再確認した。 地球軍の心境が、僅かながら理解できた気がする この戦場に於いて、人間としての尊厳や生命など、何ら価値を持ち得ないのだ。 彼等はこんな無残な死を、バイドによる殺戮を幾度となく目にしているのだろう。 だからこそ、あれ程までにバイドを憎悪し、敵対する者をいとも容易く塵殺し、自らの生命さえ軽視する事ができるのだ。 彼等にしてみれば、実に単純な事。 殺さなければ、殺される。 敵であるとの疑いが生じたならば、他の一切を差し置いても先制攻撃を仕掛け、塵も残さず殺戮し尽くす事だけが、彼等にとっての生き残る術なのだ。 そうやって彼等は、バイドとの熾烈な生存競争を生き抜いてきたのだろう。 彼等にとっての闘争とは、敵性体の殲滅こそが全てなのだ。 だが、捕虜となったパイロットの証言を信じるならば、それ程までしてでも第97管理外世界の命運は風前の灯であるという。 地球軍の技術が進化するに合わせ、バイドもまた進化を以って対応する。 それに対し地球軍は更なる技術革新を為し、バイドも更なる進化を以って対抗。 際限なく繰り返されるその破滅的なサイクルは、互いの持つ力を常軌を逸した領域にまで押し上げた。 それでもバイドは常に地球軍の戦力を凌駕し、絶対的優位を保っている。 兵器単体の性能がバイド攻撃体を上回ったとして、全てのバイドを滅ぼすには至らない。 奴等は無数の次元、無数の宇宙に存在し、今この瞬間も尚、その数を増やし続けているのだ。 時空管理局本局に於いて視聴した聴取記録を思い起こし、ディードは背筋に寒気を覚える。 地球軍が倫理や道徳を捨て去ってまでして拮抗し得ない存在を前に、管理局が抵抗などできるものであろうか。 管理局は、この事実をどう捉えているのか。 そんな疑問を抱くと同時に、ディードはフェイトの考えを確信と共に理解する。 心を閉ざしたかの様な彼女の冷徹な態度を、ディードは作戦開始前より気に掛けていた。 それからというもの、戦闘の最中を除けば常にその事について思考を重ねていた彼女であったが、漸くその真意へと思い至ったのだ。 恐らく彼女は、管理局と地球軍の間に存在するこの決定的な差異に、逸早く気付いたのだろう。 この件に対する管理局の認識は、飽くまで「ロストロギア」バイドの暴走と、未開の次元世界による侵略行為としてのものだ。 上層部の思惑はまた違うのかもしれないが、少なくとも大多数の局員はそう捉えている。 クラナガンに於いて30万超もの犠牲者を出して尚、あの惨劇はロストロギアと違法な質量兵器、時空管理局法に無理解な第97管理外世界によって引き起こされた「事件」として認識されているのだ。 だが、地球軍は違う。 彼等にしてみればこの戦いは当初より、自己の生存を賭けた対バイド戦線の延長、即ち「戦争」なのだ。 「事件」に対応しようとする管理局と、「戦争」を行う地球軍との間には、絶対的な隔たりがある。 軍隊と相対するのは、何も管理局にとって初めての事ではない。 過去に幾度となく、彼等は魔法・質量兵器を問わず武装した軍隊と渡り合っている。 しかしそれらは、敵対世界が技術的に劣るケースが殆どであった。 仮に管理局が魔法技術体系の面で劣る事はあっても、絶対的な戦力差と巧妙な政治的交渉を背景に、最善と思われる形で管理世界への加盟を実現させてきたのだ。 だが地球軍は、そのいずれとも違った。 魔法技術体系を全く有さないにも拘らず次元世界へと進出し、しかも純粋科学技術からなるその軍事力は、唯の一個艦隊の戦力にも拘らず、本局及び地上本部を完膚なきまでに追い詰める程。 魔法を圧倒し、戦力差を覆し、強大な力で以って魔導師達の誇りを捻じ伏せた。 何もかもが管理世界の持つ認識、そして経験を逸脱している。 地球軍に対し管理世界の常識は通じず、地球軍の認識もまた管理世界には受け入れられない。 質量兵器にて武装した、強大な軍隊。 これまでと同じく、管理世界はその存在を許しはしないだろう。 そして自らを守る盾であり、敵を屠る剣である質量兵器を放棄する事を、第97管理外世界は頑として拒否するだろう。 その先に待つのは絶対的な決裂、決して重なり合う事の無い平行線だけだ。 恐らくフェイトは、自身を責める中で地球軍に対する分析を繰り返し、誰よりも早くその事実に到達したのだろう。 だからこそ当初より地球軍に対し敵意を剥き出しにし、牙を研ぎ続けてきたのだ。 平和的解決など望むべくもない事を悟り、しかしそれに対し一切の戸惑いも抱く事なく、只管に復讐の為の力を蓄えて。 そしてもう直、その機会は訪れるだろう。 彼女の前に、真に地球軍の運用するR戦闘機が現れる時。 その瞬間こそが、彼女の復讐が幕を開けるのだ。 そして上手く事が運べば、彼女自身の復讐を成すと同時に、管理局と地球軍の間に存在する明確な隔たりを、管理世界の共通認識とする事ができるかもしれない。 地球軍の主力兵器たるR戦闘機が魔導師によって撃破可能であると改めて証明できれば、管理局による第97管理外世界への強制執行の実現にも拍車が掛かるだろう。 となれば、その対象が21世紀の地球であろうが、22世紀の地球であろうが、地球軍は必ず武力抵抗に出ると予想される。 その時、管理世界の認識が「事件」であるか「戦争」であるか、それが状況を決定するだろう。 フェイトの狙いは、この作戦中に全局員の認識を「戦争」へと移行させる事だ。 それこそは被害を最小限に抑える為の最善の策であり、管理局が理念を達成する為の布石でもある。 このままでは、管理局に勝ち目など無い。 だが、此処で管理局全体の認識を変質させる事ができれば、少なくとも総合的に地球軍と対等にはなれるだろう。 自身達の世代では「戦争」が決着する事は無いかもしれないが、数十年、或いは百年といった長期に亘って見れば、十分に拮抗状態を維持する事ができるかもしれない。 最悪、目に見える形で管理局が勝利できずとも、負ける事さえなければ自然と組織は変容する。 地球軍という脅威が存在する事を知りつつ管理局が存続するとなれば、それは組織全体がその脅威に対応できるだけの力を有するものへと変容している事を意味するのだ。 此処で自身達が斃れても、その意思を継ぐ者達は幾らでも存在する。 極論してしまえば、次元航行艦等の戦力は幾らでも補充可能だ。 対峙する時間が長ければ、減少した魔導師の数も回復する。 長期的な視野で状況を捉えれば、状況が長引けば長引くほど管理局が有利なのだ。 無限の次元世界に存在する豊富な資源、そして人材。 地球軍の軍事技術に対する解析が進めば、その手は各世界の深宇宙にも伸びるだろう。 そして何よりも、管理局の持つ信念の強さは、地球軍のそれとは比較にならないものであると断言できる。 精神論ではないが、彼らの熱意は状況を打開する為に大いに役立つ事だろう。 フェイトは、未来に拡がる可能性を信じているのだ。 そんなフェイトの予測を理解しつつ、しかし同時にディードは自身の意識の片隅で、酷く冷ややかな声が響いた事を自覚した。 それは、大義などとは切り離された、一個の生命体としての本能の声。 ディードという個人としての、実に真っ当な思考。 そんな大義の為に、私達は馬鹿げた力を持つ存在に相対するのか? フェイトはまだ良い。 家族の安否は気に掛かるだろうが、それでも彼女は自身の信念に基き、満足して死ねる事だろう。 では、オットーは? 最愛の双子の姉は、その大義を知る事もなく、地球軍に挑んで死ぬ事を良しとするのか? 他の隊員達は? バイド制圧を目的として作戦に参加した彼等は、突発的に始まるであろう地球軍との戦いを受け入れられるのか? 自分は? 姉が死に、周囲の者が死に、知覚せぬ場で姉妹達が死んでも、果たして納得できるのか? 他人が勝手に始めた戦争で、私達は殺されるのか。 変わったな、とディードは自嘲する。 自身は、確かに変わった。 戦う事に意味を求めるなど、以前は無かった事だ。 だが今は、死にたくない、周囲の人々を失いたくはないと考えている。 それが自身の納得できない事象によるならば尚の事だ。 実際のところ、現在の管理局はほぼ2つの派閥に分裂し掛けている。 共にバイドを制圧するという認識は同一だが、その後の展望がまるで違うのだ。 第97管理外世界に対する強制執行を断行すべし、との主張を繰り返す強硬派。 バイド制圧後に交渉のテーブルを設け、叶うならば相互不干渉条約を結ばんとする穏健派。 其々の派閥が火花を散らし、互いに睨み合っているのが現状だ。 現在のところ、穏健派が主流ではある。 クラナガンの惨状を目にした各管理世界は、圧倒的な軍事技術を有する地球軍との衝突を望んではいない。 望んで業火に飛び込む者は居ない。 余計な被害を避ける為にも、互いに不干渉を貫くべきだ。 恐らくは地球軍も、バイド以外に余計な外患を抱えたくはないだろう。 彼等は、そう主張した。 対して強硬派は、飽くまで第97管理外世界に対する管理局法の適用に拘る。 余りに多くの犠牲を生んだ首都クラナガンを有するミッドチルダ全域の支持を受けた彼等は、質量兵器にて武装した巨大軍事組織の存在など、断固として許容しないと声高に叫んだ。 地球軍が道義を解しない無法者の集団である事は、クラナガンの惨状を見れば明らか。 ならば即刻、21世紀の第97管理外世界に対し強制執行を敢行し、その技術発展を防ぐべきだ。 地球という惑星を制圧する事で地球軍の動きを牽制できる上、同一時間軸上の存在であれば地球軍の存在自体に変容が生じ、可能であれば抹消すらできるかもしれない。 たとえそうでなかったとしても、今現在に於いても危険極まりない質量兵器を大量に生産し続けている第97管理外世界は既に、管理世界にとって重大な脅威である。 当該世界の住人達が質量兵器の廃絶に賛同する可能性は極めて低く、ならば武力を背景として実質的な管理下に置く事によって、その生産能力を奪うしかない。 そして、縦しんば22世紀の第97管理外世界との本格的な交戦状態に移行したとしても、次元航行部隊が戦略魔導砲アルカンシェルを有している以上、破滅的な戦略攻撃は抑止できる。 その上で敵性技術を解析し、地球軍を末端から切り崩せば良い。 彼等は、そう嘯く。 ディードとしては、穏健派に同調していた。 管理局が如何に巨大な組織であろうと、関わるべきでない事象というものは存在するのだ。 組織の許容範囲を超える事象に手を出す事は、それ即ち破滅を意味する。 管理局が崩壊すれば次元世界は未曽有の混乱に陥るであろう事は容易に想像が付く上、その中で姉妹や知人達が無事でいられる保証もない。 況してや、万が一にでも再びバイドの様な敵が現れた際、今回のような大規模制圧作戦の実現など望むべくもないだろう。 それ以前に今作戦の成否さえ未だ不透明であるというのに、地球軍への対応を考えるなど時期尚早だ。 少なくとも、彼女はそう判断していた。 対してフェイトは、明らかに強硬派寄りだ。 地球軍の存在を許さず、飽くまで管理局の理念に則り裁こうと考えている。 無論、其処にはスクライア無限書庫司書長及びシグナムの負傷、そしてクラナガン31万の犠牲者存在が影響している事は間違いない。 だがそれでも、ディードは考えてしまう。 フェイトは、本当に冷静であるのか。 復讐心に突き動かされるまま、勝ち目の無い戦端を開こうとしているのではないのか。 穏健派の動きを封じる事に気を取られ、自身ですら意識し得ない無謀を行おうとしているのではないのか。 どうしても、その危惧が脳裏から離れないのだ。 口元を拭い立ち上がると、ディードは軽く首を振りつつ余計な考えを打ち消す。 今はこの施設からの脱出、そしてバイド制圧こそが急務だ。 将来に不安を抱くのは、作戦終了後でも問題は無い。 もう一度、キャノピーに穴の開いたR戦闘機を見やるディード。 何故、廃棄される機体内部に死体があるのか、不審な点が多々残るそれ。 一刻も早くオットー達と合流し、この機体に対する調査を行わねば。 そう考え、背後へと振り返るディード。 そして彼女は、そのまま動きを止めた。 「・・・オットー?」 呟かれた声に、答える者は存在しない。 更に念話を発してはみたものの、こちらも何らかの要因により返答は無かった。 だが、それも当然の事だ。 彼女の視界に、双子の姉の姿は無かった。 金色の刃を振るう、執務官の姿も無かった。 共に戦っていた4名の攻撃隊員、その誰1人の姿も無かった。 彼女の眼前に拡がるのは、唯一つ。 「何で・・・」 僅か数m先に聳え立つ、巨大な鉄製の壁だけだった。 「オットー!?」 堪らず壁面へと走り寄り、拳を叩き付けて叫ぶ。 しかし、返事は無い。 数分前までは、確かに存在などしなかった筈の鉄壁だけが、無情にもディードの拳を弾き返す。 「オットー! ハラオウン執務官! 誰か!」 壁面を叩きつつ、更に叫ぶ。 だがそれでも、答えが返される事は無い。 沸き起こる悪寒に押される様にして、ディードは更に激しく壁面を打った。 その時、拳の当たっていた面が、微かな音と共に崩れ落ちる。 ディードは尚も壁面を叩こうとしていた腕を止め、その崩れ落ちた部位を見やった。 「・・・これは?」 そして、暫し呆然とそれを見詰め、数秒して手を伸ばす。 崩れた壁面の中から覗く、酷く傷んだ配線。 その束を握り締め、渾身の力で以って引く。 更に広い範囲で壁面が崩れ、細かな錆びた金属片と比較的大きな鉄塊、元が何であったかも判然とせぬ小さな部品が床面へと散らばった。 それらへと視線を走らせ、ディードは呟く。 「何、これ・・・?」 配線、鋲、メーター類。 嘗ては何らかの機械類を形成していたであろう、多種多様の金属塊。 タイヤのホイール、シャフト、スクリュー、ファン。 明らかに車両、若しくは小型水上船舶を構築していたであろう部品群。 イヤリング、ブローチ、腕時計。 顔も知らぬ誰かが身に着けていたであろう、数々の装飾品。 そして、何よりディードの目を引いたものは。 人工歯、人工骨、人工関節、ペースメーカー、機械式の義眼。 黒ずんだ液体の跡がこびり付いた、嘗ては誰かの体内に存在したであろう、人工の生体組織。 「ひ・・・!」 思わず声を漏らし、後ずさるディード。 だが彼女は、それに気付いた。 気付いてしまった。 突如として出現した巨大な壁面、その至る箇所から覗く無数の破片に。 「あ・・・」 明らかに車のヘッドライトと分かるもの。 壁面に取り込まれる様に、ボンネットの先端だけを覗かせている。 エア・コンディショナーの室外機。 良く見れば、ファンがまだ回転している。 圧縮されたヘリコプターの残骸。 潰れたコックピットの隙間より伝う幾筋もの黒い液体の跡が、内部の様相を物語っている。 そして、大量の「デバイス」。 ストレージ、アームド、ブースト。 多種多様、形態を問わず大量のデバイスが、壁面に埋め込まれていた。 それらの点灯部が微かに、しかし一斉に明滅を始める。 ディードの意識へと、強制的に介入する念話。 魂なき無数の声が、ディードの意識へと響き渡る。 『Help』 「あ・・・あ・・・」 『Help my Master』 『Please help our Masters』 「嫌・・・」 『Help』 『Destroy』 『Please hurry』 「嫌・・・!」 『Destroy us』 『Please』 『Kill us』 『Now』 「嫌ぁ・・・!」 主の救出、そして自らの破壊、即ち「死」を望む、何十、何百というデバイス達の声。 ディードは両の掌で耳を覆い隠し、小刻みに首を振る。 とても理解などできない「死」への渇望に満ちた無機質な声に、彼女は心底より恐怖していた。 後退さるディード。 と、彼女のブーツが何かを踏み付けた。 奇妙な感覚に恐る恐る下を向けば、細い鎖に通された2枚の金属板、そして幾つかのリング。 彼女のカメラアイは、それらの表面、そして裏面に刻まれた文面を、正確に読み取っていた。 『時空管理局 第75管理世界駐留部隊 第4航空隊 イリス・バーンクライト空曹長 Age19』 『C to I 永遠の愛を誓って』 『U and M パパとママへ 結婚40年目のお祝いに』 『リースへ パパとママから 10歳の誕生日おめでとう』 黒い染みに侵食されたそれらの有り様は、持ち主の辿った末路を連想させるには十分に過ぎた。 更に表情を凍り付かせたディードの意識に、更なる声が響く。 『Please eliminate us』 『Hurry・・・now』 『Please』 「嫌あああぁぁぁぁッッ!?」 ディードは最早、間欠泉の様に湧き上がる恐怖を抑える事ができなかった。 彼女の意識を構築するありとあらゆる精神構造が恐怖に塗り潰され、その肉体を強制的に突き動かし、迫り来る「死」の予感からの逃避へと駆り立てる。 尚も呼び掛けるデバイス達の声を振り切る様にして身を翻し、ディードは無数の残骸から成る鉄壁に背を向けて駆け出した。 だが直後、突如として響きだした高音に、思わず足を止める。 そして、その音の発生源へと視線を向けた時、彼女は悟った。 これは、復讐なのだ。 利用され、打ち捨てられ、勝手な都合によって破棄された機械群による、人間への復讐。 自身も、そう思っていたではないか。 他人の勝手な都合で殺されるのか、自身はその事実に納得できるのか。 できる筈がない。 未だ余命を残しつつ、他人の都合によって「死」を強要されるなど、真に耐えられる人間など存在する訳がない。 では、彼等は。 機械はどうなのか。 創造主の勝手な都合によって造り出され、勝手な都合によって廃棄される彼等は。 自らの運命を、真に受け入れているのか? 機械に自由意志など無い。 そんなものを機械に持たせる事は、余りにもリスクが大き過ぎる。 揺らぐ事の無いその事実を理解しつつもディードは、復讐という言葉を連想せずにはいられなかった。 何より、彼女の眼前に展開する光景は、雄弁にその思考を肯定している様に思えたのだ。 「ごめんなさい・・・」 知らず、そんな言葉が零れる。 ディードは、その機械群を知っていた。 知らない筈がない。 彼女達は、正確には彼女達の創造者は使い捨てを前提として、それらを大量に前線へと投入していたのだから。 湯水の如く使い捨てられるそれらの末路を、姉妹の誰もが知ろうともしなかった。 だからこそ、彼女は恐怖する。 彼等の怨嗟に満ちた言葉が、怨恨の視線が、自身を射抜いているかの様な感覚。 もはや彼女は、逃げようとする意思すら挫かれていた。 「ごめ・・・なさい・・・!」 溢れ返る絶望と共に紡がれる、謝罪の言葉。 だがそれらは、答えを返す事をしない。 震え、腰を抜かし、ツインブレイズを取り落とす彼女の眼前で。 キャノピーに穴の開いたR戦闘機と数十機の「ガジェット」群が、その砲口に光を宿していた。 数瞬後。 ディードの華奢な身体を、膨大な光の奔流が呑み込んだ。 * * 鼓膜を劈く様な悲鳴が、広大な空間に響き渡る。 だがそれは、連続した爆発音と金属の衝突音によって掻き消され、忽ちの内に意識の外へと追いやられた。 「オットー、上!」 フェイトが叫ぶや否や、ISレイストームの緑の光条が、上方より迫り来る巨大な影を貫く。 爆発。 飛び散る金属片を異に解する事もなく、フェイトはプラズマランサー6発を斉射。 それらは各々に異なる目標へと飛翔し、6体の異形を消し飛ばす。 爆炎が視界を覆い、しかし後方からの風によりすぐさま晴れた。 その後に残る光景に、フェイトの頬を一筋の脂汗が伝う。 「遅かった・・・!」 「不味いですね。このままでは退路を断たれます」 隊員の言葉に、フェイトは頷いた。 晴れた爆炎の向こう、異形の撃破地点。 其処には巨大な鉄製のブロックが、巨大な鉄柱を形成していた。 様々な鉄製品のスクラップが、巨大なブロックとして構造物を成している。 それは、一瞬の事だった。 各員がR戦闘機の残骸を調査していた最中、オットーが異常に気付く。 ディードとの念話が繋がらず、彼女の向かった方向を見やれば、巨大な鉄製の壁が空間を隔てていたのだ。 すぐさま壁へと駆け寄り、その壁面を叩きディードの名を叫び始めるオットー。 更に1人の隊員がデバイスの解析モードを起動したまま壁面へと接近し、その表層を調査しようとする。 それが、間違いだった。 空を切る音。 巨大な影が隊員の傍を掠め飛んだ直後、彼の絶叫が上がった。 誰もが驚きその方向を見やれば、空中に1本の太い「線」が描かれているではないか。 それが鉄製の構造物であると理解した瞬間、またも「線」が、今度は床面から上部構造物へと垂直に描かれた。 誰もが呆然とその現象を見守る中、悲鳴の様な念話が発せられる。 『脚が・・・脚が! 挟まれた! 動けない!』 即座に2名が救助に向かうも、その瞬間から無数の鉄柱が攻撃隊を目掛け伸長を始めた。 その速度たるや、空戦魔導師の飛行速度を完全に凌駕している。 すぐさま鉄柱の迎撃が開始され、その過程で「線」を描く存在の正体を知り得たのだ。 それは、巨大な蟲としか云い様が無かった。 機械ではあるが、その造形たるや醜悪な昆虫を思わせる。 幅8mはあろうかというそれが、廃棄物で構成された鉄製のブロックにより鉄柱を構築しつつ、凄まじい速度で突進を行っていたのだ。 幸いな事にそれらの耐久性は、外観に反し然程でもなく、容易に撃破が可能であった。 しかしその速度と数に押され、攻撃隊は徐々に迫り来る廃棄物の壁に追い詰められてゆく。 既にR戦闘機群は鉄塊によって押し潰され、広大であった筈の空間はその6割近くが構造物に覆われていた。 逃げ場もなく、かといって迎撃速度が上がる訳でもなく、攻撃隊は迫り来る壁に対し間断ない斉射を行う以外に、現状を切り抜ける術を持ち合わせてはいなかったのだ。 「この・・・!」 攻撃を続けるフェイトの背後、一際大きな悲鳴が上がる。 隊員からの念話、救助を完了したとの報告。 僅かに視線を背後へと投げ掛ければ、膝下を切断され呻く隊員の姿。 フェイトはすぐさま正面へと向き直り、ライオットブレードを振るう。 接近中の蟲が魔力の刃によって切り裂かれ、後方構造物までもが切断されて崩れ落ちた。 だが、足らない。 迫り来る壁を破壊する間に、その倍近い構造物が生成されるのだ。 このままでは攻撃隊は、あと数分と保たずに押し潰されるだろう。 「く・・・!」 「どうするんです、執務官!? このままでは全員潰される!」 「分かってる!」 更にプラズマランサーを放ちつつ、フェイトは苛立たしげに声を返した。 余りにも苛烈な突進攻撃に、大規模砲撃魔法の準備に移行する事ができない。 カバーする人員も足らず、フェイトが迎撃陣を抜ける猶予など、僅かたりともありはしないのだ。 「どうすれば・・・!」 呟きつつも、迎撃の手が緩む事はない。 だがそれでも、壁は徐々に距離を詰めてくる。 こんなところで終わりなのかと、フェイトの意識に焦燥と憤りが湧き上がった、その時。 背後より、オットーと隊員の声が上がった。 「みんな、こっちへ!」 「床にダクトが! 早く中へ!」 その言葉に、フェイトは傍らの隊員へと念話を送る。 先に行けと促し、自身は更に迎撃の弾幕密度を上げた。 そして十数秒後、彼女の脳裏へと声が飛び込む。 『全員、ダクト内に移りました!執務官も早く!』 『私は良いから先に! 数を減らしてから行く!』 最寄りの敵を8体ほど撃破すると、フェイトは身を翻し雷光の如くダクトを目指した。 一辺が2m程の正方形のそれへと、フェイトは減速する事もなく飛び込む。 変化した大気圧の壁にぶつかり、一瞬ながら視界が眩むもすぐさま回復。 下方へと垂直に延びるダクト内部を高速で翔けながら、先行する隊員達へと念話を送る。 『そちらの様子は?』 『200m下方、通路に出ました。先程の回廊とほぼ同じ広さです。敵影なし、負傷者の治療を・・・』 其処で唐突に、隊員の念話が途絶えた。 途端、フェイトの意識が更に研ぎ澄まされ、彼女は再度念話を放つ。 『こちらハラオウン、応答せよ。何があったの』 『・・・こちらオットー。聞こえますか?』 『聞こえる。状況を知らせて』 そして返ってきた言葉は、フェイトに歓喜と焦燥とを齎した。 待ちに待った瞬間、復讐の時。 『接敵した・・・R戦闘機、急速接近!』 その念話を受け取るや否や、フェイトは身体の上下を入れ替え、ライオットブレードを上段へと振り被った。 背後で刃先がダクト内部を削り、壮絶な火花を散らす。 だがフェイトは、それを気に留める素振りすら見せない。 唯一言、念話を発しただけだ。 『総員、壁際へ』 次の瞬間、フェイトは全力でブレードを振り下ろす。 狭いダクト内部、その刃先は振り切られる前に壁を削って止まる筈だった。 だが、刃がダクト内にて垂直となった、その瞬間。 バルディッシュは、一瞬にしてライオットザンバー・カラミティへと変貌していた。 雷光を纏う二又の大剣が、轟音と共に目前の壁を容易く切り裂く。 そして、フェイトの視界がダクト内部から通路へと移行すると同時。 振り抜かれたカラミティの巨大な刃が、上部構造物を突き破ってR戦闘機へと襲い掛かった。 「ッ・・・!」 大量の金属構造物を散弾の如く撒き散らしつつ、R戦闘機へと襲い掛かる二又の刃。 必殺と思われた一撃はしかし、接触直前にR戦闘機がサイドスラスターを作動させ数十mを平行移動した事により、通路を破壊するに留まった。 刃が床面を粉砕すると同時、想像を絶する轟音と衝撃が、攻撃隊とR戦闘機、そして攻撃の実行者たるフェイトをも襲う。 音速を優に超えた鉄片が肌を切り裂き、バリアジャケットをも貫かんとする中、フェイトはカラミティを振り抜いた体制のまま床面へと着地し、微動だにせず敵機を見据えていた。 そして、徐に口を開く。 「・・・流石に、この程度じゃ墜とせないか」 そうして彼女は、ゆっくりと立ち上がると、右手一本でカラミティを横薙ぎに振り抜いた。 隊員からは退がれとの警告が届くが、フェイトはそれらを無視。 こちらの様子を窺っているらしきR戦闘機に切っ先を向け、言葉を紡ぐ。 「こちらは時空管理局」 R戦闘機は動かない。 漆黒の機体、漆黒のキャノピー。 そのまま闇に溶け込みそうな配色だが、上部の僅かな白い装甲が光を反射していた。 フェイトは敵機を観察しつつ、更に言葉を繋げる。 警告ではなく、既に決定された事項を伝える為に。 「地球軍に告ぐ。これより我々は時空管理局法に則り、質量兵器の排除を開始する。以上」 それだけを伝えると、フェイトは一切の前触れ無くR戦闘機との距離を詰め、カラミティを振るう。 横薙ぎの一撃を、敵機は垂直上昇とフロントスラスターによる急速後退を以って回避。 そのままフェイトへと背を向け、通路の奥へと向け加速する。 舌打ちをひとつ、フェイトは念話を発した。 『追撃!』 『了解!』 即座に、攻撃隊はR戦闘機の後を追い、通路の奥を目指し飛翔を開始する。 しかし、曲がりなりにも相手は戦闘機。 速度の問題から、追い付くなど到底不可能である事は解り切っている。 何より、幾ら広大とはいえ、限定空間である通路。 真正面より波動砲を撃ち込まれれば、回避する術もなく全滅するだろう。 だが、フェイトは確信していた。 R戦闘機は、すぐにこちらを抹殺する事はない。 殺すのは「観察」が終了してからだ。 あの機体は今、より「観察」に適した場所を探している。 自身の安全を確保しつつ、こちらの「性能」を見極められる場所。 即ち、機体の機動性を確保できる空間だ。 そして、その予想は違う事なく的中する。 600mほど前進した地点、薄闇に包まれた空間。 R戦闘機は其処で、こちらに機体後部を向けたまま静止していた。 フェイトはバルディッシュを握り直すと、更に速度を上げる。 空間はかなりの広さを誇り、上下左右いかなる方向へと飛んでも接触の心配は無い様に思えた。 フェイトは、ノズルの近辺より発せられる微かな光を頼りに、一機に接近して袈裟掛けに斬り下ろそうと試みる。 そして、R戦闘機まであと100mと迫った、その瞬間。 『退がって!』 オットーからの念話に、フェイトは咄嗟に前進を中断した。 彼女とR戦闘機の間を、下方から上方へと突き抜ける、巨大な鉄塊。 そして次の瞬間、空間全体が照明によって照らし出される。 眩さに目を庇い、しかしすぐに光度慣れしたフェイトは、改めて目前のR戦闘機を見据え。 「え・・・?」 その機体が、先程のR戦闘機とは異なる事に気付いた。 「これは・・・!?」 機体の配色はほぼ同じながら、造形の細部が違う。 全体が一回りほど小さく、機体後部のエッジは先程のそれよりも短い上に本数も少ない。 左右のエンジンユニットの造形も大きく異なり、全体を覆う装甲板が存在していなかった。 そして、何より。 「ッ・・・!」 試験管にも似た、青いキャノピー。 その中央には30cm程の穴が開き、中からはグリップを握り締めたままの左右の手首、そして固定された人間の腰部以下の脚部が覗く。 胴部は無い。 パイロットシートに穿たれている黒々とした穴だけが、対峙する者にパイロットの末路を伝えていた。 そして機体下部の砲身、その砲口に青い光を放つ粒子が集束を始める。 「波動砲!」 攻撃隊、散開。 しかし、突如として頭上より降り注いだ大量の鉄塊により、彼等は迎撃の為に足を止めざるを得なかった。 見れば、頭上に3つの巨大な影が浮遊している。 「あれは・・・?」 それは、互いに酷似した造形を持つ、3機の大型機械だった。 其々が側面、または下方にエネルギーコアらしき部位を持ち、常にユニットの一部が重なる様にして機動している。 その異形は上部より大量の鉄塊、即ち廃棄物を放出し、有毒物質と重金属の雪崩を以って攻撃隊を押し潰さんとしていた。 降り注ぐ巨大な鉄塊の雨を躱し、小型のものは迎撃し、攻撃隊は必死の回避運動を続ける。 無論、フェイトも例外ではない。 膨大な魔力保有量に裏打ちされた大火力を生かし、頭上より落下してくる大型の鉄塊を迎撃。 しかし、重力により加速されたそれらは、破壊されてなお細かな破片となり、高速にて彼女の身体を貫かんと迫る。 フェイトは皮膚の其処彼処を切り裂かれつつもそれらを回避するも、更に執拗に降り注ぐ鉄塊によって、満足に攻撃行動へと移行する事ができない。 視界の端で集束する青い光に、彼女の内で幾重もの警告の声が響いた。 『このままじゃ・・・攻撃可能な者は!?』 『駄目です! 皆、回避で精一杯だ! 攻撃なんてとても・・・!』 回避行動を継続しつつ念話を交わす間にも、耳障りな高音と共に波動砲の充填が加速する。 死体を乗せたR戦闘機は位置を微調整し、その機首を真っ直ぐにこちらへと向けていた。 間に合わない。 フェイトは理解した。 一瞬後にはその機首より膨大なエネルギーの奔流が放たれ、自身等は跡形もなく消し飛ぶだろう。 その予想に違わず、R戦闘機の機体後部より光が洩れた。 反動制御の為か、機体後部のメインノズルに点火したのだろう。 敵機、砲撃態勢。 『散開・・・散開して!』 『無理です、動けない!』 『上方、更に落下物!』 隊員達は各々に砲撃の射界外へと逃れようと試みるが、しかしその動きは砲撃の充填速度と比して余りにも遅い。 誰の目にも、結末は明らかだった。 もう、間に合わない。 そして、遂にその瞬間が訪れる。 集束する青い光が、唐突に黄金色へと変貌。 光は一瞬にして膨張し、爆発的な解放へと向かう。 轟音と共に発射された砲撃が、落下する無数の鉄塊により形成される壁を貫き、フェイトの視界を埋め尽くして。 瞬間、その砲撃軌道があらぬ方向へとねじ曲がった。 「え?」 呆然と零れた声は一瞬。 フェイトの視界の中、金色の砲撃は急激に軌道を変更し、壁面へと着弾。 巨大な鉄製の壁面が一瞬にして消し飛び、同時に粉塵と爆炎の向こうから2基のミサイルが高速にて飛来する。 内1基は、波動砲を放ったR戦闘機から飛来した質量兵器の弾幕により撃墜されるも、残る1基はその機体左側面へと着弾、凄まじい爆発と共に装甲を跡形もなく破壊し、機体そのものをも数十mに亘って弾き飛ばした。 被弾したR戦闘機は業火を噴きつつも態勢を立て直し、こちらもまた2基のミサイルを放つ。 破壊された壁面へと向かって突進するそれらは、しかし次の瞬間、視界を塗り潰す閃光と轟音、そして衝撃と共に消滅していた。 だが、フェイトの意識を引き付けたのは、その事実ではなく。 「魔・・・力・・・?」 2基のミサイルを打ち砕いた雷光、そして全身を押し潰さんばかりに圧し掛かる「魔力」による重圧だった。 「まさか・・・!?」 粉塵の向こうより現れる、漆黒の機体。 空間すら歪めんばかりの魔力を纏ったその機体は、先程フェイト等の追撃を振り切ったそれ。 青い光の粒子を集束しつつ、交戦域へと侵入してくる。 フェイトの脳裏を過るは、本局にて確認した交戦記録、クラナガンにて確認された魔力を制御する機体。 冷静に思考すれば、目前の機体も、そして背後の機体も、クラナガンでの機体との明確な共通点があるではないか。 そして、クラナガンでの砲撃時に記録された、奇妙な幻影。 ロストロギア「闇の書」。 若かりし日の義母「リンディ・ハラオウン」、そして義兄「クロノ・ハラオウン」の幼き日の姿。 浮かび上がる複数の疑問。 地球軍パイロットの証言から浮かび上がった、1つの可能性。 それら全てが、フェイトの意識内を駆け巡る。 何故、嘗ての闇の書が投影されたのか。 何故、義母と義兄の幻影が現れたのか。 何故、あの機体は魔力を制御できるのか。 何故、この機体もまた魔力を纏うのか。 この機体と「クライド・ハラオウン」との関連性は? 「こちら時空管理局、執務官フェイト・テスタロッサ・ハラオウン! 応答を! 応答してください!」 咄嗟に叫ぶフェイト。 反応は無い。 攻撃隊から発言の真意を問い質さんとする念話が入り、目前のR戦闘機、「試験管」にも似た漆黒のキャノピーを持つそれが纏う魔力、その密度が更に高まっただけだ。 「お願い! 応答してッ!」 そして遂に、力は解き放たれた。 R戦闘機を中心に突風が吹き荒れ、フェイトは木の葉の如く吹き飛ばされる。 それでも何とか態勢を立て直し、驚愕と共に見上げた視線の先に、無数の稲妻が網目状に走った。 機体より炎を吹き上げるR戦闘機、そして頭上の大型機械が明らかな戦闘機動を開始すると同時。 魔力を纏うR戦闘機を中心に「広域天候操作魔法」が発動、数十条もの雷撃が周囲へと降り注ぐ。 身体を掠めんばかりの至近距離を貫く雷光に悲鳴が上がる中、フェイトは血を吐き出さんばかりに悲痛な声を上げ続ける。 彼の人を呼び戻す為に。 彼を待ち続けるたった1人の伴侶、たった1人の息子の許へと連れ帰る為に。 「クライド・ハラオウン提督! ・・・義父さんっ!」 無数の雷撃が、空間を埋め尽くした。
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広大な空間に響き渡る、不気味な轟音。 頭上を覆う合金製構造物の破片を除け、ギンガは周囲を見回す。 機械的強化の施された眼には、暗闇など僅かたりとも障害とはなり得ない。 非常灯の明かりすら消え、完全な闇に閉ざされたトラムチューブ内には、落下した構造物の破片以外には何も存在しなかった。 数十秒前に彼女達を襲った衝撃、それとほぼ同時に飛び込んだメンテナンス・ハッチから抜け出し、油断なく周辺の様子を窺う。 そうして、これといった脅威が存在しない事を確かめると、ギンガは背後のハッチへと声を飛ばした。 「周囲クリア・・・大丈夫よ」 その言葉を受け、ハッチ内部より這い出す5つの影。 スバル達だ。 影の1つ、ウェンディが周囲を見回しつつ、呟く。 「何だったんスか、さっきの・・・」 「あの化け物、もう此処まで来やがったのか?」 続いて発せられたノーヴェの言葉に、ギンガは微かに表情を顰めた。 ノーヴェの言葉が不快だったという訳ではない。 666と交戦中である筈のR戦闘機群はどうしたのかと、最悪の予想が脳裏を過ぎったのだ。 だがその思考は、続くランツクネヒト隊員の言葉によって否定される。 『放射能除去用ナノマシンが散布されている。どうやら外殻で核爆発が発生したらしい』 「核爆発!?」 スバルの上げた声に、ギンガもまた驚きを隠そうともせず隊員を見やった。 彼は床面に片膝を突いて周囲を見回しているが、同時にインターフェースを通じて膨大な量の情報を取得しているのだろう。 やがて銃口でトラムチューブの奥を指すと、無感動に状況を告げた。 『Aエリア外殻近辺でアイギスのミサイルが起爆したらしい。それ以上の事は分からない』 「アイギスって・・・まさか、汚染?」 『だろうな』 「冗談じゃない、Aエリアには生存者が集結しているんだぞ。彼等はどうなっている?」 『大多数は無事だろう。爆発の最大効果域は外殻に達していない。コロニーからの迎撃を感知した12発の弾頭が、回避不可能と判断して起爆したんだ。被害は受けたが、外殻の崩壊には至っていない』 「内部の人間は?」 スバルの問いに対し、隊員は口を噤む。 その沈黙こそが、彼女の懸念が的を射たものである事を雄弁に語っていた。 スバルは、更に問い掛ける。 「外殻が無事だとしても、あの衝撃は尋常じゃなかった。Aエリアの人員に被害が無いとは思えない」 『まあ、そうだろう。多少の犠牲者は出ている筈だ』 「・・・輸送艦の安否は?」 『不明だ。既にシステムの80%が沈黙している。こちらから港湾施設に行くしかない』 言いつつ、彼は強襲艇より持ち出した、自動小銃よりも2回り以上に大きな銃器の弾倉をチェックする。 見る者に威圧感を与える重厚な外観は質量兵器全般に共通するものだが、目前のそれは通常火器にしては幾分だが禍々しさに過ぎる印象が在った。 自動小銃に酷似してはいるが明らかに異なり、かといって散弾銃でもない。 未知の質量兵器に対する警戒心が、自己の意識へと反映されているのだろうか。 取り敢えず、ギンガはその銃器について尋ねてみる事にした。 「その銃、何か特別な機能でも?」 『唯のガウスライフルだ。バイド相手には気休めにもならないが、アサルトライフルよりかはマシだ』 「コイルガンの一種か」 『正確には炸薬との複合式だが』 グリップ後方に位置する弾倉を外して内部をチェックし、再度装着して初弾を装填する。 金属音、そして小さな電子音。 隊員は更に、同じく強襲艇より持ち出したバックパックから幾つかの部品を取り出し、見事な手際でそれを組み立てる。 完成したそれは、長さ40cm程の銃身下部に弾倉のみを備えた、奇妙な銃器だった。 彼はそれを、ガウスライフルの銃身下部へと固定する。 最後に、展開したウィンドウ上で幾つかの操作を終えると、彼は再度バックパックを装甲服に固定して立ち上がった。 其処で漸く、ギンガ達の視線が自身へと集中している事に気付いたらしい。 数秒ほど沈黙した後、何処か白々しく言葉を紡ぐ。 『唯の銃だ』 「初速は?」 『2930m毎秒』 呆れの混じった溜息を吐く者、沈黙のままに隊員を見据える者。 周囲の反応に、彼は些か戸惑っているらしい。 そんな彼へと、次々に浴びせられる言葉。 「それの何処を見れば「唯の銃」なんて言えるッスか」 「歩兵に持たせるなよ、そんな物」 「それはコロニーの中で発砲して問題は無いのか?」 「どう見たって魔法よりヤバいじゃない・・・」 『分かった、俺が悪かった・・・頼むよ、勘弁してくれ・・・』 周囲から相次いで放たれる野次に、彼はとうとう音を上げた。 微かに肩を落とし、スバル達から顔を背ける。 これまでになく人間味を感じさせるその素振りに、ギンガは微かな笑みを零す反面、何処か釈然としない感情を覚えていた。 これまでギンガを始めとする攻撃隊の面々が目にしてきた、地球軍による数々の非人道的な言動。 一方でランツクネヒトの構成員については、少なくとも非戦闘員および敵意の無い者に対しては友好的な態度を示している。 だが、その根幹は地球軍と何ら変わりない事も、ギンガは理解していた。 民営武装警察という肩書が在るが故か、被災者に対し惜しみない人道的支援を行う彼等は、しかし同時にスバルとノーヴェを兵器として扱った一面をも併せ持っている。 彼女達のオリジナルの体組織から制御ユニットを作成し、R戦闘機へと搭載する事さえしたのだ。 被災者に手を差し伸べる彼等と、平然と非人道的な行いを為す彼等。 目前でスバル等にからかわれる姿と、嘗て自身の眼前に銃口を突き付けた姿。 どちらが真の姿なのか、等という問いが無意味なものである事は重々に承知しているが、思考せずにはいられない。 少なくともギンガにとっては、目前の光景はそれだけの違和感を孕むものだった。 「大体それ、どう見たって生身で振り回せるサイズじゃないッスよ。筋力増強が在ること前提じゃないッスか」 『魔導師だって似た様なものだろう。あんなにデカいデバイスを棒切れみたいに振り回しているじゃないか』 「秒速3kmの弾を放つ銃器など、歩兵には明らかに過剰火力だと思うが」 「小銃で十分じゃないかなあ」 『爆弾魔や拳で機動兵器の装甲に穴開ける連中が言っても説得力は無いぞ』 「おいテメエ、それ以上チンク姉を侮辱すると・・・」 じゃれ合っているとしか見えない5人を前に、ギンガは諦めと共に息を吐く。 これ以上は考えるだけ無駄だろう。 そんな結論に達した時、微かな機械音と共にトラムチューブ内の非常灯が点灯した。 一瞬だが眼が眩み、しかしすぐに光量調節機能により正常な視界が確保される。 「明かりが・・・」 『電力供給経路が第2核分裂炉にシフトした。第1は既に機能を停止しているらしい』 「輸送艦はどうなっているの」 『其処までは・・・』 途切れる言葉。 何事か、と訝しむギンガ等の前で、彼はウィンドウを展開する。 表示された情報は、トラム運行状況。 「・・・トラムがどうかした?」 『A-00エリア、管制区・第3トラムステーションに車両が停車している。妙だな、もうとっくに退避したものと思っていたんだが』 「自動運行で着いた可能性は」 『有り得るが、どうにも・・・待て』 更にウィンドウを操作し、彼は何らかの情報を読み取っている様だ。 数秒後、彼はウィンドウを拡大すると、其処に管制区ステーションの立体構造図を表示する。 ステーションの一角には、赤く表示された4つの人影が横たわっていた。 「これ・・・」 『死亡している。管制区内の状況までは分からないが、検出された体温からして死亡後にそれほど時間は経過していない』 ウィンドウが閉じられる頃には、既に全員がトラムチューブの奥へと向き直っている。 展開したテンプレート上に立つノーヴェが、隊員へと問い掛けた。 「管制区までの距離は?」 『このまま2km、その後に垂直方向へと1.5kmだ。車両かエレベーターを使おう』 「そんな悠長な事してる暇は無いッスよ。こっちの方が早いッス」 そんな事を言いつつ、自身のライディングボードを叩くウェンディ。 その言葉の真意を正確に受け取ったのだろう、隊員は助けを求めるかの様にスバルの方を見やる。 だが、返された言葉は非情なもの。 「また、だっこします?」 『・・・人生最悪の日だ』 恨み事を呟きつつ、彼はウェンディとライディングボードへと歩み寄る。 ぎこちなくボード上へと乗る彼の姿を確認すると、ギンガは鋭く指示を発した。 「私が先頭、スバルは後方を警戒。速度はノーヴェとウェンディに合わせるわ」 重なる了解との声を背に、ギンガはウイングロード上を駆ける。 数分で管制区へと続くシャフトへと到達、今度は螺旋軌道を描きつつ上昇。 途中、重力作用方向が変化し始め、5分程でステーションへと到達した。 先程の衝撃の為か、破損し火花を散らす車両を避け、ステーション内部へと滑り込むと同時に周囲の安全を確認。 待合所には4つの死体が散乱しており、床面もまた赤く染め上げられている。 壁面や天井面に血痕が付着している事から推察するに、やはり核爆発の衝撃で周囲へと叩き付けられた事が原因で死亡したらしい。 遺体の潰れた顔から思わず目を逸らし、ギンガは後続の皆へと念話を飛ばす。 『ステーション、クリア』 ローラーが床面を削る音。 振り返れば、丁度ノーヴェの背からチンクが、ライディングボードから隊員が降りたところだった。 チンクはこれといって問題は無いが、隊員の方は何事か不満らしき言葉を呟いている。 そんなに嫌だったのかと、ギンガは場にそぐわないとは思いつつも、微かに苦笑の表情を浮かべた。 だがそれも、続く隊員の言葉によって掻き消える。 『前方500m、管制室付近に複数の動体を感知。接近中』 ガウスライフルを構えつつ、隊員は4つの遺体が散乱する待合所の陰へと身を隠した。 ギンガとノーヴェは通路傍の壁面に、スバルとチンクは反対側の壁面へと走り寄る。 ウェンディは隊員の傍で砲撃態勢に入り、目標の接近に備えていた。 『400m』 『人間、それとも敵?』 『不明。もう少し近付かない事には・・・』 『ウェンディ、もし敵であれば砲撃後にフローターマインを配置しろ。通路を塞ぐんだ』 『了解ッス』 ライディングボードの砲口とガウスライフルの銃口が通路奥へと向けられている事を確認し、ギンガは拳を握り締めて接触に備える。 目標が人間であれば良いが、最悪の場合には何らかの汚染体である事も考えられるのだ。 それが行き過ぎた警戒などでない事は、これまでに嫌という程に思い知らされている。 アンヴィルとは別の経路から、666以外のバイドが侵入していないとも限らない。 緊張を高めるギンガ、しかし。 『待て、待て・・・確認した、人間だ。デバイスの所持を確認』 銃口を上へと向け、隊員が待合所の陰から姿を現す。 ウェンディがそれに続き、2人は通路傍のギンガ達へと歩み寄ってきた。 隊員はウィンドウを開き、それを操作しつつ通路へと踏み込んで行く。 その傍らを歩きつつ、ギンガは彼へと問い掛ける。 「目標は管理局員?」 『そうだ。14名、いずれもデバイスを所持している・・・ああ、ランスター一等陸士も居るな』 「ティアナが?」 スバルが驚きの滲む声を上げるが、ギンガも内心は同様だった。 ティアナがこんな所で何をしているのか、見当も付かなかったのだ。 特に666の迎撃に当たっていた様子も無かった為、被災者の誘導に当たっていたものと思っていた。 13名、死体となった者達も同様とするならば、計17名もの局員を引き連れて何をしているのか。 「何処に向かっているの」 『第5トラムステーションらしい。こっちの車両は、もう使い物にならないからな。生存者の捜索に来たのか?』 「管制室には管理局のオペレーターも居ただろ。そいつらを探しに来たんじゃないか」 『こちらのオペレーターが退避したなら、連中も一緒に退避している筈だ。行方不明者でも居るのかもしれない』 言葉を交わしつつ、6人は徐々に足を速める。 ティアナ達までの距離は400mといったところだが、向こうも移動している為にすぐに追い付く訳ではない。 先程までは接近していたのだが、第5トラムステーションまでの経路が横に逸れている上に向こうは飛翔魔法を用いているらしく、今は徐々に遠ざかっている。 念話で呼び掛けてはみたものの、システムの大部分が沈黙している為に繋がらなかった。 こうなっては、ティアナ達に追い付く以外に術は無い。 ギンガとスバルはデバイスを、ノーヴェとウェンディは固有武装を、チンクは慣れない飛翔魔法で通路を翔けるが、魔導師でも戦闘機人でもない隊員はそうもいかなかった。 多少なりとも肉体的強化は為されているのか、重装備にも拘らずかなりの速度で駆けてはいるが、それでもギンガ達と比べれば遅い。 このままでは引き離されるばかりだと、ギンガは新たに指示を飛ばす。 「スバルとノーヴェは私に着いてきて! チンクとウェンディは彼と一緒に後から!」 「了解した!」 チンクの返答を聞き留めると、ギンガは一気に加速した。 主要通路に進行を遮る物は無く、背後の2人と共にローラーブレードから火花を散らしつつ駆ける。 幾度か交差路を直進した後、第5トラムステーションへと続く通路へと床面を削りつつ滑り込む。 ティアナ達までは100mといったところだ。 「畜生、無駄に広いんだよ此処!」 「これだけ大きなコロニーなのよ、管制区が広いのも当たり前・・・」 「居た! ティアナ達だ!」 スバルの声に、ギンガは前方を注視する。 彼女の言葉通り、前方の交差路を曲がる数人の姿が見えた。 更に加速し、後を追って角を曲がるギンガ。 「待って・・・ッ!?」 「おい、何してんだ!」 「ティア!?」 その先に待ち受けていたのは、ティアナのクロスミラージュ、その銃口を始めとする無数のデバイスの矛先。 予想だにしなかった敵意の壁に、ギンガは思わず足を止めてしまう。 だが、予想外であったのは向こうも同様だったらしく、殆どの局員が驚いた様な表情でこちらを見つめていた。 最前部の1人が、呆けた様に声を漏らす。 「ナカジマ陸曹・・・?」 その声とほぼ同時に、突き付けられていたデバイスが次々に下ろされる。 ギンガは張り詰めていた緊張を解く様に息を吐くと、集団の中でクロスミラージュを手に佇むティアナへと視線を移した。 彼女は何をするでもなく、こちらを見つめている。 「ティアナ・・・」 「・・・御無事で何よりです、ギンガさん」 軽く息を吐きつつ、ティアナは言葉を紡ぐ。 言葉は安堵を表していたが、その顔に浮かぶのは仮面じみた無表情。 少々の不自然さを覚えたものの、この状況では無理もないと思い直した。 「搭乗機が撃墜されたと聞きましたが、不時着に成功していたのですね」 そういう事か、とギンガは納得する。 どうやら彼女は、自分達の搭乗していた強襲艇が撃墜された事を知り、安否を気遣っていたらしい。 「何とかね。それより・・・」 「ティアはこんな所で何をしてるの?」 ギンガの言葉を遮る様に、スバルが問い掛ける。 少々の驚きと共に、妹を見やるギンガ。 発言の途中で割り込まれた事にではなく、スバルの声に若干の不審が含まれている様に感じられたのだ。 軽く窘めようかとも考えたが、続くティアナの言葉にその思考は霧散する。 「・・・捜査活動、ってところね」 「え・・・」 再度ティアナへと視線を移すと、彼女は常ならぬ険しい表情でこちらを見やっていた。 何事か、と戸惑うギンガ達に対し、ティアナは幾分潜める様な調子で語り始める。 「ナカジマ陸曹。バイドに関する情報で、可及的速やかにお伝えしなければならない事実が在ります」 バイドに関する情報。 その言葉を聞き止めたギンガの意識に浮かび上がる、微かな疑問。 此処でその様な事を言い出すという事は、その情報はこの管制区で得たという事なのだろうか。 ギンガの疑問を余所に、ティアナは言葉を続ける。 「バイドは、単なる・・・」 「ギン姉ぇ、やっと追いついたッス!」 ウェンディの声。 自身の右側面へと振り返れば、其処にはチンクとウェンディ、そしてランツクネヒト隊員の姿が在った。 チンクとウェンディの後方、隊員は幾分疲労している様に見えた。 「2人とも御苦労さま」 「お守は疲れるッスよ。次からは問答無用でボードに括り付けるか、ノーヴェかスバルがお姫様だっこして運ぶッス」 『だから・・・もういい』 「ティアナ達は?」 「此処に居るわ。今・・・」 言葉を交わし、ティアナ達へと向き直る。 だが其処には、奇妙な光景が在った。 ティアナを含め、全ての局員が再度デバイスを構えているのだ。 絶句するギンガに、ティアナが問い掛ける。 「ナカジマ陸曹」 「・・・何?」 「ウェンディの他に、誰が居るのですか」 この交差路は60度ほどの急角度で形成されており、ウェンディ達の姿は壁面に遮られティアナ達から確認する事はできない。 声からウェンディが居る事は判断できたが、音声出力装置を通した聞き慣れない声と、そしてギンガの言葉から更に1名以上の人物が其処に居る事を推察したのだろう。 ギンガは納得しつつ、チンクと隊員の存在を告げんとした。 「チンクとランツクネヒトの・・・」 『陸曹』 その言葉を遮る、隊員の声。 そちらへと視線を移せば、彼は壁面越しにティアナ達の方向を見やっていた。 もしや見えているのかと訝しんだのも束の間、彼が紡いだ言葉によってギンガの思考は中断する。 先程までの人間味が嘘の様に消え失せた無機質な声で以って紡がれる、予想だにしなかった言葉。 『何故、彼等が「アーカイブ」を所持している』 直後、無数の誘導操作弾がギンガ達の側面を掠め、空間を突き抜けた。 「な・・・!」 愕然とするギンガ。 余りに突然の事に、反応する隙さえ無かった。 クロスミラージュから、周囲の局員達が手にするデバイスから。 数十発もの誘導操作弾が放たれ、それらがギンガ達の側面を掠めて背後へと抜け、交差路の先に佇んでいたランツクネヒト隊員へと襲い掛かったのだ。 壁面越しに異常を察知していたのであろう、隊員は咄嗟にウェンディの背後へと隠れる様に跳躍。 ウェンディはギンガと同様、状況を理解する隙など無かったであろうが、眼前に迫り来る魔導弾幕に対して咄嗟にライディングボードを翳した。 貫通力に関しては直射弾に劣る誘導操作弾は、ボード表層部で小さく炸裂するものの防御を破るには到らない。 だが、数発がウェンディを迂回する軌道を取り、彼女の背後の床面に倒れ込んでいた隊員の胴部へと直撃する。 小さな爆発音と共に炸裂する魔力、強力な力によって十数mもの距離を弾き飛ばされる隊員の身体。 ギンガの背後、叫ぶスバル。 「ティア!?」 ベルカ式の局員が2名、ギンガ達の間を擦り抜けウェンディ達の居る通路へと飛び込む。 男性局員は右手にナックルダスター、左手にジャマダハル型のアームドデバイスを、女性局員は右手にショートソード、左手にマインゴーシュ型のアームドデバイスを携えていた。 動きが鋭すぎる。 明らかに高ランク、それも尋常ではないレベルで完成された近代ベルカ式魔導師。 飛行には適さないバリアジャケットのデザインから推測するに恐らくは陸士、覚えが全く無い事から何処かの管理世界にて治安維持に就いていた陸の人員だろう。 こんな未知の高ランクが居たのかという驚きはしかし、床面に触れるジャマダハルの切っ先から弾け飛ぶ火花、そして床面へと異常なまでに深く刻まれた傷によって掻き消される。 非殺傷設定、解除状態。 「止めてッ!」 咄嗟に叫んだギンガの声に、チンクが応じた。 数十本のスティンガーを展開し、数本を2人の足下を狙って射出。 2人が前進を中断すれば良し、縦しんばそれを回避したとしても残るスティンガーが通路を塞ぐ様に展開している。 如何に高ランクであろうとも、近接戦闘に特化したベルカ式魔導師がスティンガーの壁を突破する事は、決して容易ではない。 自身の経験からギンガはそう判断し、自身もブリッツキャリバーで2人の後を追う。 だが。 「な・・・ッ!」 一瞬だった。 一瞬で、彼等は張り巡らされたスティンガーの壁を突破していた。 あの状況下で、足下へと放たれたスティンガーを無視し、更に加速して自身等が潜り抜ける分だけのスティンガーをナックルダスターとマインゴーシュで破壊し、その開いた空間を通ってチンクの後方へと躍り出たのだ。 想定を超える事態とその速度に反応できないチンクの背後、ジャマダハルとショートソードの刃が隊員へと迫る。 だが、チンクの行動は無駄とはならなかった。 彼女が稼いだほんの数瞬で、隊員は状況に対応する機会を得ていたのだ。 吹き飛ばされていた隊員はその姿勢のまま、左手のガウスライフルではなく、右手で抜いたハンドガンの銃口を2人へと向ける。 そして、発砲。 連続して発砲炎の光が瞬く中、2人は怯む事も無く突進、刃を振るった。 「駄目!」 爆発する魔力光。 其々の刀身に纏った魔力を、刃を振ると同時に炸裂させたのだ。 恐らくは2人とも被弾していたのだろう。 刃による直接的な斬撃ではなく、魔力による間接攻撃へと切り替えたらしい。 魔力を感知したに過ぎない筈の自身のリンカーコアを震わせ、肉体的な苦痛すら齎す程に強大な魔力爆発。 それが轟音と共に通路を破壊し、床面と壁面、天井面を十数mに亘って跡形もなく抉り取る。 極近距離に限定された範囲と引き換えに圧倒的な破壊を齎す、拡散型近距離疑似砲撃魔法。 全身が跳ね上がる程の衝撃、脳裏へと浮かび上がる最悪の結果。 ギンガは咄嗟にリボルバーナックルを振り被る。 「貴方達・・・ッ!?」 直後、男性局員の背から血が噴き出した。 驚愕と共に足を止めたギンガの目前で、更にもう1箇所から血が噴き出す。 と、男性局員の陰から側面へと、ハンドガンを握る腕が突き出された。 銃口の先には女性局員。 彼女は咄嗟にショートソードの側面で頭部を庇うも、発射された弾丸はバリアジャケットを貫き大腿部と頸部を撃ち抜く。 だが、その一瞬の隙に男性局員が動いた。 ジャマダハルを構える左腕が振り抜かれ、彼の陰から延びる隊員の腕が跳ね上がる。 腕が陰へと引き込まれ、更に銃声が3度。 局員の背から、同じ数だけ更に血が噴く。 零距離射撃、弾体貫通。 「ギン姉、ノーヴェ!」 「畜生ッ!」 スバル、ノーヴェが突進。 男性局員が、背中から床面へと倒れ込む。 灰色のバリアジャケット前面は、鮮血によって赤く染まっていた。 女性局員は頸部を撃ち抜かれ倒れてから、被弾箇所を両手で押さえつつのた打ち回っている。 そして、露わとなった男性局員の陰に、ランツクネヒト隊員の姿は無かった。 崩壊した構造物だけが、空しくその内面を曝している。 その先に拡がる階下および階上の空間については、立ち込める粉塵によって見渡す事ができない。 崩壊した通路の縁に駆け寄り、ギンガはスバル等と共に呆然とその先の空間を見つめる。 「何て事・・・」 「逃がすな!」 呟くギンガの聴覚に、信じ難いティアナの声が飛び込んだ。 直後に、ギンガ達の左右から突き出す、無数のデバイスの矛先。 忽ち高速直射弾の嵐が眼前へと現出し、粉塵の中で無数の魔力爆発が巻き起こる。 数瞬ほど、ギンガは信じられない思いでその光景を見つめ、やがて視界に移るデバイスの1つを反射的に掴むと、咄嗟にその主へと拳を打ち込んでいた。 周囲ではスバルやノーヴェ、チンクとウェンディも似た様な光景を繰り広げている。 簡易砲撃を放とうとしていた数名にガンシューターを撃ち込みつつ、ノーヴェが叫ぶ。 「イカレてんのか、テメエら! いきなり殺しに掛かりやがって!」 「ティア、ティア! どうして、何でこんな事!」 「ウェンディ、退がれ!」 近接戦闘を不得手とするウェンディを庇う様に、チンクが再度スティンガーを展開せんとする。 だが1発の甲高い銃声と共に、全ての戦闘行為が停止した。 ティアナだ。 「・・・其処までよ。各自、デバイスを下ろしなさい」 その冷え切った声に、ギンガは1人の局員のデバイスを押さえたままそちらを見やり、僅かに躊躇した後にその手を解放した。 追撃を警戒したが、どうやら局員達もティアナの指示に従っているのか、一様にデバイスの矛先を下ろしている。 幾分荒い呼吸もそのままに、ギンガは周囲を見回した。 「それで、どういうつもり? 何故こんな事を」 殺気すら込めてティアナを睨み据え、問い掛ける。 ギンガは、現状を理解する事ができなかった。 ティアナ達は唐突にランツクネヒト隊員の殺害を試み、攻撃を受けた隊員は2名の局員に重傷を負わせて逃亡。 否、2名の治療に当たっている局員の様子から推測するに、致命傷となっている可能性もある。 男性局員は胸部から腹部に掛けて少なくとも5発の銃弾が貫通し、女性隊員は大腿部と頸部に銃弾を受けているのだ。 だが、隊員の行動が過剰な反撃であったかと問われれば、ギンガは否定も肯定もできない。 隊員は疑似拡散砲撃が放たれた際、後方へと距離を取るのではなく、逆に前進して局員の懐に入る事で砲撃の拡散点より内へと逃れた。 その策が功を奏したからこそ無事であったものの、もし失敗すれば完全に砲撃に呑まれていただろう。 如何にランツクネヒトの装甲服を纏っていると云えど、非殺傷設定を解除された上で更にこの破壊規模、跡形もなく消滅していたであろう事は想像に難くない。 つまり、近接攻撃を実行した2名の局員については、その殺意の存在は疑うべくもないのだ。 では、ティアナ達はどうか。 答えは、ウェンディから齎された。 「・・・全弾非殺傷設定解除とは、随分と念入りな事ッスね。下手すりゃチンク姉もアタシも死んでたッスよ」 「貴様ら、正気か」 スバルが、懇願するかの様にティアナを見つめる。 だが、ティアナは感情が抜け落ちたかの様に冷然とした面持ちを崩す事はなかった。 そして意外にも、次に言葉を紡いだのはノーヴェ。 「アイツが言ってた「アーカイブ」ってのは何だ」 その単語には、ギンガも聞き覚えが在った。 彼が言ったのだ。 何故、ティアナ達が「アーカイブ」を持っているのか、と。 攻撃は、その直後に始まった。 ティアナは答えないが、ノーヴェは大方の状況を理解したらしい。 「成程、それを持っている事がランツクネヒトに知られちゃ不味い訳だ。だからアイツを殺そうとしやがったな」 ノーヴェが述べた内容は、ギンガの推測とほぼ同じもの。 そして、恐らくは限りなく正解に近いものの筈だ。 だが、ティアナは沈黙したまま。 言葉も発する事なくクロスミラージュをワンハンドモードへと移行し、床面に転がる男性局員のアームドデバイス、ジャマダハル型のそれへと歩み寄る。 膝を突き、空いた左手を伸ばすティアナ。 デバイスに触れ、無言のままにその刃を見つめている。 「答えろ!」 「少し違うわね。正確には「第97管理外世界の人間」に知られると不味いのよ」 焦れたノーヴェの叫びに、極々自然な声を返すティアナ。 彼女の左手にはジャマダハルが握られている。 今更ながら、その刃が半ばまで赤く染まっている事に気付き、ギンガは自身の血の気が引いてゆく事を自覚した。 「貴方達、本気で・・・」 「御互い様だと思いますが。こちらは2人が死に掛けていますし、被害の度合いとしては向こうの方が小さい位でしょう」 「そんな事を言っているんじゃない!」 「そんな事? この結果を招いたのは貴女達ですよ。はっきり言いましょう。貴女達が邪魔さえしなければ、2人があの男を殺して終わりだった」 ギンガには最早、言葉も無い。 呆然とギンガを見つめるが、しかし問い詰めるべき事はまだ在ると、思考を切り替える。 ティアナ達が所持する物についてだ。 「「アーカイブ」とは、何なの」 「このコロニーのデータベースユニット、その中枢ハードウェアの事です」 言いつつ、ティアナはジャマダハルを傍らの局員へと手渡し、バリアジャケットのポケットから5cm程の正方形、厚さ2cm程のメディアデバイスを取り出した。 それをギンガ等に見せる様に手の中で弄び、再びポケットへと戻す。 「第97管理外世界の民間人4名が快く協力してくれました。アンヴィル暴走の混乱に乗じて、全てのユニットがランツクネヒトによって破壊される前に、1つだけ回収してくれた。本当に良いタイミングだった。 アクセスコードまで手に入ったのは、幸運としか云い様がありません」 快くとの言葉に、ギンガは寒気がした。 そんな筈はない。 第88民間旅客輸送船団の人員は、その殆どが後より合流した管理局員を強く警戒している。 そんな彼等の内4人が、どういった経緯でランツクネヒトと地球軍に対する背信行為に及んだのか、或いはそう誘導されたのか、少なくともギンガとしては考えたくもなかった。 また、アクセスコードの入手は幸運だったとティアナは言うが、実際にはそれすらも予定の内であった事は明らかだ。 そして、協力者の人数は4名と、ティアナは言った。 「あの死体・・・まさか!」 「ああ、死んだのね。あの衝撃で無傷で済むとは思わなかったけど」 何という事だ。 第3トラムステーションの待合所に散乱していた、あの4つの死体。 あれこそが、ティアナの言う協力者達の末路だったのだ。 「気の毒にね」 「抜け抜けと・・・っ! 初めから殺すつもりだったのだろうに!」 「いいえ、違うわ。初めは単に口止めと警告で済ませるつもりだったのだけれど、これの内容が予想以上だったものだから、そうもいかなくなってしまった。だから、眠らせてあそこに置いてきたのよ。 あの衝撃は想定外、本当はこのコロニーごと消える筈だった」 チンクが激昂するも、周囲の局員達は全く動じない。 信じられなかった。 非戦闘員を作戦に巻き込み、挙句の果てに「死なせる」つもりで放置したというのだ。 ギンガにはもう、眼前の人物が自身の知るティアナ・ランスターであるという、その確信が全く持てなかった。 しかしそれでも、彼女は気丈に問い掛ける。 「内容とは?」 「バイドの正体」 息が止まった。 見れば、スバルやノーヴェ等も、瞼を見開いてティアナを見つめている。 そして再度ティアナを見やれば、彼女は変わらず感情の抜け落ちた様な瞳でこちらを捉えていた。 紡がれる言葉。 「バイドは、異層次元生命体なんかじゃない」 意識を抉る根幹を抉る言葉に、ギンガの喉から小さな音が鳴る。 言葉は続く。 「そんな都合の良い存在じゃない。バイドは「質量兵器」だ」 脳裏へと鳴り響く警鐘。 覚悟も無しに、それ以上を聞いてはならない。 戻れなくなる。 もう2度と、同じ価値観には戻れなくなる。 「その「質量兵器」バイドを創造したのが」 駄目だ、聞くな。 戻れなくなる、全てが崩れる。 止めろ、黙れ、それ以上は喋るな。 全てを知るのは、全てが終わった後で良いのに。 なのに、もう。 「第97管理外世界「地球」よ」 もう、戻れない。 ギンガの中で砕け散る、1つの世界、それに対する全て。 印象も、情報も、侮蔑も、憧憬も。 全てが塵と消え、新たに再構築されてゆく。 そして、全てが変質した。 * * 「異層次元から現れた未知の侵略性生命体なんて、何処にも居なかったのよ。初めから、居たのはたった1つだけ。彼等が・・・彼等の子孫が作り上げた最悪の質量兵器、唯1つだけ」 理解できない。 スバルの脳裏には、そんな事しか思い浮かばなかった。 ティアナの言葉は続いているものの、何を言っているのかすらおぼろげにしか解らない。 「26世紀の第97管理外世界は、外宇宙の「敵」と戦う為に強大な戦略級質量兵器を生み出した」 バイドは、第97管理外世界が創造した質量兵器だった? 馬鹿げている。 質量兵器が全次元世界を呑み込み、数億人を虐殺し、更に全てを喰らわんとしている? 有り得ない。 「自然天体に匹敵する大きさのフレームに内蔵された、星系内生態系破壊用兵器。一度発動すれば、効果範囲内に存在するあらゆる生命、意識体、情報集約体を喰らい尽くすまで、決して活動を止めない絶対生物。 局地限定破壊型質量兵器の到達点、それがバイドだった」 振動。 戦闘の余波が此処にまで届いている。 666とR戦闘機群の戦闘によるものか、それとも汚染されたアイギスと防衛艦隊の戦闘によるものか。 「26世紀の第97管理外世界は、これを敵勢力の中枢が存在する星系へと転移させて発動、敵勢力を殲滅する事を画策した。ところが、どんなミスか知らないけれど、間抜けな事にその質量兵器は彼等自身の星系で発動してしまったのよ」 全く理解できない。 26世紀だと? 地球軍は22世紀の第97管理外世界から現れた。 其処から更に400年もの未来に建造された質量兵器が、何故此処で出てくる? 「自らが創造した兵器の癖に、彼等は暴走したそれを滅ぼす術を持たなかった。彼等は自分達にさえ手の負えない化け物を、自らの手で創り上げてしまった」 信じられない。 現在から100年後の時点でさえ想像を絶する科学力を有しているというのに、更に遥か未来に創造された質量兵器。 その創造主達でさえ、自らが創り出した兵器を制御できなかった? 「それで・・・それで、どうなったんだ・・・ソイツらは?」 「捨てたのよ」 思わずといった様子で問うノーヴェ。 返すティアナの言葉は、またも想像を超えていた。 スバルも、呆然と声を吐き出す。 「捨てた、って・・・」 「そのままの意味。暴走開始から150時間後、彼等はその兵器の周辺空間を崩壊させて、異層次元の彼方へと葬り去った。少なくとも26世紀では、それで事態が決着したと考えたんでしょう」 「それが何で・・・」 4世紀も前の時代に。 その問いが放たれる前に、ティアナは答えを齎す。 「異層次元がどんな所かは知らないけれど、少なくとも単一存在が自らの存在確率を維持する事すら困難な環境らしい。そんな空間へと墜とされてなお、その兵器は機能を失わなかった。 課せられた目的を失い、手駒となる戦力を失い、機能中枢に刻まれた情報以外の一切を失ってもなお、それは発動時に攻撃目標として設定された星系および文明に対する殲滅を諦めはしなかった。 当然よね。自我なんか在りもしない、単なる戦略兵器だもの。創造主に施されたプログラム通り、作戦目標の達成かシステムの破壊、それ以外の理由で活動を停止する事は有り得ない」 「だから・・・何だというんだ? そいつが何故、22世紀に関係する」 チンクが問う。 ティアナは未だ、その疑問に答えていない。 「数十年、或いは数百年か。もしかすると数秒かもしれないし、数億年かもしれない。そもそも、私達の知る時間の概念と同一の現象が存在していたかすら怪しい。そんな中で、兵器は進化を繰り返した。 詳細なんて私には知る由もないけれど、少なくとも人間の脳で理解できる様な生易しい変貌ではないでしょうね」 ティアナの傍らに立つ局員が、指先でリストウォッチを軽く叩く。 彼女はそれを横目に見やり、軽く腕を振って移動を促した。 周囲の局員が歩きだす中、ティアナの言葉は続く。 「あらゆる存在を無へと帰す空間の中にあって、その兵器は逆に存在を創造し、空間を支配するまでに進化した。そして、遂には時間という概念すらも引き裂いて、既知の異層次元へと帰還を果たす。その先に存在したのが」 「まさか・・・!」 思わず、声が零れる。 それを聞き止めたか、ティアナは軽くスバルを見やった。 そして視線を戻し、告げる。 「22世紀・・・4世紀前の第97管理外世界よ」 誰も、言葉を返さない。 返すべき言葉が見付からない。 ティアナから齎された真実は、それ程までに衝撃的なものだった。 バイドは、正体不明の侵略性生命体などではない。 バイドとは紛う事なき人造生命体であり、それとの絶望的な戦いに明け暮れる第97管理外世界の未来に於いて建造された、戦略級質量兵器である。 創造主たる第97管理外世界の人間達により異層次元へと投棄されてなお、活動を停止する事なく異常な進化を遂げ、4世紀もの時を遡り過去の第97管理外世界へと現れた、悪魔の兵器。 完結している。 完結すべきである。 全てが第97管理外世界より始まり、そして第97管理外世界へと収束している。 バイドを創造したのも、バイドと交戦状態にあるのも第97管理外世界「地球」だ。 其処に他者を、他の世界を巻き込む事など在ってはならない。 その理由も無い筈だ。 だが、現実には次元世界全域がバイドと地球軍、2者間の戦争へと巻き込まれている。 其処には、選択の余地など無い。 一方的に、そして極めて理不尽に。 バイドと地球軍との闘争へと巻き込まれ、逃れる事のできない絶望の縁へと立たされているのだ。 「嗤えるでしょう? この戦いは全て「地球」の自業自得、因果応報よ。彼等は、遥かな未来に自らの子孫達が創り上げた兵器から、余りにも唐突で滑稽で絶望的な戦いを仕掛けられた。 未来からよ・・・過去の遺産っていうならいざ知らず、400年も先の未来から。こんな馬鹿げた話って無いわ。自分達が後世に残した負の遺産から兵器が生まれ、それがそのまま今の自分達に返ってきたのだもの。 今までに滅びた世界の記録は嫌というほど見てきたけれど、此処まで愚かで救い様の無い世界なんて見た事ないわ」 再び、振動が一帯を揺さ振る。 先程よりも衝撃が大きい。 戦域が近付いているのか。 「自分達の犯した失態の癖に、それへの対応の余波に次元世界まで巻き込んでいる。その事実を隠し、同じ被害者面を装って協調体制なんて嘯いていたのよ」 「それは、バイドが・・・」 「どっちから仕掛けたとしても同じ事よ。バイドを創ったのはあの世界なんだもの。それに・・・」 三度、振動。 ティアナは言葉を区切り、手振りでスバル達を促して歩き出す。 数瞬ほど遅れ、その後に続く5人。 すぐに飛翔魔法を使用しての移動に移り、通路を加速してゆく。 飛び込む念話。 現状では距離が離れると念話は使用できないが、ごく近距離ならば問題は無い。 『バイドは既に、無数の文明を滅ぼしている。第97管理外世界の存在する恒星系を内包したものに限らず、無数の銀河系や異層次元に存在していたあらゆる形態の文明、或いはそれに酷似した情報集約系を片端から汚染し、喰らい、同化してきたのよ』 『何でそんな事・・・目標は第97管理外世界なのでしょう?』 『ええ、ですからその下準備です。22世紀の第97管理外世界を確実に滅ぼす、唯それだけの為にバイドは、接触したあらゆる文明の全てを喰らってきたんです』 『じゃあ、まさか』 スバルの思考へと浮かんだのは、余りにもおぞましい推理。 この事態が引き起こされた理由、バイドの目的。 続くティアナの念話が、それが的を射たものである事を証明する。 『ランツクネヒトがアーカイブへと追加していた情報を解析した結果、西暦2169年に発動された第三次バイドミッション「THIRD LIGHTNING」はバイドの物理的戦力を大きく削ぐ事には成功したけれど、作戦そのものは失敗に終わった事が判明しています。 バイド中枢の破壊は成らず、制御統括体として機能していたマザーバイド・セントラルボディの深々度異層次元投棄のみに止まったと。その際、バイドはR-9/0 RAGNAROK-ORIGINALの攻撃により、機能中枢部に重大な損傷を受けたと予測されている。 其処からランツクネヒトや地球軍が推測した、バイドによる次元世界侵攻の目的は・・・』 『新たな戦力の確保と中枢の修復・・・!』 『地球軍に邪魔されずに失われた戦力を再生産できる空間、それと更なる自己進化の為の新しい「餌」を求めて、ってところでしょうね。聖王のゆりかごや巨大なレリック、他にはアタシ達が遭遇した化け物も、バイドが次元世界で魔導技術を取り込んだ結果、より強化した上で複製されたものでしょう』 『ロストロギアまでか・・・』 前方、第5トラムステーションの表示が視界へと映り込む。 車両に乗り込む局員達の中には、先程の戦闘で銃撃を受けた2人の姿も在った。 他の局員に身体を支えられている事から推測するに、一命は取り留めたものの戦闘への復帰は絶望的だろう。 『まだ肝心の質問に答えてないッスよ』 唐突に割り込むウェンディの念話。 彼女の方を見やれば、未だ猜疑と敵意の滲む目がティアナを見据えていた。 念話は続く。 『それがどうして、協力者やアイツを殺さなきゃならない理由に繋がるんスか』 『解らないの?』 問い掛けに返されるティアナの念話は、接触後に初めて若干の感情を滲ませるものだった。 微かだが、苛立った様な感情の波。 念話から伝わるそれは、スバルを動揺させた。 ステーションの床面へと降り立ち、ティアナは口頭で以って言葉を繋げる。 「ランツクネヒトも地球軍も、バイドが第97管理外世界で建造された兵器であるという情報だけは取り分け厳重に隠匿していた。それだけ私達に知られたくなかったという事よ。何故だか解る?」 「・・・それを知った管理局・・・違うな、次元世界全てが第97管理外世界を危険視する。それを危惧していたって事か」 「次元世界に無数に存在する多種多様な文明の多くが敵に回るとなれば、如何に地球軍とはいえ唯では済まない。バイド建造の真実が私達に漏れたと彼等が知れば、それこそ生存者を抹殺してすら天体外部への情報漏洩を防ごうとするだろう。 だがコロニーのシステムが停止している以上、ランツクネヒトへの情報の伝達は直接的に接触しなくてはならない。それを避ける為に、お前達は彼等を始末しようと考えた訳か」 「半分正解、半分外れね」 車両へと乗り込む一同。 ドアが閉じられ、車両が発車する。 車両内に表示された行き先はA-14エリア第1トラムステーション。 「彼等は次元世界の敵対を懼れてなどいない。彼等がこの情報を隠匿する理由は2つ。現状での次元世界被災者による叛乱の防止と、後の手間を省く為」 「手間?」 車両を揺さ振る衝撃。 特に機能へと異状は生じていないが、小刻みな振動が途切れる事なく続く。 局員がウィンドウを開き、何事かを確認。 「彼等にとって地球文明圏以外の文明に対する認識とは、バイドに新たな戦力を与える「餌」というものでしかない。第97管理外世界と他文明圏の接触は、その全てがバイドによって汚染された敵性体群の地球文明圏侵攻、或いは遭遇戦という形でしか実現していない」 「・・・地球文明が他文明と接触する前に、その全てがバイドによって滅ぼされていたというの?」 「ええ、これまでは。ところが今回に限り、彼等は未だ健常な文明と接触してしまった。バイドにより完全に汚染される前の、文明圏としての機能を保ったままの世界と。 そしてランツクネヒトの連中は、合流した地球軍パイロット達から第17異層次元航行艦隊内部に於ける、今後の戦略概要を聞かされていました」 「内容は」 言葉を区切り、ティアナは息を吸う。 そして、沸き起こる何らかの感情を抑えているかの様な僅かに歪んだ表情で、その言葉を紡ぎ出した。 「当該異層次元に於ける汚染拡大は既に致命的な段階へと達しており、更に当該異層次元の規模と2165年の事例を鑑みるに、短期間の内に地球に対する重大な脅威と化す事は想像に難くない。 第88民間旅客輸送船団および資源採掘コロニーLV-220の捜索・救助完了、ヨトゥンヘイム級異層次元航行戦艦アロス・コン・レチェの発見・破壊を以って、即時当該異層次元の脱出作戦へと移行。 その後、司令部との通信が回復すれば増援と各種解析・研究機関の派遣を要請。通信回復失敗時は地球圏を含む通常3次元空間を除き、当該異層次元の破壊へと移行」 「破壊!?」 次元世界の破壊。 その言葉に、ギンガが声を上げる。 スバルは、声を出す事もできなかった。 それでもウェンディが、どうにか問い掛ける。 「破壊って・・・どうやって!」 「次元消去弾頭という兵器だそうよ。当然、これも質量兵器。数千発も使用すれば、ひとつの異層次元を完全に消滅させる事ができる。尤もバイドや地球軍の兵器みたいに、異層次元航行能力を有する存在に対しては全くの無力との事だけど」 「消滅・・・」 気が狂いそうだ。 想像すら付かない規模、概念での破壊。 地球軍は、そんな常軌を逸した破壊すらも可能なのか。 それでも、バイドを滅するには到らないのか。 「連中は地球というたった1つの文明圏を護る、唯それだけの為に次元世界を破壊するつもりよ。其処に存在する無数の文明の事、況してや其処に暮らす人々の事なんか考えもしない。自分達が全ての元凶の癖に、保身の為に他の全てを滅ぼそうとする」 スバルは気付いた。 ティアナの手、固く握られたその拳が震えている。 爪が肉に食い込んでいるのか、指の間には紅いものが滲んでいた。 「数億人・・・数億人も殺されている。まだまだ増えるでしょう。もしかすると外ではもう、その十倍以上も殺されているかもしれない。でもこのままでは、数十億どころか次元世界そのものが消されてしまう。それもバイドではなく、地球軍の手によって」 拳だけではない。 既にティアナの声は、先程までの無感情なものではなかった。 微かに震え、明らかな負の感情を滲ませる声。 「ねえ、信じられる? 文明なんて、無限に広がる宇宙や次元世界には、それこそ無数に存在しているのよ。万か、億か、それ以上か。なのにアイツ等は、その全てを一方的に自分達の戦いへと巻き込んで、しかも一方的に消し去る事ができる。 唐突に、理不尽によ。これまでに幾度もそれを実行してきた。それも全て、ただ自分達を護る為だけに。ふざけてる。許せるもんか。自分達で生み出して、自分達が戦って、自分達だけが死ねば良いものを。 何の関係も無い文明を片端から巻き込んでは滅ぼし、挙句の果てに生き残ろうと戦い続けている世界まで、自分達の都合だけで滅ぼそうとしている」 誰も、言葉を挟まない。 否、言葉を発する事ができない。 レールと車両間の摩擦音と怨念じみた言葉だけが、スバルの意識を埋め尽くす。 「アイツ等は人間なんかじゃない、ケダモノよ。自分達が生き残る為なら他の生命体、全てを殺し尽くす事も躊躇わない。そもそも躊躇う様な精神構造を持っていない。悪魔というのなら、アイツ等こそがそれだわ。 バイドなんかじゃない。アイツ等こそが最悪の悪魔よ」 悪魔とは、最悪の存在とは、バイドではない。 それを創り出し、それと戦い、自らをも含め悉くを破壊し、殺し尽くす存在。 最も非力な存在でありながら、最もおぞましい狂気を内包した存在。 あらゆる神秘と奇跡に見放されながら、あらゆる神秘と奇跡を科学で以って否定し蹂躙した存在。 尊われるべき概念を凌辱し、尊われるべき生命を喰らい、尊われるべき世界をも破壊する存在。 それが、それこそが。 「アイツ等・・・「地球人」こそが!」 警報。 瞬間的に我へと返り、車両内を見回す。 ウィンドウを開いていた局員が、焦燥した様子で忙しなく指を走らせていた。 同じく我へと返ったらしきティアナが、鋭く声を飛ばす。 「どうしたの!」 「解りません、車両のコントロールが急に・・・!」 『Error. Illegal override to the service program was done』 響き渡る人工音声のアナウンス。 その内容に、スバルは愕然とする。 そしてそれは、他の局員達も同様だったらしい。 「オーバーライド!? 何処から!」 「不明です! システムが回復していない上に、干渉は迂回に次ぐ迂回の上で行われています! ルート変更、A-00に戻っている!」 「アイツだ」 叫びにも似た声が次々に上がる中、スバルの意識へと飛び込む静かな声。 ノーヴェだ。 彼女は座席へと腰を下ろしたまま、鋭い視線で中空を見つめていた。 「アイツだよ。まだ生きてるんだ。アタシ達を逃がさないつもりだ」 「馬鹿げてる! 腹を貫かれているんだぞ、もう失血死していたっておかしくない!」 「そんな簡単に死ぬかよ。アイツ等、医療用のナノマシンを投与されてるんだろ? 治り切る事はなくても、止血位はすぐに済んでる筈さ」 「それに、向こうもこっち並みに必死な筈ッスからね」 ノーヴェの発言に、ウェンディが続く。 ティアナが視線も鋭く2人を見据え、ウェンディに続く言葉を促した。 「何が言いたいの」 「ちょっと訊くッスけど、さっきの地球軍の戦略、あれ知ってるのはランツクネヒトの全隊員なんスか?」 「・・・いいえ。指揮官のアフマド中佐を始めとした、数人といったところね。下部構成員はバイド建造に関する情報の隠匿を厳命されている程度よ」 「ならアイツは多分、今頃こう考えている筈ッスね。管理局の一部局員がバイドに関する情報を得て、その上で反乱を企てている。どうにかしてその事実を仲間達に伝えて、アーカイブが他の局員の手に渡る前に叛乱部隊を殲滅しなきゃならない。そりゃ必死にもなる訳ッス」 やがて、車両が減速を始める。 A-00エリア、管制区・第1トラムステーション、到着。 ティアナはウェンディの発言に対し言葉も返さぬまま、クロスミラージュを手にドアの傍へと立つ。 「サーチャーは?」 「駄目です、ジャミングが張られている。このエリアのシステムを限定的に回復、乗っ取られた様です」 「周囲警戒を怠らないで。生存者はA-05から12までのエリアに集結しているから、此処に居るのはあの男だけよ。確認の必要はない、目標と思しきものは全て撃って」 ドアが開き、局員達が車両外へと展開する。 ステーションに人影は無い。 変わらず響き続ける振動だけが、降車するスバルの聴覚に鈍い轟音となって届く。 「誰も居ない」 「サーチャーを接触式に変更、通路を索敵して。反応があれば・・・」 その時、ステーション内に警告音が流れた。 何時か耳にした音、緊急ではなく平時に聴いたそれ。 一体、何処で? 「ノーヴェ・・・この音って、確か・・・」 「・・・ヤバイ!」 咄嗟に振り返り、車両内に残る局員へと向かって叫ぶノーヴェ。 負傷者2名と、その治療に当たる1名の局員、計3名。 時間が無い。 あの警告音は、そして徐々に大きくなる鉄の擦れる異音は。 「トラムだ、逃げろッ!」 直後、減速すらせずにステーションへと侵入してきた車両が、停車中の車両へと激突した。 3人を乗せた車両は一瞬にして拉げ、その破片と火花が車両外の局員をも襲う。 反射的に頭部を庇った腕を引き裂いてゆく、無数の鉄片。 数秒ほど、全身を襲う衝撃と鼓膜を破らんばかりの轟音に耐え抜いた後、漸く腕を下ろし見開いた眼の先には、どちらの車両もレールさえも存在しなかった。 視界に映るのは破片と火花、そして天井面から噴き出す消火剤だけ。 車両及びレール、崩落。 『The accident occurred at the first tram station. The rescue team was called into action』 「・・・クソッ、やられた! 被害は!?」 「車両内の3人はバイタルが途絶えた! 受信距離が短くなっているんで断言はできないが、この・・・」 ティアナの問いに答える局員の言葉は、最後まで言い切られる事なく途切れた。 突然、彼の胸部が消し飛び、肩部より上が床面へと落ちたのだ。 腹部より下は未だバランスを保っており、一拍遅れて鮮血を噴き出しながら2・3歩よろめき、やがて倒れる。 そして、呆然とその様を見つめるスバルの眼前で、今度は別の局員の頭部が弾け飛んだ。 「銃撃だ!」 局員の叫び。 直後に、ステーション内部は再び弾け飛ぶ火花と鉄片に埋め尽くされ、金属を引き裂く耳障りな異音が何重にも響き渡る。 咄嗟にマッハキャリバーを用いて後退し、チンク、ノーヴェと共に待合所の陰へと身を隠したスバルは、この状況が何によって引き起こされているかを理解していた。 壁面の向こうより構造物を容易く貫き飛来する無数の銃弾、バリアジャケットを容易く貫く程の高速で破壊された構造物の破片を飛散させるそれ。 「ガウスライフルだ!」 「遮蔽物諸共に撃ち抜くか! やはり過剰火力ではないか!」 スバルに続き叫ぶチンク。 余りの攻撃の激しさに、まるで身動きが取れない。 弾体のみならば隙を突いて移動する事もできたかもしれないが、其処に飛散する構造物の破片が加わっただけで全ての動きが封じられてしまう。 壁面構造物は然程に強度が無く、弾体通過時に撒き散らされる衝撃波によって粉砕され、銃弾さながらに飛散するのだ。 こうなると、もはや弾幕と何ら変わりない。 破片は防御の薄い箇所を抜くには十分な速度を有しており、更に弾体そのものに到っては構造物越しにも拘らず易々とバリアジャケットを貫く程。 しかも突撃小銃なみの発射速度で継続射撃されている為、待合所の陰から顔を出す事もできない。 それでも何とかギンガやウェンディ、ティアナ達の安否を確認しようと僅かに顔の右半分を覗かせると、忽ち額の皮膚が引き裂かれ、更に右耳が半ばから縦に切断された。 「ぅあぁぁッ!」 「畜生、引っ込めッ!」 反射的に顔を背け、額と耳を押さえつつ再度に身を隠す。 襲い来る激痛に声を漏らし、歯を食い縛るスバル。 蹲り足下へと向けられた視線の先、切断された右耳の一部が鮮血に濡れて落ちていた。 「スバル・・・!」 「・・・大丈夫」 息を呑むチンクとノーヴェへと無理矢理に声を返し、何とか痛みを堪えつつ耳を澄ませる。 何時の間にか破壊音は止み、周囲には構造物の破片が落ちた際の微かな金属音のみが響いていた。 銃撃、停止。 「・・・おい、止んだぞ」 「分かってる。ギン姉達は何処?」 先程以上に警戒しつつ再度、顔を覗かせる。 こんな時にセインが居れば良いのだが、彼女のISは直接戦闘に向かない上、彼女自身も戦闘能力に秀でている訳ではないので、今は生存者の誘導に当たっていた。 無い物強請りである事を自覚しつつも、スバルは舌打ちせずにはいられない。 あのガウスライフルに狙われている事を知りつつ、それでも射界に身体を曝す事は御世辞にも良い気分とは云えないのだ。 そうして、スバルは破壊され尽くしたステーション内の光景を、余す処なく視界へと捉える。 「どうだ?」 「・・・酷い」 ノーヴェの問いに対し、スバルはそう答える以外に言葉が浮かばなかった。 ステーションは最早、元の様相を留めてはいない。 壁面には拳大の穴が無数に穿たれ、周囲の壁面構造物は根こそぎ剥がれてステーションの其処彼処に散乱している。 そして、散乱する無数の赤い塊。 「・・・何人やられた?」 「分からない・・・みんなバラバラに・・・待って」 構造物の破片に混ざり散乱する、人間にしては小さ過ぎる幾つもの肉塊。 その向こう、トラムチューブ内メンテナンス通路へと降りる為の階段が設置されている箇所に、ギンガとウェンディ、その他数名の姿が在った。 向こうもこちらに気付いたのか、ギンガが手振りで人数を伝えてくる。 「トラムチューブに8人、ギン姉にウェンディ、ティアナも居るって」 スバルは視線を動かし、次いで其処彼処に散乱する肉塊へと視線を移した。 思わず逸らされそうになる視線を無理やりに固定し、肉塊に付着する衣服の残滓、或いはそれらの間に転がるデバイスを探す。 漸く見付けた幾つかのデバイスは、そのどれもが酷く破損していた。 「・・・今のところ、私達も含めて生存者は11名」 「という事は8名が死亡、若しくは生死不明か」 チンクと言葉を交わす間にノーヴェが待機所の陰から顔を出し、すぐに手で口許を覆って頭を引き戻す。 その顔は見る間に酷く青ざめ、手は小刻みに震えていた。 苛烈な性格とは裏腹に、彼女の精神は繊細だ。 スバルもそれは良く解っていた為、チンクと軽く視線を交わすと再度、彼女自身が陰から顔を覗かせる。 丁度その瞬間、スバルの足下から響く鈍い金属音。 「え?」 戦闘機人特有の反射速度にて、足下へと視線を落としたスバルの目に、奇妙な物が映り込む。 それは床面にて反射し、後方へと弾んで行く小さな円筒形の物体、総数3。 かなりの勢いで弾んだそれらは、更にその先の壁面へと衝突して跳ね返り、まるで意思が在るかの如く宙を舞ってスバル達の頭上へと落下してくる。 スバルの脳裏を過ぎるのは、訓練校での座学で学んだ質量兵器の歴史。 「グレネード!」 叫び、待合所の陰から飛び出す。 視界の端には同じく飛び出したノーヴェと、彼女に抱えられたチンクの姿も在る。 直後、背後から膨大な熱量と、脊椎を粉砕せんばかりの衝撃が襲い掛かった。 「がぁッ!」 一瞬にして身体が制御を失い、マッハキャリバーによる加速を遥かに超えた速度で壁面が迫り来る。 スバルはそのまま、真正面から壁面へと衝突した。 咄嗟に顔を庇った腕を中心に衝撃が全身を打ちのめし、そのまま仰向けに床面へと倒れ込む。 ぼやける視界の中、鉄の臭いが嗅覚を侵し始めた。 打ち付けた鼻から、そして頭部から血が出ているのだ。 「う・・・」 呻き、身を起こそうと試みるスバル。 だが、身体が動かない。 全身が軋みを上げ、力を込める事ができないのだ。 そんなスバルの視界へと、ガウスライフルの銃撃によって壁面に穿たれた穴から飛び出す、数発のグレネード弾が映り込む。 弾体の軌跡を目で追えば、榴弾は次々に床面で兆弾、その勢いを保ったまま天井面から壁面へと、縦横無尽に空間を跳ね回るではないか。 唖然とするスバルの眼前で、榴弾は複数の角度からトラムチューブの方向へと跳ね、全弾が狙ったかの様にメンテナンス通路へと向けて落下してゆく。 其処で漸く、彼女は気付いた。 インテリジェント砲弾。 状況に応じて誘導方式を能動的に選択し、自己を正確に目標へと到達させる機能を持つ砲爆弾。 まさか魔法でもない質量兵器、それも個人携行火器の弾薬にその機能が備わっていようとは、夢にも思わなかった。 グレネード弾の反射は受動的なものではなく、榴弾自体の制御下に置かれた運動だったのだ。 「逃げ・・・」 辛うじて振り絞った声が発し切られる前に、メンテナンス通路から複数の叫び声が響く。 次いで、爆発。 爆発の瞬間に撒き散らされる無数の小さな破片と、それによって引き裂かれてゆく周囲の構造物。 恐るべき威力だ。 ギンガやティアナの無事を祈りつつも、スバルはあれを受けた自身の背中がどうなっているのかを想像し、其処で全身の感覚が薄れてきている事に気付いた。 不味い。 どうやら自身が思っていた以上に、負傷の度合いは酷い様だ。 四肢の末端が冷えてゆく感覚は、大量の出血によるものか。 可能な限り早く治療を受けねば、このまま失血死してしまうだろう。 「・・・誰か・・・手を貸してくれ! 誰か!」 そんなスバルの思考は、突如として意識へ飛び込んできた叫びによって中断された。 朦朧とする思考のまま、声の方向へと首を巡らせる。 どうにか動かした視線の先には、倒れ伏すノーヴェを引き摺るチンクの姿。 だが、どうにも様子がおかしい。 「誰か・・・誰か居ないか! 返事をしてくれ!」 チンクに引き摺られるノーヴェの両脚は、膝から先が無かった。 傷口から零れ出る血液が、床面に血溜まりを作っている。 更に全身を破片に切り刻まれたのか、スーツの其処彼処が破れ、その下から覗く皮膚は深く抉られていた。 スバルと同様、彼女も重大な傷を負っているのだ。 チンクはそんな彼女の左手を右手で掴んでいるが、何故かその身体を背負う事はしていない。 良く見れば、彼女には左腕が無かった。 それだけではない。 両脚の脹脛は引き裂かれて筋組織が剥き出しとなっており、やっとの事で立っている状態だ。 そして何よりも、チンクはその唯一残されていた左眼の位置から、夥しい量の血を溢し続けていた。 更に良く凝視すれば、何と左眼周辺からその下部に掛けての皮膚組織、そして骨格が根こそぎ失われているではないか。 頬骨が抉られ、内部組織が零れ出しているのだ。 どうやら榴弾が炸裂した際、スバルより僅かに退避の遅れた2人は、至近距離から破片を浴びてしまったらしい。 恐らくは、聴覚も機能を破壊されているのだろう。 何事かを呟くノーヴェに気付かないまま、掠れる声で周囲の返事を求めつつ、チンクは覚束ない足取りで歩き続ける。 彼女の向かう先には、破壊された壁面以外には何も無い。 だが彼女には、それを知る術が無いのだ。 「チンク姉・・・も・・・良い、から・・・逃げ・・・」 「誰も居ないのか!? ノーヴェが、ノーヴェが負傷しているんだ!」 溢れ返る血液が気道に流れ込むのか、チンクの声には無数の泡が弾ける様な音が混じっていた。 余りにも凄惨な光景に、スバルは自身の負傷さえも忘れて立ち上がろうとする。 何とかうつ伏せになり、背中の感覚が一切無い事に冷たいものを覚えながらも、床面に手を突いて力を込めた。 四肢が震え、ただ立つだけの事であるにも拘らず、内臓を締め付けられるかの様な感覚が彼女を襲う。 それでも、ノーヴェを救わんと歩き続けるチンクの姿を視界へと捉えながら、遂にスバルは立ち上がる事に成功した。 ふらつく身体を何とか支えながら、チンクに手を貸すべく歩み出す。 その時、引き摺られつつも周囲を見やっていたノーヴェの顔が、丁度スバルの方向へと向いた。 「スバル・・・!」 「ノーヴェ・・・待ってて・・・すぐに・・・」 「頼む・・・チンク姉を・・・このままじゃ・・・」 言われずとも解っている。 今のチンクは、視覚も聴覚も奪われているのだ。 恐らくはすぐ其処に居るにも拘らず、反応の無い事からノーヴェの状態を推測したのだろう。 事実、ノーヴェは動ける様な状態ではない。 だがチンクとて到底、無事とは云えない状態だ。 念話を用いている様子もない事から、肉体的な負傷だけでなく意識の保持すらも危ういのだろう。 スバルは遅々とした、しかし僅かにチンクを上回る歩行速度で、徐々に距離を詰めていった。 「チンク」 「誰か・・・」 そうして傍らへと辿り着き、名を呼びつつ左手を伸ばしてその肩を掴もうとする。 指先が触れた瞬間、チンクは目に見えて身体を震わせた。 スバルも一瞬、反射的に手を引いたものの、再度すぐに腕を伸ばす。 チンクの身体を支え、そのまま3人で物陰へと退避する為だ。 そして左手が、チンクの右肩へと置かれる。 次の瞬間、スバルの視界の中から、彼女の左腕が消え去った。 「あ・・・え・・・?」 呆然と、スバルは自身の左腕が在った空間を見つめる。 今はもう、其処には何も無い。 解れた筋組織と僅かな機械部品の残骸だけが、残る肩部から垂れ下がっている。 そして一拍遅れて、大量の血液が噴き出した。 スバルは悲鳴も上げない。 否、上げられない。 自身の腕が吹き飛んだという事実よりも、その先にある光景こそがスバルの意識を捉えて離さなかった。 「チンク姉・・・?」 呆然と放たれた、ノーヴェの声。 恐らくは、目前の光景が信じられないのだろう。 スバルにとっても、それは同様だ。 今は失われた腕、その先に佇んでいたチンク。 彼女の一部もまた、スバルの左腕同様に消し飛んでいた。 呆然とその姿を見やるスバルの眼前で、チンクの小柄な身体がバランスを失い倒れ込んでゆく。 数秒前よりも、明らかに小さくなった身体。 在るべきものが無い、不格好な身体。 「嘘・・・」 「頭部」と「右半身」の無い「チンクだったもの」。 「チンク・・・」 「チンク姉ぇッ!」 余りにも軽い音と共に、その肉塊は床面へと叩き付けられた。 断面から血液が溢れ出し、周囲を赤く染めてゆく。 絶叫と共に、ノーヴェが激しく身を捩りながら、残されたチンクの肉体へと縋り付いた。 半狂乱にチンクの名を呼び続ける彼女の身体は、脚のみならず腰部までもが大きく抉られている。 チンクの身体とスバルの左腕を粉砕した数発の銃弾が、そのまま倒れ伏すノーヴェの身体をも穿ったのだろう。 叫びつつチンクの身体を揺さ振る度に、ノーヴェの腰部からも大量の血が溢れ出す。 既に彼女の上半身と下半身は、僅かに残った左側面の体組織によって辛うじて繋がっている状態だ。 「やだよ・・・やだよチンク姉ぇっ! 死んじゃやだ・・・死んじゃやだよう・・・」 チンクだった肉塊を腕の中に抱き止め、泣き叫ぶノーヴェ。 そんな彼女を前にスバルは、無くなった左腕を掻き抱く様にして、微かに震えていた。 恐怖による震えではない。 抑え切れぬ感情の波、彼女を内側より突き破らんとする激情からの震え。 何故、どうしてこんな事になった。 こんな事、余りに残酷すぎる。 何故、チンクは死ななければならなかった。 車両内に残った3人は、壁面ごと撃ち抜かれた7人は。 彼等は何故、同じ人間に殺されなければならなかったのだ。 共通の敵、絶対的な力を有する悪夢が其処に在るというのに、何故。 「あ・・・ああ・・・!」 震えは秒を追う毎に強まり、遂にスバルは膝から崩れ落ちる。 追い詰められた身体、追い詰められた精神。 もう、立っている事すらできなかった。 「誰か・・・!」 未だ泣き叫ぶノーヴェへと覆い被さる様にして、スバルは震える声を絞り出す。 今の彼女には、地球軍やランツクネヒト、次元世界全体の事を思考する余裕など無かった。 残酷な現実に折れた心の中、残されたのはたったひとつの強迫観念。 救わねばならない。 目の前の彼女、同じ遺伝子を持つ姉妹を救わねばならない。 それを為そうとし、しかし叶わずに逝ってしまった彼女の姉に代わり、自身が彼女を護らねばならない。 でも、不可能。 左腕が無い。 脚も動かない。 圧倒的に血が足りない。 心臓の鼓動さえも、何時止まるとも知れない。 だから、叫ぶのだ。 「助けて・・・ギン姉・・・ティア、ウェンディ! ノーヴェが・・・ノーヴェが死んじゃう! 死んじゃうよおっ!」 血を吐きつつ、スバルは叫ぶ。 様子見か、新たに壁面を貫通してくるガウスライフルの銃弾。 それが残る右腕を吹き飛ばしてもなお、その叫びは破壊されたステーション内に響き続けていた。 * * 「どけ」 「いいえ、断るわ」 短い問答の後、ウェンディは躊躇う事なく、ライディングボードの砲口をティアナの眼前へと突き付けた。 だが、ティアナは動じない。 変わらぬ無表情のまま、クロスミラージュを持つ手を動かす事もなく佇んでいる。 「これで最後。どけ」 「もう一度言うわ。チンクは死んだ。戻っても意味は無い」 途端、ボードの砲口に魔力が宿った。 脅しではない。 ウェンディは本気で、眼前に立つティアナを殺すつもりだった。 だが直後、砲口とティアナの間に影が割り込む。 ギンガだ。 「止めなさい、ウェンディ! ティアナ、貴女どうしてしまったの? スバルとノーヴェは、まだ生きているのよ!?」 言いつつ、彼女はティアナへと詰め寄る。 そう、チンクがランツクネヒト隊員により殺害された事は、先程まで聞こえていた助けを求める声とバイタルが途絶えた事で判った。 だがスバルとノーヴェについては、未だそのバイタルは健在なのだ。 2人は、まだ生きている。 にも拘らずティアナは、2人の救出、それ自体が無駄な行為であると言い切ったのだ。 その言葉に、ウェンディは激昂した。 ふざけるなと一喝、ボードを手に立ち上がる。 そんな彼女の前に、ティアナが立ち塞がった。 その結果が先の問答である。 「無駄ッスよ、ギン姉。ソイツはもう、アンタやアタシの知ってるティアナじゃないッス」 いつもの口調で吐き捨てると、ウェンディは2人の傍らを擦り抜けてボードを浮かべた。 ボードの上へと飛び乗り、推力を引き上げんとする。 そんな彼女の背後から、思わぬ言葉が投げ掛けられた。 「あの2人はもう、私達の知ってるスバルとノーヴェじゃない」 瞬間、ウェンディはボード制御に関する、全ての情報をキャンセルした。 床面から50cmほど浮かび上がったボードの上に立ったまま、背後のティアナへと振り返る。 視界にはティアナの後姿、そして彼女を見やる驚愕の表情を浮かべたギンガが映り込んだ。 「ランツクネヒトが用意した新しい身体に、2人の脳髄が移植された事は知っているでしょう」 「・・・勿論」 知っている。 知らない筈がない。 それを聞いた時の衝撃は、今でも鮮明に思い出せる。 2人は誕生から慣れ親しんだ身体を、永遠に失ったのだ。 「2人の体組織から培養された生体ユニットが、無人のR戦闘機に搭載されている事は」 「知っているわ。それが?」 「それですよ、ギンガさん」 途端、全身が冷え切ってゆく様な感覚が、ウェンディを襲う。 脳裏に浮かぶ、最悪の予想。 そんな事はない、と否定しながらも、それで辻褄が合うと冷静に指摘する理性。 そして遂に、ウェンディが最も望まなかった答えが、ティアナから齎される。 「あの2体の身体に移植されたのは、オリジナルの脳内情報を転写された培養体。オリジナルの2人の脳髄は、あの身体に移植されていない」 周囲の全てが冷え切ってゆく。 そんな錯覚が、ウェンディを侵食していた。 ボードの高度が徐々に下がり、床面に接触する。 ウェンディは覚束ない足取りでボードを降り、ゆっくりとティアナへと歩み寄った。 「なら・・・それなら・・・」 震える両の腕を伸ばし、ティアナの肩を掴む。 力加減など考えもしなかったが、ティアナは特に反応を見せない。 冷たい瞳だけが、ウェンディを真正面から見据えている。 「2人は、何処に・・・?」 答えはすぐに齎された。 同じく、最も望まなかった、最悪の真実。 スバルを、ノーヴェを。 そして、最後まで2人を護ろうとして命を落としたチンク。 3人の命と尊厳を踏み躙り、徹底的に侮辱する事実。 「「TL-2B2 HYLLOS」「B-1Dγ BYDO SYSTEMγ」・・・それが、スバルとノーヴェの「移植先」よ」 トラムチューブ内に響く、泣き叫ぶ声と助けを求める声。 それらの声を聞き留めながらも、ウェンディは動く事ができなかった。 ギンガを、ティアナを、そして自分を呼ぶ声に、応える事ができない。 「初めから、2人を返すつもりなんて無かったのよ。オリジナルを生体ユニットに加工し、私達にはオリジナルを模したコピーを返す。本当の事は、ランツクネヒトの上層部だけが知っていた。あの2体は情報収集ユニットとしての機能を担っていたのよ。 念入りにも、通信を用いて情報を転送するのではなく、回収して情報を吸い出すタイプのね。こうして逸れる事ができたのは幸運だったわ。さっきは2体が居たから、この事を貴女達に伝える事もできなかった」 そう言うとティアナはウェンディの手を払い、トラムチューブの奥へと向かうべく歩を進める。 その左肩は、鮮血に塗れていた。 先程トラムチューブに落下してきた、榴弾の炸裂による負傷だ。 彼女だけではない。 ウェンディもギンガも、そして他の5人も。 皆が皆、少なからず傷を負っていた。 「とにかく一旦、此処を離れましょう。向こうは私達を此処から逃がす訳にはいかないけれど、それは私達も同じ。体勢を立て直して砲撃戦を仕掛ける。壁ごと撃ち抜くのは、何も奴らだけの・・・」 「ティアナ」 と、ティアナの言葉を遮る、ギンガの声。 見れば彼女は、左腕のリボルバーナックルに右手を添え、ステーションの方向を見据えていた。 チューブ内には未だ2つの声が響いており、次いで悲鳴の様な叫びが上がる。 「私は、あの2人を助けに行く」 毅然と放たれたその言葉に、ウェンディは自身の心が揺さ振られた事を感じ取った。 決然としたギンガの声には、懼れなど微塵として滲んでいない。 その目には、迷いなど欠片も浮かんではいない。 「正気ですか、ナカジマ陸曹」 感情のまるで感じられない、冷たく無機質な声。 ティアナだ。 そちらを見やれば、彼女は足を止め、しかし振り返る事なく佇んでいた。 「あれはスバルでもノーヴェでもない、単なるランツクネヒトと地球軍の情報収集ユニットですよ。それを理解した上で言っているんですか」 「本物かどうか、なんてのは問題じゃないわ。あの2人は、自分の事をスバル、そしてノーヴェだと信じ切っている。ある意味、間違ってはいないと思わない?」 「あれを救い出すつもりですか? 馬鹿げてる。人間でも、戦闘機人でもないのに」 「彼女達は私達と同じ遺伝子を基に生み出された、言うなれば姉妹よ。どんな目的があって生み出されたのかなんて、どうでも良い。助け出して、ランツクネヒトの呪縛から解放する。スバルもきっと同じ事を望むわ」 そう言い切ると、ギンガはステーションへと向かい歩み始める。 数秒ほどその姿を見つめていたウェンディだったが、すぐにボードへと飛び乗り、その後を追い始めた。 その背後から掛けられる、ティアナの声。 「その選択がどれだけの危険を孕んでいるか、本当に理解しているんですか!? あれはランツクネヒトが送り込んだ生物兵器なんですよ!」 ギンガは答えない。 ウェンディはその背を視界へと捉えつつ、同じく振り向かずに歩を進める。 再度、掛けられる声。 「勝手にすれば良いわ! スバルとノーヴェは私が救い出す! 偽物なんかじゃない、本物を救ってみせる!」 そんな声を背に受けつつ、ウェンディは加速し前方を行くギンガへと追い付き、その僅か前方へと位置する。 ギンガの瞳は既に、戦闘機人の証である金色の光を帯びていた。 彼女は微かにウェンディへと視線を向けると、静かに語り掛けてくる。 「貴女は、これで良かったの?」 「水臭いッスよ、アタシ達はみんな姉妹みたいなモンじゃないッスか。其処に新しい妹が2人ばかり増えるだけッス。それに」 前方、薄らとステーションの明かりが見えてきた。 2つの声は未だ響き続けていたが、その勢いは随分と弱まってきている。 急がなければ、危ない。 「チンク姉だって、そう言うに決まってるッス。お姉ちゃんの意思も酌めない妹じゃ、くたばった時に合わせる顔が無いッスよ」 震えそうになる声を、明るい声で無理矢理に誤魔化す。 滲む視界。 拳を瞼に当て、乱暴に水分を拭い去る。 チンクは、あの小さな身体の、しかし何時だって姉妹達の事を考えていてくれた姉は、もう何処にも居ないのだ。 「ウェンディ!」 ギンガが、鋭く声を発した。 もう一度、瞼の上を拭い、ウェンディは瞠目する。 前方のステーション下、トラムチューブの中央に、潰れて落下した車両の残骸が燃え盛っていた。 その少し先、ステーションから零れ落ちる大量の火花に照らし出され、見慣れたデバイスが転がっている。 「・・・ッ! 急ぐッスよ!」 リボルバーナックルだ。 それを装着した腕部そのものが、血塗れとなって転がっていた。 先程の悲鳴はこれか。 ボードの角度を吊り上げ、上昇に移る。 一息にステーションへと到達すると見せ掛け、直前で反転し降下。 直後、眼前に火花と鉄片の壁が出現する。 ガウスライフルによる銃撃、陽動による回避成功。 その隙を突いて展開されたウイングロードの上を、ギンガが一瞬にして駆け抜ける。 銃撃の火線が後を追うも、最高速度にまで達したギンガを捉えるには至らず、飛散する壁面構造物の破片が背の一部を切り裂くに留まっていた。 だからといってこのままでは、遠からず直撃弾が出る事は明らかだ。 しかし、既に策は成っていた。 「アタシを忘れてたのが・・・」 ウェンディ、空中でボードに手を添え上下を反転、そのままの勢いで着地しつつ砲撃態勢へ。 戦闘機人の有する強靭な耐久力で以って衝撃を耐え抜き、既に魔力集束を開始したボードの砲口を頭上のトラムチューブ壁面へと向ける。 ガウスライフルの射撃点は既に、ギンガを追う火線の射角変化から割り出されていた。 視界へと表示される目標に照準を合わせ、集束値が臨界を迎えた事を知らせる表示の点滅と同時。 「運の尽きッスよ!」 ウェンディは一切の躊躇い無く、集束砲撃を放った。 砲撃が壁面へと突き立ち、次いで壁面内部で起こった魔力爆発が周囲の構造物を消し飛ばす。 それを最後まで見届ける事なく、ウェンディは更に6回の簡易砲撃を放ち、ボードへと飛び乗り加速、スバルの右腕を回収しつつステーションへの上昇に移った。 この砲撃でランツクネヒト隊員を無力化できたとは考えていないが、しかし少なくとも同じ地点からの射撃継続は不可能だろう。 そうしてステーションへと到ったウェンディの視界に、余りに凄惨な姿となったスバルとノーヴェ、その2人を庇う様に抱え込むギンガの姿が映り込んだ。 3人の傍らには、自身のそれと同様のスーツを纏った小さな、頭部と右半身の無い死体。 それが誰のものであるかを理解し、ウェンディの胸中へと言葉にならない感情が込み上げるが、それを無理矢理に押し込める。 そんな彼女へと、ギンガは焦燥を隠そうともせずに言い放った。 「出血が激しすぎる! すぐに医療施設へ運ばないと!」 その言葉に、既に意識を失ったらしきスバルとノーヴェの全身を見やれば、2人は全身を切り裂かれた上、スバルは両腕、ノーヴェは両脚が吹き飛んでいるではないか。 更に、無数の鉄片が背面へと食い込んでおり、深く抉れている箇所も10箇所以上あった。 戦闘機人でなければ、疾うに死亡していただろう。 「A-04だ! あそこなら医療ポッドが在る!」 口調を取り繕う余裕すら無く、ウェンディは叫ぶ。 ギンガがスバルとその右腕を、ウェンディがノーヴェを抱え上げると、数瞬ほどチンクの遺体を前に躊躇し、しかし軽く目を伏せて別れの言葉を呟くと、A-04エリアへと向かう為に視線を引き剥がした。 その、直後。 「な、あッ!?」 巨大な衝撃が、周囲の全てを揺るがした。 立つ事はおろか、その場に留まる事すらできない程の衝撃。 まるで至近距離で爆発が起きたかの様なそれに、ウェンディ達は為す術もなく弾き飛ばされ、幾度となく壁面へ床面へと身体を打ち付けられた。 そんな中でもウェンディは、腕の中のノーヴェを必死に庇い続ける。 発動した防音障壁越しにも届く、鼓膜を引き裂かんばかりの轟音。 それが響き続ける中、辛うじて数瞬ほど見開かれた眼。 その視界には大量の火花と、巨大な黒々とした何かが眼前の構造物を引き裂いてゆく光景が映り込む。 直後、全身を襲う浮遊感。 落下している。 数秒ほどそれが続いた後、ノーヴェを抱えたまま衝撃に身構えていたウェンディの身体を、誰かが抱き止めた。 落下速度が減速している。 見開いた瞼の先には、こちらを見下ろす血に塗れたギンガの顔。 「ウェンディ・・・無事?」 「・・・助かったッス、ギン姉」 漸く、構造物に足が着いた。 腕の中にノーヴェの姿が在る事を確かめ、ウェンディは周囲を見回す。 振動が絶え間なく続いており、何処かで爆発が連続的に発生している事が窺えた。 傍らには、スバルを抱えたギンガの姿も在る。 どうやら右腕1本で、落下するウェンディを受け止めたらしい。 近くに落下していたのか、少々破損したライディングボードも見付かった。 だが、それらよりも、ウェンディの意識を引き付けたもの。 「何スか、これ・・・」 高さ数百mにも亘って構造物が崩落した、広大な空間。 粉塵に埋め尽くされているものの、僅か20秒程度で出現したとは信じられない程に広大な其処は、其処彼処に燃え盛る炎の光が粉塵に反射し、不気味に薄く照らし出されていた。 何もかもが崩壊した、元が技術の粋を集めて建造された施設とは到底信じられぬ、破壊の痕跡のみに支配された空間。 その中、ウェンディ達の前方100m程の地点に、壁が在った。 禍々しい、黒々とした壁。 周囲の全てが凄絶なまでに破壊されている中、その壁だけは損傷といった損傷も無く、この空間に於いては明らかな異常として存在していた。 呆然とその壁を見つめるウェンディに、ギンガから声が掛けられる。 「ねぇ、あれ・・・」 その声に振り返れば、ギンガは正体不明の壁、その一部を指し示していた。 指の先を辿るも、それ以外に注目すべきものは見付からない。 どうにも解らず、もう一度ギンガを見やると、彼女は何処か呆然と告げた。 「あれ・・・戦艦じゃ・・・」 ノーヴェをそっと足下に横たえ、ウェンディはライディングボードの許へ走る。 ボードを手に取り、数発の直射弾を頭上へと発射。 弾速を落とし、多少に過剰なまでの魔力を供給されたそれは、桜色の光で辺りを照らしつつ上昇してゆく。 余りに巨大過ぎて気付かなかったが、数十mもの大きさを持つミサイル格納部らしきハッチが直線上に並び、遥か頭上にまで連なっていた。 光源である直射弾の周囲を拡大表示すると、100m近い長大な砲身が2つ連なった砲塔が2基、闇の中に轟然と浮かび上がる。 艦体は更に続いている様だが、その先はコロニーの構造物に埋もれて確認できなかった。 間違いない、これは戦艦だ。 だが何故、そんなものがコロニーに突っ込んできたのだ。 この戦艦は、何処の勢力に属するものなのか? 「ギン姉、この戦艦って・・・」 「入りましょう、ウェンディ」 こちらの問い掛けを遮る様に放たれた言葉に、ウェンディは暫し呆然とした。 だが、その間にもギンガは、スバルとノーヴェを抱えて戦艦へと歩み寄る。 スバルの右腕から回収したのか、ギンガのそれには右手用のリボルバーナックルが装着されていた。 そんなギンガの行動に戸惑いつつも、ウェンディは再度に問いを発する。 「何の為に?」 「これを迂回してA-04まで行くのは無理よ。だけど、これだけ巨大な艦なら医療施設も有している筈。私達が目指すのはそれよ」 「・・・けど! 突っ込んできたって事は、間違いなくコイツも汚染されてるッスよ!?」 「だから?」 立ち止まり、不敵に声を返すギンガ。 こちらへと振り返った彼女の眼は、試す様にウェンディを見据えていた。 思わず息を呑むと、彼女は決意に満ちた声で続ける。 「この娘達を救う為なら、その程度の危険なんかどうでも良いわ。此処で何もしなければ、2人が死んでゆく様を見ている事しかできない。そんなのは御免よ。それに・・・」 ギンガ、ウイングロード展開。 紫の魔力光を放つ道が、緩やかなループを描きつつ遥か上空へと続いている。 2・3度、ブリッツキャリバーの調子を確かめる様にローラーを鳴らし、ギンガは言い放った。 「人間と殺し合うより、バイドと殴り合う方が余程やり易いわ」 途端、彼女はブリッツキャリバーから火花を散らしつつ、空中へと駆け出す。 ウェンディは数瞬ほど躊躇い、次いで息を吐くと頭上を仰ぎ見た。 そして額に手を当て、握り拳を作ると少々強めに頭を小突く。 ボードを倒し、その上へと飛び乗って加速、上昇角を吊り上げてギンガの後を追い始めた。 推力を上げ、更に加速を掛ける前に一言。 「ああもう、畜生! 今日は人生最悪の日ッスよ!」 紫と桜色の光が、破壊に彩られた闇を切り裂く。 絡み合う様に上昇してゆく2条の光に焦燥はあれど、絶望の色は微塵も存在しなかった。
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